月の夜雨の朝 新選組藤堂平助恋物語 【青雲編】

凛花

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青雲編

番外編 新選組八番隊長のことが好きすぎる新田安之進が南座での隊長武勇伝を語る件

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[1]

俺の名前は新田安之進にった やすのしん

新選組がまだ壬生浪士組と名乗っていたころに入隊した。

だもんでまあまあ古参ってことになる。

入隊した当時から藤堂隊に所属している。

新選組ではその時々の警備、軍事事情に合わせて役職や隊士の組み分け、小隊の呼称などが変わっている。入隊当時と違い今現在、藤堂隊長は八番隊の隊長に任じられている。



 俺には目標がある。
今はまだ平隊士だけど早く伍長に昇格し藤堂隊長の手助けになりたいということ。

なんといってもうちの隊長は誰より一番の斬り込み隊長だ。
俺たちはそのあとに続いてる。

よほど剣に自信があり、部下の俺たちに怪我をさせまいという配慮もできるうちの隊長。



もっともっと強くなって隊長が安心して任せられると思うようにならなければ。



 市中の巡察から戻ると俺は今日の『うちの隊長』の働きがどれだけかっこいいものだったかについて講談師さながら他の隊に配属された同期たちに語って聞かせるんだ。

しかしながらよその隊長の配下の者もみんな自分のとこの隊長が一番だと思ってるので結局は「うちの沖田隊長は…… 」「いやいや、うちの永倉先生なんか…… 」などと自慢大会になって収集がつかなくなる。

最後には声の大きなものが勝ちだ……つまり俺なんだけど。

「そうは言っても、うちの隊長は剣術はもちろんだが隊内きっての美形だからな。付加価値が大きいんだよ 」

「たしかに…… 」などと言って皆が黙るとそうだろう、そうだろうと得意な気持ちになる。



 いつも先陣切るもんだからいつの間にか隊の内外問わず魁先生というあだ名までついてしまった隊長。

知らない人はどんな強面なやつなんだろうと鬼のような面構えを想像するかもしれないけど、実際の隊長は目元の涼やかなきれいな顔立ちをしているんだから人は見かけによらないとつくづく思った。

とても鬼神のような働きをするような人には見えないんだよね。

 

以前、朝起きて厠に行こうとし偶然、縁側に静かに座っている隊長を見かけたことがあるんだけどそのたたずまいにハッとしたもんだ。

俺は男色の気はまるでないけど隊長ならありかもしれないなどと馬鹿なことを考えてしまうくらいなんだから……

 

でも当然だけど隊長は女にもてる。



 俺はみなにもったいぶってまだ話していなかった先日の隊長の武勇伝を兼ねた艶話を話してやることにしたんだ。





[2]

その日、八番隊は非番だった。 

事前にいつが非番か知ることができるので俺たちは皆で四条の芝居小屋、南座へ芝居見物をする予定だった。 

京より遠く離れたところから入隊した者もいる、毎日過激派浪士を追いかけ気が休まることのない日々。

たまには京の高級食材が詰まった桟敷弁当を楽しみながら芝居でも見てゆっくり過ごそうぜ、ということになったんだ。

もちろん発案者も俺だった。



八番隊には俺の他に五人が所属しているがその一人、三浦さんという口数の少なく俺たちとはなんとなく距離を取っている隊士がいる。

藤堂隊長は特にこの人に気を使っているように感じる。

実際、三浦さんは持病でもあるのか熱を出すこともよくあったが隊長の前では平気なふりをする。

もちろんそれに気づかない隊長ではなかったけど。



 で、芝居見物当日もやっぱり三浦さんは熱を出し芝居見物へ行くのはやめ屯所で寝ていると言う。

せっかく前もって確保していた二階の桟敷席が一人分、もちろん高い弁当も一人分余ってしまうのはもったいない。



俺は隊長の部屋を訪ねた。

近頃の隊長は山南先生の部屋で勉強していることが多いんだけどその日は自室で刀の手入れをしていた。



「新田さん……今日はみなで芝居見物と言ってなかったですか? 」



うちの隊長は若い。 幹部の中でも斎藤先生とうちの隊長はとにかく若い。

その若い幹部であるうちの隊長は俺たちみたいな平隊士にも、切羽詰まった戦闘中以外は上から目線で話してくることはなかった。

いつも丁寧な応対をしてくれる。 そんなところも俺が隊長を尊敬しているところだ。



「実は、芝居見物のお誘いに来ました。 」

俺はかいつまんで事情を話す。 そして桟敷席の確保がどれだけ難しいことなのか、余ってしまう高級弁当も食べる人がいないと損をする等ということを力説して全力で隊長を芝居へ誘う。



