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第十章 とあるヴァイスタの誕生と死と
04 我孫子市立天王台第三中学校への、高野山地区からの通
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我孫子市立天王台第三中学校への、高野山地区からの通学路である。
学校へ近付くにつれ、段々と男女生徒が合流して、賑やかになっていく。
のであるが、そのような中で彼女たちが、なんだか賑わいに反比例しているように見えるのは、あまりにもどんより沈んだ表情をしているからであろうか。
平家成葉と、大鳥正香、二人の女子生徒が。
彼女たちは狭い通学路をゆっくりと、元気なく、肩を並べて歩いている。
並べて、といっても身長差のため階段状であるが。
自宅が近所であるため、こうしていつも一緒に登校する仲なのだ。
小学校に入学してからずっと、いつも一緒に通っている。
二人とも、無言である。
普段は、無駄に舌の根を振り回すのが成葉で、正香は微笑みながら要所で相槌を打ったり言葉を返したりする聞き役。
成葉一人で何人分も喋るため、総じて賑やか。
ところが、今日に限っては、成葉がまったく喋らない。
正香には、何故なのか理由は分かっている。
自分の、張り詰めふさぎ込んでいる、この態度が原因だ。
長い付き合いだ。なにが原因で現在そうなっているのか、成葉も理解しているはず。理解しているだけに、踏み込んで迂闊なことがいえないのだ。
いつも、自分がこのような症状に襲われると、ずっと黙ったまま学校に行くことになる。
なんらかの予期せぬ事態が起きて、意識や気持ちが逸れない限りは。
だが、今日は違っていた。
正香が沈んでいれば親友である成葉も面白いはずがなく、これまでの長い間ずっと蓄積され続けてきた鬱積が、忍耐力の壁に小さな穴を空けてしまったのかも知れない。
「ゴエにゃん、また……考えているでしょ」
成葉は、普段のキンキン甲高い声と違って、低くぼそりとした声で尋ねた。
聞こえていたが、正香は黙ったままだ。
だって、考えていないといえばそれは嘘だし。
なにをですか、などと聞き返そうものなら、それはもう避けたいはずのその話に突入しなければならないわけで。
だから、この話をどうやって、なかったことにするか、うやむやにごまかすか、行動の選択権を成葉に委ねたのである。いつものように。
後ろ向きな考えしかない選択肢であるが。
だけど、終わらなかった。
今回は。
これまでと違い、成葉が引き下がらなかったのである。
「もう中二だしさあ。そろそろナルハもずっぱりいうね。……ゴエにゃん、もっと強く、というか、もっと鈍感にならないと駄目だと思うんだよね」
「なんのこと、ですか?」
結局、いうまいと思っていたその言葉を、正香はいってしまった。
「分かっているくせに」
「ですから、なんの……」
「だから、お母さんお姉ちゃんが殺されたことだよ」
大きくはないものの、さりとてまったく隠すつもりもないような、はっきりとした声で、成葉は答えた。
周囲に登校中の生徒たちがたくさん歩いているが、その言葉に気付いた者は誰もいないようである。
とはいえ、わざと聞かせるつもりはなくとも、成葉はあえて、このような場所で、このようにいってみせたのだろう。
正香は目を見開くと、すぐに細め、俯きながら唇を震わせた。
「忘れたいけど、忘れてはいけない……」
「そんなことない! そんな義務感なんかいらないんだよ。そういうのから解放されてさ、本当のゴエにゃんになろうよ。戻ろうよ」
「本当のわたくしってなんですか! なにも……なにも知らないくせに、勝手なことばかりいって!」
正香が声を荒らげるなど、成葉にとっては初めてだったのではないだろうか。
だけど、そんな態度を受けて驚く様子も引く様子もなかった。質問をした時点で、覚悟していたのかも知れない。
「なにも知らないから、他人だから、勝手なことをいうんだよ。他人が他人じゃないゴエにゃんを思うから」
「いっている言葉の意味がまったく分かりません」
正香は突っぱねる。
「ナルハだって分かんないし、そんなのどうでもいいんだ。ナルハが好き勝手にいう言葉で、それでゴエにゃんが楽になれるなら、ナルハはいくらでもいうよ。まっすぐじゃなくたって、楽に生きられるのなら」
「楽になれるはずないでしょう! もうその話は二度としないでください! 分かりましたか? 二度とです! 二度と!」
怒鳴っていた。
すっかり頭に血が上ってしまっていた。
こんなことしたくない。親友にこんな態度取りたくない。
そう思っても、止められなかった。
「自分を責めることさえやめてくれたら、もうその話はしないよ。二度とね」
「もういいです」
「よくないよ!」
「しつこいですよ! 他人の心の傷口に塩を塗るような真似をして、成葉さんのしていることは最低です!」
「え、あ、あの……」
ここまで頑張った成葉であるが、最低の一言が相当にこたえたのだろう。
う、と言葉を詰まらせると、じわり目に涙を浮かべた。
「あ、すみま……」
心ないかあるか自分でも分からないが、とにかく幼馴染の親友にきつい言葉を浴びせてしまったことに違いなく、狼狽え手を差し出す正香であったが、
成葉は涙を溜めたまま、うわあああと大声で叫びながら学校の方へと走り去って行った。
