月の夜雨の朝 新選組藤堂平助恋物語 【青雲編】

凛花

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青雲編

第9話 祇園の猫

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 [1]



 平助が四条南座の騒動を諫めてから数日後、
 屯所に金子や上等な樽酒、公家御用達の高級な菓子などが大量に届いた。 
 あの時、騒動から救った若旦那からだった。

 今後は新選組に金銭的な支援もしたいという。



 芸妓の君尾からも祇園の高級茶屋、一力いちりきのお座敷へ招待したいという。
 再三お使いの者が寄こされ、当事者でもある八番隊の新田が隊内で吹聴して回ったせいもあって屯所内では『魁先生の武勇伝』として噂となっていた。

 原田が「平助、うまいことやったな」と羨ましがるが平助は笑ってごまかす。



 一力からのお使いには、『京の治安を預かる新選組隊士として当然の務めを果たしたまでのこと。お気遣いは無用で。』と丁重に断っているものの君尾本人直筆の文まで何度も届く。



 見かねた部下の新田にまで『これ以上断るのは失礼にあたる、一度お座敷へ上がりもてなしを受ければ先方の顔も立ちましょう。自分も同行するのでぜひ……』等と諭された。

 ようやくお使いの者に次の非番に訪問の意向を伝えた。





 「藤堂さま、ようおこしくださいました。

 今日は南座での御礼どすさかいゆっくり楽しんでっておくれやす。 」

 京繡の粋な衣装の君尾が艶やかな美しい笑顔で迎える。



 南座で一緒だった他の芸妓たちも揃った華やかな宴。

 君尾が『芦刈』という芸妓の中でも特に芸に優れたものだけが踊ることを許された舞を披露する。



 酒の進む新田は「隊長、来て正解でしたね 」と大喜びで、豆鶴という芸妓と“とらとら遊び”というお茶屋遊びを始めた。

 “とらとら遊び”は芸妓と二人一組になりお囃子に合わせて虎や戦国武将の真似をするじゃんけん遊びみたいなものである。



「隊長もぜひご一緒に! ぜひ! 」と新田は豆鶴と一緒に平助の腕をひっぱり“とらとら遊び”に参加させようとする。



「新田さん、飲みすぎですよ 」

 やはりこういう席を盛り上げるのは苦手だ……新田の手を振り払い平助はごそごそと座りなおす。



 新田の強引さに困惑した平助が早く帰りたそうな顔をしている。

 その様子を見て平助の隣についていた君尾が耳打ちした。

「新田さまのご無体が過ぎますなぁ。

 向こうの静かなお部屋ご用意させていただきます、どうぞ 」

 そう言ってたおやかな仕草で立ち上がると誘うように黒目がちな目で平助を見つめる。



 新田が楽しんでるのに自分だけ先に屯所に帰っては、あとで酔いの醒めた新田を恐縮させてしまうかもしれない。

 平助は君尾に案内され静かな部屋へ移動する。

 先ほどの部屋のような煌びやかさはないがしっとりした灯りと意匠で平助にはこちらのほうが好みだった。

 やっと落ち着いた気持ちで腰を下ろす。酌をしながらぴったりと君尾が寄り添う。



 「藤堂さま、今日は来てくれておおきに。南座ではほんまに助かりました。 

 新選組は乱暴なだけや思うてましたけど藤堂さまみたいな人もおいやすんやな。見直しました。」



「……いえ、こちらこそかたじけない。先ほどの舞は見事でした。 」



「こうしてお近づきになったんやから堅苦しいんは無しにしましょ。 

 舞を気に入っていただけてうれしおすけど……もっと早よう来てくれはったらよかったのに。また会えるんを楽しみにしてたのにずいぶん待たせはりましたな。 」

 平助の着物の襟に下から上に向かって指を這わす。 

「藤堂さまがなかなか来てくれへんから何回も文を送りましたんえ。うちにそんなことさせる人、初めてどす。ほんま“いけず”な藤堂さま 」

 気の強い猫のような瞳で少し睨みながら平助の頬をきゅっとつねった。



「不調法なもので…… 」平助は我ながら間の抜けた返事だなと思いながら無表情で注いでもらった酒を口にする。



「藤堂さまのそういう愛想のないところがまたいい男ぶりどすな……藤堂さま、ここにはしばらく誰も近づかんよう言うてます 」

 君尾は平助の胸に頬を寄せた。



「あなたも少し飲みませんか 」

 平助は君尾をそっと離すと飲み干した杯を軽く振り、君尾へ渡す。 

 君尾が受け取るとそこへ酒を注いでやる。



「……やっぱり“いけず”どすな 」軽く睨むと酒を一口で飲み杯を平助に返した。



「いい飲みっぷりですね……さすがだ。 」

 感心したように微笑む平助



「それやったら藤堂さまももっと飲んでおくれやす。 どっちかが潰れるまで飲み比べするのもおもしろいどすな。 ただしうちが勝ったら“いけず”したお詫びにうちの言うこときいてもらいますえ 」

