転生勇者観察日記~不器用最強勇者を飼うことになりました~

常に眠い猫

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第1章「最強勇者観察日記1冊目」

観察日記2「特訓とヲタクとやる意味と」

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 ある日の夕方。
 クルミ宅で大きな声が爆発する。



『もうゆるしませーーーん!!!』





「クルミ!落ち着くんだ!落ち着くことを強く推奨する!」
「黙りなさい!もう今度という今度は許しません!!」

 時刻は夕方の夕食前。
 エプロン姿で暴れるクルミと、それを必死に止めに入るアカメの姿がそこにあった。
「クルミ!謝罪はするから一旦落ち着け!落ち着いてもらえまいか!」
「無理よ!よくあなたの口からそんな言葉が出たわねぇ!今度という今度は無理!」
 怒り浸透という言葉を優に超えるほどの勢いでクルミはアカメに取っ掛かる。

 その足もとには無残に砕け散ったマグカップの残骸が転がっていた。

「クルミ!」
「無理よ!もう無理よ!これ私のお気に入りのカップだったのに!」
 姿はまるで毛を逆立てた山姥のよう。
「く、くるみ!わかった!わかったすまなかった!新しいのを買ってくるから!許してくれ!」
 そう言って一歩下がり、必死に頭をさげる。
 その誠意ある行動により、クルミはふうと一息ついて腕を組んだ。
「あなたには特訓してもらいます」
「特訓?」
「そう特訓」
 そういってクルミは足元に砕け散ったマグカップを指さした。
「アカメは力の加減ができてない。だからこうなる。違う?」
「はいそうです」
 自分がやらかしてしまったことだからなのか、クルミの言葉にとても素直にうなずく。
 その様子だけを見るとまるで主とそれに仕える騎士のようで、その筋の人が見れば興奮してすがりつくことだろう。
 これ以上は言うまい。
「だからあなたには力の加減をする特訓をしてもらいます」

 数時間後……。

 日差しがまぶしい。
 熱く照りつける太陽が、体力をジワリジワリと削っていくのを肌で感じていた。
 もうろうとする意識の中、男はそれでも必死に足を動かす。
「頑張って!もう少しだから!」
 どこかで女の声がするのを、ぼんやりとした頭で聞き流して、男は必死に前に出る。
 どこからそんな力が湧いて出るのか、誰もが目を覆うほどの惨状に、彼女だけが確かに彼を見据えていた。
 ふらふらと、千鳥足になるその歩調を、彼女の声が支える。
「まだ! まだよ!」
 必死に叫ぶ声は届いているのだろうか。
「お願いだから、がんばってええ!!」
 彼女が力の限り叫んだ瞬間、彼の体に異変が生じた。
 限界の、その先へ行っていた彼は彼女の声でついに、その足を止めた。
 灼熱地獄の世界。
 すべての時間が止まったかのような光景に、彼女は息をのむ。
 終わってしまったのか。
 ここで潰えてしまうのか。
 長年見てきた夢が。見てきた希望が、叶えんとした願いが。
 彼女の顔に刹那の絶望がよぎる。


 しかし


「……」

 彼は終わってなどいなかった。
 しばしの沈黙の後、彼はゆっくりと顔を上げる。
 背筋を伸ばし、見えたその瞳はその先にあるものをしっかりと見据え獲物を狙う肉食獣のように輝きを取り戻していた。
 それを見た彼女は確信する。

 いける!!

 そうして彼は再び一歩を踏み出し、まだ見ぬゴールへと走り出したのだった。









「……ねぇ、誰がかっこいいスポーツマンやれって言ったの??」
「いや私はそこの美優に」
「あーもう最高だわぁ!さすがカルク君ね!私もう満足だわ!!」
「み、美優さん!?いつの間に!?」
 というかそのテンションはいったい……?
「お誉めに預かり恭悦至極に存じます」
 突然の登場で混乱しているクルミを置き去りに、アカメは美優に恭しくこうべを垂れる。
 アカメはアカメという呼ばれ方のほかに、カルクという正式な名前がある。
 正式という言葉は少しおかしいのだろうが、私が初めて会った際に名乗った名前がカルクだったのだ。しかしクルミはいろいろ何か気に入らないのと、一番初めに見た彼の美しい瞳にちなんで「アカメ」と呼ばせてもらうことにした。
 美優さんはアカメを名前で呼ぶのは初めて聞いたけど、やっぱりそっちで呼ぶんだ?
 私が家から少し離れていた間に名乗ったのだろうが、そういえばあの時何を話したのか、まだ教えてもらってない。
 いや今はそんなことより。
「美優さん今日はどうしたんですか?わざわざこちらにいらっしゃるなんて、お電話いただけたら何かしましたのに」
「ん?ああ、いや、大丈夫よ。今日は社長に頼まれて様子を見に来ただけだから」
 そういってにっこりほほ笑む美優は、どこからどう見てもセクシーできれいなお姉さんだ。
 女の私から見ても見惚れるくらい美人なのだが、この方の残念なところをクルミは最近見つけているので、前ほど見惚れるようなことはない。
「え?おじさんに?」
「ええそうよ。社長ったらクルミちゃんとカルク君が何か間違いを起こしたら大変だ、心配だから見てきてくれーってすごくいうものだから……あらこれは言っちゃいけなかったかしら?」
 美優さんそれはわざとですよね?
 おじさんがあわててるのを楽しみたいんですよね?
「うんまあいいわね」
 しっかりしてください大手企業社長秘書様……。
「それより、私にはもう一つ大事なことがあるわ!さあカルク君!やってちょうだい!」
 なんかいろいろ叔父の威厳が崩れかねない発言をしてもけろりとしている美優と、その横で自分の叔父に内心でエールを送るクルミ。
 そんなクルミを知ってか知らずか、美優はそう言ってビシイイイ!とあらぬ方向を指さした。
「ん?違うわね」
「え?何がですか?」
「こうよ」


