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第1章「最強勇者観察日記1冊目」
観察日記「本当の一ページ目」
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この時期にしては少し暖かい早朝6時。
私クルミの優雅な生活が幕をあける。
朝起きてもう少し寝たい欲を、窓を開け冷気を浴びることでそぎ落とし、顔を洗って食事の支度をする。
優雅に並べられた食パンや目玉焼きといった朝食を優雅に食べ、家の中を掃除し、食材の買い出しに行く。
とても静かで穏やかな朝だ。
クルミは肌寒い冬の空にため息をこぼす。
今日の夜はなににしようか。
暖かいスープか、あるいは和食風にお鍋がいいか。
そんなことを考えながら楽しくお店の主人とお話をし、食材を買って家に帰る。
さぁ、リビングに行って紅茶でも入れ、テレビを見ながら優雅にお茶を
「ん?クルミか。気がついたら姿が見えないので心配したぞ」
紅茶を……
「それとなクルミ、誠に申し訳ないのだが、またもややってしまった」
優雅……
「お茶を入れる"これ"が割れてしまってな。申し訳なかった」
そう言って頭をさげる男の前で、クルミの優雅な生活は音を立てて崩れた。
ぁぁ、早かったな私の優雅な生活。
ほろりと溢れる涙はこの際無視しよう。
目の前で頭を下げ、紅茶を入れるための道具一式を箱ごとぶっ壊したこの男は、今我が家に居候をしている、自称最強勇者。
名前をアルカイト・カイメル・メイルースというらしい。
軽くと呼んでくれと言われたが、面倒なのでアカメに決定。
なぜアカメか?
それぞれの頭文字をつなげたら「アカメ」になったからという安直なものだ。
そしてそのアカメくんは。驚くほどに、異常なほどに、本人の自称した異世界人という言葉を危うく信じてしまうほどに、腕力がとんでもなかった。
ここ数日しばらく観察していたのだが、扉はつかんだだけで発泡スチロールのようにひしゃげ、金属の道具などは粘土のようにねじ曲げられ、ガラスの道具に関してはまるで薄く貼られた氷のようにたやすく粉々に粉砕された。
この数日でどれほどの食器と道具がゴミと化したか。
「考えたくないなぁ」
今や広かった押入れがそのゴミとかしたいろんなものでひしめき合っている。それでは足りず、そのゴミ達が今にも溢れそうな事実を思い出して、クルミは心ここに在らずといった感じでつぶやいた。
人は頂上的なものや自分の陣地を超えたものを見ると、正直どうでもよくなってしまうものなんだとクルミはここで学ぶのであった。
「クルミ、ここ数日このようなことばかりで心労も激しいだろう。それもすべて私の責任」
本心というか、心ここに在らずといったクルミの様子に、罪悪感を覚えたのかアカメがそう言って膝をつく。
それはまるで騎士がある時に跪くようなそんな姿で、クルミの魂は無理やり引き戻された。
「え、ちょっとやめてよ!」
「クルミ。否我が主人。何か私に罰を!」
場違いなような、そうでもないような。
アカメは頭を垂れたまま強い口調で懇願してくる。
クルミはそれを見て、やめさせようかと思ったが、今までの鬱憤がないわけではない。
そんなことを思っていい機会だなと言葉に甘えることにした。
「そう。それならあなたに罰を与えます」
らしくもなくちょっと偉そうに言ってみたり。
その態度に、アカメは恭しく首を垂れる。
「なんなりと」
形にはまったようなその姿に、少し圧倒されてしまうクルミだったが、負けないようにと咳払いで気を引き締めて。
「そ、そうね。ならあなたには」
そこで言葉を切り、しばし考える。
少しの沈黙が空間を埋め、その間もアカメは動くことをしない。
何がいいだろうか。何をやらせても力が強すぎて何もできない気が……
とそこまで考えてふととあることを思いつく。
――あ、あったかもしれない
いくら力が強すぎたとしても、これくらいはできるでしょう。
「それなら、あなたには買い出しに行ってもらいます」
「買い出し……?」
「そう。買い出し」
首をかしげるアカメにクルミはメモ用紙を用意しながら答える。
「力がどれだけ強くても、これくらいなら大丈夫でしょう。買ってもらうものは用紙に書いておくから、店員さんにこれを渡してくれる?」
