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第二章
エーゲルボルン
しおりを挟む「加入祝い、ですか……? すみません、クランに入るなんて初耳なんですが、どういうことでしょうか?」
まるで、もうクランへ加入する事が決まっているかのようなディーライトの言い草に、私とノーニャは困惑していた。
「おや、嫌だったかい?」
「いや、嫌だとかそういう事じゃね……くてですね、その、一切お話を伺っていなかったものですから、驚いてしまって」
思わず険のある言い方をしそうになった私は途中で気が付き、無理やり軌道修正をしつつ、一応はやんわりとした風を装って問い返す。
本来なら「はぁ? 何言ってんの?」レベルの話であるが、流石に恩人に向かってそれは不味いと理性が働いたのだ。
「あれ? 他の新人から聞いてな……あ」
何事か思い出した様子で言葉を切った後、顔に手を当てて天を仰ぐディーライト。
「すまない、君らが除け者にされているのを失念していたよ」
(ぐふッ)
「いやはや、新人期間を乗り越えて冒険者になるような人は大抵、ある程度人付き合いができるものだから、そこまで考えが及ばなかったよ」
(ゲふォッ)
「ああでも、気にすることはないさ。うちのクランメンバーにはちゃんと言い含めてあるから、直接誰かと問題を起こさなければ、仕事をする分には問題ない筈だよ」
(ヘゲラッ!)
ディーライトによるコミュ障及びボッチへの口撃によって不意を突かれた私は、堪らず胸を押さえた。
そんな私の様子を不思議そうに見ているディーライトとリリアさんが、この時ばかりは恨めしい。
(ふふふ……だが抜かったな。私に対しては中々効いたが、こちらにはまだもう一人残っているのだ!)
「さあ、何か言い返してやってくれ!」と期待を込めて横を見ると、ノーニャが耳を塞いでしゃがみ込み、首を振って何事かぶつぶつと呟いていた。
(ああ、そういえば、向こうではボッチだったね……)
「でだね、普通の新人は新人同士の集まりで一度は耳にする事なんだけど、正式に冒険者となった者達はまず、慣例で監督役の所属しているクランに入るんだよ。だからまあ、君達も何も言わない以上はそういうつもりなのだと思っていたのだけど……?」
つまり新人研修の付き添いというのは、休業期間の食い繋ぎのためだけでなく、青田買いのためでもあるのだろう。
良さげな新人を見つけたら、面倒を見つつ教育し関係性を深めることで、いずれ冒険者となってクランへと入る際には、お互いのことが多少なりとも分かっているので勧誘しやすく、また冒険者も入りやすいという訳だ。
おそらく目減りし易いクランの人員確保を容易にし、奪い合いによるいざこざを少なくするため、こう言った慣例を利用しているのだろうが……。
(こっちとしては寝耳に水だったし、腹に一物ありそうなディーライトにこれ以上関わりたくはないけど……前と同じで選択肢は無い、か)
「すみません。ほんと、突然言われて驚いてしまっただけなので、気にしないでもらえると助かります。ディーライトさんのクランに入れていただけるのなら、此方としてもありがたいので、是非お願いします」
そう言って腰を折ると、ディーライトも安心したのか私の肩に手を置いて、「うんうん、それは良かったよ。これからよろしく」と言ってきた。
「此方こそ、よろしくお願いします」
私達は握手を交わした後、いい時間だったので何処にも寄らず、そのままクランハウスへと向かうことになった。
――クラン『エーゲルボルン』
コルトー公爵領の首都ナベリアに拠点を置く、狩猟系クランの一つである。
クランには大きく分けて魔獣を狩る狩猟系クランと、単独或いは狩猟系クランと連携を取って資源採集を行う、採集系クランの二種類が存在する。しかし、最近はその堺があやふやなクランが増えていた。
狩猟系と採集系のクランは元々個々人の資質から別れたものであるため、本来なら分業が成り立っており、互いの領分を侵さないという暗黙の了解があった。
しかしコルトー公爵領においては、官軍による交易路の確保が行われ始めたことで狩猟系冒険者の仕事が激減し、辞めていく者や採集系に移るものが増えたのだ。
その結果、人数の増えた採集系クランでは一人当たりの報酬低下から、狩猟に手を出して補填しようとする者が現れ始め、人数が減っているにも関わらず仕事の取り合いをしなければいけない狩猟系は、採集を行うことでなんとか食い繋いでいた。
そんな狩猟系クランと採集系クランが反目し合うのは必然の流れであり、とてもではないが協力し合う様な状況ではなかった。
そんな中、自分達の領分を厳守しようとするクランも幾つかあり、その一つがエーゲルボルンだ。
エーゲルボルンは狩猟系クランの筆頭であり、冒険者の戦闘力低下が問題になっている昨今にあって、戦闘のみで生計を立てている稀有な存在だった。
「さあ、今日の主役のご登場だ!」
クランハウスへと到着した私達が、大きく開かれた入口の扉を潜ってエントランスホールへと入ると、多くの拍手に出迎えられた。
皆手には盃を持っており、ディーライトと私達もすぐに手渡される。
「えーっと、ケイス君は……お、いたいた。こっちに来てくれ」
ディーライトが手招きした相手が、慌てて此方へ近付いて来る。
(君……?)
