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第六話 friend's side『私の主人公』
5-2 たそがれドラマチック
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小奇麗な歯医者の前にある横断歩道で信号に止められて、一息つきながらマンションの位置を確認する。
よく分からない。
駅から見えていた段階で分かり切っていたことではあるのだけれど、慧真の住んでいるマンションはあまり大きくないのである。だから低い位置から見るとベージュの外壁は他の建物に隠されてしまいがちで、私は常にマンションを見て走っているわけではないのだった。
なんとなくの方向が分かるから、それだけを頼りに走っていたのだ。
日の暮れた知らない町で、友達が見当たらなくて。信号待ちをしている間にも慧真は遠ざかっているはずで。
ああ、やばい、泣きそう。すごくダサいじゃん私。
住所か、せめてマンションの名前でも知っていればスマホで地図を見て慧真の家まで行けるのだろうけれど、現状では、私の進んでいる方向に本当に目的のマンションがあるのかどうかということにすら自信が持てない。
慧真に連絡を取るという最終手段にしたって、マンションの前でやろうとしていたからまだ様になるのであって、マンションにすら辿り着けない私を慧真に迎えに来てもらうのではさすがに格好がつかない。
ある程度は格好悪くても良いとは思ったけれど――悩みを聞きに行こうという立場上、格好悪いにも限度というものがある。
「わかちょん?」
信号が青く変わって、再び歩き出そうとしたときだった。慧真の声は聞き慣れたものよりも小さくて、弱々しくて、それは自信のなさと驚きとによるものなのだと思った。私は急な物音に反応する猫みたいに振り向いて、その弱々しさの原因の一つが、息を切らしているからなのだということを知った。
肩が息をするのに合わせて、活動的なお下げが上下している。
ああ、ああ、なんだこれ。
これって、まさに、
ドラマチック!
「慧真!」
クールな私らしくない声が出た。大きな声を出すのが気持ち良くて、もう一度、今度は意識して「慧真!」と叫んだ。泣きそうだった。ちょっと涙が出た。薄暗い中で、慧真も泣きそうな顔をしているような気がした。
感動で。不安から解放された感動で。今にも抱き着きたいという欲求が爆発する。あくまでもクールな私は、だから僅かに脇を広げた。慧真の細くて短い腕は、そんな私を控えめな両腕ごと勢いよく包み込んだ。
目眩。
倒れるところだった。慧真が抱きしめていてくれなければ、私の身体はアスファルトに抱き留められているところだった。
「どうしたのわかちょん。帰らなかったの?」
照れくさそうに慧真が離れてしまったので、砕けかけの腰で目いっぱいふんばった。それでも脚は積み木の塔みたいに崩れ落ちてしまいそうで、私はそんな脆い棒を引きずり、親愛の対象に抱き着くべく一歩だけ足を滑らせた。
そのくせ最後の最後で変に照れてしまって、私の両手は慧真を抱くことなく、代わりに薄っぺらな両肩をがしりと掴むかたちになってしまう。
衣替えを来月に控えた冬服越しに、表情通りの驚きと緊張とが伝わってくる。
「何かあったの?」
唐突な質問に、きょとんとする慧真。
一階での会話のやり直し。こんなタイミングでは伝わるはずもなかったけれど、でも、
今度は、目を逸らされなかった。
「さっき、学校で訊いたのに、まだ答えてもらってなかったから」
指先に力が籠る。無意識だった。言わんとすることを察したらしい慧真は俯いて、私は指先でその表情を知った。
「気にさせるようなこと言ったの、ごめんね」
いじけた声の慧真。元気のない慧真。心臓が飛び跳ねる。指先にまで鼓動が伝わりそうで、肩から手を放した。
「気になってここまで来ちゃったんだから、教えて」
