紅のパーガトリィ

ふらっぐ

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Fighting for may last time

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 ――――翌日。霧が丘高校、校庭。
「……誰も、いないね」
 校庭を見回しながら、紅香が言った。
 その言葉の通り、その場所には、紅香たちの他には人の姿はない。
「みんな逃げちまったか、校内に立てこもってるんだろうな。まあ、仕方ないさ。あまりにも、現実離れしすぎてるからな、この事態は」
 いつもの軽自動車の運転席のドアを開け、頭を突っ込んでなにやらごそごそといじくりながら、翔悟が言う。
「――――ふう。これでよし」
「さっきから、なにをしているのですか? 翔様」
 助手席の前で待ちぼうけを食らっている雪乃が、いぶかしむような表情で言う。
「……ああ、気にすんな。ちょっと座席がずれちまっただけだ」
「こないだは緊張感がどうの言ってたくせに、自分だって、まるで旅行前みたいなこと言ってるじゃない」
 じっとりした渋面を作らせて、紅香が口を尖らせる。
「いちいち、いらんことを覚えてやがるな、お前は。それより、水葉と守護者はどこ行った? 今日の戦いじゃ、大事な役をやってもらうんだからな」
 火の着いていないタバコをくわえた翔悟が、車から体勢を戻しながら、頭を掻く。
「駐輪場。翔さんの軽だと、何かあったときに動けないからって」
「駐輪場? まさか、チャリで行くってんじゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ、駐輪場に……」
 紅香が言いかけた時、校庭に突如、爆音が響いた。と、同時に、激しい砂煙が舞い上がり、何かが現れた。
「うげほっ! げほっ、ごほっ!」
 砂煙に撒かれて、紅香が派手に咳き込んだ。目にも砂が入ったらしく、涙目でその爆音と砂塵を起こした人物を、非難がましく見つめる。
「……水葉っ、派手に登場するのは、いい場面に取っておいたら!?」
 そこにいたのは、スポーツタイプのバイクにまたがり、片足を着いた水葉の姿だった。
「……別に私は、派手に登場したつもりなどありませんが? 普段どおりのこと……」
「その登場の仕方が普段どおりっていうのも、どうなのよ?」
 しれっと言う水葉に、ごしごしと目をこすりながら紅香が言う。
「……ていうか、運転できるのか?」
 口からタバコを取り落としそうな呆れ顔で、翔悟が水葉を見た。
「運転できないものに、乗ることなどしない」
 涼しい顔で、水葉が腕を組む。
「それに――――この方が、私には向いている。車の中からでは、これの狙いがつけにくい」
 そう言って、水葉は左手の手首に装着した、小型のボウガンを構えて見せる。
「その気配――――アンセムか!」
 翔悟が珍しく、驚いた様子で言う。
「なるほどな。そいつの得意技は矢を放つことだった。となれば、剣だけでなく、ボウガンの形態にもなれるってわけか」
「……そういうこと」
 静かにうなずく水葉に、翔悟が不意に、全員の顔を見回した。
「さて……ともあれ、これでこっちの役者はそろったわけだ。……準備がよけりゃ、舞台に上がるとしようぜ」
 翔悟の言葉に、紅香はそのビルの上空を見上げる。そこには、昨日と変わらず、煉獄の邪神の姿がある。
『――――必ず、生きて帰る』
 昨夜の静馬との約束が、その心をよぎった。同時に、どこかぬくもりのような感触が、紅香の胸を暖める。
 傍らに立つ静馬に、ひとつ視線を送る。
 彼は、黙って微笑みながら、うなずく。いつも試合の前に、見せていてくれたその笑顔と、その仕草。
