213 / 395
第十七章 それでも時はやさしく微笑む
01 場内には、入り切れないほどの人々が集まっている。が
しおりを挟む場内には、入り切れないほどの人々が集まっている。
が、熱気喧騒とは、無縁どころか正反対の粛々たる空気。
ここがどこであるかを考えれば、当然だろう。
大人たちはみな、黒い上下に身を包んでいる。
生徒と思われる子供たちは、ほとんどが同じ制服姿。
我孫子市立天王台第三中学校の制服だ。
その学校制服たちの中には、令堂和咲の姿もある。
彼女は今、焼香をしているところだ。
お経と木魚を打つ音の中、焼香台の前に立っている。
礼をすると、抹香を摘んだ。
隣には、明木治奈。
二人は、手を合わせ、礼をし、下がり、仏の遺族たちへと礼をする。
入れ替わりに、次の生徒たちが二人、立ち上がって焼香台へと向かう。
告別式である。
先日亡くなった、樋口校長の。
式場の奥に、花々に囲まれて桐の棺が置かれている。
既に納棺されており、仏と対面するための小窓も閉じられている。
花束を敷き詰める作業も、スタッフによって完了済だ。
遺体が、あまりにむごたらしいためである。
殺害、されたのである。
首を切断されて、なおかつ、その顔からは眼球が二つともくり抜かれていた。
そんな、ショッキングな殺され方で。
現在、首は胴体に縫い付けられており、目にも義眼がはめられている。
だからといって、姿を晒すのもどうなのか、そもそも恐怖に歪み切った顔を生徒さんに見せるのも、情操上どうなのか。そんな、遺族の意向配慮によるものとのことだ。
死後五日。
発見されてから、三日。
殺害現場は学校の中。
自身の城であるはずの、校長室で殺されていた。
発見者は須黒美里。教員である。
教員であり、メンシュヴェルトメンバーである。
もっと有り体にいうならば、樋口校長の片腕、メンシュヴェルト活動における参謀である。
先日、須黒先生の自宅に、ヴァイスタが出現した。
魔法使いであるアサキたちもいたのだが、クラフトが機能せず、魔道着姿へと変身することが出来なかった。
メンシュヴェルトのサーバーへの、通信が拒否されていたためである。
そのことについて相談しようと、早朝の校長室を訪れて、死体を発見したのだ。
リヒトに牛耳られている可能性もあるとして警戒し、これまでメンシュヴェルト上層部への接触を避けていた須黒先生であるが、こうなっては是非もなく、ことを報告するしかなかった。
過去に何度か会ったことのある、幹部の一人、郷田良純という男へ話した。
彼は、ショックを受けた後、憤った口調で、「全力をあげて調査をする。同朋を殺した者を、必ず捕まえてやる」といっていたらしい。
らしい、などと不確定なのは、アサキにとってすべて須黒先生から聞いたことだからだ。
須黒先生は、こうもいっていた。
メンシュヴェルトの幹部たちは、このことを知っていたのではないか。
加担したのか、率先したのか、容認したのか、黙認したのか、そこまでは分からないけれど。
樋口校長が殺されたのは、色々と知り過ぎてしまったことと、なおも知ろうとしていたこと。加えて、リヒトに対して少し敵対的で、あり大いに懐疑的だったから。
そこを、アサキたちの精神を不安定に追い込むための、玩具として利用されたのではないか、と。
そういわれてみれば確かに、この葬儀のやり方についても、そう思えてしまう。
アサキは、以前、校長から聞いたことがある。
異空で死んだり、あまりにむごたらしい死体は、行方不明として処理されて、組織の中だけで葬儀する、と。
不可解な死体があちこちで上がったら、人間の社会が混乱崩壊するからだ。
だというのに、この一般葬。
組織の中での秘密葬ではない。
先日の、慶賀応芽の葬儀も同様だ。
応芽の時には、遺体のない不可解さがメディアに取り上げられて多少騒がれたし、今回の樋口校長に関しては、むごたらしい殺され方をしたことを、まったく隠してもいない。
ぜんぶ裏で、至垂徳柳が仕組んでいるのでは。とも、思えてしまう。
あえて、世を乱れさせようと。
超ヴァイスタを、作り出そうと。
至垂にとっての、超ヴァイスタ有力候補がアサキであることは、本人の暴露によって分かっている。
だからといって、他から第二のアサキが出るのなら、それはそれで大歓迎であろうし。
と、これらの話は、
この葬儀場へと向かう道の途中で、須黒先生が悔しそうに唇を噛みながら、話していたこと。
あえて大きな話に持っていくことで、辛い気持ちを、はぐらかそうとしているのではないだろうか。
アサキには、そうも感じられた。
第三中は、組織の非戦闘員つまり背広組が、たった二人しかいない。いや、いなかった。
だから二人、須黒先生と樋口校長は、いわば唯一無二のパートナーとして、何年も活動してきたのだから。
メンシュヴェルトの末端は、戦闘員が少女に限られることから、利便性を考えて中学高校を中心としたものになる。が、指揮する大人つまり背広組の数は、少ない。
無駄に人数を置いても、極秘裏に動けなくなってしまうからだ。
