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第二章
新人卒業
しおりを挟むディーライトのクランに厄介になり始めて、今日で二週間になった。
あの日、ギルド会館の一室で彼の手を握った時は、これから一体どうなるのかと不安になったが、特にこれと言って何か起こるわけでも無く今日に至る。
「――では、これで晴れて冒険者ですね。改めて、これからよろしくお願いします」
そう言って微笑むリリアさんへ「此方こそよろしくお願いします」と返した私とノーニャは、後ろを向く。
「ディーライトさん、これまでありがとうございました」
ディーライト自身もそうだが、彼のクランには世話になりっぱなしだった。
乱闘騒ぎを起こした日から、クランの所有するクランハウスで寝泊まりをさせてもらいつつ、毎日のように交代で私達の監督役をやってもらっていたのだ。
「いやいや、礼には及ばないよ。いいと言っているのに、色々と雑用をして貰っていたしね」
「いえ、泊めていただくのですから、それくらいは」
私達は空いた時間に、クランハウスの掃除や洗濯を率先してやっていた。
初めは宿泊代金を払おうと思っていたのだが、正規の料金を払おうと思うとそれなりに値が張る上、二日目以降の報酬ではとても払えるものではなかったのだ。
二日目からは初日のような無茶な要求をされることはなく、荷物運びや失せ物探しなど至って普通の依頼ばかりで、身構えていた私とノーニャはむしろ拍子抜けしてしまった程である。ただし楽な仕事になった分やはり報酬もそれなりであり、宿泊代金を払えないどころか、全員が日に三食取ろうとすると足りない程だった。
「まあ今後は外にも行けるから、君達二人ならばそう金に困ることもなくなるさ」
「はい、ご迷惑を掛けなくても済むよう頑張ります。この御恩はいずれお返しします」
これで新人期間を終えた私とノーニャは、付き添いを付けること無く自由に依頼が受けられるだけでなく、城壁外の依頼も受けられるようになる。
そして、外での依頼はいずれも魔獣との遭遇の危険があるため、城壁内のものより必然的に報酬の相場が高くなっており、冒険者は基本的に外での依頼で生計を立てるのだそうだ。
安定するまで暫くはその日暮らしになるだろうが、ディーライトにはそう遠くないうちに、何らかの形で恩を返しておきたかった。純粋な意味でも、また用心の意味でも……。
「ハハッ、そう気負う必要はないさ。君達に協力してもらいたい仕事が無いわけじゃないが……まあ、今はおむつが取れたのを喜ぼうじゃないか」
(協力してもらいたい仕事、ね……)
「そうですよタガヤ君、あの依頼を達成した注目の新人なんですから、胸を張って下さい」
「あの依頼……?」
リリアさんが褒めてくれるのだが、今までに受けた依頼は十を超えるので、何を褒められているのかよく分からなかった。
「あー……そう言えば、まだ言ってませんでしたね。もう新人では無いですし、伝えても大丈夫でしょう。実は最初に受けたウィミックの依頼、あれは新人教育のための依頼なんですよ」
言われてみれば確かに、あの依頼だけ異質だった。他の依頼と違って目的がよく分からなかったのだ。
街外れの誰も住んでいないような廃墟で、全く手入れをされていない庭のウィミックを駆除する……。
その時は何かに使うのかとも思ったが、後から考えると四方を建物に囲まれた飛び地なんて何に使うのかさっぱり分からなかった。
「新人教育って……あれで一体何を?」
藪の中を走り回ってウィミックを駆除していくだけの作業に、一体どんな意味があるというのだろうか。
(精々が持久力を鍛えるくらいか? でもそれなら続けなきゃ意味ないか)
「まあ、教育と言うと語弊があるな。あれは言わば、心を折るためのものだよ」
「ちょ、ちょっとディーライトさん、いくらなんでも言い方というものが――」
「心を折るって……」
確かに一時的に心折られたが、そんな事をされるような事をした覚えは――。
(ある、な……)
「いや、違うのよ。この業界って、気性の荒い人が多いじゃない? 実力の無いそう言う人に限って、よく「新人期間なんか必要ない」「すぐに外の依頼を受けさせろ」って言うから……」
「だから、誰でも片付けられるようなウィミックを当てがって失敗させ、鼻っ柱をへし折ると言うことですか」
「ええ、まあそんなところかしら。でも、ちゃんとフォローはしているのよ?」
(それで報告の時、あんなに疑われたのか)
本来なら、新人が数時間で達成するのが不可能な依頼だったわけである。
色々な疑問が氷解するのと同時に、ディーライトの事をやはりどこか信じきれない人物であると再認識する。
