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二章
四、怪力乱神を語らず
しおりを挟む諸葛恪に迫られながらも無表情で茶を啜っているのは"顧譚"、二人の仲裁をしているのが顧譚の弟の"顧承"だ。
二人の祖父は呉の丞相(筆頭官僚・宰相)の"顧雍"であり、二人の母は呉の筆頭将軍"陸遜"の妹という超名門の出自である。
一目見ただけで名家の生まれと分かるほどに顔立ちは端正。また顧譚の方は涼しくも重厚な威厳を備え、一切狼狽えることもない。
自分がここに居ても良いものかと、楊甜は戸を開いたまま気後れして客間へ入れずにいた。
「元遜(諸葛恪のあざな)、そこな女性は?」
「あ、男ですぅ」
「最近雇った俺の従者だ、文句あんのか」
「ほぅ、お前が従者を」
初めて見せた感情の発露。顧譚は少し目を見開き、楊甜の全身を視界に捉える。
隣にいた顧承にも見られ、楊甜はなんだか品定めされているようで少しむず痒そうにしていた。
「貴殿、名は?」
「えーっと、その、楊甜と言いますぅ」
「答えなくていい馬鹿」
「楊甜、良い名だ。しかも男か。元遜、良い従者を得たな」
この時代、男色は珍しい話ではなかった。
「勘違いしてんじゃねぇよ、ただの従者だって言ってんだろ。というかその変に冷静ぶった態度をやめろ気持ち悪いな」
「やめるも何もこれが私だ」
「上大将軍(陸遜)に影響されて、真似事してるって丸分かりなんだよ。恥ずかしくねぇのか」
「恥ずっ、恥ずかしいだと?」
ようやく顧譚が挑発に乗り、諸葛恪と睨み合う。
いつもならここで顧承がまた仲裁に出てくるのだが、待てど暮らせど出てこない。
顧譚も諸葛恪もその違和感を感じ、ふと顧承の方に目を向ける。
「楊甜さん、というんですね。あ、あの、ご出身はどちらで?」
「え、いや、あの…」
「あ、申し遅れました。自分は騎都尉を務めております顧"子直(顧承のあざな)"です。えへへ」
「お前の弟は何をやってんだ」
「…分からん」
気を取り直し、机を挟んで長椅子に座り向かい合う。
相変わらず諸葛恪と顧譚は睨み合っているし、顧承のやたら眩しい視線に楊甜は居心地の悪さを感じていた。
机の上にはいくつもの書簡や地図が並んでおり、当然、楊甜には何のことだかちんぷんかんぷんである。
「子黙(顧譚のあざな)、改めて確認だ。殿下からの指示は、主に丹陽郡南部、そして新都郡一帯の調査だな?」
「そうだ。"賊"の多い地域が故に徴税や徴兵が上手く運んでいないのは当然だが、だからと言って見過ごせない。その実態を調査する」
「賊ではない、山越と言え」
「甘いな、元遜。呉に何度も歯向かう虎狼はすべからく賊であろう」
「呼称についてはひとまず置いておきましょう、兄上。いつまで経っても話が進みません」
「あの、すいません。その"賊"とか"山越"というのは…?」
呉は長江以南を領する国であり、その領土のほとんどの地域が山林で覆われている辺鄙な土地でもあった。
おもに呉の"漢人(漢王朝の文明圏に住む民族)"は長江沿いに暮らしているが、未開拓地域には数多くの少数部族が暮らしている。
その少数部族をまとめて「山越族」と呼称する。そして彼らの多くは自分達の土地を侵し、人攫いを行う呉の支配に大いに反発していた。
厄介なのが少数部族だけでなく、逃げた囚人や罪人、流民も山林に逃げ込むため「異民族」として括るのも難しい。
「間もなく呉は魏を攻める。賊はそのたびに反乱を繰り返しており、今回もそうなるであろう。故に調査し討伐せねばならん」
「まぁ、山越が厄介なのは俺も同意見だ。隙を見せれば軍を成し、敗色が濃くなれば散り散りに山林へ逃げる。拠点も分からないから攻めようがない」
「それの調査が今回の任務なんですね。でもそんな大変なことをどうやって?」
「子黙は周辺地域から集めた戸籍や税収の数字に齟齬が無いかを精査し、他には周辺の役所の人事の動きを見る。そして俺達は怪異討伐も兼ねた実地調査だ」
諸葛恪が指さす書簡には気の抜けた蛇の絵が描かれており、その蛇には四枚の翼が生えている。
なんだか開いて炙ったら美味しそうだな、と楊甜は胸の内で呟いた。
「この辺りで最近長雨が続き、作物の収穫に悪影響が生じている。その原因がコレにあるって噂が出ているらしいから調べるぞ」
「元遜、お前また怪異に首を突っ込んでいるのか。"怪力乱神を語らず"と言うだろう、無暗に関わるべきではない」
「俺にとって怪異は不確かでも奇妙なものでもない。行くぞ、楊甜」
「私はお前のことを心配して──」
顧譚が話し終わるより先に席を立ち、諸葛恪は客間を後にした。
また置いて行かれて気まずい楊甜は苦笑いを浮かべて二人に一礼し、主人の後を追いかけたのであった。
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