月の夜雨の朝 新選組藤堂平助恋物語 【青雲編】

凛花

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青雲編

第11話 平助の祈り

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 [1]



 名都の怪我が気になっていたが、あのように避けられてしまって様子を観に行くこともできず、早く良くなることを願うしかないまま数日が過ぎる。



 市中巡察を終え屯所に戻り、交替の組への引継ぎなどを行っている横で新田がいつものように隊長自慢を始めたのを見て平助は苦笑しながら新田に注意する。

「新田さん、先に引継ぎと武具の手入れをお願いします 」



 新田が慌てて武具の手入れをするのを見て平助は巡察の報告をするために土方の部屋に向かおうとしたところを「藤堂隊長、少しいいですか…… 」

 そう呼び止められ振り向くと硬い表情の三浦が立っている、もっとも三浦が自分に対して愛想がよかったことなど一度も無かったが。



「三浦さん……? 」

「名都のことです…… 」

 平助と三浦は少し皆から離れた場所へ移動する。



「名都は足を軽く、くじいたようですがすぐ医者に見せて今は良くなっております。 

 隊長が気にされてるかと思いましたので……一応ご報告を…… 」

 三浦は硬い表情のまま隊務の報告のように事務的な口調で平助とは目も合わせないでいる。



 何度も名都の様子を見舞いたいという気持ちを抑えていた……

 怪我がたいしたことないと聞いて心から安心した……

 平助はほっと息をつく。

「そうでしたか……それは良かった。 三浦さんも安心されたでしょう 」



「他人事みたいな言い方ですね 」

「…… 」

「怪我も治ったので、昨日から客も取ってますよ 」



 ……!三浦の言葉が刃となってぐさぐさと胸を刺す。

「……そう……ですか…… 」

 それだけ答えるとその場を去ろうとするが三浦はなおも平助に言葉の刃を向ける。

「隊長、逃げるのですか 」



 二人の険悪な空気に気づいた新田が近づいてきた。



「隊長が名都と単なる贔屓の客というだけの関係でないのは分かってます。

 だからこそ尚更、好いた女を金で抱けるあなたのことが理解できませんでした。 

 怪我をした名都のことも一度も見舞ってはくれませんでしたね? 

 私が名都にあなたとのことを尋ねても『あの人は祇園に恋仲の女ひとがいてる。自分とあの人は何の関係もない 』としか答えませんでした。 

 祇園にお気に入りができたから名都を捨てたんですか?

 私は正直、あなたのことが好きではありません……軽蔑します。 」



 新田が割って入る、「三浦さんっ、言っていいことと悪いことがある……隊長に謝れ! 」

 三浦は新田にまでかみつく、「お前は藤堂隊長の信者だろ! 関係ないのに口を挟まないでほしい 」

「なにっ! 」

 殴り合いでも始めそうな勢いの二人に平助は慌てて新田を止める。

 新田の肩をつかみ『下がれ 』と目で合図する。



「新田さん、三浦さん……私事で揉めるのは隊の規則に反します。 

 これ以上の諍いはいっさい許しません。 」

「でも、隊長…… 」



 平助は三浦のほうへ向き直り、

「三浦さん、 私のことは憎んでいただいて構いません。 

 ですが、それと隊の仕事は別です。

 三浦さん、新田さんも今後もよろしくお願いします。」



 三浦にもう一度頭を下げ、やりきれない想いのまま土方の部屋へ向かった。






 [2]



 土方の部屋の前で呼吸を整えてから障子越しに声をかけた。

 部屋の中で人の気配がして障子が開く、てっきり土方かと思ったが顔を出したのは監察方の山崎烝だった。

 監察方に籍を置く人間の中で土方が最も信頼してるらしいのは平助も知っていた。

 その山崎が土方の部屋でただの雑談をしているはずもない。

 平助は奥に座っている土方へ「お取込み中でしたら出直しますが…… 」



「いや、藤堂君。 ちょうどよかった。かまわないから同席してくれ 」

 土方にそう言われて平助も部屋に入り土方の前に腰を下ろす。



「巡察の報告は後で構わない、それより山崎から耳寄りな情報がある 」

 土方と山崎が頷きあう。



「実は四条にある古物商『枡屋』の主人が京への出入りを禁じられているはずの長州人を出入りさせているらしいという話でして。 実際浪士風の男らがよう出入りしとるんですわ 」

