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第一章 令和の魔法使い
18 明暗の反転した、静まり返った、見るもの歪んだ世界の
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明暗の反転した、静まり返った、見るもの歪んだ世界の中で、ぜいはあと令堂和咲の呼気だけが聞こえている。
静寂を破ったのは、明木治奈の声だ。
「なにをしとるん、早く昇天を!」
「え、な、なにそれっ」
わけの分からない言葉に正気に戻されて、アサキはばたばたと慌て始めた。
「ほうじゃね。ごめん、分からんよな。うちがやるけえ」
よろよろと力のない足取りで、治奈が近付いてくる。
路面の微妙な段差につま先を引っ掛けてしまい、ととっとよろけて転びそうになる。
「大丈夫?」
アサキがさっと近寄って両手を伸ばし、身体を支えた。
「ありがと、アサキちゃん。……ほいじゃあクラフトは、返してもらうけえね」
クラフト?
顔に疑問符を浮かべているアサキへと、治奈がさっと手を伸ばして、左腕に付けられているリストフォンを器用にあっという間に取り外してしまった。
その瞬間、
ふぉん、
高密度の光がそのまま音になったような、そんな音がして、白と紫の戦闘服というアサキの格好が、一瞬にして元の、ジャケットとスカートという私服姿へと戻っていた。
「まだ変身、出来るじゃろか」
治奈は不安げな表情で呟きながらも、自らの左腕に、クラフトと呼んでいたリストフォンをはめた。
天へと翳し、ゆっくりと腕を下ろしながら、側面にあるスイッチを押した。
「うわ!」
眩い光を間近に受けて驚いたアサキが、ぎゅっと閉じた目を開くと、既に治奈の格好が変化していた。
つい十秒前までのアサキと同じ、白と紫の戦闘服という姿へ。
無事に変身が出来たことにだか、治奈はほっと安堵の息を漏らした。
「アサキちゃん、少しだけ魔力を分けて。……一緒にやろう」
治奈は微笑むと、右手でアサキの左手をそっと掴んで、余る左手をヴァイスタの真っ白な胴体へと当てた。
不思議そうな顔のアサキであったが、やがて真似するように右手をヴァイスタの胴体へ当てた。
「イヒベルデベシュテレン」
治奈が小さく口を開き、聞いたことのない言葉を発する。
なにかおまじないの言葉だろうか。
「ゲーナックヘッレ」
次の瞬間、アサキは驚愕にギャアッと悲鳴を上げていた。
倒したはずのヴァイスタがいきなり動き出したのだ。
「大丈夫! まだ手を離しちゃダメ!」
治奈のその言葉がなければ、手を離していたどころか逃げ出してしまっていただろう。
アサキはあらためて手のひらを当て直して、涙目になった顔でびくびくおずおずとヴァイスタの巨体を見上げた。
その瞬間、アサキの目がかっと見開かれていた。
なんだ、これ……
ヴァイスタのことである。
いきなり動き出して慌てて逃げようとしてしまったのだが、動いているのはアサキが槍で貫いた傷口の部分だけだ。
腹部に出来た大穴が、まるでビデオのコマ送り逆再生でも見ているかのように癒えていく。
一体どこの器官から生じているのか、ちち、ちち、と舌打ちするかのような気持ちの悪い音とともに。
あっという間に、傷口が完全に塞がっていた。
なんなんだ、これは。
この後、これがどうなるというんだ。
治奈は大丈夫といったが、アサキは怖くて仕方ない。
死闘の上に倒した怪物がまだ動いているともなれば、それも当然だろう。
ドキドキする胸を押さえたかったが、片方の手は治奈に握られ、片方の手は治奈にいわれた通りヴァイスタの胴体へと当てている。
不安を静めることも出来ず、どうしようもないまま張り裂けそうな心臓の鼓動に耐えていると、突然、ヴァイスタに次の変化が起きた。
パーツのまったくない、のっぺらぼうの顔に、魚にも似た小さなおちょぼ口が出来ていたのである。
そして、その口の両端が釣り上がって、笑みの形を作ったのである。
「うわあああああああ!」
そのあまりの不気味さに、アサキは心から恐怖し絶叫していた。
叫び続ける彼女の前で、ヴァイスタの肉体が頭頂からさらさらと光の粉になって、あっという間に足先までが、空気に溶けて消えた。
「全部、終わったけえね」
あらためて治奈はアサキへと微笑みかけた。
「ありがとう、アサキちゃん。……それと、怖い思いさせちゃってごめんね」
アサキと繋いでいる手に、ぎゅっと力を込めた。
ふーーーーっ。
