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面影の残照
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その刹那、紅香の言った『再現映像』という言葉そのままに、ノイズの混じった人間の姿が手枷のはまった形で現れた。
それは、年端も行かない少年だった。やせ細った体に、伸びきった髪。現代の人間が着るものとはとても思えない、ボロボロの服。それらは彼が閉じ込められて長い時が経っていることを雄弁に語っていた。そして、生気を感じさせないその体を、さらに強調しているのは、その瞳。そこには、一片の光もない。
少年はただ、暗闇の中、ぼうとその瞳をさまよわせる。だが、それはまるで焦点があっていない。ふらふらと漂うだけのその瞳は、この暗闇の中で永く過ごしたせいか、もう見えていないようだった。
「……郁真」
その少年の前に、一人の老人が姿を現した。古風な着物に身を包んだ老人は、杖さえついているものの、そのかくしゃくとした佇まいは、老人のそれとは思えない威圧感があった。
「……珀真お、じい、さま」
郁真と呼ばれた少年が、老人の声に顔を上げる。
その色のない瞳に、老人の顔が嫌悪に歪んだ。
「……ふん、生きておったか。まあ、邪神の一部を継いだその身では、そう簡単には死ねまいがな」
その表情と同じく嫌悪に満ち満ちた声に、郁真の表情が暗く落ちる。
「その力を受け入れ、邪神のすべてを受け継げばすべてが手に入ったであろうに……事もあろうに村から逃げ出そうとするとは……父子ともども、愚かしいことよ。やはりあの男を婿としてわが一族に迎え入れたのは、この珀真、一生の失態であったわ」
邪神、と言う言葉を聞き、郁真の足がかすかに震える。それは、自分の中にいるものへの恐れの現われのように見えた。
「まあよい。貴様の父を殺し、静馬を取り戻せばいいだけのことよ。二人を元に戻せば、邪神は蘇るのだからな」
震える郁真に蔑みの視線を残し、珀真という老人は去っていく。
それを境に、一瞬、郁真の姿も消えた。
彼が再び映像として現れた時、その姿は幼い姿から、十代の少年の姿となっていた。どうやら、先ほどのものから数年の時が流れているようだ。
幼年の頃より見えなくなっていたその瞳は、周囲の闇が染み付いてしまったかのようにとうとうとした、底のない暗黒を湛えていた。獣のように歯をぎらつかせ、ふうふうと荒く息を吐くその姿に、幼年の頃の、どこか儚げだったその面影は、ない。
「……そこにいるのは、誰だ」
餓えた狼のような荒れた声で、郁真が闇に問う。
「……あなたは、私がわかるのですか?」
その声のするところには、深い闇のみが広がっているように見える。
「この世に存在し始めてからどれだけの月日を過ごそうと、ただの深き闇としか誰も認識できなかった私を、あなたは、わかると?」
「……わかるさ」
まるで無感情なその声に、郁真が答える。
「ああ、わかるとも。俺も年端もいかない頃からここにいる。見えぬ瞳で物を読み、動けぬ体で物を感じる。闇の精霊といえど、その存在を感じることなど造作もない」
ふうふうと荒い息はそのままに、郁真はにやりと笑う。
「幾年月……永劫とも思える永い間、私は孤独でした。あなたが今、私の存在を感じてくださるまで……」
その闇はまさに黒く、声となって響く。孤独の哀歌を歌い上げるかのごときその声は、永遠の恋人を見つけた少女のようだった。
「……お前に、体をやろうか」
「……え?」
唐突に郁真から放たれた言葉に、闇がたじろぐ。
「なに、同病相哀れむ、というやつだ。俺も独りになって久しい。ともに孤独を分かち合える相手がほしい。幸い、俺には力がある。邪神の力が……な」
郁真の暗黒の目がその淀みを増す。途端、声の響いていた闇がその黒さを増し……それが晴れたとき、そこにいたのは、あの、シュヴァイツェという少女だった。
「あ……」
不思議そうに己の手を見、彼女は郁真を同じ目で見た。
「なんだ、今の力の流れは!」
その時、その力を感じてか、珀真老人が姿を現した。シュヴァイツェの姿を見、激昂して郁真につめよる。
「郁真ッ! 貴様……何を!」
刹那、シュヴァイツェが動いた。珀真老人の背後からつかみかかると彼を引きずり倒す。
