大唐に描く恋の絵

黒田茶花

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第一章 出会い

1.銀杏

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春燕しゅんえんは一人、寺の境内を歩いていた。少し肌寒い季節で、彼女は肩にかけた薄い毛皮をきゅっと握りしめた。


春燕は家族や従者らと一緒に終南山しゅうなんざんの寺院に来たが、家族の誰も、春燕のことは気にしていなかった。弟の健康と、学業成就の祈願に来たのだ。


そういう時、春燕はそっとその場を離れる。そうすると、みんながひそひそ話すのだ。


「あの子は変わっている」
「じっとしていられない。頭がわるい」


 幼い弟にまで言われる。


「姉ちゃんはもっとこうしたらいいのに」


春燕は唇を噛んで、上を向き、建物を見上げた。


多くの貴族の信仰を得ている寺の境内は広く、数多くの建物があった。 
灰色の空に、高くそびえ立つ石塔。宝殿の屋根は極彩色の甍が列なり、僧侶の誦経の声が、おんおんおん…と響いていた。


春燕は不思議と、神秘的な気持ちになった。先ほどまでの想念は不思議と消えていた。


境内を抜けて裏山に登ると、一本の銀杏の樹があった。春燕は銀杏の樹の下、降り積もった金色の葉の上に座った。

頭上から金色の葉が、はらはらと舞い落ちてくる。まるで本当に極楽浄土のようだ。
その時、灰色の空から、ふわふわとした白い雪が降ってきた。白と金色が混じりあって空に舞う。


春燕は目を細めた。


(生きるのはこんなにつらいのに、なぜ世界はこんなに美しいのだろう)


彼女は視線を落として、寺の方を見た。誦経の声はまだ聞こえている。

彼女は遠くに目をやった。銀杏の樹は少し小高い場所にあったから、寺を訪ねて坂を上がってくる貴族や皇族達の姿が見えた。

馬車に乗っている者は言うまでもなく、馬で来ている者も、銀杏の樹に目を向ける者はいない。

みんな、仏にどんな願いを叶えてもらうかで頭が一杯だ。財産や立身出世 、良縁、願わくば不老不死まで…


その時、一人の男が顔を上げたのが見えた。彼は銀杏を見つけたようだ。若い青年だった。遠目から見たので定かではないが、優しそうな、あるいは愛しそうな 、柔らかな表情をしているように見えた。


次に、青年は視線を落として春燕を見たような気がした。春燕は頬がかあっと熱くなり、紅く染まったのを感じた。春燕は顔を両手で覆って、山をかけ降りていった。

殿方にあのようにまっすぐに見られたのは初めてで、しかも彼の顔は整っていて、凛々しい美青年だった。たくさんの伴をつれていたから、きっと大貴族か、皇族かもしれない。

境内に戻ると、ちょうど両親と弟が出てきた。

「何やってるの。帰るわよ」

春燕はいつも通りうつむきがちに、母の後ろを歩いた。
でも春燕の頭の中は、先ほどの彼のことでいっぱいだった。うつむいて、頬を撫でて、なんとか熱を冷まそうとしていた。

〈続〉
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