アサキは、治奈の顔を見ることなくうつむいたままで、溜め息を吐いた。
膝をがくがくと激しく震わせながら、長い長い溜め息を。
と、そんな時である。
呼吸どころか心臓の鼓動すら聞こえそうなほどに静まり返っていたというのに、突然、なんだか騒がしくなった。
騒がしくなったというか、騒がしさが近付いてくるというか。
どんどんそれは大きくなる。
足音と、話し声のようだ。
ばたばたばたばたと、慌ただしい足音。遅いとか誰のせいとか、いい争う声。
そして、それは現れた。
「待たせたな治奈! カズミ様御一行があ、あっ、いざ、助太刀に参ったでぇごうざあるううう!」
足を大きく広げ手を突き出して、歌舞伎みたいな口上を発しているのは、白と青の戦闘服に身を包んだ少女、昭刃和美であった。
「ちょっとカズにゃん、走るの速いよお!」
やっぱりというべきか、カズミを追うように姿を見せたのは、同様の出で立ちをした平家成葉と大鳥正香であった。
成葉は白と黄色で、正香は白と緑という戦闘服である。
「ちっとも早くなんかないわ! いま最後の一匹を倒し終えたとこじゃけえね。……アサキちゃんが変身してな」
救援遅すぎな彼女らに、苦々しい視線を向ける、ボロボロ戦闘服姿の治奈である。
「あっ、そうなの、ごめんねえ治奈ちゃあん。魔道着がくっそボロボロになってるけど、ひょっとして死にかけた? つうか治奈、お前さあ、アサキのこと魔法使いにはさせたくないとかいってたじゃんかよ。なあにやることコロコロ変えてんだよ」
「成り行きでつい、うちの魔道着で戦うことになった。……なんとか倒せたけど、身動き取れず見とるだけのうちとしては、怖くて怖くて危うくおしっこ漏らすところじゃったけえね」
治奈は頭を掻きながらはははと笑った。
「きったねえなあ、お前はもう」
カズミは顔をしかめ、うすら寒そうに腕を組みながら治奈から一歩離れた。
「漏らしちゃったのわたしだよう!」
やけくそ気味に泣き叫ぶアサキの情けない声に、みんなの視線が集中する。
本人のいう通り、スカートがびしょびしょというだけでなく、足元にも広がって大きな海を作っていた。
「リアルできったねえのかよお! ま、まあよかったじゃんか、魔道着の時じゃなくてさあ」
「だとしても汚れるの治奈ちゃんのだよう。……ほんとに怖かったああ! 死ぬかと思ったんだからあああ!」
色調の反転した白い夜空を見上げながら、アサキは生命の助かった実感と失禁した恥ずかしさをごちゃまぜに、いつまでもわんわんと泣き続けていた。
静寂を破ったのは、明木治奈の声だ。
「なにをしとるん、早く昇天を!」
「え、な、なにそれっ」
わけの分からない言葉に正気に戻されて、アサキはばたばたと慌て始めた。
「ほうじゃね。ごめん、分からんよな。うちがやるけえ」
よろよろと力のない足取りで、治奈が近付いてくる。
路面の微妙な段差につま先を引っ掛けてしまい、ととっとよろけて転びそうになる。
「大丈夫?」
アサキがさっと近寄って両手を伸ばし、身体を支えた。
「ありがと、アサキちゃん。……ほいじゃあクラフトは、返してもらうけえね」
クラフト?
顔に疑問符を浮かべているアサキへと、治奈がさっと手を伸ばして、左腕に付けられているリストフォンを器用にあっという間に取り外してしまった。
その瞬間、
ふぉん、
高密度の光がそのまま音になったような、そんな音がして、白と紫の戦闘服というアサキの格好が、一瞬にして元の、ジャケットとスカートという私服姿へと戻っていた。
「まだ変身、出来るじゃろか」
治奈は不安げな表情で呟きながらも、自らの左腕に、クラフトと呼んでいたリストフォンをはめた。
天へと翳し、ゆっくりと腕を下ろしながら、側面にあるスイッチを押した。
「うわ!」
眩い光を間近に受けて驚いたアサキが、ぎゅっと閉じた目を開くと、既に治奈の格好が変化していた。
つい十秒前までのアサキと同じ、白と紫の戦闘服という姿へ。
無事に変身が出来たことにだか、治奈はほっと安堵の息を漏らした。
「アサキちゃん、少しだけ魔力を分けて。……一緒にやろう」
治奈は微笑むと、右手でアサキの左手をそっと掴んで、余る左手をヴァイスタの真っ白な胴体へと当てた。
不思議そうな顔のアサキであったが、やがて真似するように右手をヴァイスタの胴体へ当てた。
「イヒベルデベシュテレン」
治奈が小さく口を開き、聞いたことのない言葉を発する。
なにかおまじないの言葉だろうか。
「ゲーナックヘッレ」
次の瞬間、アサキは驚愕にギャアッと悲鳴を上げていた。
