月の夜雨の朝 新選組藤堂平助恋物語 【青雲編】

凛花

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青雲編

番外編 祇園の猫の恋物語 3

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 [1]



 京へきて一年半、巡察でいろんなところを回り京の地理も狭い路地に至るまで詳しくなっていたが

 まだ清水の舞台に上がったことが無いと俺が言うと猫が大笑いをする。



「京へ来て清水さん見んとどこ見ますのや。 ほな、うちが案内したげます 」



 八坂神社の正門を出て、ぶらぶら歩き高台寺へと続く道が交わるところで右手の細い路地へ入る。



「高台寺は太閤さまの奥方の寧々さまがおいやしたとこで…… 」猫が楽しそうに解説してくれる。



 さらに右に曲がり二年坂へ出、その坂を上りきると八坂の塔から続く道に合流する。

 そこが有名な産寧坂……



「平助さま、気ぃつけとくれやす。 ここで転んだら三年寿命が縮まるって昔から…… え? 」



 下駄の歯が誰かがすでに転んだらしい道の窪みに見事にはまりつまずきかけた俺を見て猫が目を丸くする。



「もう! 何してはるの!……命三年縮まったやない 」

 そう言って俺の背中を軽く叩く



「もっと先に教えてくれ 」俺は笑いながら



 命が三年縮まったのか……もっともこんなに毎日刀を抜いていたら三年先も生きてる保障なんか無いのに短くなった三年を惜しんでも仕方ないかもしれない






 [2]

 

 清水寺の見どころのひとつ美しい朱塗りの仁王門が見える。

 階段の下から見上げ「なるほど、いよいよあそこか…… 」



 平助さまが嬉しそうに仁王門を見上げている。



 階段を二段ほど先を行く平助さまが後ろを振り返る。

 芸妓の衣装に身を包み長い着物の裾を持ち上げて階段を上っているとさっと手が出された。



 見上げると微笑む平助さまの笑顔がある。

 そんな優しい顔…… 反則や



 また頬が熱くなるのを悟られんように下を向いて平助さまの手を取った。



 うちの歩調に合わせてゆっくり階段を上がる

 手を引かれながら平助さまの背中を見つめる




 息が苦しいんはこの階段のせいや……

 そう、きっとそうや



 清水寺の参拝者と行きかうがその中にも新選組の藤堂と祇園の芸妓、君尾を見知ってるものもけっこういるようで二人をちらちら見て声を潜めてなにやら話している。



「おい、 あれ…… 」

「やっぱり噂はほんまやったんやな 」

「君尾と一緒におるんが壬生浪の藤堂やで 」

「知ってるで! 南座で酔って、からんできた浪士から君尾を助けたんやろ 」

「確かに錦絵にでもしたいくらい二人ともきれいやな 」



 声を潜めてるつもりかもしれないが興奮してだんだん大声になり話がまる聞こえで

 平助さまと目を合わせて苦笑する。



「みなが猫の噂をしている…… 」

「当然やわ…… 平助さまも人気者のうちと一緒に歩けて鼻高々どすやろ 」

「……ああ……そうだな 」



 平助さまはそのまま前を向いて階段を上がりながら話す

「……猫はどうだ? 平気なのか? 」

「なにが? 」



「俺が新選組だってこと…… 新選組とこんなふうに一緒にいるところを見られて噂になること 」

 そう言って平助さまが振り返った



「さあ……どうですやろなぁ

 平助さまが最初に疑ってたみたいにもしかしたら新選組の情報目当てかもしれまへん 」

 そう言っていたずらっぽく笑って見せた



「それは…… 無いな 」平助さまも笑ってる

「なんでやの? 」

「……なんでもだ 」階段を登り切ったのに平助さまはうちの手をさらに強く引いてずんずん歩いていく。



 あかん……また反則や

 ときめいてしまう……



「うちは平助さまが新選組でよかったって思ってます 」

「どうして? 」

「平助さまが京に上って新選組になってなかったら出逢えんかったかもしれへんから 」

「猫…… 」



 何か言おうとする平助さまを遮り背中の向こうを指さす、そうしないと平助さまがまた反則を仕掛けてくるような気がした

「もうそこが舞台どす、 はよ行きましょ 」

 つないだ手を離したくなくてうちは平助さまの手を引っ張って舞台に向けて駆けだした。






 [4]