従って、異動や交代も慎重だ。
なんらかのアクシデントがない限り、ずっと同じ顔合わせで、仕事をすることが多い。
人数の少なさにしても、配属の長期傾向にしても、より顕著なのが天王台第三中学だ。
樋口校長は、十年前から。
須黒先生は、六年前から。
気の置けない、信頼し合えるパートナーに育っていただけに、今回の件は、辛さ並大抵のものではないだろう。
転入からまだ半年しか経っていない自分ですら、ショックで夜通し大泣きしたのだ。
須黒先生は、その百倍も千倍も辛く悲しいだろう。
そんなことを考えながら、アサキは、治奈と一緒に戻り、パイプ椅子に座った。
先に焼香を済ませている、カズミや祥子のいる近くに。
ふう。
アサキは、微かなため息を吐いた。
最近、葬式続きだ。
大鳥正香、平家成葉、慶賀応芽、そして、今回の樋口校長。
魔法使いとして、ヴァイスタと戦ったその結果。であれば、分かる。嫌だけど、理解は出来る。
しかし、
正香は、幼少期の家庭内殺人という過去を、引きずった挙げ句、絶望からヴァイスタ化。昇天つまり処分された。
成葉は、そのヴァイスタ化した正香に、顔と内臓を食われ死亡した。
応芽は、魔道着を制御出来ず暴走させてしまい、自分の作り出した妹の幻影に刺されて消滅。
そして今回の、樋口校長の死。
すべて魔法使いの活動が絡むところではあるため、仕方がないことかも知れないが。
でも、
でも、
酷いよ。
悲し過ぎるよ。
あまりにも、残酷過ぎる。
ちらりと、前の席に座っている須黒先生の、小さくなっている背中を見たら、また奥から込み上げて、く、と呻いた。
じわり涙が染み出して、人差し指で拭った。
そんなアサキを見ながら、カズミが申し訳なさそうな表情で、
「悪いけど、もうあたし泣けないや。なんだかすっかり、感覚が麻痺しちゃって……」
言葉途中で、びくり肩を震わせた。
アサキが、
うー、うーー、と呻きながら、
ぼろぼろ、ぼろぼろ、大粒の涙をこぼしていたのである。
「どうしてお前は、そんなに真っ直ぐなんだよ」
カズミは苦笑しながら身体を伸ばし、なおもえくえくと嗚咽の声を上げるアサキの肩を、優しく抱いた。
と、そのカズミの視線が、すっ、すっ、と注意深く動いた。
アサキと反対側に座る祥子の肩が、ぴくり震えるのに横目で気付き、続いて、祥子がなにに肩を震わせたのか、視線を追ったのである。
振り向いたカズミの、視線の先にいるのは……
グレーのスーツ。
内側からはち切れそうなほどに筋肉のみっしり詰まった、大柄な体躯。
オールバックにした髪の毛。
野生的とも知的とも、どちらとも取れる容貌の、男性。
至垂徳柳。
会場へと、入ってきたばかりのようだ。
カズミは、アサキを抱いた腕を解くと、椅子から立ち上がった。
グレーのスーツ、至垂徳柳へと向かった。
なにか一言、いってやる。
そんな、不満と憤りをたっぷり詰め込んだ顔で、睨み付けている。
今回の件について、直接の指示を出した本人かは分からない。
だが、無関係とは思えない。
まったく知らないはずは、ないだろう。
問い詰めようとも、ボロを出すことは決してないだろうが。
それでも、一言、なにかいってやらなければ、気が済まない。
一触即発の気配ぷんぷん漂う、そんな、険しい顔のカズミ。
導火線に火を着けたのは、「ああ、いたの?」といった感じの、飄々というかのんびりとした、至垂の表情であった。
ぶつ
カズミの血管が切れていた。
強く、踏み出し床を踏み付け、怒りの形相で口を開こうとした、その瞬間、
「命を弄んで楽しいか!」
怒鳴り声。
アサキである。
カズミの脇を後ろから抜け、アサキが、至垂へと詰め寄っていたのである。
「魂を、生命を、バカにして楽しいか!」
周囲が、ざわついていた。
敵意を向けられた当の本人は、どこ吹く風であったが。
どこ吹くどころか、このような粛々とした場において、不自然なほどに、楽しげな笑みを浮かべていた。
宣戦布告をした身であるから、底意地の悪さを隠す必要もない。など単純なものかは分からないが、その表情に、アサキはさらにカッとしてしまい、腕を振り上げ、言葉にならない言葉を怒鳴り続けていた。
「やめなさい令堂さん! やめなさい!」
須黒先生が、アサキを背後から羽交い締めていた。
なだめようと、抑えようとされるほど、アサキ猛然と反発。身体をよじり、暴れさせ、身体がままならないまでも視線を、敵意を、恨みを、至垂へと向けた。
恐ろしい顔で、睨み付けていた。
「令堂さん!」
「せ、先生が、先生がっ、一番辛いんじゃないかあ!」
大きな声でそう叫ぶと、アサキは、ぷしゅうと破裂した風船になり、床に縮んで座り込み、大声で泣き始めた。
「なにやら、わたしへの誤解があるようですが……いずれにしても、ここの校長は、生徒にも教師にも、こんなに慕われていたのですね」
グレースーツの大柄な男性は、低いがどことなく女性的な甘い声を出すと、寂しげに、苦笑をした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる