漆黒のピルグリム

ふらっぐ

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Brake the darkness in your mind

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 火ノ宮紅香がふと気がつくと、そこは見たこともない、石造りの建物の内部だった。いや……見たことはある。これは、水葉の写真にあった、どこか外国の礼拝堂だ。
「……って、なに? これ」
 身体を包み込む違和感に、紅香が自分の格好に目をやる。
 その目に映ったのは、いつも通り着ていたはずの服ではなく、まるでゲームや映画に出てくるような、西洋の甲冑だった。そこまで見て、紅香は不意に思い出す。
「……あ、これって……アネッタの着てた鎧だ」
 あのアネッタの記憶の中で、彼女が悪魔と戦う際に着ていた鎧だった。どうやら本物らしく、あちこちに生々しい傷がある。
「どうやら、あいつの言う舞台に上げられちゃったみたいだね」
 不意に、紅香の横に静馬が現れる。彼の服装は変わっていない。
「恐らく、前にジルや郁真がやったような、空間をいじくるような力じゃないかな。でも、紅香の姿を見る限り、なんだか、それ以上の力がありそうな気がするけど」
 静馬の声が終わるのとほぼ同時に、礼拝堂の奥から足音が響きだす。ゆっくりと近づいてくるその足音に、紅香が思わず身を硬くする。
「おお……聖女様……」
 その闇の中からゆっくりと姿を現したのは、やはりザムエル・ミューラー。
「500年前とまったく同じお姿……。やはり、あなたは聖女様だ。これだけの年月が過ぎてもなお、その魂を残しておられる」
「……私はアネッタじゃない。私は、火ノ宮紅香なの」
 首を横に振り、紅香がまっすぐにザムエルを見る。その言葉に、ザムエルの表情が一変する。恍惚するような笑みから、その心に秘めた狂乱の片鱗をのぞかせる。
「違う! あなたは、アネッタ様だ! わが永遠なる聖女、アネッタ様なのだ!」
 両腕を振り回し、充血した瞳で、ザムエルは紅香を見返す。その様子に、アネッタの記憶で見た、穏やかな彼の姿はもはや、一片たりとてない。
「……ふ、ふふふふふ。あの時のように……500年前のように、逃がしはしませんよ、アネッタ様。今宵こそ……今宵こそ、あなた様を私のものにするのです。あなた様の魂に付いた不要物を取り除き、私だけのものと……!」
「……ばっかじゃないの? 狂ってるよ、あんた……」
 どこか悲しげな表情を滲ませながら、紅香が言う。歯噛みする彼女が味わう苦さは、悔恨の味。アネッタのものでありながら、自分のものでもある、悔恨。
「黙れェッ! 不要物が! これ以上、聖女様を汚すことは許さんぞォッ!」
 興奮のあまりぶるぶると震える手で、ザムエルは懐から一対の剣を取り出し、その口をぐにゃりと歪ませる。
「……ご安心ください、聖女様。この私が、今すぐ、その不要物を斬り落としてさしあげます。ふふ、ふふふふふ……ちょっと痛いですが、大丈夫ですよお。すぐに、なにも感じなくなりますからねェッ!」
 一対の剣を構え、こちらを歪んだ笑みで見るザムエルに、紅香も己の力を顕現させる。髪を紅く染め、その右手に巨大な剣を持つ。
「いいよ、かかってきなよ……。こっちこそ、そのぶっ壊れた魂、叩きなおしてあげるっ!」
「しゃああああああああッ!」
 かかってこいとジェスチャーをして見せる紅香に、ザムエルが奇声をあげながら突進する。左手の剣を突き出す。
 紅香は両手の大剣で、自分に迫る剣を弾き返す。が、間髪いれずにザムエルは右手の剣で切り返す。
「くっ!」
 後ろに跳びすさり、かろうじて紅香はその突きをかわす。ザムエルの攻撃のスピードは、紅香のそれよりはるかに早い。
「うひゃひゃひゃひゃ! 不要物め! 聖女様に鍛えられたこの剣、貴様に見切れる道理などないのだ! 斬りおとす、斬りおとす、斬りおとす! うひゃひゃひゃひゃ!」
