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Black empire
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その黒き帝国に住むのは、悪魔か、あるいは神なのか。
答えはその自身にもわからない。
上層街――――それは、街とは名ばかりの、巨大な建物の集合体だった。エデンに唯一の請った高層ビルを中心とし、その他の半壊したビルを通路でつなぎ合わせたそれは、街というよりも要塞のようだった。荒れ果てた荒野に佇むそれは、どこか不協和音を奏でるように、不気味な禍々しさを纏っている。
「まるで、ほんとにお姫様を助けに行く気分ね。魔王でも住んでそう」
いつか旧世界のジャンクの中から見つけた本に描かれていた、剣と魔法の世界の物語を思い出し、セトミが嘆息する。
「住んでいますよ、魔王が。アンタレスという名の、ね」
珍しく皮肉っぽい調子で言いながら、デヴァイスの中のエマが肩をすくめた。
「それもそうね。それじゃあ行きましょうか、女神様。いざ、魔王を倒して姫をお救いするために」
軽い調子で言いながら、セトミはもっとも手近にある建物の壁に背を預け、その入り口をうかがう。ガラスでできた、元は自動ドアであったろうその入り口は、今は粉々に砕け散り、役目を果たすことはない。
中は吹き抜けのホールのような作りになっており、内部の様子はよく見渡すことができた。光学エネルギーも供給されているらしく、ランプや小さな灯りのみが光源のヒューマンの居住区とは比べ物にならない明るさだ。
「敵は……いないみたいね」
ショウの作戦が功を奏したか、ヴィクティムらしき人影はない。彼らはその巨躯ゆえに強靭ではあるが、その身体は隠密行動には向いていない。いれば恐らく、その気配はわかるはずだ。
セトミは音もなく建物の内部へと侵入する。
「さて……それじゃあ、予定通り、マップをダウンロードしないとね。それがありそうなところっていうと……」
「セトミさん、まずはこの建物内を捜索しましょう。あまり広範囲を移動するのは危険です」
緊張感を帯びたエマの言葉に、セトミもうなずく。
「そうね。まずはこの建物がなんだったか分かれば、目星もつくんだけど……おっ」
周囲を見回していたセトミの目が、ホールの奥にある受付だったらしいカウンターで止まった。念のため辺りを警戒しながら、彼女はそのカウンターに近づいて行く。
カウンター奥の壁には、半壊する前のこのビルの構造図が描かれていた。無論、遥か過去の図なので、今とは異なってはいるが、手がかりくらいにはなりそうだ。
それによると、戦前はこのビルはまるまる一つが、ある商社のものだったようだ。営業部、開発部、人事部などといった文字が目に入る。
「なんのだかはわからないけど、商社ビルか……どこかしらに、まだ使えるコンピューターが残っていれば、なにかしらに使われてる可能性はありそうね。ま……問題はそれがどこにあるのか、だけど」
腰に手を当て、嘆息しながらセトミが言う。
「……開発部を調べて見るのはどうでしょう? 商社ならば、商品の開発はもっとも他社に知られたくない情報のはず。コンピューターのプロテクトも固いのでは? 物理的にも、システム的にも」
「なるほどね。元々、当てがあるわけでもないし……行ってみますか」
図によると、開発部は建物の三階となっている。それほど高い階層ではないため、半壊しているビルといっても、比較的荒れていないと思われた。エマの進言には、そういった意味もあったのかもしれない。
セトミは吹き抜けの中を半円を描くように作られた階段を上っていく。灯りがあることからエレベーターも起動していることも考えたが、着いた先に敵がいては逃げ場がなくなる。小さな箱の中でヴィクティムといっしょなどと、さすがにぞっとしない。
AOWを手に、警戒しつつ階段を上りきるが、そこにも敵の姿はない。小走りですぐ側にあった階段へと駆け寄り、それを上りきるが、そこにも敵の姿はなかった。
「……変だね。いくらなんでも、敵の姿がなさすぎる」
緊張感のピリピリした音を帯びた声で、セトミが言う。
「ショウさんの作戦がうまくいったのでは?」
「それにしても、誰もいなさすぎよ。なんか、罠のにおいがする」
セトミが、猫のように鼻をクンクンさせながら、周囲を警戒する。
そこは三階の通路のようだった。通路は右と左に長く続いており、それぞれが曲がり角となって終わっている。正面の壁には、ご丁寧に『⇒開発部研究室』との表記があったので、そちらへと進む。
曲がり角でいったん止まり、セトミは奥の通路をのぞきこむが、やはり敵の気配はない。
そうこうしながら通路を進んで行くうちに、あっさりとセトミは『開発部』と書かれた部屋の前へと立っていた。
「こりゃ……ほんとに誰もいないのかもね。さすがに重要そうな部屋の前に見張りの一人もいないなんて」
まさに肩透かしを食らった形で、セトミの肩から力が抜ける。
念のため、ドアをわずかに開いたところで中をのぞきこみ、敵の姿を探るが、やはり誰かがいる気配はない。それよりも目に付いたのは、恐らく戦前のものらしい巨大なコンピューターが稼動していることだった。あまり広いとは言えないその部屋の、壁一面がモニターや配線、操作パネルといった機械で埋め尽くされており、かなりの力を持つものであることは人目で見て取れる。
「……これなら、施設のマップのダウンロードができそうね」
セトミは音もなくドアを開くと、コンピューターの操作パネルらしきものの前に立つ。が、その表情が苦虫を噛み潰したようなものに取って代わる。
「見つけたはいいけど……やっぱりというかなんというか、スイッチの入れ方もわかんないわ。専門家のエマさん、よろしく~」
「はい。では、デヴァイスの端末をコンピューターの外部接続に接続してください。後は私がやります」
言われたとおりにセトミはデヴァイスの端末コードをコンピューターと連結する。これはシャドウ内でもコンピューターにハッキングをかける際に使われるやり方であるため、その作業は問題なく行うことができた。
やがて、モニターに様々な数列や記号が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返して行く。セトミにはほとんど理解できないことではあったが、エマにはそれを理解することなどたやすいらしく、時折「なるほど」「よし」などと声を発するだけで、苦労している様子はまったくなかった。
「……おや?」
そのエマが、不意に疑問の声をあげる。
「どしたの?」
「いえ……目的のマップのデータを発見したのですが……」
珍しく歯切れの悪い口調のエマに、セトミが小首をかしげる。
「このデータファイルに、ごく最近、ハッキングによる接触を行った形跡が見られるのです。普段使う者が使用しただけならば、そのような形跡など残らないはず……」
「マップデータを必要とする、ハッキングしなければマップを入手できない人間……つまり、侵入者が私たちの他にもいるってこと?」
セトミの言葉に、エマは静かにうなずく。
「恐らくは。それもごく最近でしょう。あるいは、一時間も経過していないかもしれない」
その事実に、セトミは考える。となると、ショウらが作戦を遂行している間にその人物はここを抜けて行ったということになる。目的はわからないが、ヴィクティムの兵が動き出したのを好機と見て忍び込んだと考えられる。
なら、その人物はこの戦闘状況を把握している人物である可能性が高い。
「もしかして……」
だが突如、考えるセトミの思考をエマの鋭い声が切り裂いた。
「――――っ、これは!?」
その焦燥を多分に含んだ声に、思わずセトミがデヴァイスのモニターを見る。
「どうしたの!?」
「セトミさん、これは罠です! どうりでプロテクトが甘いわけです……マップデータのダウンロードが行われると……!」
エマがそこまで言った刹那、セトミの瞳を赤い閃光が刺した。同時に大音量で警報が鳴り響き、エマの声を掻き消す。
「……こうなるわけね」
奇しくもエマが言おうとしたことを目の当たりにすることになり、皮肉げにセトミは笑みを浮かべる。が、さすがにその表情には若干の焦燥も混じっていた。
油断なく、セトミはアンセムとカタナを構える。至近距離での戦いの場合、ライフルよりカタナの方が早い。部屋の入り口は四ヶ所。入ってきたドアと、コンピューターの右側に二つのドア。左側にも同じく二つ。
「エマ、ダウンロードはできた? やつらが来たら、強引に突破するわ。どっちに行けばいい?」
アンセムを油断なくドアに向けたまま、セトミが言う。
「一番右のドアを。その先は長い通路と階段があり、その先が中央のビルへつながっています。とにかくそこへ逃げ込みましょう」
「了解!」