倒したはずのヴァイスタがいきなり動き出したのだ。
「大丈夫! まだ手を離しちゃダメ!」
治奈のその言葉がなければ、手を離していたどころか逃げ出してしまっていただろう。
アサキはあらためて手のひらを当て直して、涙目になった顔でびくびくおずおずとヴァイスタの巨体を見上げた。
その瞬間、アサキの目がかっと見開かれていた。
なんだ、これ……
ヴァイスタのことである。
いきなり動き出して慌てて逃げようとしてしまったのだが、動いているのはアサキが槍で貫いた傷口の部分だけだ。
腹部に出来た大穴が、まるでビデオのコマ送り逆再生でも見ているかのように癒えていく。
一体どこの器官から生じているのか、ちち、ちち、と舌打ちするかのような気持ちの悪い音とともに。
あっという間に、傷口が完全に塞がっていた。
なんなんだ、これは。
この後、これがどうなるというんだ。
治奈は大丈夫といったが、アサキは怖くて仕方ない。
死闘の上に倒した怪物がまだ動いているともなれば、それも当然だろう。
ドキドキする胸を押さえたかったが、片方の手は治奈に握られ、片方の手は治奈にいわれた通りヴァイスタの胴体へと当てている。
不安を静めることも出来ず、どうしようもないまま張り裂けそうな心臓の鼓動に耐えていると、突然、ヴァイスタに次の変化が起きた。
パーツのまったくない、のっぺらぼうの顔に、魚にも似た小さなおちょぼ口が出来ていたのである。
そして、その口の両端が釣り上がって、笑みの形を作ったのである。
「うわあああああああ!」
そのあまりの不気味さに、アサキは心から恐怖し絶叫していた。
叫び続ける彼女の前で、ヴァイスタの肉体が頭頂からさらさらと光の粉になって、あっという間に足先までが、空気に溶けて消えた。
「全部、終わったけえね」
あらためて治奈はアサキへと微笑みかけた。
「ありがとう、アサキちゃん。……それと、怖い思いさせちゃってごめんね」
アサキと繋いでいる手に、ぎゅっと力を込めた。
ふーーーーっ。
アサキは、治奈の顔を見ることなくうつむいたままで、溜め息を吐いた。
膝をがくがくと激しく震わせながら、長い長い溜め息を。
と、そんな時である。
呼吸どころか心臓の鼓動すら聞こえそうなほどに静まり返っていたというのに、突然、なんだか騒がしくなった。
騒がしくなったというか、騒がしさが近付いてくるというか。
どんどんそれは大きくなる。
足音と、話し声のようだ。
ばたばたばたばたと、慌ただしい足音。遅いとか誰のせいとか、いい争う声。
そして、それは現れた。
「待たせたな治奈! カズミ様御一行があ、あっ、いざ、助太刀に参ったでぇごうざあるううう!」
足を大きく広げ手を突き出して、歌舞伎みたいな口上を発しているのは、白と青の戦闘服に身を包んだ少女、昭刃和美であった。
「ちょっとカズにゃん、走るの速いよお!」
やっぱりというべきか、カズミを追うように姿を見せたのは、同様の出で立ちをした平家成葉と大鳥正香であった。
成葉は白と黄色で、正香は白と緑という戦闘服である。
「ちっとも早くなんかないわ! いま最後の一匹を倒し終えたとこじゃけえね。……アサキちゃんが変身してな」
救援遅すぎな彼女らに、苦々しい視線を向ける、ボロボロ戦闘服姿の治奈である。
「あっ、そうなの、ごめんねえ治奈ちゃあん。魔道着がくっそボロボロになってるけど、ひょっとして死にかけた? つうか治奈、お前さあ、アサキのこと魔法使いにはさせたくないとかいってたじゃんかよ。なあにやることコロコロ変えてんだよ」
「成り行きでつい、うちの魔道着で戦うことになった。……なんとか倒せたけど、身動き取れず見とるだけのうちとしては、怖くて怖くて危うくおしっこ漏らすところじゃったけえね」
治奈は頭を掻きながらはははと笑った。
「きったねえなあ、お前はもう」
カズミは顔をしかめ、うすら寒そうに腕を組みながら治奈から一歩離れた。
「漏らしちゃったのわたしだよう!」
やけくそ気味に泣き叫ぶアサキの情けない声に、みんなの視線が集中する。
本人のいう通り、スカートがびしょびしょというだけでなく、足元にも広がって大きな海を作っていた。
「リアルできったねえのかよお! ま、まあよかったじゃんか、魔道着の時じゃなくてさあ」
「だとしても汚れるの治奈ちゃんのだよう。……ほんとに怖かったああ! 死ぬかと思ったんだからあああ!」
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