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毛髪黙示録
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西暦20XX年――世界は、マッシュルームヘアを禁じた。
「マッシュルームヘア禁止法」、通称《マ法》。
この悪法が施行されてから、すでに十年が過ぎた。
かつて人々の頭上に咲いていた、丸く柔らかな茸(たけ)のシルエット。
その美は、「卑猥」「暴力的」「中毒性あり」などという統計的断罪のもと、国家の手によって剃り払われた。
曰く、マッシュヘアの男はパートナーへのDV率が異常に高く、モンスタ⚪︎エナジーおよびストゼ⚪︎の中毒傾向が著しく、概して脳波に“暴力性”の偏差が見られる……と。
マ法に違反する者は、「矯正対象者」として登録され、毛髪矯正所へ強制送致。
いまや、この世界にマッシュを選ぶ自由などという幻想は存在しない。
太陽は干からびた胎児のように空にぶら下がり、
地面は陥没し、空には毛髪を感知するドローンが飛び交っている。
街の美容室はすべて国家管理の《角刈り指定サロン》。
かつてトレンドを牽引したサロン《MUSH by LUXE》も今は鉄条網に囲われ、
看板には赤スプレーで「マッシュ死すべし」の文字が血のように滲んでいた。
そんな瓦礫の街を、一人の男が歩いていた。
黒いターバン。鋲付きのレザーベスト。無駄に逆三角形な上半身。
背中には、滅びた美学が宿っている。
名を、榎田正和(えのきだ・まさかず)。
かつて「神のマッシュ」を生み出すと讃えられた、伝説の美容師。
今は国家資格を剥奪され、整髪の自由を奪われ、ただ彷徨う流浪の男。
――だが、彼の魂はまだ刈られてはいなかった。
榎田は立ち止まり、風に向かってつぶやく。
「くだらねえ時代になったな。
人の中身じゃなくて、髪型だけで善悪を決めるなんてよ」
彼はそっとターバンをほどいた。
そこに現れたのは、まばゆいばかりのマッシュルームヘア。
精密に整えられた球体が、光を弾き、影を生み、空気に“ふぁさ……”と音を立てる。
まるで、それは――呼吸する髪だった。
その瞬間、上空のドローンが激しく反応する。
サイレンが鳴り、街角のスピーカーから自動音声が響いた。
《警告、警告。マッシュヘア違反者を確認。
対象者の脳波に暴力的偏差を検出。
即時処置のため、矯正部隊を派遣します》
榎田は鼻で笑った。
「脳波で人間を裁くくらいなら……てめえらまず、床屋に行けって話だな」
――ドガアァァァン!!!
廃墟の壁が爆ぜ、瓦礫を撒き散らしながら現れたのは一台の巨大装甲車。
そのハッチが開き、筋骨隆々の男たちが一斉に飛び出す。全員が角刈り。
片手にバリカン。もう片手に国家認証スタンプ。
国家直属の髪型矯正部隊――通称《トサカ隊》。
「汚物は消毒だァァ!!」
「卑猥な頭しやがってェ!!」
「マッシュは死!!」
榎田は静かに構えを取った。
その動きに、風が乗る。髪がざわめく。
「――おれのマッシュは、刃(やいば)だ」
“茸舞空斬(マッシュ・ダンス・カット)!!”
風が走る。地面が割れる。
前髪が飛ぶ。頭皮が揺れる。自己同一性が崩壊する。
魂が、断たれる。
――そして沈黙の中、榎田は囁いた。
「……散髪ってのはな。
もっと……優しくていいんだぜ」
「マッシュルームヘア禁止法」、通称《マ法》。
この悪法が施行されてから、すでに十年が過ぎた。
かつて人々の頭上に咲いていた、丸く柔らかな茸(たけ)のシルエット。
その美は、「卑猥」「暴力的」「中毒性あり」などという統計的断罪のもと、国家の手によって剃り払われた。
曰く、マッシュヘアの男はパートナーへのDV率が異常に高く、モンスタ⚪︎エナジーおよびストゼ⚪︎の中毒傾向が著しく、概して脳波に“暴力性”の偏差が見られる……と。
マ法に違反する者は、「矯正対象者」として登録され、毛髪矯正所へ強制送致。
いまや、この世界にマッシュを選ぶ自由などという幻想は存在しない。
太陽は干からびた胎児のように空にぶら下がり、
地面は陥没し、空には毛髪を感知するドローンが飛び交っている。
街の美容室はすべて国家管理の《角刈り指定サロン》。
かつてトレンドを牽引したサロン《MUSH by LUXE》も今は鉄条網に囲われ、
看板には赤スプレーで「マッシュ死すべし」の文字が血のように滲んでいた。
そんな瓦礫の街を、一人の男が歩いていた。
黒いターバン。鋲付きのレザーベスト。無駄に逆三角形な上半身。
背中には、滅びた美学が宿っている。
名を、榎田正和(えのきだ・まさかず)。
かつて「神のマッシュ」を生み出すと讃えられた、伝説の美容師。
今は国家資格を剥奪され、整髪の自由を奪われ、ただ彷徨う流浪の男。
――だが、彼の魂はまだ刈られてはいなかった。
榎田は立ち止まり、風に向かってつぶやく。
「くだらねえ時代になったな。
人の中身じゃなくて、髪型だけで善悪を決めるなんてよ」
彼はそっとターバンをほどいた。
そこに現れたのは、まばゆいばかりのマッシュルームヘア。
精密に整えられた球体が、光を弾き、影を生み、空気に“ふぁさ……”と音を立てる。
まるで、それは――呼吸する髪だった。
その瞬間、上空のドローンが激しく反応する。
サイレンが鳴り、街角のスピーカーから自動音声が響いた。
《警告、警告。マッシュヘア違反者を確認。
対象者の脳波に暴力的偏差を検出。
即時処置のため、矯正部隊を派遣します》
榎田は鼻で笑った。
「脳波で人間を裁くくらいなら……てめえらまず、床屋に行けって話だな」
――ドガアァァァン!!!
廃墟の壁が爆ぜ、瓦礫を撒き散らしながら現れたのは一台の巨大装甲車。
そのハッチが開き、筋骨隆々の男たちが一斉に飛び出す。全員が角刈り。
片手にバリカン。もう片手に国家認証スタンプ。
国家直属の髪型矯正部隊――通称《トサカ隊》。
「汚物は消毒だァァ!!」
「卑猥な頭しやがってェ!!」
「マッシュは死!!」
榎田は静かに構えを取った。
その動きに、風が乗る。髪がざわめく。
「――おれのマッシュは、刃(やいば)だ」
“茸舞空斬(マッシュ・ダンス・カット)!!”
風が走る。地面が割れる。
前髪が飛ぶ。頭皮が揺れる。自己同一性が崩壊する。
魂が、断たれる。
――そして沈黙の中、榎田は囁いた。
「……散髪ってのはな。
もっと……優しくていいんだぜ」
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