線の細い華奢な体つきで中性的な顔のため、言われなければ男には見えない。
私と目が合った時に会釈をされたので此方も返すと、花のような笑顔を向けられた。
(!?)
不覚にも一瞬ドキッとしてしまった自分が悲しく、なんだか負けたような気分になってしまったものの、なんとか此方も笑顔で返す。
「さて、この三人がエーゲルボルンへの新規加入者だ。ケイス君は昨日、タガヤ君とターニャさんは今日、正式に冒険者に成ったばかりだ。知っている者もいるだろうが、ここで改めて一度自己紹介をしてもらおう」
ディーライトに目で促されたケイスが一歩前へ出る。
「え、えと、ケイスって言います。メインは弓で、解体も少し出来ます。よ、よろしくお願いします!」
ペコっとケイスが腰を折ると、歓迎の拍手が送られた。
今度はノーニャが前へ出て挨拶をする。
「ターニャよ。戦い方は格闘が中心だけど、多少なら炎も使えるわ。よろしく」
ノーニャらしいと言えばノーニャらしい素っ気無い挨拶を終え、軽く頭を下げて下がるノーニャ。
不味いのではとも思ったが、逆に威勢がいいのを褒めるような声が拍手に混じって聞こえて来たので大丈夫だろう。
最後に私が前に出る。
「監督役としてお会いしたことのある方もいらっしゃいますでしょうが、改めまして、本日よりここエーゲルボルンで皆様と共に働かせていただく事になりました、タガヤと申します。主な戦闘方法は徒手空拳による近接格闘戦ですが、一般的な武器であればどれも扱うことが出来ます。一日でも早く仕事を覚えられるよう、精一杯頑張りますので、色々とご迷惑をお掛けする事も多いかと思いますが、どうぞご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします。」
私が最敬礼をして下がると、場が静まり返っていた。
(あれ……?)
周囲を見ると、皆一様に目を丸くして固まっている。
「タガヤ……」
「ん? 何、ター……」
見ると、ノーニャが変な者を見る目で此方を見ていた。
「そのなりで、その挨拶はないんじゃない?」
「そうかな?」
「うん。ちょっと……気持ち悪いわ」
私としては新入社員に成ったつもりで挨拶をしただけなのだが、エーゲルボルンの皆さんがノーニャに激しく同意して首を縦に振っているのを見ると、どうやら不適切であったようだ。
「あー……じゃあ、もう一度失礼して」
再び一歩前へ進み出る。
ゴホンっ
「ぼくのなまえは、タガヤです! 手でたたかいます! いっぱいがんばります! よろしくおねがいします!」
私は声変わり前の声を存分に活用し、舌っ足らずな感じと合わせて年相応のトークを演出する。
渾身の幼児トークを終えた後も、幼児がよくやる手を後ろに振り上げるような深いお辞儀をしたので、完璧だろう。
そうして顔を上げた私の目に写ったのは、残念そうな者を見る数多の視線。
「タガヤごめん……うん、なんかホントごめん」
肩に手を置いて、慰めるように謝ってくるノーニャ。
「え、えーとー……乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
ディーライトが微妙な空気を誤魔化すように乾杯を宣言し、周囲もそれに乗っかって乾杯をしだす。
そんな中、乾杯した相手が慰めるように私の肩を叩いていくのは何でだろうか?
私はこう言いたい。
(どーせえっちゅうねん!)
私の心の叫びを他所に、エーゲルボルンのクランハウスは賑やかな声に包まれていた。
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