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第一章 砂漠の姫君
ノーニャ復活
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帝国の首都を追放されてから一夜明けた。
私達は今、西へ向かって砂漠の道無き道をひた走っている。
「よっと」
姫様がずり落ちそうになるのを修正する。
彼女はまだ目覚めていなかった。
時折身動ぎはするものの、目覚める様子がないのだ。
「コルトー様、やはり私が――」
「いえ、大丈夫」
このやり取りは野営地を出発してから何度かあった。
契約精霊であるサラマンドラが背負うと言ってくれるが、彼女がこうなってしまった原因の多くが私にあると思うと、安易に任せてしまうのは憚られる。
私はその度に断るのだが、彼にとっては私も姫様も大切な存在らしく、見ていられないのだろう。
(まあ、二歳児が五歳児を背負って走っていると思えば……わからないでもないけどね)
だが年齢は低いが身体は彼女より大きいので、傍から見てそれほどおかしな絵面ではないはずなのだが。
彼女が落ちてしまわないように気を使いながら走るのは、難しいと言えば難しいものの、かなりの時間こうしているのでだいぶ慣れてきていた。
横を並走するサラマンドラの心配そうな顔に気付かないふりをして、私はこの先に居るという最高位精霊とやらの事を考える。
シルビウス大渓谷に大昔から居座っているらしく、渓谷に接する国の者で知らぬ者はいない程有名なのだとか。
(私は知らなかったけどね!)
それでサラマンドラに聞いて初めて知ったのだが、なんでもその大渓谷は特殊な鉱石の大鉱脈があると言われているらしい。
それを守っているのが地精達だと言うのが、ヒューマンの一般的な認識なのだとか。
(なんだかダンジョンみたいなんだよな)
私はその話を聞いてそんな事を思った。
一定のエリアに、お宝とそれを守る存在がある程度まとまって存在するのは、前世の感覚からすれば正しくダンジョンそのものなのだ。
余裕ができたら、探検してお宝を取り尽くすのも面白いかもしれない。
ただ彼に言わせると、そういう物があるからこそ地精が住み着き、同時に地精が住み着いているからこそ鉱脈があるのだという。
聞いた時はなんだかよくわからなかったが、何れにせよ地精に会ってみればわかることだろうと気にしないことにした。
(ん? なんか背中が冷たい……)
考え事をしていると、背中が濡れているような感覚があるのに気がつく。
(水筒は……ここにあるよな?)
水がこぼれたのかと思ったが、手製の水筒はしっかりと腰に括り付けてあった。蓋も空いている様子はない。
私が急に減速して立ち止まったので、少し先で止まったサラマンドラが様子を見に来た。
「どうかされましたか?」
「ん、いや、なんか背中が濡れている気がしたので、何かなと思っただけです」
そう言うと、彼が私の背中を確認してくれる。
「ああ、これは小便ですね」
「…………」
「すみません、コルトー様。契約精霊として、彼女の代わりにお詫び申し上げます」
「…………」
「しかし昨日から一度もしていないのですから、当然といえば当然ですけど、私も何で気づかなかったのか……コルトー様?」
(ああ……またやってしまった)
私はまたしても紳士として過ちを犯してしまった。
女性の身体にやたら触れるのはどうかと思うあまり、姫様に人前で失禁するなどという恥辱を受けさせてしまうとは……。
私の様子が変わったことでサラマンドラが心配してくるが、それどころではなかった。
「すみません。姫様を着替えさせなければいけないので、あそこで一度休憩しましょう」
「あ、ええ。そうですね」
私達は少し先の岩場に向かった。
私はすぐにそこをドーム状の植物で覆い、外から一切見えないようにする。
因みにサラマンドラは外で待っている。
彼も私も男だが、彼はちょっと……いやかなり物言いがアレなので、姫様の痴態を見せない方が良いだろうとの判断だ。
(姫様、ごめんなさい!)
私は心の中で姫様に謝ると、躊躇なく衣服を脱がしていった。
二歳児では気にしなくても良いのかもしれないが、こういう時、男はなるべく見ないようにするのが礼儀だとよく言われる。
しかし、見えなければ余計な場所を触ってしまうだろうし、作業が煩雑になることによって時間もかかるのだ。
女性にその間、身体を弄られながら羞恥心に耐えろと言うのはどうかと思う。
人それぞれ考え方はあるだろうが、私に言わせれば、目隠しをしてまごまごと長引かせるくらいなら、目視でさっさと終わらせた方がよっぽど思いやりがあるだろう。
「よいしょっ」
彼女のワンピース型の服を脱がし、物干し竿に掛ける。
(ごめんなさい!)