 一度間合いを取る紅香を追うこともせず、ザムエルは狂乱する。
「誰が……不要物だっ!」
 慟哭とともに、紅香が剣を薙ぐ。その剣閃をなぞるようにして、足元から炎が立ち上る。現れた炎は駆ける獣のごとく、ザムエルに向かって猛進する。
「出でよ、不浄なるものども!」
 それに合わせて、ザムエルは右手の剣を掲げた。その瞬間、その足元から操り人形の糸に引かれ、教会の制服を着た人間が現れた。
 ザムエルと炎の間に召喚されたそれは、その身で炎を阻むと、そのまま灰となって消える。
「ふふふふ。気丈な人形たちです。その身を呈して私を守ってくれるとは。その忠誠心には、いやはや、感服いたします」
 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、眼鏡の位置を正しながら、ザムエルはうそぶく。その言葉に、紅香がぐっと奥歯を噛みしめた。
「なにが忠誠心だ……むりやり操って、盾の代わりにしてるだけでしょうが! あんた、性格悪すぎ!」
 その紅香の言葉に、静馬がはっとした表情を見せる。
「もしや……セイント・アンガーの人たちも……」
「ふふふふふ、守護霊君は気づいたようですね。その通りですよ。彼女たちも、私の大切な人形です。彼女たちは、実に良い喜劇を演じてくれましたよ。街を解放しにきたはずが、その街の住民に殺されるという、実に良い喜劇をね!」
 その言葉に、紅香の表情が怒りに燃える。剣を握る手が、押さえきれぬ慟哭に震える。
「まさか、その事件も、あんたが……!」
「そうです。街の人間を操り、彼女らの部隊を皆殺しにしました。切り裂き、貫き、なぶって、弄んでね。ああ……あれは本当にいい喜劇だった。どうやら、主演女優は、先の戦いであなたのご友人に敗れて、お亡くなりになったようですが。……ひゃひゃひゃひゃ! ご愁傷様ァ!」
 身体をくの字に折り曲げ、狂喜の笑みでザムエルが笑う。
「ひひひひひひ……私の次の作品の主演女優は、あなたです。聖女様。あなたなら、きっと前作を超える、すばらしい喜劇を紡ぐことができるでしょう!」
「ふざける……なぁっ!」
 激怒に身を任せ、紅香が駆ける。ザムエルの懐まで飛び込むと、大上段から大剣を振り下ろす。
「ひひひひっ……出でよ!」
 が、ザムエルがまたも人形と化した僧兵を召喚する。
「……ぐっ!」
 思わず、紅香が斬撃を止めた。考えがあってではない。この人たちは、斬りたくないという思いからの、反射的な行動。
「おお、さすがは聖女様……このような人形さえも哀れんでくださるとは、なんと慈悲深い。しかぁしぃ~~~~~」
 にたり、とこれまで以上にザムエルの表情が歪んだ。それはまるで、獲物を追い詰めた獣の、舌なめずり。
「それゆえに、あなたは死ぬのだ……」
 ゆっくりと、ザムエルが右手の剣を上段へと構える。そして、剣先を人形越しに紅香に向けた。
「そして、私の人形になれェッ!!」
 その剣先が鋭く繰り出され、人形を貫く。だがその勢いはとどまらず、その先にいる紅香へと猛進する。
 だがその刹那、人形の身体が炎に燃え上がった。
「何ッ!?」
 思わず、ザムエルが剣を引く。同時に哀れな人形は地へと倒れふす。
 紅香が振り返ると、そこには右手を前に突き出した静馬の姿があった。
「紅香……残念だけれど、彼らは救えない。救いがあるとしたら、それは、解放なんだ。この呪縛からの」
「静馬……」
 悲しげな瞳で静馬を見る紅香以上の悲しみが、その瞳にはあった。それは、死者であるがゆえに理解できる悲しみなのかもしれない。己が死んだ後も、束縛され続ける、その悲しみは。
「……うん、そうだね……」
 その瞳に、紅香はうなずくことしかできない。
 だが、それをあざ笑う闇が、あった。
「ふふふふふ……いいお話でした、今にも涙があふれそうだ。ですが……これならどうです? 哀れんでやることなどできますかァ?」
 ザムエルが笑う。それがまるで、彼の者を呼び出す呪文であったかのように――――ずるり、と。彼らが闇から這い出した。