残った正香は立ち止まり、悲しそうな顔で、小柄な成葉の背中がさらに小さくなるのを見続けていたが、やがて、空を見上げた。
雲ひとつない、さわやかな青空であった。
学校へ近付くにつれ、段々と男女生徒が合流して、賑やかになっていく。
のであるが、そのような中で彼女たちが、なんだか賑わいに反比例しているように見えるのは、あまりにもどんより沈んだ表情をしているからであろうか。
平家成葉と、大鳥正香、二人の女子生徒が。
彼女たちは狭い通学路をゆっくりと、元気なく、肩を並べて歩いている。
並べて、といっても身長差のため階段状であるが。
自宅が近所であるため、こうしていつも一緒に登校する仲なのだ。
小学校に入学してからずっと、いつも一緒に通っている。
二人とも、無言である。
普段は、無駄に舌の根を振り回すのが成葉で、正香は微笑みながら要所で相槌を打ったり言葉を返したりする聞き役。
成葉一人で何人分も喋るため、総じて賑やか。
ところが、今日に限っては、成葉がまったく喋らない。
正香には、何故なのか理由は分かっている。
自分の、張り詰めふさぎ込んでいる、この態度が原因だ。
長い付き合いだ。なにが原因で現在そうなっているのか、成葉も理解しているはず。理解しているだけに、踏み込んで迂闊なことがいえないのだ。
いつも、自分がこのような症状に襲われると、ずっと黙ったまま学校に行くことになる。
なんらかの予期せぬ事態が起きて、意識や気持ちが逸れない限りは。
だが、今日は違っていた。
正香が沈んでいれば親友である成葉も面白いはずがなく、これまでの長い間ずっと蓄積され続けてきた鬱積が、忍耐力の壁に小さな穴を空けてしまったのかも知れない。
「ゴエにゃん、また……考えているでしょ」
成葉は、普段のキンキン甲高い声と違って、低くぼそりとした声で尋ねた。
聞こえていたが、正香は黙ったままだ。
だって、考えていないといえばそれは嘘だし。
なにをですか、などと聞き返そうものなら、それはもう避けたいはずのその話に突入しなければならないわけで。
だから、この話をどうやって、なかったことにするか、うやむやにごまかすか、行動の選択権を成葉に委ねたのである。いつものように。
後ろ向きな考えしかない選択肢であるが。
だけど、終わらなかった。
今回は。
これまでと違い、成葉が引き下がらなかったのである。
「もう中二だしさあ。そろそろナルハもずっぱりいうね。……ゴエにゃん、もっと強く、というか、もっと鈍感にならないと駄目だと思うんだよね」
「なんのこと、ですか?」
結局、いうまいと思っていたその言葉を、正香はいってしまった。
「分かっているくせに」
「ですから、なんの……」
「だから、お母さんお姉ちゃんが殺されたことだよ」
大きくはないものの、さりとてまったく隠すつもりもないような、はっきりとした声で、成葉は答えた。
周囲に登校中の生徒たちがたくさん歩いているが、その言葉に気付いた者は誰もいないようである。
とはいえ、わざと聞かせるつもりはなくとも、成葉はあえて、このような場所で、このようにいってみせたのだろう。
正香は目を見開くと、すぐに細め、俯きながら唇を震わせた。
「忘れたいけど、忘れてはいけない……」
「そんなことない! そんな義務感なんかいらないんだよ。そういうのから解放されてさ、本当のゴエにゃんになろうよ。戻ろうよ」
「本当のわたくしってなんですか! なにも……なにも知らないくせに、勝手なことばかりいって!」
正香が声を荒らげるなど、成葉にとっては初めてだったのではないだろうか。
だけど、そんな態度を受けて驚く様子も引く様子もなかった。質問をした時点で、覚悟していたのかも知れない。
「なにも知らないから、他人だから、勝手なことをいうんだよ。他人が他人じゃないゴエにゃんを思うから」
「いっている言葉の意味がまったく分かりません」
正香は突っぱねる。
「ナルハだって分かんないし、そんなのどうでもいいんだ。ナルハが好き勝手にいう言葉で、それでゴエにゃんが楽になれるなら、ナルハはいくらでもいうよ。まっすぐじゃなくたって、楽に生きられるのなら」
「楽になれるはずないでしょう! もうその話は二度としないでください! 分かりましたか? 二度とです! 二度と!」
怒鳴っていた。
すっかり頭に血が上ってしまっていた。
こんなことしたくない。親友にこんな態度取りたくない。
そう思っても、止められなかった。
「自分を責めることさえやめてくれたら、もうその話はしないよ。二度とね」
「もういいです」
「よくないよ!」
「しつこいですよ! 他人の心の傷口に塩を塗るような真似をして、成葉さんのしていることは最低です!」
「え、あ、あの……」
ここまで頑張った成葉であるが、最低の一言が相当にこたえたのだろう。
う、と言葉を詰まらせると、じわり目に涙を浮かべた。
「あ、すみま……」
心ないかあるか自分でも分からないが、とにかく幼馴染の親友にきつい言葉を浴びせてしまったことに違いなく、狼狽え手を差し出す正香であったが、
成葉は涙を溜めたまま、うわあああと大声で叫びながら学校の方へと走り去って行った。
残った正香は立ち止まり、悲しそうな顔で、小柄な成葉の背中がさらに小さくなるのを見続けていたが、やがて、空を見上げた。
雲ひとつない、さわやかな青空であった。
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