下着も脱がし、絞った後皺を伸ばして別の物干し竿に掛ける。
次に軽く体を拭き、下着と服を出芽で作り出す。
シュル、シュルシュル……
「こんなものかな」
パンツはおむつに近い形にし、あとの服は着ていたものに似せて作る。
出来は上々で、トローネが作ったものには劣るものの、中々良い手触りのものに仕上がった。
(姫様が起きた時、おむつを履かせたなんて知れたら……やめよう、余計なことを考えるのは)
目の前のことに集中しようと首をふり、私は姫様に下着を着せる。
と、そこで彼女が身じろぎしたかと思うと……。
「んん……」
目蓋がゆっくりと開いていく。
光が眩しいのか、目を細めて何度か瞬きをする。
そして、彼女の綺麗な黒い瞳が動き……私を捉えた。
「ぁ……あぁ……ぃや……」
上手く声が出ないのか、別人のようなか細い声で何かを言いながら、手で自分を隠そうとする。
腕の隙間から見える彼女の瞳は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだった。
足でズリズリと遠ざかろうとする彼女を、優しく抱き寄せる。
「ぁあ……う……うぅ……」
彼女はそれを拒否するように、両腕で私の胸を押した。
顔を見ないようにして彼女の頭を首元にやり、逃げられないよう、決して離さないよう、抱きしめる。
「姫様」
彼女がビクッと体を震わせた。
触れている彼女の体が小刻みに震えている。
「いえ、ノンノ。大丈夫です。大丈夫、何も……何も怖がることはありません」
子供をあやすように、「大丈夫……大丈夫……」と言って背中をポンポンと軽く叩いてやる。
次第に彼女の腕から力が抜けていき、私にもたれ掛かるようにして嗚咽を漏らし始める。
「うぅ……ひぐっ……うう……」
彼女を支えながら、私は上を向く。
ドームの天井から、砂漠の日差しとは思えない程柔らかい、温かな木漏れ日が降り注いでいた。
どのくらいそうしていただろうか。
姫様もだいぶ落ち着いてきて、今では少し鼻をすする程度にまでなっていた。
コン、コンっ
「コルトー様、ノーニャは落ち着きましたか?」
サラマンドラがドームの外から声をかけてくる。
彼も姫様が目を覚ましたことに気がついていたのだろう。
彼女が落ち着くまで待っていたからだろうか、声音が少し心配そうである。
(そういうとこで気が使えるなら、普段からそうしてよ……)
どうせ無駄だとわかっていても、そう思ってしまう。
サラマンドラも心配していることなので、姫様の様子を確認する。
「ノンノ、大丈夫ですか?」
「……ん」
「体の調子は悪くないですか?」
ふるふると頭を左右に振る姫様。
胸に顔を埋めていて表情はわからないが、雰囲気から強がりではなさそうだ。
私は取り敢えず大丈夫そうだと思い、会食の時の事を謝ろうとした。
「ノンノ、すみませんでした。陛下や殿下に乗せられて、あんな……」
「いぃ、わかった……から」
とても小さな声だったが、先程までと違って声に力強さが戻ってきているように感じる。
「本当に、すみませんでした」
彼女は「ん」と言って、ポンと私の胸を叩く。
(よかった……取り敢えず一安心かな)
「それでですね、ノンノ。もう一つ、謝らないといけない事があるんですが……」
暴走を止めるためとは言え、私がサラマンドラを取り出したせいで、彼女は祖国を追われていた。
どう償えば良いのかわからないが、首都を出る前から私は、彼女に何を言われようとも出来るだけのことをしようと思っている。
「追い出された、こと?」
「ええ。何とお詫びをしたらいいのか……」
「別に、いい」
「え?」
「いいの」
トンっと胸を叩かれる。
彼女は良いと言うが、生家を追い出されて国に命を狙われるというのは、軽く流して良いものではないはずだ。
私は彼女が無理をしているのではないかと思い、再度尋ねる。
「ノンノ、本当に、私にできることなら何でも言って下さい」
「…………じゃあ私と、けっ……一緒にいて」
「一緒に? それは勿論、願っても無いことですが……私なんかと一緒にいて、本当に良いのですか?」
私はそもそもコルトー家の人間で、彼女は仮想敵国の皇女である。
しかも、彼女がすべてを失う原因となったのは私なのだ。
私は彼女がこれからの事を考えて、無理をしているのではないかと思った。
