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この仕事を申し込んだのは、もちろんお金の為だった。
高収入で住み込み、食事つき、制服つき。
まさに衣食住が提供される職場だ。
こんな理想的な職があるだろうか?
書類選考、一次審査、二次審査と進み、俺はついにこの場にやってきた!
そう、俺の前には今、ある人物が居る!
それはこの国の王子であるフィだ。
(本名はフィバーフューと言うらしいが舌を噛みそうなので、心の中でフィと呼び捨てる事にする)
俺は美しい王子の顔を見つめる。
今この豪華な謁見の間という部屋には、俺の他に使用人候補が5人いる。
その5人が、それぞれ王子の問いに答えていく。
そしてついに、王子が俺の顔を見て聞く。
「君の名前は?」
「は、はい。山田野亜です」
「ヤマダ? 変わった名前だな」
「あ、えっと、私の出身国では一般的な苗字なんですよ」
その言葉に王子は、椅子の上で長い足を組みかえる。
「君の出身国は確かジパングだったっけ?」
「はい、そうです」
王子は前髪をかきあげる。
「えーっと確かハラキリ文化とかがあるんだっけ? フジヤマとかドドドンパとか」
多少間違っていたが、俺は訂正しなかった。
「はい、そうです。今はエエジャナイカやタカビシャがあります!」
王子は顎をつまみながら呟く。
「ふーん、所で君に聞きたいんだけど、俺の世話係になったら何が一番お得だと思う?」
「え?」
俺はその質問に困った。ここは正直に答えるべきなのか?
王子が求めているのは正直な心か?
それとも無難な答えか?
ああ、どうする俺?
王子は美しいが冷たい瞳で催促するように睨む。
俺の口は焦って勝手な事を言い出した。
「えっと、一粒2万位するチョコとか、王子が落とした時にでも食べられたら嬉しいなーって……」
王子は笑いだした。
「あははは、君は思った通りの子だね! うん、君に決めたよ!」
俺はどうやら採用されたようだった。
王子の「思った通り」という発言がちょっと気になるが、今は気にしないで黙って頭を下げる。
「ありがとうございます!」
こうして俺の「王子様専用召使い」の日々が始まった……。
俺の仕事は簡単に言って王子様のお世話だった。
やるべき事は昨日、使用人頭のヤンさんに教わっていて覚えている。
俺は豪華な廊下を歩き、王子の部屋のドアをノックした。
暫く待つ。
返事もなければ物音一つしない。
「あれ?」
疑問に思いながら再びドアを叩く。
すると廊下を歩いてきた使用人服の女性が言う。
「あなた新しい係りの子ね、王子を起こしに来たのね。でもね、これじゃ夜になっても王子は出てこないわよ」
「え?」
呆然としながら呟くと、彼女は頬に手を当てて言う。
「前の子はドアを叩いて、泣きながら王子を起こしてたわね」
「は?」
「あら、知らないで就職したの? 王子は我侭で気まぐれで意地悪で、数々の使用人を泣かしてやめさせてきたのよ」
「ええ!?」
「あら、本当に知らなかったのね。かわいそうにね、貴方の国ではこういう時にご馳走様って言うんだったかしら?」
「……ご愁傷さまです」
「あら、そう。私も昔王子担当だった事があるから、困ったら相談して。あ、私はルミナ、よろしくね」
「あ、はい!」
「とりあえずは朝起こす所からが仕事よ、頑張って!」
ルミナさんを見送った後でゴクリと唾を飲み込んだ。
「さて、どうやって王子を起こそうか……」
パラッパー!パラッパー!
ジャーン! ドンドンドッパラドンドン!
