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第三章☆魔法呪

第九話☆オーバークロニクル

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 夏菜(かな)はうす暗い城の中にいた。オーバークロニクルだ。
 おそらく、記憶の中の過去にきているのだろう。
 夏菜(かな)は城の上空にいた。
うすぐらい城の中の上空から、下を夏菜(かな)は見下ろした。
 剣を持った人が三人いた。
 みな、剣幕が必死だった。
 そのなかのひとりが、魔法で扉のロックをこじあけようとしていた。
「ラクイン王様、魔戦城の玉座への扉のロックが解除されました」
「アレオン、よくやった。よし、バンダム王を助けるぞ。重いな」
 そして、いうと、ラクイン王は重い扉を一回だけ手で押した。
だが、重くびくともしなかった。
思いっきり三人で蹴って、大扉を無理やり開けさせた。
そこにみえてきたのは? 凄惨な光景だった。
「な、なに?」
「バンダム王さまー」
 ラクイン王がいうと、となりにいたアレオンが驚いて声音をあげた。
「(え、なに? あれは、前のときより少し若いけど、お父さん? 赤い竜に人が食べられている)」
 夏菜(かな)は、自分の父親だろう人をみながら、上空を飛びラクイン王の後をついていった。
 夏菜(かな)は、部屋の壁もすり抜けて通ることが出来た。
 浮遊霊みたいなものなのだろう。記憶の断片といえど。
そして、夏菜(かな)が部屋に入ってみたものは。
なんと、バンダム王は赤い竜にひと飲みされ、食べられていた。
 骨を砕く音がきこえた。
「ぐへへ、うまかったぞ。実にうまかった。人肉は久しぶりじゃ。どうれ、そこにきた、虫けらどもも食ってやるか」
 赤い竜はいった。ドロッとした声だった。
 その巨大な姿に、一同は面食らった。
「バ、バンダム王が食べられただと……。おのれぃ、化け物め、ぶった切ってくれよう」
「ぐはは、面白いことを言うな、お主は、ラクイン王というところをみると、ユメリアの王か。我は、魔王軍の古の赤竜、グルギアーラじゃ。フハハ、力が満ちあふれるぞ。魔王バヌーラ様の魔力の恩恵とは、これほどのものか」
 グルギアーラは咆哮をあげながらいう。
 ラクイン王たちにはためらいなどなかった。
 バンダム王を助けるためにきていたが、その無残な姿を見て、立腹しないわけがなかった。
 みな、剣幕が変わっていた。
 ジリリと歩を歩ませ、間合いを縮めていた。
 グルギアーラは不敵な笑みで口を大きくあけた。
「(バヌーラ? 魔王? 確かパチンカラの街にいた赤い竜も、アミルラナさんがグルギアーラって言っていた気がするわ。この古の竜が復活したというの?)」
 夏菜(かな)は倒れる前にアミルラナがいっていたことを思い出していた。
 たしかに怪物の容姿も一致していた。ただ、体の大きさはちがっていたが。
 だが、そうだとすると、現世によみがえっていたということか。
 そのとき、不敵な笑みをみせ、ラクイン王が余裕ぶった顔でいった。
「古の赤き竜か。とんでもないものを魔王は復活させてくれたものだ」
「青二才が。口がすぎるぞ、殺してくれようぞ」
「だが、わしは知っておるぞ。グルギアーラ、お前が英雄キーリスアスに一度敗れて封印されていたことをな」
 ラクイン王が剣を構え、逆鱗にふれることをいった。
 この言動には、グルギアーラも容赦はなかった。
 おそらく、一番、気にいらない人物だったからだ。
 グルギアーラは大きくほえた。
 城の部屋が大きく揺れた。
「キーリスアスじゃと、憎たらしい名前じゃ、生きていれば殺す」
「もちろん、古文書にお前の弱点も書かれていた。そこを我が、聖剣エクスキャリバーでつけば、お前を奈落の底に落とせる」