そう言ってクルミは「買い物リスト」と、店員さんに向けたメッセージ、
『これをかごに入れてください。今目の前にいる人に商品を触らせたら店の棚を壊してしまうので』
と書き、折りたたんで渡した。
「よし。これをよろしくね」
「承知した。すぐに戻ってくる。それでは失礼」
そういってアカメは部屋を出た。
数秒後にあわただしく玄関の扉を開ける音が聞こえ、家の中にはクルミ一人が残された。
「ふう。さて、朝ごはんを作って待ってるかね」
30分後
「ん?あれ?まだ帰ってきてないの?」
1時間後
「おっそいわねぇ。なにしてるのよー。そんなに難しい買い物ではなかったはずだけど」
2時間後
「遅い。もしかして何かあったんじゃ」
あまりにも遅い帰りにクルミが心配し始めた頃。
「クルミ、今帰った」
ガチャンという音と共にアカメの声が玄関から聞こえて、クルミは慌てて玄関に走る。
「おかえり!もう何してなのよ!こんなに遅くなって!そんなに遠くは……なかった……はず」
部屋から出て廊下を過ぎ、玄関へ出たクルミは、そうして黙り込んでしまった。
理由はアカメの手元にある。
「ね、ねぇアカメ?」
「何だ?クルミ」
戸惑いながらの呼びかけに、相変わらず気丈に答えるアカメ。
「その、両手に抱えているものは、何?」
クルミが指摘するアカメの手元には、なんと
あふれんばかりの野菜や魚、肉などが入った段ボールが抱えられていた。
しかもダンポールバコの外側にまで溢れ出るほどの量を、かろうじて両手で抱えているのだ。
「これか!実はな。街を歩いていたら貴婦人方に声をかけられてな!食材をくれるというので、遠慮なく頂戴してきたのだ!これでしばらく食料には困らんぞクルミ!」
驚くほど嬉しそうにそういうアカメは、まるでいいことをした時の子供のように見えてしまって、クルミは何も言えなかった。
実のところを言うと、アカメは頼まれた買い物に行く際、その整った顔立ちにつられたおばさんたちが、店のもの家のものとアカメに献上してくれ、それは帰りにも同じことが続いた。
という話は、後からおばさん方から聞くことになるので、今はそれを知らないクルミなのである。
「はぁ。まぁいいか。それじゃぁ、アカメの分のご飯作るから、それ持ってきて」
「それよりクルミ」
アカメに背を向けキッチンに向かおうとくるクルミを、神妙な声でアカメはそれを止めた。
「ん?何?」
「これで、許してもらえるだろうか」
眉間にしわを寄せ、しばしうつむいて真剣に問うアカメを、クルミは本当に子供みたいだなと思った。
「そうね、いいよ。こんなにたくさん食材もらってきてどうしようとは思ったけど、見たところちゃんと買うものは買ってきたみたいだし、許してあげる」
そう言ってにこりと微笑み
「まぁもとよりそんなに怒ってたわけじゃないけどね」
「なに?」
「さぁ、キッチンに行くわよー。アカメも早くきてー」
「あ、あぁ!」
そうして新たな日常が幕をあける。
優雅とはかけ離れた、賑やかで、ちょっと愉快な、1ページ。
続く
私クルミの優雅な生活が幕をあける。
朝起きてもう少し寝たい欲を、窓を開け冷気を浴びることでそぎ落とし、顔を洗って食事の支度をする。
優雅に並べられた食パンや目玉焼きといった朝食を優雅に食べ、家の中を掃除し、食材の買い出しに行く。
とても静かで穏やかな朝だ。
クルミは肌寒い冬の空にため息をこぼす。
今日の夜はなににしようか。
暖かいスープか、あるいは和食風にお鍋がいいか。
そんなことを考えながら楽しくお店の主人とお話をし、食材を買って家に帰る。
さぁ、リビングに行って紅茶でも入れ、テレビを見ながら優雅にお茶を
「ん?クルミか。気がついたら姿が見えないので心配したぞ」
紅茶を……
「それとなクルミ、誠に申し訳ないのだが、またもややってしまった」
優雅……
「お茶を入れる"これ"が割れてしまってな。申し訳なかった」
そう言って頭をさげる男の前で、クルミの優雅な生活は音を立てて崩れた。
ぁぁ、早かったな私の優雅な生活。
ほろりと溢れる涙はこの際無視しよう。
目の前で頭を下げ、紅茶を入れるための道具一式を箱ごとぶっ壊したこの男は、今我が家に居候をしている、自称最強勇者。
名前をアルカイト・カイメル・メイルースというらしい。
軽くと呼んでくれと言われたが、面倒なのでアカメに決定。
なぜアカメか?
