月の夜雨の朝 新選組藤堂平助恋物語 【青雲編】

凛花

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青雲編

第10話 花一華(はないちげ)

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  <記>

花一華とはアネモネの和名です。

花言葉は『はかない恋』『見捨てられた』など悲しい恋を想わせます。



お互い忘れられない恋の痛みに耐える平助と名都は……

そして平助は祇園の美貌の芸妓と出逢う




[1]



 激しい情事のあとの気怠さのまま平助はゆっくり身体を起こした。



「もうお帰りどすか? たまには泊ってくれはったらええのに…… 」

そう言って女の腕が平助の背中に絡みつく。



「いつも慌ただしいばかりですまない…… 」

俺はまとわりつく猫……祇園一の芸妓、君尾の手を取ると軽くくちびるを押し当ててから引き離し身支度を整える。



 俺と猫の関係はあの一夜限りでは終わらなかった。

俺は君尾のことを『猫』と呼び、こうして逢瀬を続けている……



 巡察に出て過激派浪士を見つけては斬る。 

人を斬る時は努めて自分の感情を殺す……そんな毎日にもすっかり慣れてしまう。



そうすることで俺の望んだとおり隊内での位置づけは上がり『新選組四天王』と称されるまでになった。



それでも当番が終わり命のやり取りの緊迫感から解放された途端、

反動のせいか気持ちが激しく高ぶりどうしようもないほど激した気持ちを持て余す



 君尾……猫との始まりは名都をひと時でも忘れたい……そんな気持ちからだった。

今は人を斬った後の高ぶった気持ちを静めるために猫を抱いている。



いずれにしても女の側から見れば俺はずいぶん身勝手なんだろう。



そんな俺の気持ちを読んだように猫が俺の目を覗き込む。



「……またそんな切なそうな目ぇしてはる。 好きな人のことまた思い出してはったんどすか。

新選組四天王とまで言われてるお人がこんなに純なところがあるって知ったら京の町の人らみんなびっくりしますやろなぁ 」

そう言ってからかうように笑っている。



「その話はしないでほしい。 何度もそう言っている。 」

少し不機嫌な声で応じる。



「その話って、好きな人のことどすか、 四天王のこと? どっちやろ 」

「どちらも…… 」



「やっぱり思い出してはったんどすな。 機嫌が悪いのは図星やからですか。 」

「別に機嫌は悪くない 」

猫の目に射竦められるようで俺は目を伏せた。



「人には三つの情があるって話、知ってますか? 純情、激情、惰情やそうどす。

うちは平助様の激情だけ見せてくれたらそれでええんどす 」



「……猫、怒っているのか 」

そう言って抱き寄せると猫は甘えるように俺を見上げ

「もうすぐ祇園会どすな、山鉾見物に連れてっておくれやす。

そしたらうちが目の前におるのに他の女子のこと考えてたん許してあげます。 」



やはりこの女は猫だ……俺は苦笑する。



 あとひと月もすれば京に来てから二度目の祇園会を迎える。

去年の祇園会の頃はまだ隊の仕事も今ほど忙しくはなかった。

新八さんや左之助さんと一緒に山鉾見物に行って山鉾の壮大さと人の多さに驚いた。

まだまだ京の町のすべてが珍しくいちいち新鮮だったころだ……



いつからだろう……懐かしさが胸をえぐるような痛みをともなうようになったのは……



「猫が行きたいのなら考えておく…… 」

「そのお顔は行く気あらへんどすやろ 」



そう言ってむくれる猫をなだめるように

「祇園会などの人出が賑わうときは通常の巡察以外に特別な隊務の可能性もある……

そのかわり、休息所を持ったらそちらへ来ないか? 」



なぜ名都とは離れようとしたのに猫との距離は縮めようとするんだろう……



 今も幸せでいることを願う大切な人

名都の前で笑ってる俺と新選組隊士としての俺……どちらが本当の自分なのかわからなくなっていった。

新選組隊士の俺に名都はいつか背を向ける、それが怖くて自分から離れた。




 君尾を抱くのは斬りあいの後の高揚感を静めるため。

それでも身体だけの関係と割り切ることはできない。



初めて座敷に上がった夜、話の途中から新選組幹部として君尾に向けた鋭い視線に一度も目を逸らさなかった君尾……



あの瞳の強い光に魅かれなかったと言えば噓になる。

そうでなければ何度も逢瀬を重ねることもなかっただろう……



俺の提案にうれしそうな猫をもう一度抱きしめてから茶屋を後にした。







 [2]



