魔法使い×あさき☆彡

かつたけい

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最終章 みんなが幸せでありますように

02 そうだ。ここで負けるわけには、いかないんだ。宇宙が

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 そうだ。
 ここで負けるわけには、いかないんだ。
 宇宙が、とか、そんなことよりも、ただ友達を、ヴァイスちゃんを、取り戻すために。

 ぶん、
 頭上から、シュヴァルツの剣化した腕が真空切り裂いて落ちてくる。
 アサキは自分の振り上げた剣の重みに引っ張られておりすぐさま防御姿勢に戻れなかったので、咄嗟に左手の甲で弾いた。
 弾きつつ後ろへ飛び退き、飛び退きつつ右手の剣を投げ付けた。
 投げた剣はあっけなくシヴァルツに叩き落されたが、構わない、生じた一瞬の隙にアサキは地を蹴り全力で飛び込んでいた。
 自ら開いた距離を自ら瞬時に詰めると、身を低く、大きく踏み込みながら右の拳を打ち出した。
 地がどんと震える。 
 破壊の魔力を集中させたアサキの拳が、シュヴァルツの腹に深くめり込んでいた。
 そしてそこからの、

「せやっ!」

 カズミ師匠直伝のハイキックが、側頭部へと決まった。

 赤毛の少女の小柄な身体から繰り出される重たいコンビネーション技に、ぐらつくシュヴァルツのエネルギー体であるが、さほどのダメージを与えることは出来なかったようだ。シヴァルツはよろめきながらも剣化した左腕を振り回して、すぐさま反撃に転じたのである。

 右手から小さな五芒星魔法障壁を張って身を守るアサキであるが、咄嗟のことで踏ん張りがきかず魔法障壁ごと地へと叩き潰されてしまう。
 だがただでは起きないアサキ、地に伏せられた瞬間にシュヴァルツの腕を掴んで押さえ付け、同時に、ほぼ指の再生を終えた左手のひらを地へと当てた。
 非詠唱。
 地に伏せたままアサキの身体が輝くと、地面に直径三十メートルはあろうという巨大な五芒星魔法陣が出現していた。
 輝きが地から剥がれて膨らんで、空間を半球形に覆っていた。

 危機を感じたのかシュヴァルツはヴァイスを背負ったまま飛び立って、半球形の壁を突破しようと身を突っ込ませる。

「逃さない」

 アサキの声と同時に、半球形魔法陣の僅か内側にもう一つの半球形魔法陣が出現した。
 張られた二重の障壁がバチバチ放電しておりシュヴァルツは無理せずに後ろに下がるが、アサキは手を緩めず連続で魔法陣を作っていく。数百の半球魔法陣が重なるその中心つまりアサキのいるところへと、あっという間にシュヴァルツは戻され追い込まれる格好になった。

 ならば術者を殺して魔法陣を解除するまで。と、開き直ったか、シュヴァルツは振り向きざまにアサキへと剣化した左腕を突き出した。

 アサキの顔が激痛に歪んだ。
 数メートルの狭い魔法陣の上であるが、攻撃を避けられるだけの空間はあった。しかしアサキは、あえて避けなかったのだ。

 赤い魔道着ごと胸に深々と剣が、つまりシュヴァルツの腕が突き刺さって、背まで突き抜けている。
 宇宙延命阻止を阻止しようとする小癪な赤毛の魔法使いを、今度こそ葬りさろうとシュヴァルツは左の剣を引き抜こうとする。
 だが、引き抜けなかった。
 自らが突き刺したアサキの胸に剣化した左腕はがっちりと咥えられており、ぴくりとも動かすことが出来なかった。
 その、剣化した左腕の色に変化が生じていた。色の変化というよりは、透明な膜で何重にもくるんだかのような状態という方がより正しいだろうか。
 変化は剣化した左腕だけではない。その透明膜は、どんどんとシュヴァルツを侵食して、あっという間に全身を包み込んでいた。
 背負うヴァイスはなんともなく、あくまでシュヴァルツのエネルギー体のみが、透明膜が幾重にも重なった白い繭の中に包まれていたのである。