セトミが言い終わったその瞬間、それぞれのドアからや実弾型のライフルで武装したヴィクティムが姿を現す。最初に現れたのは四体。このままではさらに数を増すだろう。
刹那、セトミは瞳を紅く染め、前頭部の突起を顕現させた。一番最初に反応したのは、目的のドアから現れたヴィクティム。そこに向かって、セトミはアンセムを発砲する。
放たれた青い閃光はヴィクティム兵の足を焼き、兵士は弾丸を放つことなく倒れこむ。
「貴様ァッ!」
激昂した二体目が銃口をセトミに向けた。いや、向けようとした。が、すでにそこに彼女の姿はなかった。
「……え」
次の瞬間には、彼の手にしていたライフルは銃身の真ん中から、綺麗に真っ二つとなっていた。そして、目の前には少女とカタナ。なにが起こったのか理解した瞬間には、彼は血しぶきを上げて倒れていた。
「な……なっ!?」
当惑したままの残りの二人のうち、手近な一人にセトミは容赦なくアンセムを撃つ。混乱から復帰できないまま、そのヴィクティムはもんどりうって倒れる。
「ク、クソォッ!」
残った一人が我に返り、アサルトライフルを発砲した。だが焦りからか、その照準はわずかにぶれている。それでも、フルオートで放たれたそれは、数発がセトミに向かって飛ぶ。
一発目をスウェーでかわしながら、セトミは刃を返したカタナを振るう。その瞳が、さきほどよりもことさら紅く、紅く染まった。
一回、二回、三回。
「ぎゃあっ!」
その悲鳴は、撃たれたはずのセトミのものではなかった。撃った側であるはずのヴィクティムが、自分が放ったはずの弾丸に撃ちぬかれ、倒れる。
それはまさに神業と言えた。セトミの行った芸当は、放たれた弾丸をカタナの峰で打ち返すという、人智を超えたものだった。
その信じられない光景に、後に続くはずだったヴィクティム兵たちが一瞬、気圧されたように後ずさった。
その隙に、セトミはエマに指示されたドアへと駆け寄り、その中へと踊りこむ。
「な、なにしてる! 追えっ!」
後ろから響く怒声にはかまわず、セトミは駆ける。エマの言ったとおり、その先は長い通路になっており、さらにその先にはわずかに上りの階段が見える。
「いまさらですが……すごいですね、あなたのその目」
感心したようなエマに、セトミは少々自嘲気味に笑って見せる。
「自慢できるような代物じゃないけどね。望んで手に入れたわけでもないし。……ま、でも今は悪くないかもって、ちょっとは思える」
「なぜです?」
「たとえこんな力でも、誰かを助けることはできるんだって、あの子が教えてくれたきがするから……かな」
そう言うと、セトミはいつもの笑みとは少し違う、照れたような笑みを漏らして見せた。言っている内容もそうだが、いつ後ろから銃弾が飛んできてもおかしくない状況だというのに、こんなことをのんきに話している自分がおかしかった。
「……セトミさん」
微笑むエマのその表情に、いよいよもって先ほどの発言がむずがゆくなってくる。
「そ、そんなことより! 階段上りきったら、どうすればいいの!? やつらが来るわよ!」
「階段を上りきったら、中央の一番高いビルへと入る入り口があります。そこに入って、中からデヴァイスをロックシステムに連結させてください。扉をロックします」
その言葉に、セトミはうなずく。背後からはすでに怒声と銃弾が飛来し始めている。飛びつくように階段へとたどり着くと、セトミは全力でドアへと駆け寄った。
さらにその内部へ滑り込むと、すばやくロックシステムとデヴァイスを連結させる。扉の向こうからは、すでに兵たちの声が聞こえ始めていた。
「チッ!」
セトミは背を扉に預ける格好で、押さえる。やがて、兵たちが扉を押し開けようと殺到する。なんとか足を踏ん張って耐えるが、さすがに力勝負では分が悪い。
「エマ、まだ!?」
「もう少し……よし、ロックシステムオーヴァーライド完了! シャドウのロックシステムを上書きします!」
その声と同時に、今まで扉に加えられていた圧力が嘘のように消え、重厚な金属の音が、扉をロックしたことを知らせた。
「ふいー、危機一髪」
さすがに汗を拭きながら、セトミが床に座り込む。
「で? ここから先はどこに向かうの?」
「このビルの一番高い場所……そこに、アンタレスのラボがあります。そこに、神になるためのシステムを解析できるほどの巨大コンピューターの反応があります。十中八九、ミナも、アンタレスもそこにいるかと」