「うるせー!」
王子がドアを開けて出てきた。
俺は満足して宮廷音楽隊の皆さんにお辞儀する。
「ご協力感謝します」
そんな俺を、ドアに手をかけた王子が見ている。
「お前……ノア……何してくれるんだよ……」
「あ、おはよーございます、王子!」
俺は笑顔で答える。
「王子寝起き悪いんですね。いきなり困っちゃいましたよ。今日の予定がいきなり大幅にズレちゃいましたよ」
「それは俺のセリフだ……」
王子は金色の髪をかきあげながら言う。
「今日は一日寝てるつもりだったのに……」
「え、困りますよ。今日は10時からお勉強の予定になってますから。あ、今9時過ぎてますね、王子今から顔洗って着替えてって、朝ごはん食べられませんよ?」
なんか王子の額に青筋が浮んで見えたが、見えなかった事にしよう。
俺は3時になるとおやつを用意して、王子の部屋のドアをノックした。
「ああ、入れ」
王子の返事を待って部屋に入る。
「おやつをお持ちしました」
そう言う俺を、王子は長椅子に寝転がって眺めている。
「ちゃんと美味い紅茶を淹れただろうな?」
王子の言葉に頷く。
「大丈夫ですよ。お茶なんか誰がどう淹れたって同じですから」
王子は青筋を浮かべながら立ち上がった。
「誰がどう淹れたって同じなワケないだろう? 水から茶葉から何もかも、気を遣わないと美味い紅茶にはならないんだよ!」
「そうなんですか?」
俺がカップに紅茶を注ぎながら言うと、王子が叫んだ。
「バカ、お前、紅茶はポットで蒸らせよ!」
王子はこっちに向かって手を伸ばした。
「あ」
「あちー!!」
ドパドパと王子の手に紅茶がかかってしまった。
「王子、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなーーい! このバカ、やけどすんじゃないか?!」
慌てて王子の手を、持っていた布で拭いた。
「それ雑巾だろ!?」
「でも拭かないと!」
俺は王子の手を拭いてから、水道まで走った。そして水と氷を持ってくるとそれで王子の手を冷やした。
「これで一安心ですね」
王子は引きつりながら言う。
「お前がいる限り一安心って気がしないよ」
「すみません」
俺が謝ると王子は溜息をついた。
王子は額を押さえて俯いてしまっている。
俺はクビだと言われてしまうんじゃないかとビクビクしていた。
「あの、王子……」
「何だよ」
「俺、実は家がないんです」
「は?」
王子は顔をあげて俺を見る。
「あの、ですから、ここを追い出されると私は家がなくなって、野宿とかしないといけなくなるんです。それってかわいそうだと思いませんか? あ、因みに持ち金もないんです」
王子はそう言う俺をマジマジと見つめた。
「俺、手に職もないし、資格も何もないし、腕力もないし頭も良くないんです。だから……」
「じゃあ、体を売ったら?」
その発言に俺は仰け反った。
「あ、ありえません!!」
「あ、そう。言ってみただけだよ」
俺はドキドキして胸を押さえながら言う。
「そんな怖い事言わないで下さい。俺、いや私はそういうネタにはついていけないんですから」
王子はこっちを見て、さっきよりやさしい口調で言った。
「俺でいいよ」
「え?」
何を言われたのか一瞬判らなかった。そしてやっと気付いた。
一人称を『私』でなくて『俺』で良いと言ってくれているんだ。
「あ、ありがとうございます」
王子はソファの背もたれに寄りかかりながら、優雅に言う。
「君、不器用そうだから、毎回『私……いや、俺』なんて言われたらまどろっこしいからね……」
王子をちょっとやさしい、なんて思ったのは今の言葉で取り消した。
不器用そうだなんて失礼じゃないか。
王子は綺麗で優雅だけど、我侭で意地悪だ。しかもとっても口が悪い。いや、性格が悪いのか?
でも、それでも王子だけあって、上品でしかも顔が良いのは認める。
金髪に青い目なんて自分の国にはいなかった人種だ。
長めの肩に届きそうな髪も艶々で、男にしておくのがもったいないようだった。
俺は暫し王子に見惚れ、そして居心地の悪さに話しかけてみた。
「あの、王子はなんでこんな不器用な俺を専用召使に選んでくれたんでしょうか?」
俺が聞くと王子は逆に聞き返してきた。
「君は何で受かったと思ってるんだ?」
「え?」
戸惑う俺に王子は立ち上がって近寄ってきた。
そして顎を摘むと顔を近づける。
「え、え、え?」
ドキドキと緊張していた。あんまり近くに顔があるからだ。
それはもう息がかかるような距離で、このままキスされるんじゃないかと思った。
(ま、まさか、王子、俺に一目ぼれしたとか?)