「ぐっ……か……っ」
背中を強打して息を詰まらせた珀真老人の口に手をかざすと、その手から黒い闇を放ち、老人の口にもぐりこませた。すべての闇がその口内に注ぎ込まれたとき、老人はすでに意識を失っていた。
シュヴァイツェは老人の懐を探ると、そこから一本の鍵を取り出す。
「……私は、貴方様に……従います」
そして、郁真の手枷は外された。
彼はしばらくその手の感触を確かめるように触れていたが、無言で老人に歩み寄ると、その体を片手で担ぎ上げた。彼は、その暗黒の瞳を老人に向け、声もなく笑う。
「……待っていたよ、この時を……お爺様」
その壮絶な、闇を湛えた瞳のまま、郁真は老人を手枷につないだ。
がちゃり、というその音に反応して、珀真老人が目を覚ました。
「……おや、お早いお目覚めですね、おじい様?」
「貴様、これは……何のつもりだッ!」
つばを飛ばして猛る珀真老人に、郁真はぎょろりとその瞳を細めた。
「……何の、つもりぃ?」
猟奇的な笑みを浮かべて答える郁真に、老人がたじろぐ。
「言わなくてもわかるでしょう? お爺様。貴方が俺に唯一してくれたこと……そのご恩を、そっくりそのまま、返して差し上げるだけですよ。こんな広い部屋を与えてくださって、ずうっと面倒を見てくれたご恩を、ね」
老人の顔色がさっと青ざめた。
「まあ、ただの人間である貴方様は、一週間もすれば飢え死にしてしまうかもしれませんが、ね。くくくくく……ははははははははははッ!」
やがて郁真は、老人に背を向け、シュヴァイツェを見る。
「ありがとう。君が俺を解き放ってくれた。ともに行こう。俺たちをこんな風にした世界に、復讐をするんだ。この力で……」
不意に安らいだような表情を見せる郁真に、シュヴァイツェがうなずく。
「はい……」
手をとりあって、二人は地下牢の出口へ向かっていく。
「待てっ! 待ってくれ……っ!」
老人の悲痛な声には誰にも届くことなく、返ってきたのは鉄格子が閉じられる、がちゃんという冷え切った音だけだった。
その遺体の記憶を見終わった紅香たちに、言葉はなかった。ただそれぞれが、過去、ここで起きたことへの、なんとも言えない空虚な思いを噛みしめていた。
「……静馬……」
やがて紅香が、沈黙に耐え切れなくなったかのように、静馬を見る。その視線は、突如、己の一族の業を見せつけられた彼に対する心配の色で満たされている。
一瞬、その表情に影を落とした静馬だったが、紅香に視線を返すときには、すでにいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
「ん……大丈夫だよ。兄さんのことも、おじい……さんのことも、今日はじめて知ったんだ。現実感なんか全然ないし……大丈夫」
だが、その彼の笑顔に、紅香は一抹の不安を拭いきることができなかった。いくら今日はじめて知った肉親の存在とはいえ、これほどの確執があったことを他人事のように受け止めることなどできないだろう。……それに。
「……だが、これで決まったな。今回の件は、神代郁真が邪神を復活させるために起こしたんだ」
「ちょっと、翔さん」
直球な翔悟の言葉に、紅香が彼を肘でつつく。
「……俺だって、こんなことがあったなんて信じたくねえよ。郁真が黒幕だってこともな。だが……どんなものであれ、過去は変えられない。そいつから目を背けるのか、それとも背負っていくのか、そいつは、自分自身で決めることなんだ」
「翔悟さん……」
静馬が小さくつぶやいた、そのときだった。
かすかに、空気が震えた。皮膚に刺激物がついたような、びりびりとした感触。それは、音だった。隙間風がうなるときのような、咆哮のような、音。それは何かが近づいてくるように高まっていく。
「……ず……ま」
「……なに!?」
紅香の緊迫した声を掻き消すほどにまでなったそれは、ついに意思を持った声として認識できるまでになった。
「し、ずま……しずま、しずましずましずまああああああッ!」
怨念と、妄執。強欲と、悔恨。それらをこれ以上ないほど多分に含んだその声の主――――それは、神代珀真その人のものだった。
そのことを紅香たちが認識した刹那、枷につながれていた珀真の遺体がごきごきと不気味な音をたてて変形していく。あれほど頑丈そうだった枷が壁から外れ、わずかに崩れた岩盤から土煙が舞った。
