天才軍師、顔の良い生首を拾う。~孔明じゃない諸葛さんの怪異譚~

久保カズヤ

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二章

二、皇太子

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 この時代、多くの都市は黄土を押し固めて築かれた長大な城郭に囲われており、これが戦時で防壁として活躍していた。
 しかし建業は一国の都であるのに城郭は貧相である。それは建業が丘陵に築かれた都であるため、という理由が大きい。

 真っすぐ天に聳える城壁を築くには、やはり平地である方が都合は良かった。
 ただ長江のすぐそばに位置する建業は、洪水に呑まれないよう丘陵に都市を構える他なく、そのせいで都市を城郭で囲うのが難しかったとされる。
 そこで孫権は建業の西の山地に"石頭城"を築き、有事の際の備えとした。
 こうした背景もあってか、石頭城の波止場には呉の誇る精鋭水軍がずらりと並び、また多くの官僚や役人も出入りをしている。

(戦も近いからか、兵も役人もやけに気を張ってるな)

 肌を刺すような空気がある。時代の節目とは、こういうものなのかもしれない。
 諸葛恪は関所を超え、城に入る。すれ違う者は皆、目を合わせようともせず、どこか恐れているように頭を下げるばかり。
 人の顔色を窺うという行為に何の意味がある。段々と諸葛恪の眉間には皺が寄り始めていた。

「殿下、左輔都尉が諸葛恪に御座います。ただいま濡須口より帰還しました」

 都市の中央に位置する行政所の奥の一室。諸葛恪はそこに入るなり片膝をつき、拱手の礼をとる。
 しかし、返事はない。ふと顔を上げるとそこにはそっぽを向く男の姿があった。
 
 名を孫登、字(あざな)は子高。呉の初代皇帝"孫権"の長子、そして呉の皇太子である。
 既に老齢の域にある皇帝"孫権"に代わり、今や孫登は国政を牽引する立場にあった。
 そして諸葛恪はこの孫登の最側近で、無二の友だ。しかしそんな側近の帰還に孫登は無視を貫く。
 悪い癖が出ている。思わず諸葛恪はため息をつき、拱手の手を下ろした。

「今帰ったぞ、子高」
「うん、お帰り!元遜(諸葛恪のあざな)!」

 ふと家で飼っている犬を思い出す。
 それほどまでに孫登は愛嬌のある笑顔を浮かべていた。
 
 呉の皇太子であり、国政の管轄者という重きをなしているにも関わらず、孫登は"友に君臣の礼を求める"ことを嫌がった。
 孫登には諸葛恪・陳表の他に"顧譚"や"張休"といった最側近があり、この四人は"太子四友"と呼ばれている。
 この四友に孫登は同格の友達付き合いの関係を求め、殿下と呼ばれることを露骨に嫌がったりするのだ。

「頼むから公の場でその態度は辞めてくれ。示しがつかないと老臣達に睨まれるのは俺なんだぞ」
「それでも嫌なものは嫌だ!父帝も言っておられた、"友は何よりも得難い存在だ"と。その友に距離を取られるのは寂しい!」
「この我儘野郎め。それで、今日は体調はいいのか?」
「そうだね。戦も近い、いつまでも休んではいられないさ」

 山と積みあがった報告書。孫登の顔は白く、少し痩せているように見える。
 体力がないとか体が弱いというわけでもないのだが、何かと昔から体調を崩しがちであった。

「あーあ、ずっと仕事ばかりで気が滅入るよ。久しぶりにみんなで狩りに行かないか?」
「生憎、こっちもこっちで忙しいんだ」
「元遜は父帝にも気に入られてるからなぁ。確かにお前以上に忙しいやつはそうそういないだろうね」
「だろうな」
「でも久々に会えたんだし、今日は僕と夜まで語り明かさないか?昔みたいに一緒の寝所で寝てさぁ!」
「断る」
「そんなぁ!」

 普段は皇太子として完璧に臣下をまとめて政務をこなすのに、どうして友の前だとこうなってしまうのだろうか。
 べたべたと抱き着いてこようとする孫登を無理に引き剥がしながら、諸葛恪は思わず頭を抱える。
 自分はまだ外に出る用事も多いから良いが、常に側仕えしている"張休"の苦労を思うとドッと疲れが湧いてくるようだった。
 
「それで、他の三人は?」
「ん?文奥(陳表のあざな)は兵の調練に出ていて、叔嗣(張休のあざな)は久々の休暇だな」
「久々って、どんだけ働き詰めだったんだよ…」
「ちなみに今日の朝から休暇に入って、夜には戻ってくるよ」
「うわぁ」
「子黙(顧譚のあざな)は武昌で僕の名代として上大将軍(陸遜)の補佐をしてるんだけど、明日か明後日には建業に帰ってくる。ちょっと任せたい仕事があってね」

 すると孫登は箱の中に積まれている書簡の中から、ごそごそと一つの報告書を引き抜いて諸葛恪に手渡した。
 それは"兵糧の徴収の進捗"に関する報告書で、どうにも上手く集められていないようであった。

「丹陽郡の南部や新都郡のあたりでの兵糧の徴収が不足している。徴兵も言わずもがなだ」
「この辺りの地域は未だ不安定だし、先の大雨で流れた田畑も多いと聞く。想定内の問題だが、解決策はない。厄介だな」
「呉軍が兵を出せば、いつもここで反乱が起きる。子黙の兄弟にはその調査に向かってもらう予定だ」
「今回も荒れるだろうからな」
「あ、元遜、お前も行くんだぞ」
「えぇ…?」
「お前には別件だ。またまた怪異が出たのだとかなんだとか」

 また別の報告書を引き抜いて、今度は孫登がそれを文机の上に広げた。
 そこに描かれているのはなんだかよく分からない下手で気の抜けた"蛇"の絵であり、四枚ほど小さな羽が生えている。
 こうして見ると蛇というよりオオウナギに似ている感じがした。
 
「黟山(現代でいう黄山)のあたりに現れたとかで、これが現れるとたちまち雨が降り出して困っているらしい」
「それを確かめてこい、と」
「これ以上、田畑が流されるのは勘弁してほしいからな。あわよくば討伐してくれ」
「蛇は古来より水と関係が深い。この前の狍鴞(ほうきょう)のような怪物ではなく、水神という場合もある。神は流石に討てないぞ」
「まぁ、そこらへんは全て元遜に任せるよ。いつも通り上手いことやっちゃって!」
 
 やっと建業でしばらく落ち着けると思った矢先にこれか。
 また宿舎に戻ってすぐ荷物をまとめないといけないことを考えると、なんだか頭痛がしてくるようだった。
 
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