それぞれの頭文字をつなげたら「アカメ」になったからという安直なものだ。
そしてそのアカメくんは。驚くほどに、異常なほどに、本人の自称した異世界人という言葉を危うく信じてしまうほどに、腕力がとんでもなかった。
ここ数日しばらく観察していたのだが、扉はつかんだだけで発泡スチロールのようにひしゃげ、金属の道具などは粘土のようにねじ曲げられ、ガラスの道具に関してはまるで薄く貼られた氷のようにたやすく粉々に粉砕された。
この数日でどれほどの食器と道具がゴミと化したか。
「考えたくないなぁ」
今や広かった押入れがそのゴミとかしたいろんなものでひしめき合っている。それでは足りず、そのゴミ達が今にも溢れそうな事実を思い出して、クルミは心ここに在らずといった感じでつぶやいた。
人は頂上的なものや自分の陣地を超えたものを見ると、正直どうでもよくなってしまうものなんだとクルミはここで学ぶのであった。
「クルミ、ここ数日このようなことばかりで心労も激しいだろう。それもすべて私の責任」
本心というか、心ここに在らずといったクルミの様子に、罪悪感を覚えたのかアカメがそう言って膝をつく。
それはまるで騎士がある時に跪くようなそんな姿で、クルミの魂は無理やり引き戻された。
「え、ちょっとやめてよ!」
「クルミ。否我が主人。何か私に罰を!」
場違いなような、そうでもないような。
アカメは頭を垂れたまま強い口調で懇願してくる。
クルミはそれを見て、やめさせようかと思ったが、今までの鬱憤がないわけではない。
そんなことを思っていい機会だなと言葉に甘えることにした。
「そう。それならあなたに罰を与えます」
らしくもなくちょっと偉そうに言ってみたり。
その態度に、アカメは恭しく首を垂れる。
「なんなりと」
形にはまったようなその姿に、少し圧倒されてしまうクルミだったが、負けないようにと咳払いで気を引き締めて。
「そ、そうね。ならあなたには」
そこで言葉を切り、しばし考える。
少しの沈黙が空間を埋め、その間もアカメは動くことをしない。
何がいいだろうか。何をやらせても力が強すぎて何もできない気が……
とそこまで考えてふととあることを思いつく。
――あ、あったかもしれない
いくら力が強すぎたとしても、これくらいはできるでしょう。
「それなら、あなたには買い出しに行ってもらいます」
「買い出し……?」
「そう。買い出し」
首をかしげるアカメにクルミはメモ用紙を用意しながら答える。
「力がどれだけ強くても、これくらいなら大丈夫でしょう。買ってもらうものは用紙に書いておくから、店員さんにこれを渡してくれる?」
そう言ってクルミは「買い物リスト」と、店員さんに向けたメッセージ、
『これをかごに入れてください。今目の前にいる人に商品を触らせたら店の棚を壊してしまうので』
と書き、折りたたんで渡した。
「よし。これをよろしくね」
「承知した。すぐに戻ってくる。それでは失礼」
そういってアカメは部屋を出た。
数秒後にあわただしく玄関の扉を開ける音が聞こえ、家の中にはクルミ一人が残された。
「ふう。さて、朝ごはんを作って待ってるかね」
30分後
「ん?あれ?まだ帰ってきてないの?」
1時間後
「おっそいわねぇ。なにしてるのよー。そんなに難しい買い物ではなかったはずだけど」
2時間後
「遅い。もしかして何かあったんじゃ」
あまりにも遅い帰りにクルミが心配し始めた頃。
「クルミ、今帰った」
ガチャンという音と共にアカメの声が玄関から聞こえて、クルミは慌てて玄関に走る。
「おかえり!もう何してなのよ!こんなに遅くなって!そんなに遠くは……なかった……はず」
部屋から出て廊下を過ぎ、玄関へ出たクルミは、そうして黙り込んでしまった。
理由はアカメの手元にある。
「ね、ねぇアカメ?」
「何だ?クルミ」
戸惑いながらの呼びかけに、相変わらず気丈に答えるアカメ。
「その、両手に抱えているものは、何?」
クルミが指摘するアカメの手元には、なんと
あふれんばかりの野菜や魚、肉などが入った段ボールが抱えられていた。
しかもダンポールバコの外側にまで溢れ出るほどの量を、かろうじて両手で抱えているのだ。
「これか!実はな。街を歩いていたら貴婦人方に声をかけられてな!食材をくれるというので、遠慮なく頂戴してきたのだ!これでしばらく食料には困らんぞクルミ!」
驚くほど嬉しそうにそういうアカメは、まるでいいことをした時の子供のように見えてしまって、クルミは何も言えなかった。
実のところを言うと、アカメは頼まれた買い物に行く際、その整った顔立ちにつられたおばさんたちが、店のもの家のものとアカメに献上してくれ、それは帰りにも同じことが続いた。
という話は、後からおばさん方から聞くことになるので、今はそれを知らないクルミなのである。
「はぁ。まぁいいか。それじゃぁ、アカメの分のご飯作るから、それ持ってきて」
「それよりクルミ」
アカメに背を向けキッチンに向かおうとくるクルミを、神妙な声でアカメはそれを止めた。
「ん?何?」
「これで、許してもらえるだろうか」
眉間にしわを寄せ、しばしうつむいて真剣に問うアカメを、クルミは本当に子供みたいだなと思った。
「そうね、いいよ。こんなにたくさん食材もらってきてどうしようとは思ったけど、見たところちゃんと買うものは買ってきたみたいだし、許してあげる」
そう言ってにこりと微笑み
「まぁもとよりそんなに怒ってたわけじゃないけどね」
「なに?」
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