魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

文字の大きさ
104 / 395
第八章 アサキ、覚醒

18 多坂大学附属病院。大阪府吹田市の郊外にある、総合病

しおりを挟む
 おおさか大学附属病院。
 大阪府吹田市の郊外にある、総合病院だ。

 平成初期に建てられた病棟は、さもあろうという古い外観であるが、内装は適時適度な改修を施しているため、特に古臭さは感じない。

 東病棟の四階にあるエレベーターの扉が、プーンという電子音とともに開いて、乗っていた数人のうち、一人の女性が降りた。
 みちおうである。
 ブラウスの上にジャケット、短めのフレアスカート、色といいデザインといい、あまり主張のない控えめな私服姿だ。

「おっ、ウメちゃんやんか、ひさしぶりやん」

 ナース室からワゴンを両手で押しながら、看護師のやますえさんが、応芽に気が付いて話し掛けてきた。

「いつもお世話になっとります」

 応芽は小さく会釈をする。

「やつれとるやん。中学生の女の子は食って遊んで恋して、やで。っと、あかん急患なんや。ウメちゃん、ほな今度ゆっくりっ」

 手押しワゴンを加速させて、騒々しい看護師は、患者を跳ね飛ばしそうなほどの猛スピードで去っていった。

「はあ。さん、相変わらずやな」

 応芽は、無意識に微笑していた。

 山末実久とは、以前から知った仲である。

 ここがリヒトの指定病院ということと、彼女がやますえの姉であるためだ。

 は、応芽の同期だ。
 一緒に、魔法使いマギマイスターとしての研修を受けた仲である。

 といっても、応芽と打ち解けるより前に、帰らぬ人になってしまったが。

 クラフトを自宅に忘れるという、信じがたい失態により、ヴァイスタに殺されたのだ。

 自分一人だけなら逃げることも出来たのだろうが、周囲にいた幼い子供たちを守るための時間稼ぎをしようとして、生身で複数のヴァイスタへと特攻を仕掛けて、返り討ちにあった。

 その勇気が讃えられて、やますえは、リヒトの名誉戦士として、その名前の通り永久に名が残るらしいが、応芽にはどうでもいいことだ。

 は、とても気さくで、誰にでもわけへだてなく、そして何事にも熱心だった。

 もっと特訓して成長して、自分がこの世界を救うんだ、という使命感に燃えていた。

 魔法使いの養成所という環境に、とにかく緊張して余裕がなかった応芽は、ことあるごとに笑わそうとしてくる彼女をずっと無視し続けていた。
 正直、嫌っていた。

 応芽は、自分の双子の妹以外には、幼馴染のしましようしら、この二人以外は、誰に対しても心を許そうとしなかった。
 仲良くなろうなどとはしなかった。

 もしもあの時に、と友達になれていたならば、もしかしたら、その後の自分の運命も大きく変わっていたのかも知れない。
 というよりも、その後に自分たちの運命が大きく変わることもなく、平凡かつ幸せでいられたのかも知れない。

 そんな、いまさら是非ともしようのないことを考えながら、406号室の前に立った。

 「みちくも

 病室は四人部屋のようであるが、プレートに名前は一人分しか書かれていない。

「雲音、お姉ちゃんや。入るで」

 声を掛けた手前、少しだけ待つが、やはり返事は無かった。
 静かに扉を開けると、病室へと入った。

 四人部屋。
 天井の明かりが、部屋全体を照らしている。
 カーテンで仕切られているのは窓際の一人分のみで、あとは無人のベッドが置いてあるだけである。

「雲音」

 名を呼びながら静かに進み、カーテンをそっと開ける。

 ベッドに、誰かが横になっている。

 応芽と瓜二つといってもよい顔立ちの、女性であった。

 慶賀雲音、応芽の双子の妹である。

 眠るように目を閉じている雲音であるが、突然、その目がかっと見開かれた。
 身体も顔もそのままぴくりとも動かず、眼球だけが動いて、応芽の顔を見た。

「久しぶりやな」

 応芽は、ぎゅっと自分の拳を握りながら、硬い笑みを作った。

 おそらく雲音は、意識してこちらを見たわけではないのだろう。
 単なる反射的動作。
 分かってはいるが、こうして反応するのを見れば、やはり期待してしまう。
 期待するから、落胆もしてしまう。