「別に、無理にそうする必要は無いですよ? 実家に戻ったらちゃんと説明して、どこで住むにしても不自由しないようにしますし――「やなの?」
「へ?」
「私と! 一緒に! 暮らすのが! 嫌なの!?」
ドン、ドン、ドン、ドンっと、一言一言、私の胸を叩きながら彼女が言う。
「コホっ。い、いえ、嫌ということはないですが、そもそ「じゃあいいの!」
ドンっ
「うわっ」
一際強く押された拍子に、後ろに転んでしまう。
前を見ると、立ち上がった姫様が仁王立ちで私を指差していた。
「いいから黙って、ずっと私と一緒にいればいいの!」
「…………」
先程のしおらしい感じとのギャップから、私は唖然として言葉が出なかった。
「返事!」
「あ、えっ、はい!」
急に元の勢いを取り戻した彼女に押し切られる形で、私は彼女と一緒に住む事になってしまったのだった。
だが彼女にも言った通り、そのことに否はないので「まあいいか」と息を吐く。
そこで私は、ふと彼女の格好に目が行った。
(あ……)
私の視線に気がついた姫様が、訝しげに自分の体を見る。
(うぁちゃ~)
彼女の顔が見る見るうちに真っ赤になっていき、俯き加減でプルプルと震えだした。
何かを溜めるように右手の拳を顔の前にやる。
まるで「この手が真っ赤に燃える!」とか言い出しそうな様子だ。
(せめてヒートエンドは勘弁してほしいな……)
と、予想通り殴りかかってきたので、目をぎゅっと瞑り甘んじて受け入れる。
ぺしっ
「「????」」
何か、予想した衝撃よりも遥かに貧弱な感触を左頬に感じた。
目を開けると、不思議そうに自分の拳と私の顔を交互に見ている姫様と目が合う。
口をへの字に曲げて、困ったような泣きそうな顔でこちらを見ている。
そんな彼女の瞳や髪の色を見て、「あっ」と気づく。
「ノンノ、精霊契約……」
「!!」
彼女は表情はそのままにキョロキョロと慌てだし、不意にドーム端に走っていった。
(どうしたんだ?)
少しして返ってきた彼女は、真紅の瞳に真紅の髪で……その右手は真っ赤に燃えていた。
(ああ、南無三)
私がドームを突き破ってヒートエンドされたのは、それからすぐのことだった。
私達は今、西へ向かって砂漠の道無き道をひた走っている。
「よっと」
姫様がずり落ちそうになるのを修正する。
彼女はまだ目覚めていなかった。
時折身動ぎはするものの、目覚める様子がないのだ。
「コルトー様、やはり私が――」
「いえ、大丈夫」
このやり取りは野営地を出発してから何度かあった。
契約精霊であるサラマンドラが背負うと言ってくれるが、彼女がこうなってしまった原因の多くが私にあると思うと、安易に任せてしまうのは憚られる。
私はその度に断るのだが、彼にとっては私も姫様も大切な存在らしく、見ていられないのだろう。
(まあ、二歳児が五歳児を背負って走っていると思えば……わからないでもないけどね)
だが年齢は低いが身体は彼女より大きいので、傍から見てそれほどおかしな絵面ではないはずなのだが。
彼女が落ちてしまわないように気を使いながら走るのは、難しいと言えば難しいものの、かなりの時間こうしているのでだいぶ慣れてきていた。
横を並走するサラマンドラの心配そうな顔に気付かないふりをして、私はこの先に居るという最高位精霊とやらの事を考える。
シルビウス大渓谷に大昔から居座っているらしく、渓谷に接する国の者で知らぬ者はいない程有名なのだとか。
(私は知らなかったけどね!)
それでサラマンドラに聞いて初めて知ったのだが、なんでもその大渓谷は特殊な鉱石の大鉱脈があると言われているらしい。
それを守っているのが地精達だと言うのが、ヒューマンの一般的な認識なのだとか。
(なんだかダンジョンみたいなんだよな)
私はその話を聞いてそんな事を思った。
一定のエリアに、お宝とそれを守る存在がある程度まとまって存在するのは、前世の感覚からすれば正しくダンジョンそのものなのだ。
余裕ができたら、探検してお宝を取り尽くすのも面白いかもしれない。
ただ彼に言わせると、そういう物があるからこそ地精が住み着き、同時に地精が住み着いているからこそ鉱脈があるのだという。
聞いた時はなんだかよくわからなかったが、何れにせよ地精に会ってみればわかることだろうと気にしないことにした。
(ん? なんか背中が冷たい……)
考え事をしていると、背中が濡れているような感覚があるのに気がつく。
(水筒は……ここにあるよな?)