はじめは『上司に当たる自分がいればみながくつろげないでしょう 』と遠慮している隊長だった。

「八番隊の親睦を深め今後の隊務の士気を上げるのが目的の芝居見物なのです。 」

そこまで言うと隊長は根負けしたようで、そういうことならと刀の手入れを終えて俺たちにつきあってくれることになった。



 俺が心の中で飛び上がったのは言うまでもない。



尊敬する大好きなうちの隊長と芝居見物とは……なんという幸運。




 こうして皆で四条の南座へ向かった。

市中巡察の際に隊長を見かけたことがある町の人々は多いと思う、隊長自身は自分は京で嫌われていると思い込んでる節があった。

だけど『隊長の見目麗しさ』と『斬り込み隊長として活躍ぶり』そのどちらにより比重をおいて京の町で噂されてるかは本当のところはわからないと俺などは思っている。

巡察に出ると町の人々は無用な争いに巻き込まれるのを敬遠し屋内に引っ込んでしまうが、そっと格子の奥から覗いてる女が多いことに気づいていた。もちろん残念ながら誰も俺のことなど見ていない。



 芝居小屋でも一部の見物客は隊長に気づいていたと思う。こっちを見て何やらひそひそ話しているのだから。



それは新選組の悪口ばかりではなく隊長のことをほめそやすらしい声もちらほら混じってるのを確認し俺はすっかり鼻高々だ……



さすがはうちの隊長……



つくづく八番隊に配属された幸運を神に感謝する、いやこの場合は土方副長にか……

だったら鬼に感謝だななどと一人ほくそ笑む。



 芝居小屋は満席だったが俺たちは二階の桟敷席の一番前を割り当てられていたのでそこに座る。



「これだけの良い席で見物できるとはめったにない機会ですね、来てみてよかった…… 」と隊長もとても喜んでくれている。



その隊長の笑顔に俺は安堵した。

……なぜって隊長は隊務や稽古をつけてくれる時以外はここずっと怖い顔で何か考えているか、うつろな目でぼんやりしていることが多かったから。



 芝居は面白く第一部はあっという間に終わり第二部の前の休憩となる。

この時間に弁当を食べたり酒を飲んだりを楽しむのも芝居見物の醍醐味と聞いている。



俺たちも弁当を楽しんでいると俄かに一階の席のほうが騒がしくなり男たちの大声が聞こえてくる。

俺は弁当を置くと二階から覗き込んでみる。



一階席に明らかに素人娘とは違う美しい女たちを連れた若旦那風の一団が酔った侍たちに言いがかりをつけられているようだ。

二階の他の客も騒ぎに気付いて野次馬根性を出し前に集まってきて下を覗こうとする。

その客たちが口々に「おい、あれ祇園の君尾ちゃうか? 」

「ほんまや、君尾はんやないか! 」

それを聞いて君尾を一目見ようとした別の客も俺たちが座る前のほうへ集まってきてひとだかりになってしまう。



 俺も祇園の君尾の噂はきいたことがある。祇園で一番の美貌を誇る芸妓との誉れ高い。

普段なら俺などがお目にかかることもないようなその美貌の芸妓が今、すぐ目と鼻の先にいるんだ、そう思うと俺は身を乗り出すようにして君尾の姿を拝む。

若旦那が連れた女たちの中でもひときわ目を引く女、二階からでもその美貌が見て取れる。

きりっとした目で酔った侍を睨みつけ、侍たちに「いやや、言うとりますやろ! 」と啖呵を切る姿。

その気の強さもいい。

 

