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第二章
名前と賠償
しおりを挟むミレーヌに「ジェイムス・コルト―はもう見つかった」と聞かされた時、私は初め聞き間違いかと思った。
”もう見つかった”ではなく、”まだ見つからない”の間違いではないか、と。
しかし、ミレーヌの続く言葉で淡い期待は脆くも崩れ去った。
彼女の話を聞く限りでは、自分が失踪してから何人もの”ジェイムス・コルト―”が現れたらしく、さらに悪いことに、その中の一人が本物の”ジェイムス・コルト―”になってしまったようなのだ。
私は目眩がしそうだった。
(これは不味過ぎる……)
もともと、帰ってこれたとしても何かしら面倒なことにはなるとは思っていたが、ここまでとは思ってもみなかった。
コルトー家の嫡男が失踪したとなれば、これ幸いとばかりに有象無象が手を変え品を変えやって来ることは想像に難くない。
私もそういった場合に備えて幾つか対策を考えていたが、それらはどれもジェイムス・コルトーが見つからない場合に本人であることを証明する方法であって、本人と認められた人物の正体を暴く方法ではなかった。
両親が子供を間違うことはないだろうという甘えがあったのは否めないが、何処の世界に子供を間違える両親が居るというのだろうか。確かに新生児の取り違えなどは前世でもあったが、成長して自分で話すようになったくらいの子供では聞いたことが無い上、私のように特殊な子供などそうそういるはずもない。しかも、何十年も顔を合わせていないなどと言った訳でもないので、失踪する前の生活が偽りでないならわかって然るべきだろう。
考えていた中でも最も信頼できるはずの前提が早速崩れ去り、私はまるで両親に裏切られ、天涯孤独になってしまったかのような気分になっていた。
(母様……父様……)
次第に視界がぼんやりとしてきて、焦点の合わない目で何処ともなしに見ていると、肩にそっと手が置かれる。
そちらを向くと、何故か悲しそうな顔をしているノーニャがいた。
なんでそんなにも泣きそうな顔で私を見ているのだろうか。
ノーニャに理由を聞こうとするが、唇が震えるばかりでどうしても声が出てこない。
と、今度は誰かに袖を引かれる。
振り向くと、ルチアが心配そうな顔をしていた。
笑顔で頭を撫でて安心させてあげようとするが、手が震えて上手く動かせない。
「……ぁ…………」
ツーっと何かが頬を伝う感覚……。
一粒落ちると、その後は堰を切ったように流れ出した。
「え、ちょ、待って。え、なんで?」
ほとんど表情を変えずにボロボロと大粒の涙を流し始める私を見て、ミレーヌが驚き、訳がわからないと言った様子で焦りだす。
相変わらずぼんやりとその様子を眺めていると、左右から高さの違う抱擁をされる。
なんだか薄ぼんやりとして現実感が無かったが、それで現実へと引き戻されたような感覚を覚えた私は、思わず顔が歪みそうになるのを必死に堪え、俯いた。
ゴンっ
「いったぁーい! 何すンの!?」
「ミレーヌ、これはお前が悪い。謝れ」
モレロがミレーヌに拳骨を食らわせたのだろうか。鈍い音の後、若干素が出たミレーヌの声が聞こえた。
「嫌よ、何で私が。大体、この子みたいなのが大勢押し掛けて来たせいでジェイムス様の捜索が難航した上、治安が悪くなって鉱石泥棒も増えたんじゃない。謝るならむしろその子の方でしょ?」
俯いたままで話を聞いていた私は、再び込み上げてきたものを飲み込むようにして堪える。
(紳士は人前で泣いたりしない。紳士なら人前で泣いちゃ駄目だ。紳士なら……)
なんとか感情を制御しようとするものの、頭の中がぐちゃぐちゃで理性が働かない。
「確かに、あの騒動のせいで何かと問題が起こってはいるが、この子自身は関係ないだろう?」
「う……で、でも、これからはわかンないじゃん。当てが外れて、他の奴らと一緒になって問題を起こさないとも限らないし……」
「その理屈でいったら、お前もこれから犯罪を犯すかもしれないな」
「あー、もう! ゴ・メ・ン・ナ・サ・イ・ネ! はい、これで満足? 私もう上がるから!」
ミレーヌは吐き捨てるようにそう言うと、足早に去っていった。
「あ、おい! はぁ……まったく。すまんな、ジミー君。お詫びという訳ではないが、落ち着くまで奥の部屋を使ってくれ。で、お前達は――」
モレロが周りの者に次々と指示を出していくのを聞きながら、私はノーニャとルチアに連れられて言われた部屋までゆっくりと歩いていった。
「どうだ、少しは落ち着いたかい?」
ガチャリと音を立てて扉が開き、モレロの大きな体が入ってくる。
「ええ、お陰様で」
「そうか、さっきはミレーヌがすまなかった。いつもはあんな事言わないんだが、最近はちょっとな……」
モレロが困った様な、疲れた様な顔で頬を掻く。
「いえ、こちらこそ取り乱してしまい、すみませんでした」
私は休んでいたソファから立ち上がり、モレロに向かって腰を折る。
「ああ、いい、いい、座っててくれ」
モレロは慌てた様に着席を促すと、何かを誤魔化す様に水差しからコップに水を注ぎ、一気に呷った。
「あ、君らも飲むか?」