水がこぼれたのかと思ったが、手製の水筒はしっかりと腰に括り付けてあった。蓋も空いている様子はない。
私が急に減速して立ち止まったので、少し先で止まったサラマンドラが様子を見に来た。
「どうかされましたか?」
「ん、いや、なんか背中が濡れている気がしたので、何かなと思っただけです」
そう言うと、彼が私の背中を確認してくれる。
「ああ、これは小便ですね」
「…………」
「すみません、コルトー様。契約精霊として、彼女の代わりにお詫び申し上げます」
「…………」
「しかし昨日から一度もしていないのですから、当然といえば当然ですけど、私も何で気づかなかったのか……コルトー様?」
(ああ……またやってしまった)
私はまたしても紳士として過ちを犯してしまった。
女性の身体にやたら触れるのはどうかと思うあまり、姫様に人前で失禁するなどという恥辱を受けさせてしまうとは……。
私の様子が変わったことでサラマンドラが心配してくるが、それどころではなかった。
「すみません。姫様を着替えさせなければいけないので、あそこで一度休憩しましょう」
「あ、ええ。そうですね」
私達は少し先の岩場に向かった。
私はすぐにそこをドーム状の植物で覆い、外から一切見えないようにする。
因みにサラマンドラは外で待っている。
彼も私も男だが、彼はちょっと……いやかなり物言いがアレなので、姫様の痴態を見せない方が良いだろうとの判断だ。
(姫様、ごめんなさい!)
私は心の中で姫様に謝ると、躊躇なく衣服を脱がしていった。
二歳児では気にしなくても良いのかもしれないが、こういう時、男はなるべく見ないようにするのが礼儀だとよく言われる。
しかし、見えなければ余計な場所を触ってしまうだろうし、作業が煩雑になることによって時間もかかるのだ。
女性にその間、身体を弄られながら羞恥心に耐えろと言うのはどうかと思う。
人それぞれ考え方はあるだろうが、私に言わせれば、目隠しをしてまごまごと長引かせるくらいなら、目視でさっさと終わらせた方がよっぽど思いやりがあるだろう。
「よいしょっ」
彼女のワンピース型の服を脱がし、物干し竿に掛ける。
(ごめんなさい!)
下着も脱がし、絞った後皺を伸ばして別の物干し竿に掛ける。
次に軽く体を拭き、下着と服を出芽で作り出す。
シュル、シュルシュル……
「こんなものかな」
パンツはおむつに近い形にし、あとの服は着ていたものに似せて作る。
出来は上々で、トローネが作ったものには劣るものの、中々良い手触りのものに仕上がった。
(姫様が起きた時、おむつを履かせたなんて知れたら……やめよう、余計なことを考えるのは)
目の前のことに集中しようと首をふり、私は姫様に下着を着せる。
と、そこで彼女が身じろぎしたかと思うと……。
「んん……」
目蓋がゆっくりと開いていく。
光が眩しいのか、目を細めて何度か瞬きをする。
そして、彼女の綺麗な黒い瞳が動き……私を捉えた。
「ぁ……あぁ……ぃや……」
上手く声が出ないのか、別人のようなか細い声で何かを言いながら、手で自分を隠そうとする。
腕の隙間から見える彼女の瞳は潤んでいて、今にも涙が零れ落ちそうだった。
足でズリズリと遠ざかろうとする彼女を、優しく抱き寄せる。
「ぁあ……う……うぅ……」
彼女はそれを拒否するように、両腕で私の胸を押した。
顔を見ないようにして彼女の頭を首元にやり、逃げられないよう、決して離さないよう、抱きしめる。
「姫様」
彼女がビクッと体を震わせた。
触れている彼女の体が小刻みに震えている。
「いえ、ノンノ。大丈夫です。大丈夫、何も……何も怖がることはありません」
子供をあやすように、「大丈夫……大丈夫……」と言って背中をポンポンと軽く叩いてやる。
次第に彼女の腕から力が抜けていき、私にもたれ掛かるようにして嗚咽を漏らし始める。
「うぅ……ひぐっ……うう……」
彼女を支えながら、私は上を向く。
ドームの天井から、砂漠の日差しとは思えない程柔らかい、温かな木漏れ日が降り注いでいた。
どのくらいそうしていただろうか。
姫様もだいぶ落ち着いてきて、今では少し鼻をすする程度にまでなっていた。
コン、コンっ
「コルトー様、ノーニャは落ち着きましたか?」
サラマンドラがドームの外から声をかけてくる。
