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視察
結局、あの後は特に何ごともなく就業終了時間を迎えた。
そして私は予定通り黒川くんと、会社帰りにコンビニを巡る視察をするつもりだ。
「まず最初は一番近いコンビニを見てみますか?」
「そうね。ただ、この時間でも残ってるかしら?」
コンビニの商品の入荷時間は店によってまちまちだ。
会社近くのコンビニが何時頃に品物を入れているのかを、私は把握していなかった。
「たしかあの店は夕方に品出ししていたと思うので、大丈夫かと」
「よく利用するの?」
「まぁ、たまにですけど」
そんなたわいもない会話を交わしながら、会社のエントランスを出ると駅へと向かう。
「ところで、先輩は洋菓子と和菓子だったらどちらが好きですか?」
黒川くんからの質問は、答えを出すには難しい問いかけだ。
だって、どちらも美味しいから。
「それは永遠のテーマかもしれないわね」
「……そんなに大それた質問しました?」
軽口をたたきながら歩くのは楽しかった。
思えば、剛人とは最近は出歩くこともなかったと思う。会うのはいつも剛人の家で。
あれ?
最後にデートらしいデートをしたのっていつだったっけ?
そんなことを思い出せばテンションも下がる。
ああ……いやだ。
またあんな奴のことを考えちゃった。
終わりにしたというのに、未練がましく思い返してしまうのが嫌だ。
それでも、長い間生活の中に溶け込んでいた相手をすぐにスパッと忘れてしまうことは難しい。
ウジウジとするのは性分じゃないんだけどな。
そう思っても、じめついた思いに囚われてしまって。
前を向いていた視線がだんだんと下がっていき、ついに自分の足元が視界に入った瞬間、右手を温かな何かに包まれた。
それは、黒川くんの手だった。
彼の大きな左手が、私の右手を包んでいる。
驚いて横を見上げれば真っ直ぐに前を見たままの黒川くんの横顔が見えた。
「恋人……ですからね」
嘯くように言った言葉が耳をかすめる。
『仮初の恋人でしょう?』
そう言いたかったけれどなぜか声が出なかった。
会社の近くとはいえ、ここに結衣はいない。
恋人役を演じる必要もないのに。
そう思ったけれど、私からその手を離すことはできなかった。
♢♢♢
会社の近くのコンビニと駅の近くのコンビニ、そして最終的に黒川くんの家の近くのコンビニにも寄って、私は今彼の家の前にいる。
一緒にコンビニを巡りはしたけれど、私は買った物をお互いの自宅で食べれば良いと思っていた。
その上で明日意見交換をすれば充分だからだ。
なのに、その提案は黒川くんによって却下されてしまった。
「せっかく一緒にいるんですから、その場で意見交換をした方が新鮮な感想が聞けると思いますけど?」
そう言われてしまえば意見としてはもっともだから断りづらく、それならば近くの公園かどこかで食べようと誘えば、気分的に落ち着かないと言われてしまう。
まぁたしかに、夜の公園ともなれば時々物騒だったりするし、何も外で食べなくても、という気持ちになるのもわかる。
わかりはするけど……。
いきなり家にお邪魔するのは急すぎない?
そう思ってしまうのは私の頭が堅いからか。
『さすがに女性の一人暮らしの家に突然行けませんから』と言っていたけれど、一人暮らしの男性の家に行くのであれば状況はあまり変わらないよね。
違いがあるとすれば、人を招く前提になっていない気の抜けた状態の家を見られないことくらいだろう。
「散らかっていますけど、どうぞ」
そう言って招き入れられたのは、瀟洒な外観の低層マンションの最上階だ。
低層とはいっても五階だからそこそこ景色が良い。マンションの入り口はオートロックで、明らかに私が住んでいる所よりも家賃が高そうだった。
スーツも良い生地の物を着てるなと思っていたけれど、良いところのお坊ちゃんなのだろうか。
そんなことを思いながら、勧められてダイニングの椅子に腰を下ろした。
「お腹も空いてるでしょうから、適当に何か出しますね」
黒川くんはスーツの上着を脱ぐと、ワイシャツを腕まくりして冷蔵庫を覗き込んでいる。
チラッと見えた限りでは、意外にも冷蔵庫の中には物がたくさん入っていた。
しかも、だ。
作り置きみたいなのも見えたけど……?