 君尾は長いまつ毛に縁どられた瞳を平助に向ける。



「かまいませんよ……もちろん私が勝った時は欲しいものをいただけますか 」

「藤堂さま、面白いお人やな……藤堂さまがもし勝ったら欲しいもん言うておくれやす。 なんでもかましまへんえ 」平助の膝のあたりを細く白い指でなぞる。



「さすが……祇園一と言われる『勤王』芸者ですね。気前がいい。 」



 平助の膝をなぞる君尾の指の動きが止まる。



 平助は酒を一息に飲んでさらにもう一杯を自分で注ぐ。



「私が勝ったら長州の久坂か桂の情報をもらえますか? 」



「……?! 」



 猫のような瞳を逸らさず睨みつけてくる君尾と視線を絡ませたまま平助は自分で注いだ酒を飲む。



「雰囲気を悪くして申し訳ないが、そういうことも把握しているのが新選組なんです 」

 さらに水でも飲むかのように君尾と目線を合わせたままもう一杯、二杯、三杯と続けて飲みほし、今度は君尾に杯を返そうとするが受け取ろうとしない。



「……私の勝ちかな? 」平助の視線が鋭くなる。



 君尾が睨み返すのを見て平助は思う。



 ……気の強い女だ



「ほんま、むかつく……藤堂さま、“いけず”言うにもほどがあります! 」

 君尾は平助の胸をこぶしで叩く。



「あなたが先に私から新選組の情報を得ようとするからですよ 」



「新選組の情報? うちは藤堂さまみたいなお侍やないけど芸妓には芸妓の矜持言うのがあります。

 そないな言いがかりつけられて黙ってるわけにはいきません 」

 と君尾がむきになるのを見て、平助はやっと目を和らげた。



「……人払いまでするからそれが目当てなのかと。 勘違いなら謝ります…… 」



 君尾がくすくす笑い出した。

「やっぱり、おもしろい人やわ。 ますます藤堂さまのこと、気に入ったから教えてあげますけどな、

 確かにうちは長州さまを匿って便宜を図ったこともあります。 

 でも勤王とかそんなことはどうでもいいんどす。 

 たまたま好いた人が長州の人やった言うだけの話どす。

 それで今は……たまたま新選組の人を好きになった 」

 そう言って平助の胸にすがりつく。



 君尾の勢いに平助は押し倒される形で後ろに倒れた。

 潤みを帯びた瞳で君尾が平助を見下ろしている。



「藤堂さまのこと、初めて会った日から好きどす……」

「……気持ちはありがたいですが。私は…… 」



「藤堂さまは誰か好きな人でもいてはるんどすか?」



 ……今も好きな人



 でも終わらせたのは自分なのだ……




「もう終わったことです…… 」



「……終わってるのに藤堂さまは今も忘れられへんのですか。うちが……忘れさせてあげる 」




 押し倒されたまま平助は君尾のきつめの美しい瞳を見上げる。



 まるで猫だ……



 なら俺は猫にとらわれたネズミか…… 



 ……情けないなと思わず笑ってしまう




「なにを笑ってはるん 」



 君尾が平助に顔を近づける……

 と、ふいに身体を起こした平助が素早く君尾を組み敷いて、今度は上から君尾を見つめる。

 突然のことに君尾が驚いて小さい声をあげた。




「猫…… 」君尾に呼びかける

「……忘れさせてくれるのか 」



 激しく唇を重ね何度も君尾を求めた。

 頭の中から名都の笑顔を追い出すまで……





 [2]



「新田さん。新田さん、早く起きてください 」

 平助に揺さぶられて新田が寝ぼけ眼をこすっている。



「あれ? 豆鶴は?…… 」きょろきょろしている新田を急かす。



「いつまでも寝ぼけていては困りますよ。 屯所へ戻ります。 」



 屯所と聞いて新田も酔いが醒めたようで慌てて夜具の中から袴を引っ張りだす。

 焦ったためか袴を前後逆に履いてしまって頭をひねっている新田に平助は苦笑する。



「門限をだいぶ過ぎているので、つい急かしてすみませんでした。ゆっくりでいいですよ 」




 ようやく身支度を整えた新田と祇園から壬生へ急ぐ。

「大丈夫でしょうか…… 」と新田が心配そうな顔をしている。



「新田さんは私の付き添いで来ただけですから。 安心してください。 」

「……隊長は幹部ですから屯所以外の場所に住まわれてもよいのに。そうすれば門限など関係ないでしょう 」

「いいんですよ、私は。みなさんと一緒のほうが…… 」

「……あの、ところで隊長はどち……らに……あ、いえ差し出がましいことを 」などと口ごもる。



「……つい、猫と遊びすぎてしまいました。 」

「え? 猫なんか店にいましたっけ? 私は猫より犬派ですが 」



 