そう思いながらも、流石にそうは言えず、言葉を変えて言った。
「えっと……俺がかわいかったから、とか……?」
王子は目を見開き、そして大笑いしだした。
「あはははは! さすがだよ、ノア! 君は俺が思った以上かもしれないな!」
「は、あ、え、どういう意味でしょうか?」
戸惑いながら聞くと、王子は腹を押さえて笑いを堪えながら言った。
「君さ、試験受けた中で一番バカだったんだよ。運動能力も最悪だったね」
「え?」
「俺、あんまり自分より頭良いヤツに説教されるのも嫌だし、俺が勉強から逃げ出した時とかに、運動神経で
適わないヤツも嫌だったんだよ。だから使用人はなるべくバカで使えないヤツを選ぼうって決めてたんだよ」
その言葉に俺は呆然とする。
「王子失礼です! 俺、俺の事バカにして……!」
悔しくて涙をちょっと滲ませた。
すると王子はまた笑った。
「あはは、でも、お前って俺の予想以上かもな。思ってたよりバカで、かなり面白いよ」
「だから笑わないで下さいよ! 王子だからって失礼ですってば!」
「あはは……」
俺は王子なんか大嫌いだと思った。
何気に世話しながら仕返ししてやる。紅茶に雑巾水絞って入れてやると思った。
(でも、俺って人が良いので、思ってもそんな事出来ないんだけどね……)
こうして俺と王子との戦いの日々が始まった……。
王子様のお世話というのは戦いだった。
毎朝王子を起こす所から俺の戦いは始まる。
最初は楽隊のみなさんに協力を頂いたが、王子はそのあと耳栓をして寝るなんていう姑息な手に出て、俺は新たな手を考えなければいけなくなった。
そして。
ガッチャン!
「な、何者だ!」
ベッドから飛び起きてきた王子に笑顔で挨拶をした。
「あ、おはよーございます、王子」
「ノア!?」
驚いている王子をよそ目に、持参していたほうきで、割ってしまった窓ガラスを集める。
「何でお前が窓から侵入してんだよ!?」
「すみません。だって王子ぜんぜん起きてくれないから……」
「だからって窓からガラス割って、王子の部屋に侵入する使用人がどこにいんだよ!?」
「あ、もしかして俺が初ですか? うわー貴重ですね」
王子はいつものように青筋を浮かべたが、俺は気にしない事にする。
「だいたい、何でほうき持参してんだよ?」
「え、だってガラス割れてるし、集めないと」
「……だったら最初から割るなよ」
「そう思うなら王子がちゃんと起きて下さいよ」
王子は天蓋つきのベッドで天を仰いで、額を手で覆っていた。
「こんなつもりでお前を採用したんじゃなかったのにな……」
呟く王子を見つめる。
王子はベッドから降りながら溜息まじりに言う。
「もっと手を抜いて適当に俺を泳がせてくれると思ったのにさ」
「だって、お給料もらってますから、手抜きなんか出来ないですよ」
俺がそう言うと王子は一瞬動きを止めた。
そしてマジマジと俺を見る。
「な、何ですか?」
黙ってれば綺麗な顔で見つめられて、ちょっと動揺して聞いた。
すると王子は淡々と言う。
「着替えるから席ハズしてろよ」
「え? 着替えですか? 俺お手伝いしますよ? それも仕事に入ってたと思いますが?」
そう言う俺を王子は冷たく睨む。
「俺は自分の事は自分でしたいんだよ。着替えまで使用人に手伝わせるなんて俺の趣味じゃないんだよ」
「そ、そうですか……」
俺の言葉に王子はニヤリと笑った。
「ああ、お前が着替えるなら、逆に俺が手伝ってやってもいいよ」
「え?」
驚く俺に王子は近寄ってくる。
「こんな使用人服じゃなくてさ、ひらひらフリフリのメイド服を用意してやるからさ」
「え、わ、ちょ、王子どこ触ってるんですか? ってシャツのボタン外さないで下さい!」
王子に襲われ? 服を半分脱がされながら俺は叫ぶ。
「わー、ちょ、ヘンなとこ触っちゃってますよ!!」
半泣きで言うと、王子は楽しそうに笑い出した。
「あはは……! やっぱりお前を雇って正解だな。こんな面白いヤツなかなかいないよ!」
高笑いする王子を、はだけたシャツを押さえながら涙目で睨んだ。
「こ、こんなセクハラで横暴な王子の世話係なんか嫌だよ。失敗だったよー」