 ラクイン王がそういったとき、夏菜(かな)は首をかしげていた。
 見慣れない騎士が二人、王様のお供でいたからだ。
 いったい、誰なのか? 不思議がっていた。
「(あれは、誰だろう、あんな人、騎士団にいたかな?)」
「アレオン、バズットよ、赤竜の両目をよく見るのじゃ」
「(アレオンさんに、バズットさんていうんだ)」
「?」
 アレオンとバズットの目線がグルギアーラの両目にいく。
「片一方が黄色く、右目が赤いであろう。あの赤い目はやつの心の臓とつながっておるのじゃ。赤い目を狙うのじゃ、そこを斬れ」
 たしかに、グルギアーラの目の色は左右ちがった。
 グルギアーラが一瞬、動揺して、動きが止まった。
 夏菜(かな)は王様の近くにいたが、空中で感心していた。
 夏菜(かな)にとっては、みんなを助けられるいいことをきいたのだったのだ。
 弱点だったからだ。
「(古文書に描いていた? 赤い目が弱点なの?)」
「わかりました、王様。よし、バズット、王様に道を作るんだ。同時にかかるぞ」
「おうや」
 バズットが斧をふりあげ、大きな声でいった。
 夏菜(かな)は近くまで降りてきて、手を胸の前で握っていた。
 心配だったのだ。
「(お父さん、頑張って。私はここにいます。あなたの娘です)」
「ん、なんだ、気のせいか? 誰かの声が聞こえた気がしたが」
 ラクイン王が何かを感じたのか、一瞬、上空を見上げた。
 アレオンが続けていった。
「王様、瘴気でしょう。やつの波動がこちらまできこえてくるようです」
 ラクイン王はニヤリと笑った。この強敵の前に笑う余裕があるようだ。
「くそっ、アミルラナ隊長が遠征しているときに。デカ物、ユメリア騎士団、三銃士をなめるな」
 そういうと、バズットがかけ声をあげて、動いた。
 グルギアーラも大きな口を開け、そこに炎のエネルギーをためた。
「くらぇ、『ファイアブレス!』」
 グルギアーラの猛烈な炎が口から放射された。
 辺り一面が炎の熱で溶けていく。
 バズットは横手にかわし、グルギアーラの足を切ろうとした。
「なんのぉ、俺の斧を受けよ」
 だが、グルギアーラはうまく羽で飛んで後ろ手にかわした。
 そのときをアレオンは狙っていた。
 飛んで着地する瞬間は一瞬の隙ができるからだ。
 バズットがそれを見計らい、雄たけびをあげた。
「よし、飛べ、アレオン!」
「うらぁ」
 アレオンがグルギアーラの着地とともに胴体にきりこんだ。
 だが、そううまくはいかなかった。
「切れない、ッ、(尻尾?)しまったぁ」
Buooooo!
 着地と同時に、グルギアーラは素早くシッポで攻撃を仕掛けてきた。
 切り込んだが、竜の鱗は鋼鉄並みに硬かったのだ。
 きれることなく、ノーダメージに終わった。
「炎がくるぞ、横に飛べ、アレオン!」
 アレオンに炎が直撃した。
「なんて、炎だ! こてが溶けた」
 なんとか、もちこたえていた。
だが、アレオンの左手は防具のこてがとけ、軽い火傷をしていた。
 しかし、痛むものの、なんとか普通に手は動くようだった。
 バズットが心配そうな顔で口をひらいた。
「だいじょうぶか?」
「ああ、想像以上の炎だ。普通のドラゴンより熱量が上だ」
 アレオンが悔しそうに舌打ちをした。
 続けてアレオンが言葉をつむいだ。
「やつの鱗が硬くて、剣では切れない」
「いったいどうしたら?」
 バズットにも焦りの色がみえていた。
 そのときだった。
「皆のもの、わしに続け、聖なる力で一掃してくれようぞ、いくぞ」
 ラクイン王にはなにか秘策があるようだった。
 そして、ラクイン王は見計らうと動いた。
 ラクイン王の左手に、白い光が収束していく。
 いったいこれは? 魔法なのか?