彼も姫様が目を覚ましたことに気がついていたのだろう。
彼女が落ち着くまで待っていたからだろうか、声音が少し心配そうである。
(そういうとこで気が使えるなら、普段からそうしてよ……)
どうせ無駄だとわかっていても、そう思ってしまう。
サラマンドラも心配していることなので、姫様の様子を確認する。
「ノンノ、大丈夫ですか?」
「……ん」
「体の調子は悪くないですか?」
ふるふると頭を左右に振る姫様。
胸に顔を埋めていて表情はわからないが、雰囲気から強がりではなさそうだ。
私は取り敢えず大丈夫そうだと思い、会食の時の事を謝ろうとした。
「ノンノ、すみませんでした。陛下や殿下に乗せられて、あんな……」
「いぃ、わかった……から」
とても小さな声だったが、先程までと違って声に力強さが戻ってきているように感じる。
「本当に、すみませんでした」
彼女は「ん」と言って、ポンと私の胸を叩く。
(よかった……取り敢えず一安心かな)
「それでですね、ノンノ。もう一つ、謝らないといけない事があるんですが……」
暴走を止めるためとは言え、私がサラマンドラを取り出したせいで、彼女は祖国を追われていた。
どう償えば良いのかわからないが、首都を出る前から私は、彼女に何を言われようとも出来るだけのことをしようと思っている。
「追い出された、こと?」
「ええ。何とお詫びをしたらいいのか……」
「別に、いい」
「え?」
「いいの」
トンっと胸を叩かれる。
彼女は良いと言うが、生家を追い出されて国に命を狙われるというのは、軽く流して良いものではないはずだ。
私は彼女が無理をしているのではないかと思い、再度尋ねる。
「ノンノ、本当に、私にできることなら何でも言って下さい」
「…………じゃあ私と、けっ……一緒にいて」
「一緒に? それは勿論、願っても無いことですが……私なんかと一緒にいて、本当に良いのですか?」
私はそもそもコルトー家の人間で、彼女は仮想敵国の皇女である。
しかも、彼女がすべてを失う原因となったのは私なのだ。
私は彼女がこれからの事を考えて、無理をしているのではないかと思った。
「別に、無理にそうする必要は無いですよ? 実家に戻ったらちゃんと説明して、どこで住むにしても不自由しないようにしますし――「やなの?」
「へ?」
「私と! 一緒に! 暮らすのが! 嫌なの!?」
ドン、ドン、ドン、ドンっと、一言一言、私の胸を叩きながら彼女が言う。
「コホっ。い、いえ、嫌ということはないですが、そもそ「じゃあいいの!」
ドンっ
「うわっ」
一際強く押された拍子に、後ろに転んでしまう。
前を見ると、立ち上がった姫様が仁王立ちで私を指差していた。
「いいから黙って、ずっと私と一緒にいればいいの!」
「…………」
先程のしおらしい感じとのギャップから、私は唖然として言葉が出なかった。
「返事!」
「あ、えっ、はい!」
急に元の勢いを取り戻した彼女に押し切られる形で、私は彼女と一緒に住む事になってしまったのだった。
だが彼女にも言った通り、そのことに否はないので「まあいいか」と息を吐く。
そこで私は、ふと彼女の格好に目が行った。
(あ……)
私の視線に気がついた姫様が、訝しげに自分の体を見る。
(うぁちゃ~)
彼女の顔が見る見るうちに真っ赤になっていき、俯き加減でプルプルと震えだした。
何かを溜めるように右手の拳を顔の前にやる。
まるで「この手が真っ赤に燃える!」とか言い出しそうな様子だ。
(せめてヒートエンドは勘弁してほしいな……)
と、予想通り殴りかかってきたので、目をぎゅっと瞑り甘んじて受け入れる。
ぺしっ
「「????」」
何か、予想した衝撃よりも遥かに貧弱な感触を左頬に感じた。
目を開けると、不思議そうに自分の拳と私の顔を交互に見ている姫様と目が合う。
口をへの字に曲げて、困ったような泣きそうな顔でこちらを見ている。
そんな彼女の瞳や髪の色を見て、「あっ」と気づく。
「ノンノ、精霊契約……」
「!!」
彼女は表情はそのままにキョロキョロと慌てだし、不意にドーム端に走っていった。
(どうしたんだ?)
少しして返ってきた彼女は、真紅の瞳に真紅の髪で……その右手は真っ赤に燃えていた。
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