噂以上のいい女じゃないか……

俺が下司心を出している横で藤堂隊長も立ち上がり下の様子を見ている。

「……困った人たちだな 」



「どうします? 隊長。 」俺は隊長の顔を伺う。

「放っておくわけにも行きませんね…… 」

隊長はそう言うが一階の君尾を見ようとみなが押し寄せてきていたのでとても後方にある階段までたどり着けそうにない。

「隊長、もうこうなったら俺がここから怒鳴りつけてやりますよ! 」声の大きさには自信がある。

俺がさらに身を乗り出そうとした時、隊長はひらりと身をひるがえすように柵を超え一階の席へすっと音もなく降り立ったのだ。



いきなり二階から身のこなし軽やかな美しい若侍が降ってきたのだ。

騒然としていた一階ではまた別の歓声が上がる。



俺も隊長に続いて慌てて飛び降りた。隊長のように優雅にはいかずドスンと大きな音をたててしまったが。



「皆さん、ご自分のお席はどちらです? 席にお戻りください 」

隊長は酔った侍たちに声をかけた。

絡まれていた若旦那が隊長に泣きつく。

「今日は團十郎の初見せやさかい贔屓の芸妓ら呼んで見物に来たのに、こちらのお侍はんらが芸妓に自分たちの酌をさせろと連れて行こうとしはるんどす。せやから堪忍してください言うてますのやけど聞いてくれませんのや 」



隊長は侍たちに向かって静かに話す

「今日は皆さん楽しみにされていたのですよ。 こちらの方が芝居の花にと連れてきたのを無理やり奪おうとするのはいかがなものでしょうか 」

「なんだと? 若造が! 何者だ? 」

「……私は新選組、藤堂と申します。 若輩の私などが差し出がましいこととは思いますが今日のところは私に免じて納めていただけませんでしょうか 」そう言って頭を下げた。



「新選組の藤堂……? 」侍たちは顔を見合わす。「まずいぞ…… 」

こそこそと目配せしあうと急ぎ足で芝居小屋から我先にと逃げだしていった。



侍たちが出ていくと芝居小屋は人気役者でもこうはいかないというくらいの拍手喝采で沸き返る。

隊長のたたずまいと軽やかな身のこなし……言葉を荒げることなく諍いを収める手腕。

「よぉ! 今牛若! 」みながはやし立てる。



さすがはうちの隊長……俺も感動してむねがいっぱいだ。



「行きましょう、新田さん 」あまりの歓声に隊長は恥ずかしそうにその場を立ち去ろうとした。



「藤堂さま、お待ちください 」鈴を転がすような美しい声が呼び止める。

振り返った隊長に、声までも美しい君尾があでやかな中にも凛とした笑みをみせる。

「おおきに。えらい難儀しましたよって助かりました。

ぜひ御礼させてもらわんと気ぃすましまへん。

今度お迎えをやりますからお店にきてください。

うちは祇園『一力』の君尾言います。

どうぞよろしゅう 」



「気になさらないでください…… 」隊長はもう一度軽く会釈をして行ってしまう。



「あの方が噂の新選組の藤堂さま…… 」

君尾が隊長の後姿を目で追っている。君尾も隊長の名前は聞いたことがあったようだ。



「あの……俺は新選組の新田です。 」

一応自分のことも君尾や他の芸妓に知っておいてもらおう、俺は大きい声で名乗る。

君尾の後ろにいるかわいい感じの芸妓がくすっと笑った。



俺は恥ずかしくなりあわてて隊長の後を追った。



一階から芝居小屋を出ると、なんとか人込みを分けて二階から一階へ降り先に外へ出ていた八番隊の者たちと合流する。

「弁当を食べ損ねて腹が減りましたね、にしん蕎麦でも食べていきましょうか 」

そういう隊長と一緒にみなですする蕎麦は多分高級弁当より美味かった。



 隊長の武勇伝を話し終えた俺は『どうだ? 藤堂隊長はすごいだろ 』という顔でみなを見渡す。

みなが「ほぉ…… 」という顔をするのを見て満足した。



 実はあれから君尾は本当に屯所に使いをよこしたり文を届けてきたが隊長は君尾の店に行こうとしない。

 

その理由は……



心当たりがあるとすれば……隊長はまだあの人のことを想っているんだろう。

そんな一途な自分より三つ年下のまだ若い隊長のことが気の毒になる。



あの人っていうのは壬生寺で隊長が時々会っていた人だ。

俺は何度か見たことがある。

昨年の師走、雪がちらつく壬生寺で会ったのが最後だったみたいであれから二人が一緒にいるのを見たことはない。

俺が見たあの日が本当に最後だったなら、隊長は夕餉も翌日の朝餉のときも部屋から出てこなかった。

昼頃にやっと巡察のために部屋から出てきたときはいつものきりっとした隊長だった。



春になった今でも沈んでいることが多いのや君尾ほどの女子に好意を向けられても気持ちが揺れないのは、たぶんあの人のことが忘れられないんだろう……



今度、君尾から文が届くかしたら、店に行ってみるよう全力で勧めてみよう




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