王子が笑みを浮かべたまま言う。
「ん、なんか言ったか? 無職になったら家もなくなってしまうノア君」
「な……何も言ってません……」
なんて意地悪な王子だろうと、俺は心底思った。
その日、王宮の廊下を歩いているとルミナさんと出くわした。
「あら久しぶりノア。王子様とはその後うまくやってる?」
その問いに溜息まじりに答える。
「まーぼちぼちです」
ルミナさんは笑った。
「あら、すごいじゃない」
「え、何が?」
意外な思いで聞くと、ルミナさんは指を立てて笑顔で言う。
「だってあの我侭王子のお世話がボチボチだなんてすごいのよ。たいていの人はすぐに根をあげちゃうんだから」
「はー」
「あなた意外と王子と気が合うのかしらね?」
「ええ!?」
のけぞって驚いてみた。
すると金色の髪を揺らしながら、ルミナさんは無責任に言う。
「頑張って王子を矯正してあげてね。あなたなら出来るわ」
ルミナさんはそのまま廊下を歩き去った。
それを見送ってから考える。
「応援されちゃったのかな……」
今日は王子の所に、ご友人のおぼっちゃま達が遊びに来ていた。
俺は前もって言われてた通りに、3時のお茶を用意していた。
するとそこに他の使用人が現れた。
「あ、ノア。王子からの伝言だけど、今日のお客様が6人に増えたって」
「なぬ!?」
俺は五つの皿に載ったケーキを見つめた。
(王子の野郎、今日は四人だって言ったじゃないか! なんで人数増えてんだよ、ケーキ足りないじゃないか!)
そこまで考えて気づく。
これはワザトか!? あの意地悪王子のことだ、今頃あわてふためいている俺を想像して笑っているに違いない!
「くそー」
俺は負けてたまるかと思った。
王子と友人達はサンルームにいた。
「ああ、お茶か。ありがとう、ノア」
王子の野郎は美しく優雅に微笑みやがった。
俺を困らす事が出きたと、内心ほくそえんでいるんだろう。でも俺は負けないからな!
「今、庭を見てまわっていて丁度喉が渇いてたんだ。気がきくしかわいい使用人だね」
王子の友人の一人がそう言った。
いかにも貴族のボンボンっぽい、なよなよした感じの白に近い金髪の少年だった。
俺はワゴンを押して進み、テーブルにお茶とケーキをのせる。
するとワイルドな感じの青年が、問題のケーキを見て呟く。
「わ、ケーキ小さいな……」
俺はニコリと笑って答える。
「これは王宮御用達の洋菓子店ルアールのケーキです。しかも王子向けの特注の商品なんですよ。フルーツも手に入りにくい高級品ですし、金粉で飾りつけられているんですよ」
すると友人達が声をあげる。
「おお! これが有名なルアールのケーキか!」
「このサイコロサイズの小ささが気品を漂わせているね」
「ああ、さすが宝石のような上品さだ」
俺はそれらの言葉を聞きながら内心で笑っていた。
そんな俺を、王子だけが不機嫌そうに腕を組んで見つめている。
友人達が帰ったあとで、サンルームの食器を片付けていると王子がやってきた。
「おいおいおいおい」
「おいが多いですね」
そんな俺の返事に王子はサンルームの籐椅子に腰掛けて、頬杖をつきながら言う。
「ルアールのケーキがあんなに小さいワケはないだろう?」
俺は笑顔で答える。
「だって王子が人数間違って言うから、足りなかったんですよ。だから切って出したんですよ。でもバレなかったでしょ? 小さい方がそれっぽくて、なんか高級な気がしちゃうんですよ」
王子は目を細める。
「お前……なかなかやるな」
俺は手を動かして食器を片付けながら王子を見る。
(これって褒められたのかな?)
「それにしてもあのケーキ、人数分以上に小さくなかったか?」
「あ、気付きましたか? おいしかったです」
「……」
王子は黙り込んだ。
「お前、本当になかなかやるな。まさかそうくるとはな……」
「えっと褒めて頂いているのでしょうか?」
「ああ、まあな。なんか益々いじめがいがありそうだよ」
「……」
なんか戦線布告された気がしていた。
高収入で住み込み、食事つき、制服つき。
まさに衣食住が提供される職場だ。
こんな理想的な職があるだろうか?