「やあっておしまーい!!」


 そう。
 美優さんが美人なのに残念な理由は、驚くほどの二次元おたくなのだ。
「美人なのになぁ。電話で長々聞かされた時は本と驚いたよ……」
 いつか彼女がおたくと知れた時のことを思い出してため息をつく。
 あの時は社長室の電話が『ゆう○っしゃああああああ!!』だったことに関して、どうしてか聞いたところ、突然アニメ談義から始まり、漫画小説ゲームと、あらゆるジャンルの二次元談義をやく1時間にもわたって聞かされた。
 あの時おじさんが泊めてくれなかったら……
 そんなことを思ってため息をつく。
 そしてふと視界に何か入ってきたような気がして目を抜けると……








 某有名ゲームの『ドラクワ』の主人公と化したアカメが悠然と立っていた。







「ぶ!?」
 これにはクルミも噴き出す。
「見てみてクルミちゃん!元異世界人だから似合うかなと思っていたけど、これは最高ね!似合いすぎて私もうたまらないわ!この赤いマントの開き具合にこの立ち方!これはまさに騎士だわ!」
「美優さんそれ以上はいろいろまずいのでやめてください!ネタがなくなったのかとか言われるの嫌ですよ!?」
「何言ってるのクルミちゃん!こんなに似合ってるのにもったいないわ!」
 そういってアカメの手を引くクルミを美優は必死の形相で止める。
「やめてクルミちゃん!これは私の生きがいなの生きる意味なの~!」
 そんなに!?
「いや、であって数週間の見知らぬ男の人にそんなのいだいちゃダメですって!もっと夢はい大きく持たないと!」
「もう無理よ!この年だもの!この間の男の人には『きれいすぎて僕には釣り合わないです』とか言われたのよ!?いい男だったのに~!」
 いやそんなこと今言われても困りますよ?
「やっぱり二次元がいいのよ!二次元は私を裏切らないわ~!」
 そういって遂に美優は泣いてしまった。
 え、え~そんなぁ
「み、美優さん、大丈夫ですって。チャンスは来るのを待つんじゃなくて、自分で作るものなんですよ?だからまだチャンスはあります。自信持ってください」
「そう?」
 ぐすんと上目づかいにクルミを見る美優。
 ああ、こういう子供っぽいところとかもいけないのかな。
 なんて思ってることはおくびにも出さずに。
「はい。そうですよ」
 そういってニコリと笑う。
「そう?そう、そうね!自身は大事よ!」
 クルミの言葉にそういって立ち上がる美優。
「そうと決まれば仕事に行かなきゃね!仕事場にいい男がいるのよ!」
 お、おうふ。これは何かいけないスイッチを入れちゃったかな?
「それじゃあねクルミちゃん!」
 そういって元気に美優は去って行った。
 しばし落ちる沈黙。
 残されたのは美優の後姿を見送るクルミと、ドラクワの主人公になったままのアカメだけだった。
「……嵐のようなお人だな」
 ぼそっとアカメが言ったのには答えず、クルミはアカメの姿を見て。
「とりあえず着替えたほうがいいと思うよ。その服はまた美優さんに反しておいてあげるから」
「ぬ?しかしクルミ」
「なに?」
「この服なかなかいいぞ?美優に頼んで譲ってもらえないか聞いてく」
 とここでクルミは重ねるように
「やめてくださいいろいろ支障が出るので」
 ときっぱり言った。
「む?なぜだ?かっこいいではないか。こんな服がこの世界にあったとは、美優とはもっと語らいたいものだ」
 何か良くない因子を生み出した気しかしないクルミなのである。
 しかし何か言うのもめんどくさくなって、家に帰ろうと歩き出す。
「む?クルミ。特訓はどうするんだ?」
「そうね。特訓は日常生活で常に力をセーブすること。それができるようになるまではガラス製、陶器のものには触らないで。もうそれでいいわ」
「そうか」
「はぁ、なんか疲れた……」
 そうして二人は家に帰るのでした。


 三日後……。


「クルミ。できたぞ」
 そう呼ばれて後ろを振り返れば、昨日かってきた陶器製のグラスがその手に握られ、なんと、壊れることなく握られているのだ。
「はや!?」
 先日の苦労はなんだったのかとつい考えてしまうクルミなのだった。
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