水差しを持ったまま聞いてくるモレロに首を振って答え、「それよりも……」と、先程の話を詳しく聞かせて貰えないか尋ねる。
「構わんよ、皆知っている事だしな」
そう言ってモレロは向かいのソファへ腰掛けると、私が失踪した辺りから順を追って話し出した。
「最初は半年くらい前、衛兵の巡回がやけに増え始めた頃だったか。誰が言い出したのか、領主様の嫡男が行方知れずになったって話が急に広まってな。その頃から少しずつ、ジェイムス・コルトーを自称する奴や、ご子息を見つけたって輩が現れ始めたんだ」
話の広まり方が気になるものの、礼金目当ての輩などが湧いてきたと言うのは予想していた通りだった。
「どのくらいいたのですか?」
「そうだな……仕立て上げられた子供とか、親じゃないと言い張る付き添いとか、そういうのも全部ひっくるめると数千人はいたな」
「そんなに……」
仮にこの都市の人口が十万人とするなら、人口の数パーセントにも及ぶヒューマンが雪崩込んできたことになる。
他の、通常の旅行者や商売人なども合わせれば、一体どれだけのヒューマンがここに集まっていたのか……。
「初めは外から大量に旅行客が来たってんで喜んでいる商売人もいたが、今じゃジェイムスの『ジ』の字でも出した日には門前払いにされるから、君も気をつけな」
「それはミレーヌさんが先程言っていた事と関係が?」
「ああ。集まって来てた奴の殆どが首の回らなくなった借金まみれの奴か、金に困ってるその日暮らしの奴で、色々問題を起こしたり、帰る金すら無くてスラムを作ったりしたのさ」
おそらくそういった人達が肉体労働や日雇いの仕事を奪ったり、資源を盗んだりしているのだろう。
私は思っていた以上に悪い状況を聞かされ、自分の現状も相まって頭を抱えた。
「まあ、お前さんは他のと毛色が違うようだし、ミレーヌが迷惑をかけたこともある。もし行く当てが無いようなら、面倒を見てやれないこともないが……どうする?」
正直な所、モレロの提案は有難かった。
行く当ても無ければ金も無い今の状況では、働き口を得られるだけでも良かったといえるだろう。
私は一応皆に確認をして了承を得ると、モレロに向き直って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「おう。よろしく、えっと……君、本名は?」
モレロは当然私の事をジェイムス・コルトーだとは思っていないのだから、この質問は当然といえば当然と言えた。
しかし他に名乗る名を持ち合わせていなかった私は、一旦口籠った後に弟の名前を出してしまう。
「えっと……タガヤと言います」
「タガヤ……この辺りの名前じゃないな。顔立ちは王国民にしか見えないんだが……片親がツノロロ公国とかそっちの方なのか?」
「ええ、まあ、そんなところです」
聞かれたところで答えようがないので、名前に関する話を適当に流す。
「ところで、さっき乱闘を起こしてしまった事についてはもういいのですか?」
「ん、ああ、そういやその話をしてなかったな。あれから連中から話を聞いたんだが、お前さん達あいつらの戦利品を真っ二つにしたらしいな」
「え?」
乱闘騒ぎについてモレロの口から話されたのは、全くもって見に覚えの無い話だった。
「それでだな、面倒を見るとは言ったが、君等がきっちりとその賠償をするのが条件だ。もちろん、無理をさせようと思っているわけじゃない。ただ毎月給料から少しずつ払っていくだけだ。一応鉱石モグラとはそれで話をつけてあるんだが、どうだ、出来るか?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕等はそんな事……」
「あの、いいですか?」
モレロに反論しようとすると、急にサラマンドラが手を上げた。
「その戦利品とやらはどういった物でしょうか?」
(ん? それが何か関係あるのか?)
私は気になってサラマンドラを見たが、まだ説明する気はないのか、モレロを見続けている。
「あー、そりゃ気になるわな。えっとこのくらいのタングライト鉱石で、見たところ質もかなり良さそうだったからまあ、金貨百枚は堅いと思うぞ」
モレロは私の体程もある大きさを手で示す。
「ふむ、良質の鉱石ですか……」
サラマンドラは少し考える素振りをした後、私に耳打ちしてきた。
「(おそらくですが、鉱石がなまじ良い物だったことで、精霊門の出口が引き寄せられたのでしょう)」
「(え、じゃあ、そのせいで鉱石が割れちゃったってこと?)」
「(はい。例としては儀式に使う供物や生贄と同じです)」
(なんてこった……)
顔を両手で覆う。
コハクが『未熟者』とか言ってくるのをスルーして、モレロに賠償することを約束する。
「えと、払います……」
「ん、そうか? もう少しごねると思ったんだが。まあいい、これからよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
私はモレロと握手――どちらかと言うと握られるに近いが――をし、鉱石モグラのメンバーに謝るため部屋を後にした。
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