獣人のよろずやさん

京衛武百十

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第四部

能力の優劣とは別のところで成立する

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一方、クレアの方は、震電を任されても一緒に寝てるだけでした。でも、それでいいんです。傍に自分を守ってくれるぬくもりがあるだけでも乳幼児にとっては意味があるものですから。

現在、クレアの知能は十歳児程度と推測されてます。地球人の社会で十歳児に子供を任せるようなことをすると、

<児童虐待>

<育児放棄>

と見做されることもありますが、それは、地球人の社会が、

『十歳児では満足に生きていくことも叶わないほど複雑怪奇』

だからですね。一方、ここでは、獣人達の知能も、高くてもクレアと同等程度と思われます。でも、獣人達はちゃんと自分達の力で生きていける。野生の動物にいたってはそれこそ乳幼児ほどの知能もなかったりしますけど、生きていますよね。

それは、<知能>というものに頼らなくても生きていける環境だからでしょう。

正直なところ、今のクレアなら、この社会において子供を生んで育てることだって十分にできると思います。ただ、さすがに視力に頼った生き方をしているクレアが<視力を持たない子>を安全確実に育てていくには、圧倒的に知識が足りません。その点、伍長は、自身の感覚を論理的に解析し他の事例に応用できるだけの知能があるので、震電の養育を引き受けたんです。

クレアに任せるとしても、それはあくまで今のクレアの能力で対応できる範囲をわきまえた上での話。すべてを丸投げするつもりは毛頭ないのは、私にも分かります。

実際、猪人ししじん達の教導が終わると、すぐに家に戻って、

「ありがとうな」

クレアを労っていました。クレア自身はほとんど寝てただけですけど、それでも任せた以上は、<してもらったこと>について彼はちゃんと労ってくれます。決して、

『やって当たり前だろ』

とは言いません。あくまで自分が依頼した分についてですが。

「頼まれて引き受けたことはきっちり果たすのが筋ってもんだろ!」

と言ったりもするものの、それは、自分以外の誰かがその人に何かを依頼して、そしてその人が自身の責任において引き受けた場合に限ります。伍長自身がその人に依頼した場合には、ちゃんと、

<依頼した者が果たすべき礼節>

としてしてくれたことに対して労いの気持ちは持つんです。

そうやってちゃんと筋を通す。だからクレアも伍長のことを愛してくれる。ただただ一方的な隷属を求めてるんじゃないんです。

対等な関係として、クレアのことを認めてる。

能力は確かに伍長の方が上なので、そういう意味では対等ではありませんが、

<対等な関係>

というのは、能力の優劣とは別のところで成立するんです。

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