「『聖魔法ホーリーボムズ!』」
「何、光の弾だと?」
 なんと、ラクイン王がはなったのは魔法の光の弾だった。
 左手から、数発、グルギアーラに向かってはなたれた。
 光の弾はグルギアーラを捉えたように追撃していく。
 そのとき、グルギアーラは至近距離に入ってきたラクイン王に向かってシッポを飛ばした。
「尻尾だと?」
「王様、危ない!」
「おのれぃ、我が尻尾をはじき飛ばしただと」
 ラクイン王を助けようと、バズットが怪力で斧を打ち込み、シッポをはじき飛ばした。
 これが勝機を決した。
「済まない、バズット。今だ!」
 同時に、光の弾が数発、グルギアーラに命中した。
 その瞬間、ラクイン王はグルギアーラの頭の上に飛んだ。
 剣を思いっきり下に、ふりかざした。
「いけぇ、聖剣エクスキャリバーよ!」
「ぐぁあぁぁぁぁぁぁあっ」
 それは、見事にグルギアーラの赤い右目にささった。
 からだをゆらし、大きな咆哮をグルギアーラはあげた。
 ラクイン王は剣を目につきさしたまま、剣をはなし、スタッと地上に降りた。
「やった、赤い目に刺さった!」
 アレオンがよろこび、声をあげた。バズットもガッツポーズをとった。
「ぐあぁ、目が目がぁあっぁあっぁぁつ」
 それがグルギアーラの最期の断末魔となっていた。
 グルギアーラの巨体がその場にすごい音を立てて倒れふした。
「(お父さんすごい。強かったんだ)」
 夏菜(かな)が竜を相手に、すごい戦いをする自分の父親に感心していた。
 たしかに、王は強かった。
 だが、王は、足をガクッと地面に落とした。
 かなりの魔力を要したからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、魔法力を使いすぎたな。力が、はいらん」
「だいじょうぶですか、王様。やりましたね。さすがです」
 アレオンがかけより、心配そうな顔でいう。
「バヌーラめ、こんな化け物を後いくつ引っさげているのだ。やつの魔力は計りしれんな」
 そのとき、夏菜(かな)が王の前に降り立った。
 しかし、夏菜(かな)の姿は王たちにはみえるはずもなかったのだ。
「(お父さん、私はここにいるんです。あなたの目の前にいるんです)」
 夏菜(かな)は一生懸命、念じた。想いが伝わるように。
 すると、
「なにか、感じる」
「(うそ、あ、足が消えてきてる。元の世界に帰るの? お父さん、死なないで。決して無理はしないでくださいね。約束してください)」
 夏菜(かな)が必死に言うと、奇跡的に王は少しだけなにか感じたようで、首をかしげた。
 夏菜(かな)は、また父と会えてうれしそうだった。
 ラクイン王はアレオンのほうをみやった。
「何か、言ったか、アレオンよ」
「いえ、何も」
「変だな。目の前で誰かの声がしたような気がしたが」
 ラクイン王は夏菜(かな)の消える姿をみながら、首をまたかしげた。
 そして、見えているはずはないのだが、夏菜(かな)のほうに手を差し伸べた。
「誰もいないな」
 夏菜(かな)は精一杯ラクイン王の手を握った。
 生まれて初めて、実の父親と仮であれど手をつないだのだ。
「(お父さん。やっと、お父さんと初めて手をつなぐことができました。私の手があなたの手の上にあるんですよ。死なないで)」
 ラクイン王はしばらくすると、ぎゅっと手を握った。
 笑顔がふたりに生まれていた。
 親子の絆はみえなくてもなにか伝わるものがあるのかもしれない。
 もう、会えない人とわかっていても。 
そして、夏菜(かな)の姿は完全にその世界から消えた。
ラクイン王は立ち上がり、上空をみやり、手を挙げた。
バズットも、アレオンも、後に続くように手を挙げた。
強敵から勝てて、勝利の瞬間だった。
 夏菜(かな)の想いも、きっと届いたはずだ。

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