「本当は、あなたとも一緒に、この世界を救うことを考えたかった」

 というアサキの言葉が、悲しくも毅然とした声が、まだ終わらぬうちであった。
 大爆音が生じたのは。
 大激震が生じたのは。
 シュヴァルツの中、彼女の形状をした白い膜の中で、大爆発が起きているのだ。
 爆発が爆発を呼ぶ。
 爆音やまず、激震収まらず。
 果たしてそれがどれほどの威力であるのか立っていられぬほどの地の揺れであるというのに、しかしシュヴァルツの形状をした繭にはヒビ一つ入っていない。
 アサキの魔法が星を砕くような破壊力の爆発を起こし、アサキの魔法が繭状の障壁を作ってシュヴァルツを封じ込めつつ周辺被害を防いでいるのである。

 揺れも爆音も、やがて段々と収まっていった。
 やがてピシリと、シュヴァルツの形状をした繭に亀裂が走った。
 ぼろり砕けて落ちて中が覗くと、内部は空であった。
 シュヴァルツの肉体も、エネルギー体も、そこには存在していない。ほのかに立ち上る灰色の煙が、細かな粉末が、唯一の生存痕跡といえるものであった。
 その繭も砕けて散ると、地には一人の少女が倒れている。
 ふんわりした白い衣装を着た少女、ヴァイスである。
 トレードマークたるふんわり衣装も半分以上が溶けてしまっており、真っ白な肌が覗いており、半裸といっても過言ではない格好で、身体を丸めたまま意識を失っている。
 シュヴァルツの槍化した左腕に胸を刺し貫かれていたはずであったが、現在その傷跡はどこにも見られない。溶けた服から覗くのは、白く綺麗な肌である。

 いつの間にか、アサキが地上に張った無数の魔法陣も、半球状の障壁もすべて消えている。
 広大な、漆黒の荒れ地があるばかりである。

 アサキは、倒れているヴァイスの傍らに立ち、

「ヴァイス、ちゃん」

 声を掛けた。
 優しい、でも不安に満ちた声を。
 彼女がなにをされたのかも、そもそも生きているのかも分からないのだ。不安に決まっている。

 生きてはいた。
 ヴァイスの目が、ゆっくりと開いていった。
 まぶたを半分落としたままで、静かに眼球が動く。

「ヴァイスちゃん」

 生きていることにほっとしながら、もう一度ヴァイスを呼んだ。
 だが次の瞬間、アサキの顔には不安と安堵の陰になんとも訝しげな表情が浮かんでいた。
 なにかが、違うのだ。
 ヴァイスの、なにかが。
 見た目はまったく同じであるが、纏う空気とでもいうのか。
 シュヴァルツに存在を取り込まれ掛けていたり、気を失っていた状態から目覚めたばかり、ということもあるだろうが、そういうことではなく……

「ありがとう、アサキさん」

 ヴァイスは力なく立ち上がりながら、ぼそりとした声でアサキの名を呼び、礼をいった。
 そこはかとない違和感が異常なほどたっぷり詰まった顔で。

 アサキは気が付いた。
 なにか透明なものが流れており、それがヴァイスへと吸い込まれていることを。
 そのためか、どんどんヴァイスの中のなにかが膨れ上がっていくのを。

「ありがとう」

 ヴァイスは、もう一度ぼそりとした声で礼をいう。
 半分以上溶けてはだけた白い衣装がばさりと垂れて、お腹や胸、腕、あらわになっていた肌をすっぽり隠した。

 次の瞬間、アサキはぞくりと身震いした。

「シュヴァルツを、滅ぼしてくれて」

 ヴァイスが、これまで見せたことのないにやりとした笑みを浮かべたのでである。

「力の奪い合いは出来ても、互いの存在を滅ぼすことは出来なかったから」

 幼くも邪悪な笑みを、浮かべたのである。
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