 紅香も言葉はなく、強い意志を込めた瞳でうなずき返す。その心には、不思議ともう、一片の不安もなかった。
「――――よし、行こう!!」
 拳を突き上げ、紅香が言う。
 その言葉に、全員がうなずく。そして、それぞれ車とバイクに乗り込んだ。軽自動車とバイクが同時に獣のように咆哮を上げ、走り出す。
「……さて、まずは第一関門だ。あのビルにたどり着くまでも、奴らの歓迎があるだろうからな」
 前崎で一番高い、40階建ての、市庁舎ビル。そこが、今は邪神の住処となっている。そこまでは、霧が丘高校から4キロほどの距離だ。前崎の中心部であるその辺りは、恐らく今は、怪物たちのテリトリーであるはずだ。突破するのは、簡単ではないだろう。
「雪ちゃん、この前の作戦で行くか!」
 未だ火のないタバコをくわえた翔悟が、野生的に笑う。
「合点承知、なのです!」
「と、その前に……」
 ふと、翔悟が自分のすぐ目の前に、視線を寄せた。
「火ぃ着けるの、忘れちまった。胸ポケットに俺のジッポー入ってっから、ちょっと着けてくれ」
「もう……翔様ったら」
 くすくす笑いながら、雪乃がライターを取り出し、火をつける。
「ああ、いい、いい。どうせ、もうカタが着くまで、タバコ吸ってる余裕なんてないだろうしな。ちょっと、預かっててくれ」
 翔悟の胸ポケットにライターを戻そうとする雪乃を、紫煙を吐きながら翔悟が制する。
「……わかりました」
 いぶかしげな表情を作りながらも、雪乃が自らのポケットにライターをしまった。
「さて、それより、お出迎えのようだぜ!」
 翔悟の鋭い声に、紅香が窓から顔を出す。
 そこはまるで、異世界のようだった。空には翼の生えた怪物が舞い、地上は死者と怨霊で埋め尽くされている。
「紅香、頭を引っ込めていてください!」
 雪乃が叫びながら、天窓から上半身をひょっこりと出す。
「水葉! 地上の敵は私がなぎ払います! あなたは空の敵を!」
「姉さま、承知!」
 次の瞬間、水葉が右手一本でバイクを駆りながら、左手を上空へと向ける。
「……堕ちろッ!」
 その刹那、水葉のボウガンから巨大な光の矢が発射される。さながらマシンガンのように連射された矢は、矢自身が生きているかのように、適確に怪物たちの体を貫いていく。
 頭部や翼を破壊された怪物たちは、そのまま周囲に落下し、霧散した。
「おおー、ミッチー、さっすがー!」
 外の水葉に向かって、紅香が笑顔で親指を立てる。
 そのセリフのその名詞に、水葉が思わず赤面しながら噴き出した。
「ぶっ! だ……誰が、ミッチーなどという名前……」
「水葉だから、『み』を取ってミッチー!」
 再び、紅香がびしっと親指を立てながら、水葉に向かって言う。
「おお、いーんじゃねェ、お嬢。 ミッチーの方が、かわいげがあるぜェ?」
「……っ、黙れ!」
 アンセムから目をそらしながら、水葉が言うが、その顔は真っ赤である。
「……フ、フン……」
 さらに紅香からも目をそらしながらも、水葉が小さく左手の親指を立てて見せた。
「おやおや、それではミッチーに負けないように、ユッキーもがんばるのです」
「おっ、お姉さままで……!」
 苦虫を噛み潰すような顔の水葉に目もくれず、雪乃が構えを取る。
「行くのです!」
 刹那、雪乃の目の前に現れた氷塊が、細かな破片に砕ける。その一つ一つが鋭利な氷の矢となって地上の死人たちをなぎ払った。
「ユッキーもさっすが!」
「なのです」
 紅香が雪乃にも親指を立てて見せる。それに雪乃も同じ動作を返すが、その表情がすぐに曇った。
「ですが……ここから先は、そう簡単には行かないようなのです」
「えっ?」
 緊張感で鋭さを増す雪乃のその声に、紅香が再び窓から顔を出す。
「……ここから先には……行かせない」
