アンリアルロジック〜偽りの法則〜

いちどめし

文字の大きさ
18 / 63
第三話 『手に入れたもの』

2-1 報告

しおりを挟む
「どうだったかな。おまじないの効果は」 
 くせ毛のスクールカウンセラーは、扉が閉まるのを待つと小声で言った。前に来た時と変わらず混沌を押し込めて整頓しなおしたかのような相談室は、奇妙な静けさを持っている。木版に描かれたキャラクターは記憶の中の姿から寸分も動かずに、棚の隙間でこちらを覗き込んでいた。 
 奥の椅子に座った深澤先生が着席を促すよう目配せをしたのに、私は気づかないふりをした。今回は挨拶だけが目的で、長居をするつもりはなかったからだ。 
「効いた?」 
 重ねての質問。私は何かを言おうとして、言い淀んだ。その報告だけが今回の目的だったというのに、いざ、そんなストレートな訊きかたをされるとどう返事をしたら良いのか分からない。 
 言葉選びに迷ってしまう。 
 おまじないが、効いた。果たしてそんな表現で良いのだろうか。 
 持った途端に。唱えた途端に。実際のところ、どのタイミングで効果が現れたのかがはっきりとは分からないけれど、それでも効果を実感できるほど明らかに世界が変わったことは間違いがなくて、だけどそれは―― 
 私の思うところの「おまじない」とはかけ離れている。魔法か何かみたいな――そう、魔法だ。いっそ魔法と言ってしまったほうがまだ納得できる。 
「この間は、ありがとうございました」
 結局、自分のペースで話すことにした。お礼を言って、友達ができたことを知らせる。それだけが目的で来たのだから。 
 深澤先生は朗らかな笑みを浮かべて、いえいえと言った。質問に応えないことを咎めるつもりがないらしいことに、私はようやく緊張を解いた。 
「おかげで、次の日には友達、できました。ええと、相談、聞いてくれて、嬉しかったです」 
 深澤先生は、また、朗らかにいえいえと言った。意外なほどに淡白な反応。言うべき台詞を使い切った私には、もうこの人と話すべき話題がない。 
 グラウンドから、誰かの声。運動部の掛け声。音は近いのに、やっぱりここは静かだ。 
 何部の物か判らないホイッスルの音を合図に、もう帰りますねと背中を向けた。その時、誰かが、 
「あーあーあーあー」 
 私の背後で、誰かが、 
「あー、ああ、ああ」 
 壊れた。 
 表情を変えずに、感情を込めずに、その人は壊れたように見えた。だって、今の今まで普通に会話をしていた人が、いきなり意味の分からない音を発しているのはおかしい。
 目を見張ってみて初めて、私は自分が無意識に振り向いていたことに気がついた。眼鏡の奥の瞳が私の視線を絡め取ると、彼は嬉しそうに眉尻を下げて、ようやく人語を口にする。 
「ああ、そうだ、そうだよ、思い出した」 
 ただの感動詞だった。そんなことに気づいたところで、どうにもならない。状況は変わらない。深澤先生の雰囲気がどこか変わってしまったということは明らかで、私が彼の領域に囚われてしまっているという事実は曲がりようもない。 
 足が竦んだ。その足はなぜか、椅子に腰かけるためだけには動いた。深澤先生は私が正面に座ると、優しくて嫌らしい顔をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...