書類選考、一次審査、二次審査と進み、俺はついにこの場にやってきた!
そう、俺の前には今、ある人物が居る!
それはこの国の王子であるフィだ。
(本名はフィバーフューと言うらしいが舌を噛みそうなので、心の中でフィと呼び捨てる事にする)
俺は美しい王子の顔を見つめる。
今この豪華な謁見の間という部屋には、俺の他に使用人候補が5人いる。
その5人が、それぞれ王子の問いに答えていく。
そしてついに、王子が俺の顔を見て聞く。
「君の名前は?」
「は、はい。山田野亜です」
「ヤマダ? 変わった名前だな」
「あ、えっと、私の出身国では一般的な苗字なんですよ」
その言葉に王子は、椅子の上で長い足を組みかえる。
「君の出身国は確かジパングだったっけ?」
「はい、そうです」
王子は前髪をかきあげる。
「えーっと確かハラキリ文化とかがあるんだっけ? フジヤマとかドドドンパとか」
多少間違っていたが、俺は訂正しなかった。
「はい、そうです。今はエエジャナイカやタカビシャがあります!」
王子は顎をつまみながら呟く。
「ふーん、所で君に聞きたいんだけど、俺の世話係になったら何が一番お得だと思う?」
「え?」
俺はその質問に困った。ここは正直に答えるべきなのか?
王子が求めているのは正直な心か?
それとも無難な答えか?
ああ、どうする俺?
王子は美しいが冷たい瞳で催促するように睨む。
俺の口は焦って勝手な事を言い出した。
「えっと、一粒2万位するチョコとか、王子が落とした時にでも食べられたら嬉しいなーって……」
王子は笑いだした。
「あははは、君は思った通りの子だね! うん、君に決めたよ!」
俺はどうやら採用されたようだった。
王子の「思った通り」という発言がちょっと気になるが、今は気にしないで黙って頭を下げる。
「ありがとうございます!」
こうして俺の「王子様専用召使い」の日々が始まった……。
俺の仕事は簡単に言って王子様のお世話だった。
やるべき事は昨日、使用人頭のヤンさんに教わっていて覚えている。
俺は豪華な廊下を歩き、王子の部屋のドアをノックした。
暫く待つ。
返事もなければ物音一つしない。
「あれ?」
疑問に思いながら再びドアを叩く。
すると廊下を歩いてきた使用人服の女性が言う。
「あなた新しい係りの子ね、王子を起こしに来たのね。でもね、これじゃ夜になっても王子は出てこないわよ」
「え?」
呆然としながら呟くと、彼女は頬に手を当てて言う。
「前の子はドアを叩いて、泣きながら王子を起こしてたわね」
「は?」
「あら、知らないで就職したの? 王子は我侭で気まぐれで意地悪で、数々の使用人を泣かしてやめさせてきたのよ」
「ええ!?」
「あら、本当に知らなかったのね。かわいそうにね、貴方の国ではこういう時にご馳走様って言うんだったかしら?」
「……ご愁傷さまです」
「あら、そう。私も昔王子担当だった事があるから、困ったら相談して。あ、私はルミナ、よろしくね」
「あ、はい!」
「とりあえずは朝起こす所からが仕事よ、頑張って!」
ルミナさんを見送った後でゴクリと唾を飲み込んだ。
「さて、どうやって王子を起こそうか……」
パラッパー!パラッパー!
ジャーン! ドンドンドッパラドンドン!