 紅香が見上げた上空に、それはいた。漆黒のドレスを身にまとい、それよりなお暗い、暗黒の闇を従わせた、少女。
「……シュヴァイツェ!」
 紅香の鋭い視線に、その闇の少女は親の仇を見るような、憎しみを込めた、暗い視線を返す。
「覚えていただいて光栄です。ですが……あなたたちには死んでいただきます。あの方の……郁真様の願いをかなえるために」
 言い終えた瞬間、シュヴァイツェがその腕を振るった。その途端、彼女のまとう闇が翔悟の車に襲い掛かった。途端、すっぽりと、翔悟の車を暗闇が包んだ。昼間だというのに、その闇の中は、まるで電灯のないトンネルだ。
「おいおい、運転妨害は犯罪だぞ」
 舌打ちしながら翔悟はハンドルを左右に振り、闇を振り払おうとする。しかし、それが振り切れる気配はない。
「……行けッ!」
 だが、その暗闇を、ボウガンの発射音と、水葉の鋭い声が切り裂いた。
 次の瞬間、翔悟の車を包んでいた暗闇が晴れた。
「雪乃、水葉ッ! 攻撃の手を緩めるな! 奴に暗闇を操る時間を与えるのはまずい!」
 車外に向かって怒鳴り声を上げる翔悟が、再び闇に包まれた時に備えるためか、車のライトをつける。
「了解しました!」
 叫び返しながら、雪乃は氷の刃を形成する。速攻で放たれたその刃は、しかし飛翔するシュヴァイツェには当たらない。
「……まずいな。これじゃあ、ビルにたどり着いても簡単には入らせてもらえない」
 今まで沈黙を守っていた静馬が、口元に手をやり、考え込む。
「……いや、俺に考えがある。雪ちゃん、奴を倒そうとしなくてもいい。ただ、こっちの車や水葉のバイクの視界を奪われるのだけは防いでくれ。事故ってあの世行き、なんてのはごめんだからな」
「……了解なのです」
 その言葉になにかひっかかる様子を見せながらも、雪乃は連続して氷の刃を放つ。連続して作られたそれは、威力も精度もない。本当に牽制のための攻撃だ。
「水葉もだ、無理に奴を倒そうとするな! 向こうに着くまで、奴に攻撃の暇を与えるな!」
「……了解した」
 さすがに、二人がかりで相手の牽制に動けば、シュヴァイツェも攻撃に転ずることはできず、歯噛みしながら、次々に放たれる氷の刃とボウガンの矢をかわしている。
「……ちっ!」
 だが次の瞬間、翔悟が舌打ちした。
 紅香がその視線の先を見ると、そこは車の前方――――死人たちがその体で壁を作るように終結していた。
「……紅香、窓から手を出して! 狙いは僕がつける」
「わかった! 『あれ』ね!」
 静馬の言葉に、紅香が窓から身を乗り出し、手のひらを死人たちに向け、意識を集中する。静馬がその手に、そっと自分の手を重ねる。触れ合っている感覚はないが、紅香の腕に燃え上がるような熱さが広がっていく。
 その右手の熱い感覚を押し出そうとするように、力を込めた。その刹那、右手からバスケットボール大の火球が現れる。
「……いっけええええぇぇぇぇ!」
 叫びとともに、その火球をバスケのロングパスの要領で、死人の群れへ投げ込んだ。
 それが死人の一人に当たったと同時に、十体ほどの死人を巻き込みながら、火球が炸裂した。死人たちの壁に、通り抜けることができそうな穴があく。
「おっしゃ、ナイスだぜ、紅香!」
 翔悟の言葉に、紅香はまじまじと自分の右手を見つめる。前にジルに向けて炎を放ったときよりも、威力も使いやすさも上がっているような気がする。
「どうした? 紅香。自分の手なんか見つめて……」
「……うん、なんか、前よりも、やりやすくなってるような気がするなあって……」
 その言葉に、静馬の表情が少々、強張る。
「……邪神の力が、体になじんできているのかもしれないな。狂骨と戦ったときにも、邪神の翼が現れたし」
「……………」
 邪神の力がなじんできている。……となれば、やっぱり……。そこまで考えた紅香の思考を、翔悟の声が断ち切った。
「よし、つっこむぞ! 市庁舎ビルまではあと少しだ!」
 翔悟がアクセルを踏み込む。それにあわせて、水葉もスピードを上げた。
「しかし翔様、ビルに着いたところで、どうシュヴァイツェをかわして、内部に入るつもりなのです? 今のように、敵はあいつだけでなく、街中にいるのです」
「……………」
 しかし雪乃の言葉に、翔悟は答えない。その横顔に……ほんの幽かに、どこかいつもと違う色が混ざっていたことに、雪乃でさえも、気づくことはできなかった。だがそれも一瞬で、いつも通りに翔悟は野生的に笑って見せた。
「大丈夫だって! いいから、俺に任せときな!」
 そう言っている間にも、市庁舎ビルまではもう数百メートルのところにまで迫っていた。
「水葉!」
 車外に向かって、翔悟が怒鳴る。
「先行して、ボウガンでビルの入り口を破ってくれ! そのまま、中になだれ込むぞ!」
「……理解しました」
 翔悟の指示に従い、水葉がさらにスピードを上げる。
「……くっ!」
 それを見たシュヴァイツェが標的を、翔悟の車から、水葉のバイクに移し、構える。
「させないのです!」
 雪乃が狙い定めた氷の刃を、シュヴァイツェの上半身を狙って放った。
「……チィッ!」
 思わず仰け反りながら氷の刃を避けるシュヴァイツェだが、そのせいで水葉を狙った闇はわずかに彼女の周囲から逸れた。
 その隙に市庁舎ビルまで接近した水葉が、ボウガンを連射して入り口の自動ドアを割る。
「よし、入り口ギリギリのところに車を着ける。雪乃、紅香、静馬、それと同時に飛び出して中に進入してくれ! 俺もすぐに行く!」
 先行した水葉が、砕けた自動ドアから、そのままバイクで突っ込んだ。
 それに続いて、翔悟が軽自動車のタイヤを大きく軋ませながら、入り口ギリギリに横付けした。
 その瞬間、紅香、静馬、雪乃が車から飛び出し、ビルの中へなだれ込んだ。
 だが――――翔悟が車から出てくる気配がない。
「――――翔様?」
 その刹那。
 先ほどまでドアがあった場所に、突如として薄いガラスのようなものが出現した。
「なっ――――なに!?」
 紅香があわててガラスのようなものに駆け寄る。恐る恐るそれに触れてみると、指先にバチッと電気の流れるような感触がした。
「そ、それは……結界!? まさか……翔様……!」
 雪乃が青ざめた表情を浮かべたその時、ゆっくりと、須佐翔悟は車から降り立った。その手には、一振りの日本刀が握られている。
「……よし。全員、中に入ったな」
「翔様! どういうつもりなのです!? その刀まで持ち出して……結界を、解いてください!」
 雪乃の、瞳を潤ませた叫びにも表情を変えず、翔悟はただ佇んでいる。
「いいか、よく聞け。外には、あの闇の精霊がいる。そして、街中に魑魅魍魎の化け物どもも、な。……これからここじゃあ、大規模な戦いがある。その波動につられて、街中の化け物どもが集まってくるはずだ。例え郁真や闇の精霊を倒せたとしても、大量の化け物どもに囲まれちまったら、ジ・エンドだ。結界も、いつまでももたない」
 淡々と言う翔悟の声は、普段よりも幽かに重い。いつもより目深にかぶった帽子のせいで、その表情は読み取ることはできない。 だが――――その行動は、彼の意思を如実に――――痛々しいほどに示していた。
「翔様――――まさか……」
「誰かがここに残って、奴らを止める必要があるのさ。生きて帰るためには、な」
 彼のくわえた、ほとんど残りのなくなったタバコの火が、ジジッと音を立てて、消えた。
「翔様、ならば私も……私もそちらに行きます!」
「だめだ」
 雪乃の叫びに、翔悟が端的に答える。
「雪乃は、こないだの村で力を使いすぎた。今日もここまで来るのに、許容量を超えるほどの力を使っている。とても街中の化け物を相手にする余力はない」
「ですが……一人で残らなくても……」
「他の奴らは他の役割があるだろ? 水葉とアンセムは煉獄を開く役。紅香と静馬は邪神を送り返す役。あと残ってるのは、俺だけだ」
 火の消えたタバコをくわえたまま、翔悟が言う。
「でも……でも……!」
 その瞳に涙を浮かべながら、雪乃が痛みも顧みず、結界にすがりついた。
「……俺のジッポー、持ってるだろ」
 不意に、翔悟が結界に背を向けながら、言った。
「……え? ……はい」
 ごそごそとポケットを探り、雪乃が翔悟のジッポーライターを取り出す。
「それ……お前がまだ人間だった頃に、俺の誕生日にくれたやつだったよな」
「……はい」
 翔悟の真意をつかみかね、雪乃が顔を上げた。
 そこには、半身で振り返り、雪乃を見下ろす翔悟の姿があった。そこに浮かぶ笑顔は、野性味がありながらも、どこか優しさを感じる、いつもの彼の笑顔。
「……俺はな、死ぬときは、お前にもらったそいつで、お前にタバコの火ぃ着けてもらって、一服しながら死ぬ、って決めてんだよ。こんなところで、化け物とパーティしながらなんてのは、ごめんだね」
「……翔悟の馬鹿。それでは、結局、先に逝ってしまうのではないですか」
「ん……確かに、それもそうか」
 涙を拭えぬままながら、満面の笑顔を浮かべた雪乃に、翔悟はぼりぼりと頭を掻いた。
「さて……そろそろお出迎えの方々がいらっしゃったようだぜ。……早く行きな」
 翔悟は再び、雪乃に背を向ける。
「翔悟……」
「ん?」
 背中を向けたままの翔悟に、雪乃は静かに言う。
「これはあなたに送ったライターなのだから……私も、返すまで、死んだりしませんから」
 雪乃のその言葉に、翔悟は振り返らず、ただ……背中を向けたまま、親指を立てて見せた。
 その瞬間、結界が強化され、外の景色も、外の音も、聞こえなくなった。
「……行きましょう……なのです」
 ゆっくりと、立ち上がりながら雪乃が言う。
「……もう、いいの?」
 ほんの少し、不安をその表情に浮かべながら、紅香は聞いた。
「いいのです。それよりも、さっさと決着を着けましょう。それが翔様のためにもなるのです」
「……わかった。みんな、行こう!」
 ぐっと握りこぶしを作る紅香に、その場にいる全員がうなずいた。
 
「さて、とっととおっぱじめようぜ。そろそろこの馬鹿げたお祭りも、フィナーレにしなきゃ、な」
 翔悟は、すっかり火の消えたタバコを携帯灰皿に押し込みながら、言う。
「……あなたは、死ぬつもりなのですか?」
 あきれたような声をあげて、シュヴァイツェがふわりと地に降り立つ。その後ろには、彼女につき従うかのように、大勢の怪物たちが控えている。
「たった一人で、私と、街中の怪物たちを相手にすると?」
「その必要はねえさ。俺がここでお前らを食い止めてる間に、あいつらがケリを着けてくれるからな」
 不敵に笑う翔悟に、しかしシュヴァイツェは、あきれたような余裕の表情を崩そうとはしない。
「果たして、それまであなたがもつでしょうか? いえ、そもそも、あの子たちだけで邪神にかなうとでも思っているのですか?」
 だがその言葉に、翔悟は芝居がかった動きで、肩をすくめて見せる。
「やれやれ、これだから、化け物の類は無粋でいけねえ。ま、理解しろったって無理なんだろうがな。ここに俺が残った理由も、あいつらを行かせた理由も、な」
 翔悟は鋭い瞳でシュヴァイツェをねめつける。
「あいつらなら、やれる。きっちりカタぁ着けて、帰ってくる。……それよりなにより、約束したからな、雪乃と。今まで、あいつが俺とした約束を破ったことはねえんだ。ただの一度も、な」
「……そうですか。では、これが最初で最後の破った約束にしてさしあげます」
 シュヴァイツェが、ゆっくりと構える。
 それに合わせて、翔悟はゆっくりと刀を抜いた。
「もはや、言葉は必要ない。互いに信じる相手がいるのなら、どちらの想いが強いのか、こいつで証明すればいい」
 両者の間に、乾いた風が吹く。翔悟も、シュヴァイツェも、その背後に控える怪物たちすらも、動く気配がない。
 風が止んだその刹那、背後の怪物の一体がぎゃあ、と鳴いた。
 それが戦いの開始の合図だったかのように、シュヴァイツェが駆けた。優美なドレスをはためかせ、その右手に闇の刃をまとう。一瞬で彼女は翔悟の元までたどり着くと、その右手を振り下ろした。
 翔悟はその直線的な攻撃を横に動いてかわす。
 だがシュヴァイツェの攻撃は止まらない。かわされることを見越しての攻撃だったのか、さらに横薙ぎに大きく腕を振るう。彼女の手の闇の刃が、円を描いて翔悟を襲う。
「チッ……」
 舌打ちをしながら、翔悟はそれを後ろに下がってかわす。
 間合いを取ったところで、大きく動かずに翔悟は相手の出方を窺う。
「てめえ、とんだ食わせモンだな。こないだの襲撃のときは、やっぱり全力じゃなかったってか。その腕の刃――――この間は隠してやがったな」
 足を肩幅ほどに開き、正眼で構えなおしながら、翔悟が言う。だが、言葉とは裏腹に、その表情に驚きや焦りはない。
「あの程度を全力と思われては、いささか口惜しく思います。この両腕の闇の刃こそが、私の本当の戦闘手段なのですから」
 対するシュヴァイツェも、その言葉ぶりに、感情は込められていない。その表情からも、攻撃を二度、かわされたことに対する感情の動きは読み取れそうもなかった。だが、それは逆に言えば、まだすべて手の内は見せていないことの証明でもあった。
「……しかしずいぶん余裕じゃないか? あれは動かさなくていいのか?」
 不意に、翔悟はまるで挑発するかのように、距離を保ったまま、未だ動かない怪物たちをあごで指して見せる。
「ご冗談を。私一人で、十分です」
 不吉に歪んだ笑みを浮かべて、シュヴァイツェが右手の刃を翔悟に向ける。次の瞬間、その刃が弾丸のような速さで伸びた。
「とっ!」
 すんでのところで、上体を反らし、翔悟はその切っ先をかわす。が、かわした刃がぐにゃりと伸縮し、今度は鞭のようにしなった。
「このっ!」
 その体勢からは避けきれないと判断した翔悟は、右手ですばやく刀を払う。頭上から蛇のように鎌首をもたげていたシュヴァイツェの武器は、切り裂かれてその勢いを失った。
「ふふふ……なかなかダンスがお上手ですね」
 だが、シュヴァイツェの余裕は消えない。切り裂かれて跳ね飛んだ彼女の武器は、意思を持っているかのようにその右腕へと戻っていた。
「ですが……いつまでそうしていられるか……楽しみです」
 今度はシュヴァイツェが両腕を振るった。右手の刃は翔悟に向かってまっすぐ伸び、左の刃は鞭状に変化して大きくしなった。
「……見える」
 その刹那。翔悟は駆けた後ろでも横でもなく、前へ。まっすぐに飛んできていた刃をわずかに上体を沈めてかわしながら、刀を振るう。右手の刃の切っ先が切断され、地に落ちた。
「――――なっ!?」
 翔悟が前に出てきたことに虚を突かれたシュヴァイツェが、はじめて焦りの表情を見せた。大きくしならせた、左手の鞭状の武器の目測が大きく外れる。
 瞬間、翔悟の顔に酷薄な笑みが浮かんだ。
「……もらったァ!」
 前進するスピードを緩めることなく、翔悟は跳躍した。上空へしなったままのシュヴァイツェの鞭に、その勢いを乗せた斬撃を叩き込む。伸びきったゴムがちぎれるように、闇が裂けた。
「――――――っ!?」
 驚愕に目を見開くシュヴァイツェの元へ到達した翔悟が、ためらうことなく、その体を薙いだ。
「ぐうッ!?」
 手ごたえは、あった。
 だが。
「……おのれ……ニンゲンがァッ!」
 傷口から血ではなく、黒い闇を発しながら、シュヴァイツェが豹変する。その体から発せられる闇は、やがて彼女自身を包み込んでいく。
「おいおい……こいつは……」
 その闇はもはや人の形ではなく、黒い狼のような頭部をもつ、巨大な半人半獣の姿をとっていた。咆哮するその声も、人形が話しているかのような、人型の時の声ではない。
 シュヴァイツェはその両腕を胸の前に構え、未だ自身からあふれ出る闇をそこに凝縮させていく。
「こいつは……早めにつぶさねえと、ちっとやばそうだぜ……!」
 その腕に翔悟が狙いを定めたその時、シュヴァイツェが吼えた。
「お前たちッ……! 殺せッ!! こいつを……殺せえッ!!」
 次の瞬間、戦いの激しさに気圧されていた怪物たちが、その咆哮に恫喝されるように翔悟の元へ駆け出した。怪物たちはシュヴァイツェを守るように壁を作ると、翔悟を取り囲む。
「やれやれ、さっきと言ってることが、ずいぶん違うんじゃねえか……っ?」
 怪物たちと翔悟が同時に駆け出す。刀の一振りごとに怪物や死人を切り裂きながらも、翔悟はその向こうのシュヴァイツェを見ていた。
 彼女の溜め込んでいる闇はなお濃く、大きくなっていく。あんなものの直撃を食らえば、さすがにただではすまない。
 そう見るやいなや、翔悟は目の前の敵にのみ集中した。自分とシュヴァイツェの間にいる敵のみをその視野に収め、刀を薙ぎながら疾走する。
「三下は……寝てなッ!」
 壁となる敵はあと三体。それを倒すのが先か、シュヴァイツェの攻撃の準備が整うのが先か。
 ――――それで、この戦いの行方が決まる。
 そう確信して、一体目を袈裟切りに斬り裂く。それが倒れる時間すら待たず、その屍を飛び越え、跳躍の勢いを込めて二体目を切り伏せた。三体目が攻勢に出たか、翔悟のすぐ目の前に迫る。大きく右腕を振り上げたそれの軸足を、着地した低い態勢のまま斬る。
 次の瞬間、三体の敵がほぼ同時に、倒れた。
 その屍の向こう――――シュヴァイツェは、幽かに笑みを浮かべ、その両腕を振り上げた。
 ――――刹那。
「スサノオノ、砌」
 まさに神速と言える速さで、翔悟が刀を振るった。その太刀筋から駆けた光が、シュヴァイツェの両腕を、切り裂いた。
「あ……」
 そして、極限まで凝縮された闇は、翔悟に向かって放たれることなく……その主の頭上へ、落ちた。
「ば……かなッ……!」
 直後、すさまじい爆裂音が轟き……すぐに止んだ。
「……やったか……」
 荒い息を整えながら、ゆっくりと、翔悟が立ち上がる。辺りに立っているのは翔悟だけだ。今の爆発で、周囲の怪物たちも吹き飛ばされたのだろうか。シュヴァイツェだったものも、もう、倒れ伏して動かない。
 ――――否。
 その気配に翔悟が気づき、振り向く。そこには、先ほどの戦闘の気につられてきたのか、先ほどよりも多くの死人や怪物たちが集まっていた。
「く……く、く……」
 その時、背後から声がした。シュヴァイツェに、まだかすかに息があったようだ。ひゅうひゅうという、空気の漏れるような呼吸音から、もう長くはもつまいが。
「今の……戦いで……あ……なたも、奥の手を……使ったはず。私は……死にますが……貴方……も、地獄に……道連れ……です……」
 その最期の言葉に、しかし翔悟は、ふっと笑った。
「……せっかくのお誘いだが、遠慮しとくよ。まだ、俺のことを離してくれない女が、こっちの世界にいるもんでね。勝手に逝ったら、ケツでも叩かれそうだ」
 あくまで軽口を叩きながら、翔悟は再び刀を構える。
「やれやれ。普通だったら、男の帰りを女が待ってるのが王道だってのに……かっこつかねえなあ」
 一つため息をつき、須佐翔悟は怪物たちの群れへと歩き出した。
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