それが晴れたその時、そこにあったのは巨大な上半身のみの髑髏と化した、異形の神代珀真の姿だった。
「なっ……なによこいつ!?」
「……狂骨」
狼狽する紅香に、雪乃が静かにつぶやく。
「はあ!? なにそれ!?」
「……人の手によって葬られることなく、打ち捨てられた遺体が怨念によって怪物と化したもののことだ。しかしこいつは……相当、怨念が強かったんだろうな。伝承にでも残せそうなレベルだぜ……」
「しずましずましずま……いくまいくまいくまああああああッ!」
翔悟が言った言葉を肯定するかのように、髑髏は怨念の咆哮をはく。
その時、その声に呼応するかのように、地下牢の入り口の方向からも、よく似たうめき声が響いた。
「ちょっと、今度はなんなの!?」
「……まずったな」
叫ぶ紅香に、翔悟がうめいた。
「囲まれた」
紅香が後ろに視線を送ると、そこには屋敷で戦った死人の姿があった。それも一体や二体ではない。
「どういうわけか知らんが、こいつが目覚めたせいでここに集まってきてるのか」
「翔悟さん」
後ろの敵を睨む翔悟に、静馬が静かに言う。
「狂骨っていうあれは……僕に任せてもらえないかな」
「……静馬?」
「これは……兄さんとおじいさんが起こしたことだ。自分で決着をつけたい」
翔悟から見えるその静馬の横顔に、迷いはない。
「待った! 私も手伝う!」
「紅香?」
紅香は鼻息荒く、握りこぶしを作って言う。
「私が邪神に飲まれかけた時に助け出してくれた恩を返すチャンスだからね! 絶対、一人でなんて行かせないんだから!」
その様子に、一瞬、状況を忘れて翔悟はふっ、と笑ってしまった。
「わかったよ。その代わり、絶対に死ぬんじゃねえぞ」
「翔様、いいのですか!?」
「雪ちゃん、こっちはこっちでお相手するお客様がいるだろ? もし村中の死人がここに集まろうとしてるのなら、なんとかしなきゃ、結局はジリ貧だぜ」
翔悟の言葉に何か言いたそうな表情を見せる雪乃だったが、ため息をついてうなずいた。
「わかりました。二人を信用します。そのかわり……こちらが突破口を作って、そちらがピンチだったら、引きずってでも退却させます」
「……上等!」
鋭く視線を送る雪乃に、紅香は野生的に笑って見せた。
「おし……行くぞッ!」
翔悟の一声を合図に、紅香と静馬、翔悟と雪乃が、それぞれ敵に向かって走り出した。
それは、年端も行かない少年だった。やせ細った体に、伸びきった髪。現代の人間が着るものとはとても思えない、ボロボロの服。それらは彼が閉じ込められて長い時が経っていることを雄弁に語っていた。そして、生気を感じさせないその体を、さらに強調しているのは、その瞳。そこには、一片の光もない。
少年はただ、暗闇の中、ぼうとその瞳をさまよわせる。だが、それはまるで焦点があっていない。ふらふらと漂うだけのその瞳は、この暗闇の中で永く過ごしたせいか、もう見えていないようだった。
「……郁真」
その少年の前に、一人の老人が姿を現した。古風な着物に身を包んだ老人は、杖さえついているものの、そのかくしゃくとした佇まいは、老人のそれとは思えない威圧感があった。
「……珀真お、じい、さま」
郁真と呼ばれた少年が、老人の声に顔を上げる。
その色のない瞳に、老人の顔が嫌悪に歪んだ。
「……ふん、生きておったか。まあ、邪神の一部を継いだその身では、そう簡単には死ねまいがな」
その表情と同じく嫌悪に満ち満ちた声に、郁真の表情が暗く落ちる。
「その力を受け入れ、邪神のすべてを受け継げばすべてが手に入ったであろうに……事もあろうに村から逃げ出そうとするとは……父子ともども、愚かしいことよ。やはりあの男を婿としてわが一族に迎え入れたのは、この珀真、一生の失態であったわ」
邪神、と言う言葉を聞き、郁真の足がかすかに震える。それは、自分の中にいるものへの恐れの現われのように見えた。
「まあよい。貴様の父を殺し、静馬を取り戻せばいいだけのことよ。二人を元に戻せば、邪神は蘇るのだからな」
震える郁真に蔑みの視線を残し、珀真という老人は去っていく。
それを境に、一瞬、郁真の姿も消えた。
彼が再び映像として現れた時、その姿は幼い姿から、十代の少年の姿となっていた。どうやら、先ほどのものから数年の時が流れているようだ。