エマの言葉に、セトミはいつもの皮肉げな笑みを浮かべて笑う。
「お姫様も魔王も、塔の一番てっぺんでお待ちかね、ってわけね。いよいよ物語の世界だわ、こりゃ」
帽子を目深に被りなおすと、セトミはアンセムとカタナを手にしたまま、ゆっくりと立ち上がった。
答えはその自身にもわからない。
上層街――――それは、街とは名ばかりの、巨大な建物の集合体だった。エデンに唯一の請った高層ビルを中心とし、その他の半壊したビルを通路でつなぎ合わせたそれは、街というよりも要塞のようだった。荒れ果てた荒野に佇むそれは、どこか不協和音を奏でるように、不気味な禍々しさを纏っている。
「まるで、ほんとにお姫様を助けに行く気分ね。魔王でも住んでそう」
いつか旧世界のジャンクの中から見つけた本に描かれていた、剣と魔法の世界の物語を思い出し、セトミが嘆息する。
「住んでいますよ、魔王が。アンタレスという名の、ね」
珍しく皮肉っぽい調子で言いながら、デヴァイスの中のエマが肩をすくめた。
「それもそうね。それじゃあ行きましょうか、女神様。いざ、魔王を倒して姫をお救いするために」
軽い調子で言いながら、セトミはもっとも手近にある建物の壁に背を預け、その入り口をうかがう。ガラスでできた、元は自動ドアであったろうその入り口は、今は粉々に砕け散り、役目を果たすことはない。
中は吹き抜けのホールのような作りになっており、内部の様子はよく見渡すことができた。光学エネルギーも供給されているらしく、ランプや小さな灯りのみが光源のヒューマンの居住区とは比べ物にならない明るさだ。
「敵は……いないみたいね」
ショウの作戦が功を奏したか、ヴィクティムらしき人影はない。彼らはその巨躯ゆえに強靭ではあるが、その身体は隠密行動には向いていない。いれば恐らく、その気配はわかるはずだ。
セトミは音もなく建物の内部へと侵入する。
「さて……それじゃあ、予定通り、マップをダウンロードしないとね。それがありそうなところっていうと……」
「セトミさん、まずはこの建物内を捜索しましょう。あまり広範囲を移動するのは危険です」
緊張感を帯びたエマの言葉に、セトミもうなずく。
「そうね。まずはこの建物がなんだったか分かれば、目星もつくんだけど……おっ」
周囲を見回していたセトミの目が、ホールの奥にある受付だったらしいカウンターで止まった。念のため辺りを警戒しながら、彼女はそのカウンターに近づいて行く。
カウンター奥の壁には、半壊する前のこのビルの構造図が描かれていた。無論、遥か過去の図なので、今とは異なってはいるが、手がかりくらいにはなりそうだ。
それによると、戦前はこのビルはまるまる一つが、ある商社のものだったようだ。営業部、開発部、人事部などといった文字が目に入る。
「なんのだかはわからないけど、商社ビルか……どこかしらに、まだ使えるコンピューターが残っていれば、なにかしらに使われてる可能性はありそうね。ま……問題はそれがどこにあるのか、だけど」
腰に手を当て、嘆息しながらセトミが言う。
「……開発部を調べて見るのはどうでしょう? 商社ならば、商品の開発はもっとも他社に知られたくない情報のはず。コンピューターのプロテクトも固いのでは? 物理的にも、システム的にも」
「なるほどね。元々、当てがあるわけでもないし……行ってみますか」
図によると、開発部は建物の三階となっている。それほど高い階層ではないため、半壊しているビルといっても、比較的荒れていないと思われた。エマの進言には、そういった意味もあったのかもしれない。
セトミは吹き抜けの中を半円を描くように作られた階段を上っていく。灯りがあることからエレベーターも起動していることも考えたが、着いた先に敵がいては逃げ場がなくなる。小さな箱の中でヴィクティムといっしょなどと、さすがにぞっとしない。
AOWを手に、警戒しつつ階段を上りきるが、そこにも敵の姿はない。小走りですぐ側にあった階段へと駆け寄り、それを上りきるが、そこにも敵の姿はなかった。
「……変だね。いくらなんでも、敵の姿がなさすぎる」
緊張感のピリピリした音を帯びた声で、セトミが言う。
「ショウさんの作戦がうまくいったのでは?」
「それにしても、誰もいなさすぎよ。なんか、罠のにおいがする」
セトミが、猫のように鼻をクンクンさせながら、周囲を警戒する。
そこは三階の通路のようだった。通路は右と左に長く続いており、それぞれが曲がり角となって終わっている。正面の壁には、ご丁寧に『⇒開発部研究室』との表記があったので、そちらへと進む。