そして私は、後輩のさらなるハイスペックぶりを目にすることになる。
見た目が良くて仕事もできて、さらには家事もこなせるなんて、彼はよほど神様に気に入られているに違いない。
そう、思った。
そして私は予定通り黒川くんと、会社帰りにコンビニを巡る視察をするつもりだ。
「まず最初は一番近いコンビニを見てみますか?」
「そうね。ただ、この時間でも残ってるかしら?」
コンビニの商品の入荷時間は店によってまちまちだ。
会社近くのコンビニが何時頃に品物を入れているのかを、私は把握していなかった。
「たしかあの店は夕方に品出ししていたと思うので、大丈夫かと」
「よく利用するの?」
「まぁ、たまにですけど」
そんなたわいもない会話を交わしながら、会社のエントランスを出ると駅へと向かう。
「ところで、先輩は洋菓子と和菓子だったらどちらが好きですか?」
黒川くんからの質問は、答えを出すには難しい問いかけだ。
だって、どちらも美味しいから。
「それは永遠のテーマかもしれないわね」
「……そんなに大それた質問しました?」
軽口をたたきながら歩くのは楽しかった。
思えば、剛人とは最近は出歩くこともなかったと思う。会うのはいつも剛人の家で。
あれ?
最後にデートらしいデートをしたのっていつだったっけ?
そんなことを思い出せばテンションも下がる。
ああ……いやだ。
またあんな奴のことを考えちゃった。
終わりにしたというのに、未練がましく思い返してしまうのが嫌だ。
それでも、長い間生活の中に溶け込んでいた相手をすぐにスパッと忘れてしまうことは難しい。
ウジウジとするのは性分じゃないんだけどな。
そう思っても、じめついた思いに囚われてしまって。
前を向いていた視線がだんだんと下がっていき、ついに自分の足元が視界に入った瞬間、右手を温かな何かに包まれた。
それは、黒川くんの手だった。
彼の大きな左手が、私の右手を包んでいる。
驚いて横を見上げれば真っ直ぐに前を見たままの黒川くんの横顔が見えた。
「恋人……ですからね」
嘯くように言った言葉が耳をかすめる。
『仮初の恋人でしょう?』
そう言いたかったけれどなぜか声が出なかった。
会社の近くとはいえ、ここに結衣はいない。
恋人役を演じる必要もないのに。
そう思ったけれど、私からその手を離すことはできなかった。
♢♢♢
会社の近くのコンビニと駅の近くのコンビニ、そして最終的に黒川くんの家の近くのコンビニにも寄って、私は今彼の家の前にいる。
一緒にコンビニを巡りはしたけれど、私は買った物をお互いの自宅で食べれば良いと思っていた。
その上で明日意見交換をすれば充分だからだ。
なのに、その提案は黒川くんによって却下されてしまった。
「せっかく一緒にいるんですから、その場で意見交換をした方が新鮮な感想が聞けると思いますけど?」
そう言われてしまえば意見としてはもっともだから断りづらく、それならば近くの公園かどこかで食べようと誘えば、気分的に落ち着かないと言われてしまう。
まぁたしかに、夜の公園ともなれば時々物騒だったりするし、何も外で食べなくても、という気持ちになるのもわかる。
わかりはするけど……。
いきなり家にお邪魔するのは急すぎない?
そう思ってしまうのは私の頭が堅いからか。
『さすがに女性の一人暮らしの家に突然行けませんから』と言っていたけれど、一人暮らしの男性の家に行くのであれば状況はあまり変わらないよね。
違いがあるとすれば、人を招く前提になっていない気の抜けた状態の家を見られないことくらいだろう。
「散らかっていますけど、どうぞ」
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そんなことを思いながら、勧められてダイニングの椅子に腰を下ろした。
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チラッと見えた限りでは、意外にも冷蔵庫の中には物がたくさん入っていた。
しかも、だ。
作り置きみたいなのも見えたけど……?
そして私は、後輩のさらなるハイスペックぶりを目にすることになる。
見た目が良くて仕事もできて、さらには家事もこなせるなんて、彼はよほど神様に気に入られているに違いない。
そう、思った。
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