 それは、世にもおぞましく――――だがそれゆえに、どこか悲しい怪物だった。
 灰色がかった肌の、人間のパーツの集合体。ずらりと生え揃った腕は、まるでムカデの足。それが生えているのは、ぶよぶよとした肉の塊で、そこにはいくつもの苦悶に満ちた顔が浮かんでいる。
「私の人形をまとめて召喚しました。ばらばらに出すのもめんどうなので、ちょっとくっついてもらいましたが」
「なんて……ことを」
 紅香がぎりり、と奥歯を噛む。その目が見つめる怪物の苦悶の表情は、彼女に声もなく訴えかける。『殺してくれ』と。
「……うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
 吼えながら、紅香は再び剣を振り上げる。そのまま怪物の胴体に斬りつけるが、ダメージが通った様子はない。
「あアアアアアアアアあッ!」
 怪物が、そのたくさんの腕を一斉に振りかぶった。次の瞬間、紅香の全身にいくつもの腕が襲いかかる。
「うぐっ!」
 怪物の爪に切り裂かれ、紅香が倒れこむ。が、すぐさま起き上がり、大剣を構えなおした。
「静馬、剣じゃだめだ。炎の力を貸して」
「了解!」
 二人が、同時に紅香の右手に意識を集中させる。やがてその手に、バスケットボール大の火球が顕現した。
「行けええええええっ!」
 紅香が振りかぶって、その火球を怪物にぶつけた。
「おおおおぉぉっぉぉぉぉ……」
 たちまち怪物は燃え上がり、灰となって消える。
「ふふふふ……お見事です」
 ぱちぱちぱち、とザムエルが拍手をしながら笑う。その様子には、召喚したそれを倒された悔恨など微塵もない。
「ですが……このようなもの、何度でも……呼び出せるのですよ!」
 その彼の言葉とともに、先ほどの怪物が再び姿を現した。
「500年、ずっとこの時のために集めておいた魂です。いやはや、自分でも、どれほど集めたのか、わからなくなってしまいました。つまりぃ……最初から、あなたにはここでなぶり殺されるしか、道はなかったのですよ……。ひゃっひゃひゃ!」
「くっ……そんな」
 ザムエルの非道と、それを止められない悔しさに、紅香は拳を震わせる。しかしその表情には、かすかに焦燥が浮かんでいる。
「ひひひひひひははははァ! いい! いいですねえ! その悔しげな顔! 早く、もっと近くで見たいものです! ひゃひゃひゃひゃひゃァ!」
 狂乱するザムエルに、自らが動く気配はない。怪物相手に戦う紅香を見、その様を楽しむかのように下卑た視線を投げかけるだけだ。その様子からして、恐らく彼の言うとおり、まだまだあの怪物を呼び寄せることができるのは間違いない。
「紅香……このままじゃ」
「わかってる……でも、やるしかない!」
 紅香は再び、剣を掲げて怪物へと突撃する。大きく振りかぶり、飛び上がって怪物の胴体へ斬撃を叩き込んだ。
「アアアアアァァァァァァッ!」
 老若男女が入り混じったような叫びが轟き、怪物が苦しみに暴れまわる。無茶苦茶に振り回されたその腕が、紅香の顔を打つ。
「ぐぅっ!」
 だが、紅香は歯を食いしばってその場にとどまる。ここで、剣を離してはいけない。そんな、意地とも思える感情がその腕を支えていた。
 そして、彼女は見た。そして、彼女は、聞いた。怪物の――――いや、怪物とされた人々の、苦悶と、哀願を。
『殺してくれ。殺してくれ。殺してくれ殺してくれ殺してコロシテコロシテコロシテ―――――!!』
「大丈夫……痛いのは……ほんの、一瞬、だから……」
 じんじんと頬を這いまわる痛みに耐えながら、紅香が怪物に刺さったままの大剣に、炎の力を注ぎこむ。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ……」
 怪物が放った断末魔は、悲しみだったか、あるいは、安息だったか。
 だが。
「ふふふふ……何体目で聖女様が逝かれるかな? くくくくく、ひひひひひひ……」
 三度、その足元から魔力が立ち上る。さらにあの怪物を呼び出そうとしているのだ。
「くっ、この……!」