曲がり角でいったん止まり、セトミは奥の通路をのぞきこむが、やはり敵の気配はない。
そうこうしながら通路を進んで行くうちに、あっさりとセトミは『開発部』と書かれた部屋の前へと立っていた。
「こりゃ……ほんとに誰もいないのかもね。さすがに重要そうな部屋の前に見張りの一人もいないなんて」
まさに肩透かしを食らった形で、セトミの肩から力が抜ける。
念のため、ドアをわずかに開いたところで中をのぞきこみ、敵の姿を探るが、やはり誰かがいる気配はない。それよりも目に付いたのは、恐らく戦前のものらしい巨大なコンピューターが稼動していることだった。あまり広いとは言えないその部屋の、壁一面がモニターや配線、操作パネルといった機械で埋め尽くされており、かなりの力を持つものであることは人目で見て取れる。
「……これなら、施設のマップのダウンロードができそうね」
セトミは音もなくドアを開くと、コンピューターの操作パネルらしきものの前に立つ。が、その表情が苦虫を噛み潰したようなものに取って代わる。
「見つけたはいいけど……やっぱりというかなんというか、スイッチの入れ方もわかんないわ。専門家のエマさん、よろしく~」
「はい。では、デヴァイスの端末をコンピューターの外部接続に接続してください。後は私がやります」
言われたとおりにセトミはデヴァイスの端末コードをコンピューターと連結する。これはシャドウ内でもコンピューターにハッキングをかける際に使われるやり方であるため、その作業は問題なく行うことができた。
やがて、モニターに様々な数列や記号が浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返して行く。セトミにはほとんど理解できないことではあったが、エマにはそれを理解することなどたやすいらしく、時折「なるほど」「よし」などと声を発するだけで、苦労している様子はまったくなかった。
「……おや?」
そのエマが、不意に疑問の声をあげる。
「どしたの?」
「いえ……目的のマップのデータを発見したのですが……」
珍しく歯切れの悪い口調のエマに、セトミが小首をかしげる。
「このデータファイルに、ごく最近、ハッキングによる接触を行った形跡が見られるのです。普段使う者が使用しただけならば、そのような形跡など残らないはず……」
「マップデータを必要とする、ハッキングしなければマップを入手できない人間……つまり、侵入者が私たちの他にもいるってこと?」
セトミの言葉に、エマは静かにうなずく。
「恐らくは。それもごく最近でしょう。あるいは、一時間も経過していないかもしれない」
その事実に、セトミは考える。となると、ショウらが作戦を遂行している間にその人物はここを抜けて行ったということになる。目的はわからないが、ヴィクティムの兵が動き出したのを好機と見て忍び込んだと考えられる。
なら、その人物はこの戦闘状況を把握している人物である可能性が高い。
「もしかして……」
だが突如、考えるセトミの思考をエマの鋭い声が切り裂いた。
「――――っ、これは!?」
その焦燥を多分に含んだ声に、思わずセトミがデヴァイスのモニターを見る。
「どうしたの!?」
「セトミさん、これは罠です! どうりでプロテクトが甘いわけです……マップデータのダウンロードが行われると……!」
エマがそこまで言った刹那、セトミの瞳を赤い閃光が刺した。同時に大音量で警報が鳴り響き、エマの声を掻き消す。
「……こうなるわけね」
奇しくもエマが言おうとしたことを目の当たりにすることになり、皮肉げにセトミは笑みを浮かべる。が、さすがにその表情には若干の焦燥も混じっていた。
油断なく、セトミはアンセムとカタナを構える。至近距離での戦いの場合、ライフルよりカタナの方が早い。部屋の入り口は四ヶ所。入ってきたドアと、コンピューターの右側に二つのドア。左側にも同じく二つ。
「エマ、ダウンロードはできた? やつらが来たら、強引に突破するわ。どっちに行けばいい?」
アンセムを油断なくドアに向けたまま、セトミが言う。
「一番右のドアを。その先は長い通路と階段があり、その先が中央のビルへつながっています。とにかくそこへ逃げ込みましょう」
「了解!」