 大坂の針医の息子という山崎が関西なまりの言葉で要点を平助に伝える。



「長州?……間違いないんですか。 」

「もし本当ならなにか仕組んでくるかもしれない。 ついては、通常の巡察の他に監察方と一緒に枡屋を監視する別働の任務も引き受けてくれないか……なぁ、平助 」



 平助は小さく笑う。

 土方さんは、ほんとうにずるい……俺のご機嫌を取って言うことを聞かせたいときだけ昔のように平助と呼ぶ。

「わかりました。 引き受けましょう。 」



 平助が二つ返事で引き受けたことに気をよくしたのか土方は珍しく笑顔を見せた。

「そうか、助かるぜ……平助。 

 山崎、監察からもお前の他にもう一人出してくれ。 そっちの人選は任せるが、巡察部隊のほうからももう一人出すぜ。

 そうだな……総司はこういう仕事には向かないし。 やっぱり斎藤がいいか…… 」



「土方さん…… 」

「なんだ? 平助 」

「いえ、ずいぶんご機嫌だなと思って 」



 土方は平助を見て微笑む。

「ふん、今回の件はうまくいけば新選組の価値をあげるかもしれねぇからな。 」



 その後、斎藤と山崎、山崎が選んだ監察方の尾関で話し合い当番を決めた。

 平助と斎藤は通常の市中巡察もあるので、『昼と夜の巡察の前後』と『非番の日の昼』に枡屋を監視する別働任務につくことになった。



 一日目 昼の巡察 → 夜の枡屋監視

 二日目 昼の巡察 → 夜の桝屋監視

 三日目 昼の枡屋監視 → 夜の巡察 

 四日目 昼の桝屋監視 → 夜の巡察

 五日目 非番 昼の枡屋監視



 斎藤の三番隊と平助の八番隊の巡察が重ならいないように組んでこの当番を繰り返し、二人一組の相方はその日によって変わることとなった。




 [3]



 枡屋の向かいの蕎麦屋の二階を借りてそこから枡屋の入り口を見張る。

 枡屋は昼を過ぎたころから人の出入りが続く。



「古物商という商売にしては人の出入りが多いと思わないか 」

 平助はその日一緒に当番に当たった斎藤に話しかけた。



 斎藤は纏めた髪を左手で弄びながら枡屋を見下ろしていたが平助の言葉に目を上げた。

 あまり人と話すことは無い斎藤だったが平助とは同年齢ということと試衛館時代からの顔見知りということもありこちらから話しかければそこそこ話をする。



 斎藤は上げた目をまた枡屋に戻し「……だな 」と一言応える。

「大物を見つけたら詮議のために屯所へ同行させろと言われても顔も知らないし、こんな人相書きだけで吉田稔麿や桂を見つけろと言われても難しいな…… 」

「……だな 」

 素っ気ない斎藤の返事に苦笑しながら平助は人相書きを斎藤に回す。

 斎藤はちらっと眺めると興味なさそうに平助に返した。



「藤堂…… 」

「どうした? 」



「長州のことなら、おまえの女に聞いたらどうだ? 」

「……それは君尾のことを言ってるのか? 」

「名前は知らん…… 」



 他人の噂話などにまったく関心を持たなさそうな斎藤だったので意外に思う。



 名前は知らなくても俺と『猫』のことは知っているんだな……

『猫』が勤王芸妓として監察方から目をつけられていたことも。



 別働の任務が増えてからは合間を縫って『猫』の元へ通っても疲れて仮眠を取るだけの俺に、

「ほんまにお仕事が好きなんどすなぁ…… 」と呆れられている。



 平助は枡屋の入り口から目を離さず斎藤に答える。

「今は、そういう連中との付き合いは無いらしい 」

「それを信じるのか? 」

「嘘をついている目ではなかった 」



 確かに嘘をついていないという証拠も無いが嘘だという証拠も無い……

 俺以外の情人おとこがいる気配も感じない

 もちろん仕事柄、そんなことを感じさせないのも手管なのかもしれないが……



「おまえらしい…… 」



 ぽつんと一言だけ返す斎藤は俺のことを甘いやつだと思っているかもしれないな……



 この話はそれで終わったと思った平助が枡屋を出入りする人の顔と人相書きを見比べていると斎藤がまた口を開いた。

「藤堂がうらやましい…… 」



 今、枡屋に入っていった男は確か三条大橋を渡ったすぐのところにある旅籠『池田屋』の主人だったなと思い出してから「うらやましいって、何がだ? 」と答える。



「おまえが不逞浪士に容赦しなくなったのも山南さんと学問に精を出すのも女にのめり込むのも同じ理由か? 」



 斎藤が言いたいことが分からず平助が黙っていると蕎麦屋の女中が皿に形の悪い握り飯四個と茶を持って二階へ上がってきた。

 愛想笑いもせず皿を二人の前に置くと逃げるように下へ降りて行った。

 先に食べるよう斎藤に勧める、斎藤は窓から離れ握り飯を手に取った。



「……さっきの話だが仕事と学問と女は全然別だろ。 でも学問はおもしろいぜ、時間を忘れる 」



「つまり……藤堂は時間を忘れるほどの『恍惚』と『集中』を必要としているってことか 」と斎藤が少し笑う。



 平助は自分の口元に手をやり唇をなぞりながら「なんだそれ…… 」

 ますます斎藤の考えていることがわからず平助も笑ってしまう。



「いいことを教えてやる。人を摩滅させるほどの快楽と人を強くする仕事が時間を忘れさせる。 忘れたいことを忘れるのも早くなる 」



 芹沢暗殺の夜、土方の覚悟と自分の覚悟。

 人を斬るのが仕事のようになってしまい名都がいつか離れていくのが怖かった。

 三浦にあそこまで詰られても言い返すこともできなかった。



 そう……結局いつも弱いのは自分なのだ



 平助は感傷的な気持ちを振り払い「斎藤……今日はずいぶん理屈っぽい 」



「理屈ではない。俺には仕事しかないが、いろいろあるおまえがうらやましいと思ってる 」



 握り飯を食べ終わった斎藤と交替し平助はすっかりぬるくなった見るからに薄そうな茶を飲んだ。

 窓辺に腰掛け往来を見張っている斎藤の話をもっと聞いてみたくなる。



「斎藤はどうなんだ? 巡察と土方さんの特別な仕事をこなすだけで日々が過ぎてしまっていいのか?

 斎藤、いないのか?そういう女とか…… 」

「のめり込むほどの女がいるお前がうらやましいが、お前を見てると別の厄介事も増えそうで面倒だ 」

「なるほど……手厳しいな 」



「藤堂、俺は江戸で人を斬った。それも旗本を…… 」

「…… 」



 やはり噂は本当だったのか。

 試衛館に出入りしていた斎藤が急に姿を消した。

 京へ上る少し前のことだったな……

 斎藤も当然一緒に京へ行くと思っていたので不思議に思ったが新八さんから『斎藤がどうも人を斬ったらしいぜ』と聞いた。

 そのせいで江戸から逃げたとも。



 そんな斎藤に再会したのは新見さんが切腹させられた日だったな……



 平助は湯飲みを置くと握り飯の皿を持って斎藤の横に座る。

「人を斬ったことは噂で聞いた。 行方をくらましてたのもそのせいだってことも…… 」



「そうか……俺は新選組に感謝してる。 新選組が無ければ俺は賭場の用心棒か不逞浪士にでもなって…… 」

 そこで枡屋を顎で示し「あの店に出入りしてたかもしれない 」



「悪い冗談だな…… 」平助は考えるように目を伏せる。



「藤堂が新選組に思うところがあるのもわかる。 でも俺は新選組が好きだ…… 」



 斎藤は勘違いしている、俺は別に新選組が嫌いなわけではない。

 一緒に上京した仲間のことも大事だし、なんとなくうまくいかない土方さんにでさえ期待外れだったと思われたくない。だからこの任務も受けた。

 それを斎藤に伝えたくて口を開きかけたのを遮るように斎藤が「俺は新選組を壊そうとするやつがいたら許さない。 土方さんの命令ならなにも迷わない…… 」



 斎藤はそんなつもりはないのかもしれないが自分への苦言のようで平助は苦笑する。




「なぁ、斎藤、俺もいいことを教えてやる。 

 土方さんが言ってたよ、俺や沖田さんと違って斎藤は手がかからないって…… 」



「……だろうな 」斎藤も少し口元を緩める

「藤堂は考えすぎだ……それか誰からも嫌われたくないか 」

「そんなふうに見えるか? 心外だな…… 」

「四天王とか呼ばれても特にうれしくないだろ 」

「まあな…… 」



 巡察で部下を誰一人死なせたくはない、その思いだけで先陣を切っている。

 それは思ってる以上に重責となっている。



 握り飯を残すと平助も窓を覗く。



「無茶しなくても藤堂は強い…… もっとも俺のほうが上だと思っている 」

「自分で言うのか…… 」



 二人でこづきあい笑うと斎藤は気が済んだのかもう無駄口をせずに往来に目をやる。

 平助も見張りに集中する。



 どこかで祇園会のお囃子の練習でも行っているのだろうか、コンチキチンと途切れ途切れに鉦の音が聞こえる。

 往来を行き来する町の人々の顔は明るい。



 京の町を守るのが新選組の仕事なのだと誇りに思っていたころもあった……

 皮肉だな……



 いつの間にか笑顔を忘れていった俺だが町の人々には笑顔でいてほしい。

 もちろん今も大切なあの人も……笑っていてほしい。



 どうか祇園会が無事に行われますように……平助は心の中でそっと祈った







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