 紅香がそれを止めようと動こうとするが、先ほど怪物から受けた傷が、じくりと熱をあげる。走ることができず、ザムエルの行動を止めることができない。
「おやァ? 聖女様ァ、もう走れないのですかァ? じゃあ、次で終わりですかねェ?」
 そして――――またも、あの怪物が現れる。
「くくくくくく……やれ」
 ザムエルがその剣の切っ先を紅香に向け、怪物に指示をだす。次の瞬間、怪物が駆けた。その腕で這うようにして、すさまじいスピードで紅香の元へ。
 動けない紅香が思わず目をつぶり、歯を食いしばったその時――――。
「総員、展開せよッ!」
 ――――それは、凛とした、何者かの声。
 続いて、火薬の爆ぜる音と、何かがぶつかり合う、轟音。
「……な、なに?」
 恐る恐る、紅香がその目を開く。その眼前に立っていたのは、見上げるような筋骨隆々とした巨漢の姿があった。
 巨大な盾を手にしたその男が、紅香のすぐ側まで迫っていた怪物を、打ちのめしていた。
「――――どう、して?」
 紅香がやっとその言葉を発した瞬間。なにか鋭いものが空気を斬り裂く音がその耳に届いた。
「なっ、離せ! 離せェ!」
 さらに、ザムエルの焦った声が響く。
 その両腕を二本のワイヤーが、その足を二体の人形が、それぞれ拘束していた。
「え……え?」
「ザムエル・ミューラー! 貴様の目論みもここまでだッ!」
 困惑する紅香の視線の先――――ザムエルの背後に下り立った人物が、鋭く叫んだ。
 それは――――ウィノナ・ヴァイカートの姿だった。
「ウィノナッ! 馬鹿な、貴様……私の術が、解けて……!?」
 その声に、ザムエルが歯軋りとともにうめく。
「そうだ……。その少女の炎を受けた時、貴様にかけられた術……死者の魂を人形として操る術に、亀裂が入った。そしてやがて……それは解けたのだ」
 ウィノナのその声は、以前、対峙した時のような機械的なものではない。それはどこか強い意志を秘めた、生きた人間の声だった。
「そうか……紅香の炎は、聖女の魂を受け継いだためのものでもある。それが……悪魔の術を祓ったのか」
 紅香の脇に立つ静馬が、納得したようにうなずく。
「そうダ。そしてアノ半妖の少女を人質トシテ戦ったノハ、我とティモの術を解くタメ。もっとも、その時はまだ、我らは術式ニ捕らわれてイタのだがナ」
 怪物を打ち倒した巨漢――――カッシュが、うっそりと言う。
「――――馬鹿なッ! だとしても、貴様らはあの陰陽師とシスターに敗れて――――!」
 拘束されたまま、ザムエルが叫ぶ。
 だがそれをあざ笑うかのように、一人の少年が現れた。
「――――それは、僕の作った人形さ。よくできてたでしょう? 本物と間違えちゃうくらいに、さ」
「……ああ、おかげさまでひでェ目にあったぜ」
 現れたのは、やはりあのティモという少年だった。その傍らには、ぶすっとした翔悟と水葉の姿もある。
「――――馬鹿な、馬鹿な馬鹿なッ! 人間など……私の人形に過ぎぬものにッ! 私の術が解かれるなど、あるはずが……!」
「黙れ、悪魔め!」
 混乱に首を振るザムエルに、ウィノナが吼える。
「我らは――――悪魔を屠る『セイント・アンガー』……聖なる怒り! いかにこの身を悪魔の術で縛ろうとも、我らの志までは……魂までは、奪うことなどできんッ!」
 そして、強い光を発するその瞳を、ウィノナは紅香に向けた。
「さあ……聖女の魂を継ぎし少女よ! あなたの手で……あなたの炎で! この……この悲劇を……終わらせてくれ! 私たちの悪夢を……焼き尽くしてくれ!」
 その言葉に答えるように、紅香が、痛む身体のまま、歯を食いしばって駆ける。悲鳴をあげそうな、軋む身体で走る。
「う……うあああああああああぁぁぁっ!!」
 拘束を解けないザムエルの元に駆け寄り――――。
 斬。
 そして、燃え上がる炎。
「ぐ――――げああああぁぁぁぁぁッ!」
 断末魔の叫びが響き――――やがて、消えた。

 
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