孤高の女王

常に眠い猫

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孤高の女王2

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 ようやく、ようやくここまで来た。

 鼻息を荒くしたアランは、自分が王城の中にいることが信じられず、高ぶった胸を必死に落ち着かせるべく深呼吸を繰り返す。
 アラン•スクイート。23歳男。この長い年月の中でこんなところに来たのは初めてだ。本来なら死んでも入れないような神聖な場所に今足を踏み入れている。それも今回の件がなせる技。

「そ、そう考えると複雑だな」

 今ここにいるのは、自分たちが生まれ育った街がなくなるとかいう、どこまでも身勝手な決定を王が下したことから始まる。
 あの街はこの国での始まりの街。
 かつては誰もがその街並みに感嘆し、この街に住めるのならと、あらゆるものを差し出すものまでいたほどだというのに、今ではまるで死人でも歩いていそうなほどの廃れた街。
 そんな街になったとしても、俺らにとっては大事な街で、それはこの国でも同じなはず。
 あの街で住んでいる人間の数は計り知れない。たとえ国民全体の一割に満たなくても、数にしてみれば何千人なのだ。そしてその全ての人たちが俺達の家族なのだ。
 そんな街を壊すなど、身勝手すぎる。
 その話を今日はしに来たのだ。
 その目的を思い出し、深呼吸を二つほどして落ち着く。

「よし、大丈夫だ」

 そう言って気合を入れ直し、顔を上げる。
 その目に映るのは、自分と同じくみすぼらしい格好をしたブラック・シティの人たち。
 同じ考えの人たちが集まり、直接王女に直談判しに来た人たちだ。
 大丈夫。これだけいれば王女とて無視出来ないはずだ。

 そうして覚悟を決めた時だ。

 ざわついていた部屋の中が一気に静まり返る。
 何かと目を向ければ、先ほど俺たちを追い返そうとした騎士の長が、謁見の間に姿を現していた。
 そしてそれに続くように、王座の横に控えた二人の兵士が、手に持った槍を大きく空に掲げ、力いっぱい振り下ろし大きな音を打ち鳴らした。
 それは心臓を鷲掴む様な心苦しさと同時に、王が姿を現すことからの緊張を生み出し、アランは手に汗を握って王座を睨んだ。
 どんなやつだ。
 大切な街を消そうなどという愚王は。
「必ず、変えてみせる」
 硬い意思のもと、アランは王座から視線を外し、左奥から出てきた兵に目を向ける。
 その場の人間の注目を浴びながら、兵士はサッと横に控え、声を上げる。

『女王様の、おなーりー!!!』
 

 それはこの部屋の細部にまで響き渡るような声量を持っていた。
 そして

全く。大げさではないかのぉへランスよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 直後聞こえたその声に、誰もが息を詰める。
 その声音のなんと麗しいこと。
 そのなんと美しいこと。
 その声一つで全てが覆される感覚をも覚えるほど、その声は全てを凌駕していた。
 この世界の美しさ、人々の感情の鮮やかさ、そういった事柄に目を向けた時の安心感が押し寄せ、この場にいる全員が張り詰めた空気から一転、その心に潤いを満たした。
 それはサバンナのオアシス。それは絶望へ指した希望。大袈裟すぎる言葉の羅列が今では些細な問題にならぬほどの心境に、誰もが戸惑いを覚えた。
 表現の仕方を間違っただろうか。しかし、それほどまでにその声はその場の人間の全てを奪い去って、その上全てを与えたのだ。
 そうして呆気に取られている人間の目の前に、その人は・・・・現れる。

「まぁ良かろう。これも退屈しのぎと思えば安い物よな」

 退屈そうに、つまらなそうな雰囲気を漂わせ、カツカツと優雅に歩くその女王は、ただただ美しかった。
 キラリと光に映るその桃色の髪はまるで刺繍の糸のように繊細に、彼女の動きに反応して揺らめく。
 そしてその肌は砂浜のように白く滑らかで、スラリと伸びる四肢は細く無駄な肉など一切見られない。
 その場の人間の視線を一新に浴びながらも、優雅に歩いて玉座にドサリと座る姿は、ぞんざいに見えもするがしかし、威厳と尊厳に満ち溢れ、その瞳は赤よりも紅く、宝石のように煌めいていた。

 これはなんだ。

 夢のような感覚から目覚め始めた思考はそんな疑問を脳裏に映し出す。

「さてと」

 そして彼女は口を開く。
 しかし、次の言葉にこの場の全員が現実に引き戻されることとなった。

「我の楽しみを邪魔した罪は重いぞ?」

 その声は低く鮮明に響く。
 冷徹な響きを持ったそれはまるで、眼下に膝まづいた人間を虫けらであるかのように睨み据える。
 そうして孤高の女王は再び口を開いた。

「我はヘクルスの女王、ルミウス•レミ•グラスリーフ•フォンスレイブであるぞ。我が楽しみを邪魔したこと、貴様らはわかっておるのだろうな愚民ども」

 その優しく儚そうな見た目とは裏腹に、目の前に現れた王女は心底腹が立ったような声音でそう吐き捨てる。
 これにはブラック・シティの住民全員が呆気に取られた。

 嘘だろ。これが王女?
 この態度はまるで。

 独裁者のそれじゃないか。







 それが、俺が初めて王女を見た時の第一印象だった。







続く(?)
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