幼年の頃より見えなくなっていたその瞳は、周囲の闇が染み付いてしまったかのようにとうとうとした、底のない暗黒を湛えていた。獣のように歯をぎらつかせ、ふうふうと荒く息を吐くその姿に、幼年の頃の、どこか儚げだったその面影は、ない。
「……そこにいるのは、誰だ」
餓えた狼のような荒れた声で、郁真が闇に問う。
「……あなたは、私がわかるのですか?」
その声のするところには、深い闇のみが広がっているように見える。
「この世に存在し始めてからどれだけの月日を過ごそうと、ただの深き闇としか誰も認識できなかった私を、あなたは、わかると?」
「……わかるさ」
まるで無感情なその声に、郁真が答える。
「ああ、わかるとも。俺も年端もいかない頃からここにいる。見えぬ瞳で物を読み、動けぬ体で物を感じる。闇の精霊といえど、その存在を感じることなど造作もない」
ふうふうと荒い息はそのままに、郁真はにやりと笑う。
「幾年月……永劫とも思える永い間、私は孤独でした。あなたが今、私の存在を感じてくださるまで……」
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「……お前に、体をやろうか」
「……え?」
唐突に郁真から放たれた言葉に、闇がたじろぐ。
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郁真の暗黒の目がその淀みを増す。途端、声の響いていた闇がその黒さを増し……それが晴れたとき、そこにいたのは、あの、シュヴァイツェという少女だった。
「あ……」
不思議そうに己の手を見、彼女は郁真を同じ目で見た。
「なんだ、今の力の流れは!」
その時、その力を感じてか、珀真老人が姿を現した。シュヴァイツェの姿を見、激昂して郁真につめよる。
「郁真ッ! 貴様……何を!」
刹那、シュヴァイツェが動いた。珀真老人の背後からつかみかかると彼を引きずり倒す。
「ぐっ……か……っ」
背中を強打して息を詰まらせた珀真老人の口に手をかざすと、その手から黒い闇を放ち、老人の口にもぐりこませた。すべての闇がその口内に注ぎ込まれたとき、老人はすでに意識を失っていた。
シュヴァイツェは老人の懐を探ると、そこから一本の鍵を取り出す。
「……私は、貴方様に……従います」
そして、郁真の手枷は外された。
彼はしばらくその手の感触を確かめるように触れていたが、無言で老人に歩み寄ると、その体を片手で担ぎ上げた。彼は、その暗黒の瞳を老人に向け、声もなく笑う。
「……待っていたよ、この時を……お爺様」
その壮絶な、闇を湛えた瞳のまま、郁真は老人を手枷につないだ。
がちゃり、というその音に反応して、珀真老人が目を覚ました。
「……おや、お早いお目覚めですね、おじい様?」
「貴様、これは……何のつもりだッ!」
つばを飛ばして猛る珀真老人に、郁真はぎょろりとその瞳を細めた。
「……何の、つもりぃ?」
猟奇的な笑みを浮かべて答える郁真に、老人がたじろぐ。
「言わなくてもわかるでしょう? お爺様。貴方が俺に唯一してくれたこと……そのご恩を、そっくりそのまま、返して差し上げるだけですよ。こんな広い部屋を与えてくださって、ずうっと面倒を見てくれたご恩を、ね」
老人の顔色がさっと青ざめた。
「まあ、ただの人間である貴方様は、一週間もすれば飢え死にしてしまうかもしれませんが、ね。くくくくく……ははははははははははッ!」
やがて郁真は、老人に背を向け、シュヴァイツェを見る。
「ありがとう。君が俺を解き放ってくれた。ともに行こう。俺たちをこんな風にした世界に、復讐をするんだ。この力で……」
不意に安らいだような表情を見せる郁真に、シュヴァイツェがうなずく。
「はい……」
手をとりあって、二人は地下牢の出口へ向かっていく。
「待てっ! 待ってくれ……っ!」
老人の悲痛な声には誰にも届くことなく、返ってきたのは鉄格子が閉じられる、がちゃんという冷え切った音だけだった。
その遺体の記憶を見終わった紅香たちに、言葉はなかった。ただそれぞれが、過去、ここで起きたことへの、なんとも言えない空虚な思いを噛みしめていた。
「……静馬……」
やがて紅香が、沈黙に耐え切れなくなったかのように、静馬を見る。その視線は、突如、己の一族の業を見せつけられた彼に対する心配の色で満たされている。