小さく頷いた後、場所を変えたいと言う慧真に連れられて来たのは駅の近くの公園だった。私が前を通り過ぎたときにも慧真は公園に留まっていたらしく、走る私の姿を見つけて追いかけてきたのだということだった。
もう変な走り方するの、やめとこう。
よく分からない。
駅から見えていた段階で分かり切っていたことではあるのだけれど、慧真の住んでいるマンションはあまり大きくないのである。だから低い位置から見るとベージュの外壁は他の建物に隠されてしまいがちで、私は常にマンションを見て走っているわけではないのだった。
なんとなくの方向が分かるから、それだけを頼りに走っていたのだ。
日の暮れた知らない町で、友達が見当たらなくて。信号待ちをしている間にも慧真は遠ざかっているはずで。
ああ、やばい、泣きそう。すごくダサいじゃん私。
住所か、せめてマンションの名前でも知っていればスマホで地図を見て慧真の家まで行けるのだろうけれど、現状では、私の進んでいる方向に本当に目的のマンションがあるのかどうかということにすら自信が持てない。
慧真に連絡を取るという最終手段にしたって、マンションの前でやろうとしていたからまだ様になるのであって、マンションにすら辿り着けない私を慧真に迎えに来てもらうのではさすがに格好がつかない。
ある程度は格好悪くても良いとは思ったけれど――悩みを聞きに行こうという立場上、格好悪いにも限度というものがある。
「わかちょん?」
信号が青く変わって、再び歩き出そうとしたときだった。慧真の声は聞き慣れたものよりも小さくて、弱々しくて、それは自信のなさと驚きとによるものなのだと思った。私は急な物音に反応する猫みたいに振り向いて、その弱々しさの原因の一つが、息を切らしているからなのだということを知った。
肩が息をするのに合わせて、活動的なお下げが上下している。
ああ、ああ、なんだこれ。
これって、まさに、
ドラマチック!
「慧真!」
クールな私らしくない声が出た。大きな声を出すのが気持ち良くて、もう一度、今度は意識して「慧真!」と叫んだ。泣きそうだった。ちょっと涙が出た。薄暗い中で、慧真も泣きそうな顔をしているような気がした。
感動で。不安から解放された感動で。今にも抱き着きたいという欲求が爆発する。あくまでもクールな私は、だから僅かに脇を広げた。慧真の細くて短い腕は、そんな私を控えめな両腕ごと勢いよく包み込んだ。
目眩。
倒れるところだった。慧真が抱きしめていてくれなければ、私の身体はアスファルトに抱き留められているところだった。
「どうしたのわかちょん。帰らなかったの?」
照れくさそうに慧真が離れてしまったので、砕けかけの腰で目いっぱいふんばった。それでも脚は積み木の塔みたいに崩れ落ちてしまいそうで、私はそんな脆い棒を引きずり、親愛の対象に抱き着くべく一歩だけ足を滑らせた。
そのくせ最後の最後で変に照れてしまって、私の両手は慧真を抱くことなく、代わりに薄っぺらな両肩をがしりと掴むかたちになってしまう。
衣替えを来月に控えた冬服越しに、表情通りの驚きと緊張とが伝わってくる。
「何かあったの?」
唐突な質問に、きょとんとする慧真。
一階での会話のやり直し。こんなタイミングでは伝わるはずもなかったけれど、でも、
今度は、目を逸らされなかった。
「さっき、学校で訊いたのに、まだ答えてもらってなかったから」
指先に力が籠る。無意識だった。言わんとすることを察したらしい慧真は俯いて、私は指先でその表情を知った。
「気にさせるようなこと言ったの、ごめんね」
いじけた声の慧真。元気のない慧真。心臓が飛び跳ねる。指先にまで鼓動が伝わりそうで、肩から手を放した。
「気になってここまで来ちゃったんだから、教えて」
小さく頷いた後、場所を変えたいと言う慧真に連れられて来たのは駅の近くの公園だった。私が前を通り過ぎたときにも慧真は公園に留まっていたらしく、走る私の姿を見つけて追いかけてきたのだということだった。
もう変な走り方するの、やめとこう。
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