 桜もいつのまにか散ってしもうたなあ……



 満開の桜も終わり青々とした葉桜を眺めながら名都はまた平助のことを想う。

平助と最後に逢ったのはまだ雪が降るころ、年が明ける前だった。



 新選組幹部としての平助の噂は時折、耳にする。 

新選組の活動は日増しに熾烈を極めて京の町で噂に上らない日はない。

特に名前の良く知られた幹部隊士のことはみなが面白半分に話すのだ。



いつもなら『どこそこの御用改めで魁先生が一度に五十人斬り倒した、怖いなぁ』……などとあり得ない尾ひれがついた仕事ぶりを聞くだけだったが今日は違った。



「なあ、名月はん。 知っとりますか? ほら、あの藤堂はんやけどな…… 」

男衆はもったいぶった口調で名都に声をかける。



平助の名前を聞くと名都は今でも心がざわつく……



「今な、祇園でえらい騒がれてるらしおすんや。 

なんでも『一力 』の君尾が藤堂はんにぞっこんや言うてなぁ…… 

ほんま最近は島原も祇園に客取られることが多いとはいえ、まさか藤堂はんが祇園に取られるとは思わんどしたな 」
男衆が口惜しそうにしている。



 君尾のことなら名都も知っている。 

『祇園の芸妓より島原の太夫のほうが格が上なんや』などと島原では負け惜しみを言っている者も多い
そうだとしても祇園で一番、 もしかしたら京一番の美貌を誇る人気芸妓の君尾にたいして
自分は太夫ですらないのだ
格下もいいところなのだ



平助はんが君尾と……? 



「仙三はん…… 」名都は男衆の名を呼ぶ。

「なんべんも言うてるけど、藤堂はんはうちのお客やないわ。 ちょっと知ってる人いうだけや 」



 そう言ってみても心の中では、平助と君尾がいい仲なのかもしれないと思うといてもたってもいられない気持ちになる。

茶屋遊びなどしないような生真面目な雰囲気の平助だったが毎日の激務に疲れ、

美貌の芸妓に癒しを求めることがあってもおかしくはない。




 噂話の類が好きな男衆の仙三は詳しい話を知ってるようで話したくてたまらないらしい。

「それでな、その馴れ初め言うんがまた芝居みたいなようできた話どすねん。 」



 四条の南座で酔っ払いたちに絡まれた君尾の窮地を平助が救ったという話(詳細・番外編)を聞かせる。

「その時の二人の様子がそれはもう美しい絵になる二人や言うてなぁ……

今牛若と祇園一の美貌の芸妓、そりゃお似合いでっしゃろうな。 見てみたかったなぁ 」

仙三の話はまだ続く。 

「最近は新選組も昔と違うて羽振りもようなってるし。 

名月はん、惜しいことしたな。 

藤堂はんも、うちの店でずいぶんお世話したはずやけど薄情な人やで 」



「そんなん、もうどうでもええわ…… 」名都はもやもやしたまま部屋に戻る。




うちはずっとあの人のことが忘れられんかったのに……



激務で身体を壊すことが無いように。 そんなふうに心配もした……



でも…… 



もう平助はんはうちとは関係のない人



うちのことなんかとっくに忘れて誰といい仲になろうと……



もう関係ないひとなんや……






 [3]