「うるせー!」
王子がドアを開けて出てきた。
俺は満足して宮廷音楽隊の皆さんにお辞儀する。
「ご協力感謝します」
そんな俺を、ドアに手をかけた王子が見ている。
「お前……ノア……何してくれるんだよ……」
「あ、おはよーございます、王子!」
俺は笑顔で答える。
「王子寝起き悪いんですね。いきなり困っちゃいましたよ。今日の予定がいきなり大幅にズレちゃいましたよ」
「それは俺のセリフだ……」
王子は金色の髪をかきあげながら言う。
「今日は一日寝てるつもりだったのに……」
「え、困りますよ。今日は10時からお勉強の予定になってますから。あ、今9時過ぎてますね、王子今から顔洗って着替えてって、朝ごはん食べられませんよ?」
なんか王子の額に青筋が浮んで見えたが、見えなかった事にしよう。
俺は3時になるとおやつを用意して、王子の部屋のドアをノックした。
「ああ、入れ」
王子の返事を待って部屋に入る。
「おやつをお持ちしました」
そう言う俺を、王子は長椅子に寝転がって眺めている。
「ちゃんと美味い紅茶を淹れただろうな?」
王子の言葉に頷く。
「大丈夫ですよ。お茶なんか誰がどう淹れたって同じですから」
王子は青筋を浮かべながら立ち上がった。
「誰がどう淹れたって同じなワケないだろう? 水から茶葉から何もかも、気を遣わないと美味い紅茶にはならないんだよ!」
「そうなんですか?」
俺がカップに紅茶を注ぎながら言うと、王子が叫んだ。
「バカ、お前、紅茶はポットで蒸らせよ!」
王子はこっちに向かって手を伸ばした。
「あ」
「あちー!!」
ドパドパと王子の手に紅茶がかかってしまった。
「王子、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなーーい! このバカ、やけどすんじゃないか?!」
慌てて王子の手を、持っていた布で拭いた。
「それ雑巾だろ!?」
「でも拭かないと!」
俺は王子の手を拭いてから、水道まで走った。そして水と氷を持ってくるとそれで王子の手を冷やした。
「これで一安心ですね」
王子は引きつりながら言う。
「お前がいる限り一安心って気がしないよ」
「すみません」
俺が謝ると王子は溜息をついた。
王子は額を押さえて俯いてしまっている。
俺はクビだと言われてしまうんじゃないかとビクビクしていた。
「あの、王子……」
「何だよ」
「俺、実は家がないんです」
「は?」
王子は顔をあげて俺を見る。
「あの、ですから、ここを追い出されると私は家がなくなって、野宿とかしないといけなくなるんです。それってかわいそうだと思いませんか? あ、因みに持ち金もないんです」
王子はそう言う俺をマジマジと見つめた。
「俺、手に職もないし、資格も何もないし、腕力もないし頭も良くないんです。だから……」
「じゃあ、体を売ったら?」
その発言に俺は仰け反った。
「あ、ありえません!!」
「あ、そう。言ってみただけだよ」
俺はドキドキして胸を押さえながら言う。
「そんな怖い事言わないで下さい。俺、いや私はそういうネタにはついていけないんですから」
王子はこっちを見て、さっきよりやさしい口調で言った。
「俺でいいよ」
「え?」
何を言われたのか一瞬判らなかった。そしてやっと気付いた。
一人称を『私』でなくて『俺』で良いと言ってくれているんだ。
「あ、ありがとうございます」
王子はソファの背もたれに寄りかかりながら、優雅に言う。
「君、不器用そうだから、毎回『私……いや、俺』なんて言われたらまどろっこしいからね……」
王子をちょっとやさしい、なんて思ったのは今の言葉で取り消した。
不器用そうだなんて失礼じゃないか。
王子は綺麗で優雅だけど、我侭で意地悪だ。しかもとっても口が悪い。いや、性格が悪いのか?
でも、それでも王子だけあって、上品でしかも顔が良いのは認める。
金髪に青い目なんて自分の国にはいなかった人種だ。
長めの肩に届きそうな髪も艶々で、男にしておくのがもったいないようだった。
俺は暫し王子に見惚れ、そして居心地の悪さに話しかけてみた。
「あの、王子はなんでこんな不器用な俺を専用召使に選んでくれたんでしょうか?」
俺が聞くと王子は逆に聞き返してきた。
「君は何で受かったと思ってるんだ?」
「え?」
戸惑う俺に王子は立ち上がって近寄ってきた。
そして顎を摘むと顔を近づける。
「え、え、え?」
ドキドキと緊張していた。あんまり近くに顔があるからだ。
それはもう息がかかるような距離で、このままキスされるんじゃないかと思った。
(ま、まさか、王子、俺に一目ぼれしたとか?)