「平助さま、そしたら『せーの!』で同時に言いましょ 」



 平助さまが笑いながら頷く。



 清水の舞台を見物した後、なにか食べようという話になり『お互い一番食べたいものを同時に言おう』とうちが提案した。



「そしたら、せーのっ! 」



「鍵善……」 「くずきりっ! 」



 てっきり平助さまは鱧とか鮎が食べたい言うんやろうって勝手に思ってたうちは平助さまの鍵善に吹き出した。

 笑いが止まらないでいると怪訝そうな顔の平助さまが「葛切りが食べたいなどとまるで子供のようなことを言う 」

「それは平助さまもやない 」

 なおも怪訝な顔をしている平助さまに「鍵善さん、言うたら葛切りが有名なお店どす。 祇園からも近いからお稽古の帰りにみんなでよう行きますえ 」



「……沖田さんからとにかく鍵善が美味しいから一度食べてほしいってずっと言われてて……店の名前とは知らなくて 」

 一生懸命言い訳をする平助様がかわいい



 平助さまの腕を取り「平助さまは子供が食べるようなもんはお嫌いどすか? 」



「……いや、 鍵善の葛切りが食べたい 」





 照れたように笑う平助さまの顔とあの日の葛切りの格別美味しかったことを思い出しながら

 爪紅師が爪をやすりで美しく整えるのを見ている。



「今日はええ紅が入りましたよって…… 」そう言って貝殻に入った真っ赤な爪紅を出す。



「やっぱり紅正べにまささんの紅が一番いいお色やわ 」



 京は祇園会の宵々山……お囃子が賑やかすぎるわ



 結局、若旦那はんの山鉾見物は断った



 平助さまと一緒に見物したら楽しかったやろな……



「君尾はん、相変わらずきれいな手ぇしてはるし爪もきれいやから紅もよう映えますな 」

 紅を筆に取りながら爪紅師はうちの手と見比べて色を調整している



 ……情事の後には優しくうちの手を取ってそっと唇を寄せる平助様



 一度、爪紅を施したうちの爪を見て

「このような真っ赤な爪は京に来るまで見たことが無い 」

「好きやない? 」

「よく似合っている……でも血を思い出してしまうな…… 」

 首を振り少し微笑む平助さま……



 うちは少し考えて「やっぱり今日は…… 」爪紅師に声をかけようとした時、激しい音を立てて障子が開けられ血相を変えた豆鶴が入ってきた。

 豆鶴は若旦那はんと山鉾見物に行ってたはずやけど……



「なんやの? 豆鶴ちゃん、やかましなぁ…… おしとやかにしとかな怒られるで 」



「大変なんどす! 」

「だからどないしたん? 」



「新選組が今、三条の池田屋さんで大捕り物やって……池田屋さんから逃げた浪士を追って三条大橋の当たりでも斬りあいが始まったって。 黒谷さんのほうも騒がしいからもうすぐ会津様も出動しはるんやないかってみんな言うてはる 」



「それ……ほんまなん? 」



 豆鶴が頷きながら「三条のほうから祭り見物に出てた人らが斬りあいに巻き込まれんようにって四条まで逃げてきてはるから四条大橋のへんも大騒ぎになってるわ 若旦那はんも逃げる途中ではぐれてしまうし…… 」



 平助さま…… 



 通常の巡察なら斬りあいになってもこんなに大騒ぎにはなったことが無い

 会津様まで出動って……去年の八・一八の政変みたいなもんがまた起こってるん?



「新田さまも出動してはるんやろか…… うち、やっぱり三条まで見てくる」



 豆鶴は平助さまの部下の新田さまといい仲になったって聞いてるけど……

 新田さまを心配しているのか涙を浮かべる豆鶴を𠮟りつける



「しっかりしなあきまへんで! 男はんが命かけて戦うてるとこに顔出したり、おろおろ泣いてたらあかん。

 うちらにできることは無事を祈ることと戻ってきはった時にじゅうぶん労ってあげることだけや 」



 爪紅を見て血を思い出すと言っていた平助さま……



「紅正さん、今日は真っ赤はやめとくわ……もう少し胡粉混ぜて。 白っぽくなるまで 」

「薄い桃色みたいなんでええどすか? 淡い色も爪がきれいやから似合いそうどすな 」

「薄桃色に塗ったらこの指だけ白い梅の花の絵、描いて…… 」



 平助さまが口づけしてくれた指を差し出す



 平助さま…… どうか無事でいて



 豆鶴のことは𠮟ったが本当は今すぐにでも自分が三条まで走っていきたい

 その衝動を抑えるために

 爪が薄桃色に彩られ、右の人差し指に白梅が描かれるのをただじっと見ていた



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