 平助たち八番隊が市中の巡察を終えて屯所に戻って来たとき

「ああ、藤堂はん! ちょうどよかった…… 」

大きな声で叫びながら男が走り寄ってきた。 

刺客か!と一瞬、新田たちが殺気立つが平助がそれを制する。



「丸櫛屋の……いったいどうしたんです? 」



男は丸櫛屋の男衆、仙三で平助も顔なじみどころか名都のことや怪我をして運び込まれたときにとても世話になっていたので忘れるはずもない。



「そ、それが大変なんどす! うちの店で酔った浪士たちがお代踏み倒して暴れはって。

店の物は壊すしもうめちゃくちゃどすねん。

旦那はんが急いで壬生へ走ってきてくれいいましてな。 とにかく早う来とくれやす。 」



平助は戻ったばかりの八番隊を引き連れて島原へ急行する。



島原の大門をくぐり丸櫛屋が見えぬさきから大声で騒ぐ声や女たちの悲鳴が聞こえる。



丸櫛屋の店先では数人の浪士たちが店の壁を破壊するわ、店の女たちを連れて行こうとするわの大騒ぎとなっている。

駆け付けた平助たちとそれに気づいた浪士たちがにらみ合う。



「我々は新選組です。 狼藉はすぐやめて番所までご同行願います。 」

平助が静かに告げる。



「ほお……新選組かぁ。 こんな近くで見るんは初めてじゃのう 」

「新選組、わざわざ名乗らんでもその派手な羽織ですぐわかる 」

「新選組がなんぼのもんじゃ! 相手してやる 」

など浪士たちが口々にわめきたてながら刀を抜く。



浪士の一人が人質にでもする気なのか禿の少女の腕をつかむ。 怯えた少女が泣き叫ぶ。



平助はまだ刀を抜かない。 

ついてきた八番隊の部下たちにも『まだ抜くな 』と目で合図する。

名都の兄、三浦がきょろきょろしているのが目に入る。



三浦はおそらく名都を探しているのだろう……平助も名都のことが気にかかるが今は目の前の少女を助けるのが先だ。



いつもなら速攻、斬り捨てていたかもしれないが今日だけは自分も、もちろん三浦にも刀を抜かせずに事を治めたい。



「今から五つ数えます。その間にその子から手を離してもらえますか。 さもなくば斬ります。 」

浪士たちにそう宣言した。



「……ひとつ 」

数えながら目だけは浪士たちから離さず、平助は身体を少しかがめて地面をなぞるような仕草をしている。



「ふたつ……みっつ…… 」



浪士たちとじりじりと間合いを詰める。



「よっつ…… 」



「……いつつ 」



そこで先ほど手の中に集めた砂を少女の手をつかんでいた浪士の顔めがけて投げつけた。



砂粒が目に入り思わず浪士が少女の手を離す、平助が少女に手を伸ばそうとした時、



「白菊ちゃん! こっち 」

そう叫んで店の陰から走り出てきた女が浪士を突き飛ばして少女を抱き寄せた。



名都……! 



平助の動きが一瞬止まる。



「くっそ! この女っ…… 」突き飛ばされた浪士が名都の着物の襟をつかんで引きずり倒すと刀を名都に向かって振り上げる。



三浦が「名都っ 」と叫んで駆けだすよりずっと早く平助は名都と浪士の間に割り込み、白刃の下をくぐるように身を低くするとすでに抜いていた刀で逆袈裟に斬り上げた。



血しぶきを上げて倒れる浪士に騒動を遠巻きに見ていた人垣から悲鳴が上がる。



白菊という少女が恐怖に泣くことも出来ず名都にすがりつく。



斬られた浪士の仲間たちはすでにその場を逃げてしまったようだ。



平助は新田に番所への報告を頼むと血の付いた刀をひゅっと一振りして鞘に納め、

地面に座り込んでいる名都に近づきそっと声をかけた。



「……名都さん……怪我は…… 」



名都は見開いた眼で平助を見つめるだけで何も答えない……




名都の目の前で人を斬ってしまった……



一番恐れていたその事実が急に平助の背中に重くのしかかる。



名都がふらふらと立ち上がろうとし痛そうに顔をしかめた。

転倒した際に足首を痛めたようだ



「名都さん……足を痛めたのなら早く手当てを…… 」



「……大丈夫どす。 大事あらへん…… 」

そう言いながら足を引きずっている。



「無理をすると後に響きますよ、部屋まで私が負ぶいますから 」




あれだけ血しぶきを上げさせたのに返り血は平助の右半身に点々と散っている程度であるのを見て、名都は思う。



なにをどうすれば返り血を少なくできるのか、この人はきっと知り尽くしてはるんやなぁ……

それだけたくさんの人を斬ったということやろか……

だとしても……そんなことはどうでもいい

この人に怪我が無くてほんまに良かった……




平助に怪我が無いことに安心し涙が出そうになる。




一日だってこの人を忘れたことはなかった……




名都は平助の右頬に小さく飛んだ血の斑点を拭こうと思わず手を伸ばしたが、男衆の仙三から聞いた祇園の芸妓との噂を思い出す。



そうやった……この人はもう別の女(ひと) の物になったんやった……

それやのになんでいつまでたっても忘れさせてくれへんどころか、こんな風に現れたりするのんや……




名都は伸ばした手を慌てて引っ込めた。



「ほんまに大丈夫やから。 もう、うちには構わんといてください 」



「……名都さん 」



平助が、足を引きずりよろける名都を支えようとして出した手も押しやる。



二人のやり取りを見ていた三浦が名都に手を貸す。



「兄さん…… 」

「名都、さあ早く…… 」



三浦は名都を負ぶうと丸櫛屋の中に消えていった。



すでに番所に届けを出し急いで戻ってきていた新田が平助を気遣うように声をかける。

「隊長…… いいのですか 」



「新田さんはここで三浦さんを待って一緒に屯所に戻ってください。 他の方は店の片づけを手伝うように」

平助は部下に指示を出す。



「……隊長は? 」



「私は先に屯所に戻って土方副長に報告を。 」



平助は丸櫛屋の二階を少し見上げたがすぐに背を向け歩き出す。




あの雪の日に別れを告げたのはいつかこんな日が来ることを恐れたからだった



そうなる前に離れたい……



名都には笑ってる自分だけを覚えていてほしい



名都を忘れられず苦しんだ……



それなのに俺は名都の前で鬼になってしまった……


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