そう思いながらも、流石にそうは言えず、言葉を変えて言った。
「えっと……俺がかわいかったから、とか……?」
王子は目を見開き、そして大笑いしだした。
「あはははは! さすがだよ、ノア! 君は俺が思った以上かもしれないな!」
「は、あ、え、どういう意味でしょうか?」
戸惑いながら聞くと、王子は腹を押さえて笑いを堪えながら言った。
「君さ、試験受けた中で一番バカだったんだよ。運動能力も最悪だったね」
「え?」
「俺、あんまり自分より頭良いヤツに説教されるのも嫌だし、俺が勉強から逃げ出した時とかに、運動神経で
適わないヤツも嫌だったんだよ。だから使用人はなるべくバカで使えないヤツを選ぼうって決めてたんだよ」
その言葉に俺は呆然とする。
「王子失礼です! 俺、俺の事バカにして……!」
悔しくて涙をちょっと滲ませた。
すると王子はまた笑った。
「あはは、でも、お前って俺の予想以上かもな。思ってたよりバカで、かなり面白いよ」
「だから笑わないで下さいよ! 王子だからって失礼ですってば!」
「あはは……」
俺は王子なんか大嫌いだと思った。
何気に世話しながら仕返ししてやる。紅茶に雑巾水絞って入れてやると思った。
(でも、俺って人が良いので、思ってもそんな事出来ないんだけどね……)
こうして俺と王子との戦いの日々が始まった……。
王子様のお世話というのは戦いだった。
毎朝王子を起こす所から俺の戦いは始まる。
最初は楽隊のみなさんに協力を頂いたが、王子はそのあと耳栓をして寝るなんていう姑息な手に出て、俺は新たな手を考えなければいけなくなった。
そして。
ガッチャン!
「な、何者だ!」
ベッドから飛び起きてきた王子に笑顔で挨拶をした。
「あ、おはよーございます、王子」
「ノア!?」
驚いている王子をよそ目に、持参していたほうきで、割ってしまった窓ガラスを集める。
「何でお前が窓から侵入してんだよ!?」
「すみません。だって王子ぜんぜん起きてくれないから……」
「だからって窓からガラス割って、王子の部屋に侵入する使用人がどこにいんだよ!?」
「あ、もしかして俺が初ですか? うわー貴重ですね」
王子はいつものように青筋を浮かべたが、俺は気にしない事にする。
「だいたい、何でほうき持参してんだよ?」
「え、だってガラス割れてるし、集めないと」
「……だったら最初から割るなよ」
「そう思うなら王子がちゃんと起きて下さいよ」
王子は天蓋つきのベッドで天を仰いで、額を手で覆っていた。
「こんなつもりでお前を採用したんじゃなかったのにな……」
呟く王子を見つめる。
王子はベッドから降りながら溜息まじりに言う。
「もっと手を抜いて適当に俺を泳がせてくれると思ったのにさ」
「だって、お給料もらってますから、手抜きなんか出来ないですよ」
俺がそう言うと王子は一瞬動きを止めた。
そしてマジマジと俺を見る。
「な、何ですか?」
黙ってれば綺麗な顔で見つめられて、ちょっと動揺して聞いた。
すると王子は淡々と言う。
「着替えるから席ハズしてろよ」
「え? 着替えですか? 俺お手伝いしますよ? それも仕事に入ってたと思いますが?」
そう言う俺を王子は冷たく睨む。
「俺は自分の事は自分でしたいんだよ。着替えまで使用人に手伝わせるなんて俺の趣味じゃないんだよ」
「そ、そうですか……」
俺の言葉に王子はニヤリと笑った。
「ああ、お前が着替えるなら、逆に俺が手伝ってやってもいいよ」
「え?」
驚く俺に王子は近寄ってくる。
「こんな使用人服じゃなくてさ、ひらひらフリフリのメイド服を用意してやるからさ」
「え、わ、ちょ、王子どこ触ってるんですか? ってシャツのボタン外さないで下さい!」
王子に襲われ? 服を半分脱がされながら俺は叫ぶ。
「わー、ちょ、ヘンなとこ触っちゃってますよ!!」
半泣きで言うと、王子は楽しそうに笑い出した。
「あはは……! やっぱりお前を雇って正解だな。こんな面白いヤツなかなかいないよ!」
高笑いする王子を、はだけたシャツを押さえながら涙目で睨んだ。
「こ、こんなセクハラで横暴な王子の世話係なんか嫌だよ。失敗だったよー」