セトミが言い終わったその瞬間、それぞれのドアからや実弾型のライフルで武装したヴィクティムが姿を現す。最初に現れたのは四体。このままではさらに数を増すだろう。
刹那、セトミは瞳を紅く染め、前頭部の突起を顕現させた。一番最初に反応したのは、目的のドアから現れたヴィクティム。そこに向かって、セトミはアンセムを発砲する。
放たれた青い閃光はヴィクティム兵の足を焼き、兵士は弾丸を放つことなく倒れこむ。
「貴様ァッ!」
激昂した二体目が銃口をセトミに向けた。いや、向けようとした。が、すでにそこに彼女の姿はなかった。
「……え」
次の瞬間には、彼の手にしていたライフルは銃身の真ん中から、綺麗に真っ二つとなっていた。そして、目の前には少女とカタナ。なにが起こったのか理解した瞬間には、彼は血しぶきを上げて倒れていた。
「な……なっ!?」
当惑したままの残りの二人のうち、手近な一人にセトミは容赦なくアンセムを撃つ。混乱から復帰できないまま、そのヴィクティムはもんどりうって倒れる。
「ク、クソォッ!」
残った一人が我に返り、アサルトライフルを発砲した。だが焦りからか、その照準はわずかにぶれている。それでも、フルオートで放たれたそれは、数発がセトミに向かって飛ぶ。
一発目をスウェーでかわしながら、セトミは刃を返したカタナを振るう。その瞳が、さきほどよりもことさら紅く、紅く染まった。
一回、二回、三回。
「ぎゃあっ!」
その悲鳴は、撃たれたはずのセトミのものではなかった。撃った側であるはずのヴィクティムが、自分が放ったはずの弾丸に撃ちぬかれ、倒れる。
それはまさに神業と言えた。セトミの行った芸当は、放たれた弾丸をカタナの峰で打ち返すという、人智を超えたものだった。
その信じられない光景に、後に続くはずだったヴィクティム兵たちが一瞬、気圧されたように後ずさった。
その隙に、セトミはエマに指示されたドアへと駆け寄り、その中へと踊りこむ。
「な、なにしてる! 追えっ!」
後ろから響く怒声にはかまわず、セトミは駆ける。エマの言ったとおり、その先は長い通路になっており、さらにその先にはわずかに上りの階段が見える。
「いまさらですが……すごいですね、あなたのその目」
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「なぜです?」
「たとえこんな力でも、誰かを助けることはできるんだって、あの子が教えてくれたきがするから……かな」
そう言うと、セトミはいつもの笑みとは少し違う、照れたような笑みを漏らして見せた。言っている内容もそうだが、いつ後ろから銃弾が飛んできてもおかしくない状況だというのに、こんなことをのんきに話している自分がおかしかった。
「……セトミさん」
微笑むエマのその表情に、いよいよもって先ほどの発言がむずがゆくなってくる。
「そ、そんなことより! 階段上りきったら、どうすればいいの!? やつらが来るわよ!」
「階段を上りきったら、中央の一番高いビルへと入る入り口があります。そこに入って、中からデヴァイスをロックシステムに連結させてください。扉をロックします」
その言葉に、セトミはうなずく。背後からはすでに怒声と銃弾が飛来し始めている。飛びつくように階段へとたどり着くと、セトミは全力でドアへと駆け寄った。
さらにその内部へ滑り込むと、すばやくロックシステムとデヴァイスを連結させる。扉の向こうからは、すでに兵たちの声が聞こえ始めていた。
「チッ!」
セトミは背を扉に預ける格好で、押さえる。やがて、兵たちが扉を押し開けようと殺到する。なんとか足を踏ん張って耐えるが、さすがに力勝負では分が悪い。
「エマ、まだ!?」
「もう少し……よし、ロックシステムオーヴァーライド完了! シャドウのロックシステムを上書きします!」
その声と同時に、今まで扉に加えられていた圧力が嘘のように消え、重厚な金属の音が、扉をロックしたことを知らせた。
「ふいー、危機一髪」
さすがに汗を拭きながら、セトミが床に座り込む。
「で? ここから先はどこに向かうの?」
「このビルの一番高い場所……そこに、アンタレスのラボがあります。そこに、神になるためのシステムを解析できるほどの巨大コンピューターの反応があります。十中八九、ミナも、アンタレスもそこにいるかと」
エマの言葉に、セトミはいつもの皮肉げな笑みを浮かべて笑う。
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