 ようやく屯所の門が見えてくる。 

 夜勤の門番が大幅な門限破りに怪訝そうな顔をするが平助がいるので咎めるわけにもいかず会釈だけして門を開けてくれる。



 ほっとした様子の新田が「ひっ……」いきなり声にならない声をあげた。

 門の内に土方の姿を認めたからだ。 



「ずいぶん早いご帰還じゃないか 」



「あの、あの……隊長は悪くありません。 私が酔いつぶれてしまい……この場で腹を斬りますので隊長には寛大なご処分を! 」必死な新田に平助が声をかける。



「新田さん、副長が用があるのは私でしょう。 

 早く部屋に戻って休んでください。 」

「で、でも…… 」



 ちらちらと土方を見る新田に業を煮やした土方が作り笑いを向けて言う。

「新田、すいぶん慈悲深い隊長さんでよかったな。 早く行け 」



 新田が慌てて平隊士たちの大部屋に戻ると、土方は平助に近づいた。

「藤堂、隊の決まりごとは守れよ。 」

「門限破りの処分は受けます。処分が決まるまで謹慎しています。 ただ新田さんは私につきあっただけなので勘弁してあげてください 」



「ふん、どうも山南さんもおまえも俺の言うことを深読みしてさらに勝手に裏まで読むくせがある。

 俺が近所の犬っころの話をしているだけでも天竺の虎の話にすり替えるんだろう 」

「そんなつもりでは……時間を守らなかったのは事実です。 新田さんまで巻き込んで本当に反省しています 」

 そう言ってうつむく平助に土方は静かに続けた。

「今みたいに部下を庇うくらいなら最初から規律を破らせないようにしてやるのが上の者の務めだろう。 」

「……はい。また土方さんをがっかりさせてしまいましたね。 」



 京に上がる前に土方さんの期待に応えたい、そう思った気持ちはまだ無くなってしまったわけではない……

 山南さんにお茶をごちそうしてもらった時、土方さんの優しさを思い出したのに……

 一度どこかでずれてしまったらもう何もなかったころには戻れないんだろうか



「沖田さんのようになれなくてすみません…… 」

「ふん、沖田が俺の言うことをなんでもかんでも無条件に聞いてると思ってるなら大間違いだ。 やつはやつで思うところがあるようだし。 どうせなら斎藤を見習え、あいつはお前や沖田みたいに手がかからねえ 」



 沖田さんが?……隊務に関して土方に異論を唱えるところなど見たことが無い沖田の意外さに少し驚く。



「その上、近頃じゃあ、みんな腹を下しただのなんだの隊士の半分は病人だし、隊を脱走するやつも多くて人手が足りてない。新田もおまえもよく働く。 

 そんなやつを謹慎させておくほど新選組は暇じゃねえんだよ。明日は朝イチから三番隊の見廻りに新田も連れて同行しろ。

 明日って言っても日付はとうに変わってるからもう今日になるけどな 」



 土方の嫌味に黙ってうなづいて部屋に戻ろうとする平助の背に土方が声をかける。



「ところで、勤王芸妓とやらはどうだった? 」



 平助が息を飲む……



「……おそらくは監察方の考えすぎかと。過去には長州との付き合いもあったようですが御所の政変で京を追われてからは無いようです。 」



「藤堂君…… 」土方がふっと笑う

「聞きたいのはそんなことじゃない。俺も江戸にいたころは飽きるほどたくさんの女に追いかけられたもんだが。おまえも隅に置けないな 」

 そう言って怪訝そうな顔をしている平助に『ここだよ』というように自分の首筋をトントンとしてみせる。



「そんなとこに白粉つけて帰ってくるなよ。下の者に示しがつかないだろ。平隊士より先に若い幹部の教育からやり直さなきゃいけないようだな 」



 平助が慌てて首筋を手でこすっているのを見て、珍しく土方が声を立てて笑う。



「そういうのはすぐ信じるんだな。まだ素直なところもあるとわかってよかったぜ、平助 」

「からかわないでくださいよ…… 」

 平助は首筋を拭って何もついてないことを確認しながら不満そうに土方を見る。



「女に骨抜きにされてるようではまだまだだな 」



 君尾のきりっとした猫のような目と熱い肌を思い出す。



 平助の頬に朱がさすのを見て土方が「門限忘れるくらい祇園の女はよかったのか? 」

 

 祇園の猫……

 忘れたのは門限だけじゃなかった……



「……朝早いのでもう休みます。 」




 部屋に戻り布団に入ってからも祇園の猫に見つめられてるような気がして平助は布団を頭からかぶった。




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