王子が笑みを浮かべたまま言う。
「ん、なんか言ったか? 無職になったら家もなくなってしまうノア君」
「な……何も言ってません……」
なんて意地悪な王子だろうと、俺は心底思った。
その日、王宮の廊下を歩いているとルミナさんと出くわした。
「あら久しぶりノア。王子様とはその後うまくやってる?」
その問いに溜息まじりに答える。
「まーぼちぼちです」
ルミナさんは笑った。
「あら、すごいじゃない」
「え、何が?」
意外な思いで聞くと、ルミナさんは指を立てて笑顔で言う。
「だってあの我侭王子のお世話がボチボチだなんてすごいのよ。たいていの人はすぐに根をあげちゃうんだから」
「はー」
「あなた意外と王子と気が合うのかしらね?」
「ええ!?」
のけぞって驚いてみた。
すると金色の髪を揺らしながら、ルミナさんは無責任に言う。
「頑張って王子を矯正してあげてね。あなたなら出来るわ」
ルミナさんはそのまま廊下を歩き去った。
それを見送ってから考える。
「応援されちゃったのかな……」
今日は王子の所に、ご友人のおぼっちゃま達が遊びに来ていた。
俺は前もって言われてた通りに、3時のお茶を用意していた。
するとそこに他の使用人が現れた。
「あ、ノア。王子からの伝言だけど、今日のお客様が6人に増えたって」
「なぬ!?」
俺は五つの皿に載ったケーキを見つめた。
(王子の野郎、今日は四人だって言ったじゃないか! なんで人数増えてんだよ、ケーキ足りないじゃないか!)
そこまで考えて気づく。
これはワザトか!? あの意地悪王子のことだ、今頃あわてふためいている俺を想像して笑っているに違いない!
「くそー」
俺は負けてたまるかと思った。
王子と友人達はサンルームにいた。
「ああ、お茶か。ありがとう、ノア」
王子の野郎は美しく優雅に微笑みやがった。
俺を困らす事が出きたと、内心ほくそえんでいるんだろう。でも俺は負けないからな!
「今、庭を見てまわっていて丁度喉が渇いてたんだ。気がきくしかわいい使用人だね」
王子の友人の一人がそう言った。
いかにも貴族のボンボンっぽい、なよなよした感じの白に近い金髪の少年だった。
俺はワゴンを押して進み、テーブルにお茶とケーキをのせる。
するとワイルドな感じの青年が、問題のケーキを見て呟く。
「わ、ケーキ小さいな……」
俺はニコリと笑って答える。
「これは王宮御用達の洋菓子店ルアールのケーキです。しかも王子向けの特注の商品なんですよ。フルーツも手に入りにくい高級品ですし、金粉で飾りつけられているんですよ」
すると友人達が声をあげる。
「おお! これが有名なルアールのケーキか!」
「このサイコロサイズの小ささが気品を漂わせているね」
「ああ、さすが宝石のような上品さだ」
俺はそれらの言葉を聞きながら内心で笑っていた。
そんな俺を、王子だけが不機嫌そうに腕を組んで見つめている。
友人達が帰ったあとで、サンルームの食器を片付けていると王子がやってきた。
「おいおいおいおい」
「おいが多いですね」
そんな俺の返事に王子はサンルームの籐椅子に腰掛けて、頬杖をつきながら言う。
「ルアールのケーキがあんなに小さいワケはないだろう?」
俺は笑顔で答える。
「だって王子が人数間違って言うから、足りなかったんですよ。だから切って出したんですよ。でもバレなかったでしょ? 小さい方がそれっぽくて、なんか高級な気がしちゃうんですよ」
王子は目を細める。
「お前……なかなかやるな」
俺は手を動かして食器を片付けながら王子を見る。
(これって褒められたのかな?)
「それにしてもあのケーキ、人数分以上に小さくなかったか?」
「あ、気付きましたか? おいしかったです」
「……」
王子は黙り込んだ。
「お前、本当になかなかやるな。まさかそうくるとはな……」
「えっと褒めて頂いているのでしょうか?」
「ああ、まあな。なんか益々いじめがいがありそうだよ」
「……」
なんか戦線布告された気がしていた。
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