 ふう、と小さくため息を吐いた応芽は、はっとした表情になると、首をぶんぶん横に振って、自分とそっくりな顔の妹へと、あらためて笑みを向けた。

「あんまりこられなくなって堪忍な」

 天井へと視線を戻した雲音へと、姉は優しく語り掛ける。

「いっそ関東の病院に、とも思ったんやけど、リヒト指定の病院って関東は東京だけやん、お姉ちゃんのおるとこからやとちょっと遠いねん。どのみち頻繁にくること出来ひんのなら、ここのがお父ちゃんお母ちゃんがきやすいしな。……って、なにをいっても言い訳になるな。ほんま、堪忍な。申し訳ない」

 なんの反応もない、と分かっているのに、応芽は喋り続ける。
 肉体の中、部屋の中、宇宙でもいい、どこかに魂があること、信じて。

「昨日もきたやろ? お父ちゃんたち。あたしも今日はそこに泊まって、明日、戻るつもりや。療養してこい、とかいってオフもろたんやけど、一日だけなんやもんな、参るわあ」

 頭を掻きながら、はははっと笑った。

「……あのな、気を悪くせんで聞いてな。ホンマは実家に泊まるのが目的でこっちにきたんよ。きたから、こっちにも寄ったんでな。……運の悪いことにザーヴェラーと戦うことになってしまったんやけど、お姉ちゃん、強がって頑張ってみたはええけど、ボコボコにやられてなあ。体力も、魔法力も、すっかり使い果たして。……気力を、充電しにきたんや」

 いつか、妹と一緒に笑える、そんな世界を取り戻すためにも。

 応芽はふと気付いて、ベッド横にあるハンドルを回して、ベッドをギャッジアップさせた。
 雲音の上体が起き上がると、自身も、壁に立て掛けられていたパイプ椅子を組み立てて、腰を下ろした。

「お姉ちゃんなあ、いま東京で……正確には、千葉県の我孫子あびこってとこなんやけどな」

 あらためて向き合うと、笑顔を作り、妹へと語り始める。
 我孫子で起きた、思い出の数々を。

「……最初はホンマにムカつく奴らやったんやけどな、まあ、あたしが偉そうな態度を取ってたのが悪いねんけどな」

 舐められてたまるか、と思っていたからというよりは、そもそも仲良くなるつもりなどなかったから。

 だって、自分のしようと思っていることは……
 みんなの……

 ……だというのに、すっかりあいつらのペースにはまって、どんどん仲良くなってしまって。
 本当に迂闊だった。

 まあ、ええけどな。
 いまとなっては。

「ドジで間抜けで、泣いてばかりおる、りようどうってあかんたれがおってな、ビビッたわ、赤毛の、ピンとアホ毛の生えた寝癖頭のくせしおって、ザーヴェラーをたった一人で倒してしまったんやからな」

 冷静に考えれば、それがどうしたという気もするが。
 だって、そもそもそういう能力が令堂和咲の奥底に眠っていると分かっていたからこそ、リヒトは……だれさんは、そして……

 応芽の一人喋りは続く。
 次は、アサキたちと初めて一緒に戦った時のこと。

 続いては、歓迎会のこと。
 応芽は、ひょんなことから歓迎会を開いて貰うことになったのだが、そんなことをされた経験などこれまでにないものだから、照れを隠そうとするあまり、ついつい好戦的な態度を取ってしまって、何故だか大阪広島お好み焼き対決になってしまった。

 そんなことを、笑いながら楽しげに語り続けた。

「ホンマあいつら、めっちゃいい奴らなんや。明るくて、バカが付くくらいお人好しで。……一人、口のとびきり悪いクソムカつくバカがおるんやけど、そいつも……大好きなんや、あたし」

 ふふっ、と応芽は笑った。

 その笑みが、一瞬にして陰っていた。

「せやけど……せやけどっ! ……あたし、雲音……元に……」

 くっ、と息が詰まった。
 視界が歪んでいた。
 知らない間に、涙が溢れて頬を伝っていた。

 妹の前で恥ずかしい、と泣き止もうとするものの、思ってそう出来るものでもなく、しまいにはすすり泣きを始めてしまった。

「辛いなあ。あいつらと一緒におると……あの、居心地のよさは、ホンマに辛いなあ。……話、受けなければよかったわ。なんにも、知らなければ……行かなければ、よかったわ。あんな街に。……あいつらとなんか、会わなければよかった!」

 拭っても拭っても涙が溢れ、応芽は顔をぐにゃぐにゃに歪めて、いつまでも泣き続けていた。

 雲音は、ギャッジアップされたベッドに背を預けながら、焦点の定まらない視点で、病室の壁をいつまでも見つめ続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...