彼に目を向けると、相変わらずのいい笑顔で返された。
(食えないな……)
「そういえば、あれは渡さなくていいのかい?」
「あ、すみません。こちらをお渡しするのを忘れていました」
そう言ってリリアさんが手渡してきたのは、金属でできたドッグタグの様な物だった。
「これは?」
「冒険者の証――と言えば聞こえはいいですが……有り体に言えば、依頼遂行中の死亡確認のための物です」
職業柄言い慣れている事であろうに、リリアさんは何処と無く言い難そうだった。
(そのまんまドッグタグだな)
「身分証の代わりになったりとかは?」
「残念ですが、そう言った用途には使えません。ただ、何か事件等に巻き込まれた際にこれを提示することで、身元不明の者よりは扱いが増しになります」
(身元不明より増しって、無いも同然じゃ……)
言っている本人もその事は分かっているのか、なんとも微妙な表情をしている。
「まあ確かに、生きている間は役に立たないね、これ」
ディーライトが懐からタグを取り出し、手に提げてこちらに見せた。
「だけどこれは、全うに命を賭けている者達だけが共有することのできる証なのさ。いかなる場所で倒れ、朽ち果てようと、これが俺達の生きた証になる。それじゃ、不満かい?」
「いえ……いいと思いますよ、そういうの。嫌いじゃないです」
私自身そういう仕事をしていたこともあってか、ディーライトの言葉はすんなりと腑に落ちた。
集合意識というやつだろうか。自分の命をチップにして飯を食っていると、生存本能を刺激されてなのか何なのか、同じ境遇の者に妙な連帯感を感じるのだ。
「というか、別に僕はこのタグに不満がある訳じゃないんですけどね」
「そうなのかい?」
「ただちょっと、そうであったら良いな、というだけの事です」
異世界転生物のライトノベルを何冊か読んだことがあれば、ギルドカードという摩訶不思議な謎技術の結晶に対して、幾分期待を持っても仕方ないだろう。あれ以上に便利な物など、そうは無いのだ。
記憶にあるギルドカードの機能は、出入国を含めたあらゆる検問等を通過でき、国を問わず身分を保証するのはデフォルトとして、物によっては魔物討伐数の自動カウンター機能や犯罪歴の自動記録、銀行の口座と連動した入金及び支払いシステム等、多岐にわたる。
それに勝る物というと、主人公サイドのよく使うチートやデウス・エクス・マキナくらいしか思い付かなかった。
「なるほどね。まあ確かに、もうちょっと使える場面があってもとは思わなくもないな」
「ディーライトさんまで……。そんな物を身分証にしたら、簡単に偽造されちゃうじゃないですか。それに、今の冒険者の仕事で身分証が必要な事なんて殆ど無いんですから、必要なら役所に行って下さい」
ドッグタグに不満を言うディーライトと私を、リリアさんが呆れた様子で一蹴した。
「はい……。あ、でも、護衛依頼とかで他領に行った時困るんじゃ――」
「それが無いから、いらないんですよ」
「え? じゃあ普通の人は道中どうしているんですか?」
誰も連れずに魔獣を撃退できる程、商人達が強いのだろうか。
(それとも魔除けのお守りでもあったりするのかな?)
「コルトー公爵領では、隣接している他領の都市までの間を官軍が警備しつつ定期的に魔獣を間引いていますし、商人などはその行軍への同行が認められている上、料金を払えば不定期行軍もやってもらえますから。なので、値の張る冒険者に頼むのなんて人外魔境に行こうとする変人か、官軍に近寄れない訳有りの人くらいなものです」
「へー……なんか、すごいですね」
あの残念父様がそんな事をやっていたとは驚きである。
「まあ、王国経済の中心ですから。ただその反面、冒険者ギルドはだいぶ居場所を失ってますし、魔獣討伐経験の浅いギルド員が遭遇戦で死亡することが多くなったので、良いことばかりとも言えませんけどね」
リリアさんの表情が曇ったのを見て、私は申し訳ない気持ちになった。
何であれ、良い面と悪い面の両面があるのは致し方ないことだ。良い面が大きければ大きい程、悪い面は許容するしかない。
だが悪い面の影響を直接受ける人に合ってしまうと、それを我慢しろとは中々言えないし、つい気持ちもそちらに傾きかけてしまう。
パンッパンッ
「はいはい、この話はそのくらいにしておこう。それよりももっと楽しい話をしようじゃないか」
「楽しい話、ですか?」
「ああ、そうさ。今日はタガヤ君とターニャちゃんの、クラン加入祝いをクラブハウスでやることになってるんだよ」
「「え?」」
ディーライトの口から出たのは、楽しい話と言うよりも困惑する様な話だった。
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