一瞬、その表情に影を落とした静馬だったが、紅香に視線を返すときには、すでにいつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
「ん……大丈夫だよ。兄さんのことも、おじい……さんのことも、今日はじめて知ったんだ。現実感なんか全然ないし……大丈夫」
だが、その彼の笑顔に、紅香は一抹の不安を拭いきることができなかった。いくら今日はじめて知った肉親の存在とはいえ、これほどの確執があったことを他人事のように受け止めることなどできないだろう。……それに。
「……だが、これで決まったな。今回の件は、神代郁真が邪神を復活させるために起こしたんだ」
「ちょっと、翔さん」
直球な翔悟の言葉に、紅香が彼を肘でつつく。
「……俺だって、こんなことがあったなんて信じたくねえよ。郁真が黒幕だってこともな。だが……どんなものであれ、過去は変えられない。そいつから目を背けるのか、それとも背負っていくのか、そいつは、自分自身で決めることなんだ」
「翔悟さん……」
静馬が小さくつぶやいた、そのときだった。
かすかに、空気が震えた。皮膚に刺激物がついたような、びりびりとした感触。それは、音だった。隙間風がうなるときのような、咆哮のような、音。それは何かが近づいてくるように高まっていく。
「……ず……ま」
「……なに!?」
紅香の緊迫した声を掻き消すほどにまでなったそれは、ついに意思を持った声として認識できるまでになった。
「し、ずま……しずま、しずましずましずまああああああッ!」
怨念と、妄執。強欲と、悔恨。それらをこれ以上ないほど多分に含んだその声の主――――それは、神代珀真その人のものだった。
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それが晴れたその時、そこにあったのは巨大な上半身のみの髑髏と化した、異形の神代珀真の姿だった。
「なっ……なによこいつ!?」
「……狂骨」
狼狽する紅香に、雪乃が静かにつぶやく。
「はあ!? なにそれ!?」
「……人の手によって葬られることなく、打ち捨てられた遺体が怨念によって怪物と化したもののことだ。しかしこいつは……相当、怨念が強かったんだろうな。伝承にでも残せそうなレベルだぜ……」
「しずましずましずま……いくまいくまいくまああああああッ!」
翔悟が言った言葉を肯定するかのように、髑髏は怨念の咆哮をはく。
その時、その声に呼応するかのように、地下牢の入り口の方向からも、よく似たうめき声が響いた。
「ちょっと、今度はなんなの!?」
「……まずったな」
叫ぶ紅香に、翔悟がうめいた。
「囲まれた」
紅香が後ろに視線を送ると、そこには屋敷で戦った死人の姿があった。それも一体や二体ではない。
「どういうわけか知らんが、こいつが目覚めたせいでここに集まってきてるのか」
「翔悟さん」
後ろの敵を睨む翔悟に、静馬が静かに言う。
「狂骨っていうあれは……僕に任せてもらえないかな」
「……静馬?」
「これは……兄さんとおじいさんが起こしたことだ。自分で決着をつけたい」
翔悟から見えるその静馬の横顔に、迷いはない。
「待った! 私も手伝う!」
「紅香?」
紅香は鼻息荒く、握りこぶしを作って言う。
「私が邪神に飲まれかけた時に助け出してくれた恩を返すチャンスだからね! 絶対、一人でなんて行かせないんだから!」
その様子に、一瞬、状況を忘れて翔悟はふっ、と笑ってしまった。
「わかったよ。その代わり、絶対に死ぬんじゃねえぞ」
「翔様、いいのですか!?」
「雪ちゃん、こっちはこっちでお相手するお客様がいるだろ? もし村中の死人がここに集まろうとしてるのなら、なんとかしなきゃ、結局はジリ貧だぜ」
翔悟の言葉に何か言いたそうな表情を見せる雪乃だったが、ため息をついてうなずいた。
「わかりました。二人を信用します。そのかわり……こちらが突破口を作って、そちらがピンチだったら、引きずってでも退却させます」
「……上等!」
鋭く視線を送る雪乃に、紅香は野生的に笑って見せた。
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