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第七話 friend's side『非日常への抜け穴』
3-1 あなあけ
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手早く昼食を済ませると、足早にトイレへ向かった。鈴森さんに「トイレー?」と気の抜けた感じで聞かれたので、「トイレ」と手短に答えた。
答えてから、もうちょっとゆっくり動くべきだったんじゃないかと後悔した。なんか、漏れそうみたいじゃん。
個室の鍵を閉めて、ようやく人心地。穴のことが気になり過ぎて、午前の授業中は気が気じゃなかった。
代名詞がどうこうという板書を上の空でノートに写しながら、私はいくつかの仮説を立てていた。
第一に、私の勘違いだという説。
あまりにもつまらない説だけど、大前提として私がその頭を持っている人間なのだと自覚するためには必要なものだ。私の思考は正常だ。だからどう考えたってあんなことが現実に起こるはずなんてないのだし、もしも起こったように見えたのだとしたら、それは勘違いに他ならない。
で、本題はここからだ。正常な人間の正常な思考をもってなお、拭いきれない実感をともなって発生したあの現象。空間の穴。瞬間移動。
ワームホールってやつ?
それが第二の仮説。ワームホールなんて言葉の印象でしか知らないけど、起こった現象、つまり離れた空間を繋ぐ穴に既存の名称を当てはめるのならば、その言葉より適したものを私は知らない。科学なのかオカルトなのか、どうあれそういう専門的な世界において具体的にどういったものをそう呼ぶのかは分からないけれど、何かの拍子にワームホール的なものが私の目の前と真後ろとに発生して、私のスマホを地面との衝突という運命から救ったというわけだ。
もう、仮説というか、そうとしか考えられない。
だから、一旦そういう前提で考えを進めることにするとして。
あれがもう実際に有ったそういう現象なのだとして、だったらその発生源――というか操縦者は存在するのか。いるのだとしたら、それは誰か。
それは私だったりするのだろうか。これが、第三の仮説。いや、願望。
――ひらけ。
虚空に手をかざした。今朝、自室でそうしたみたいに。
もう、照れくささは無かった。期待だけがあった。
昔から、変身ヒーローものが好きだった。能力バトルものが好きだった。休日の朝にやっているアニメとか特撮とかが好きだった。テレビやネットで語られる、大昔の魔法少女の世界とか、大好きだった。
あんな、不思議な能力が、もしかしたら自分に――だなんて、そんな、心躍ること。
ひらけ、ひらけ、ひらけ、ひらけ。
たとえば、そう、この扉を超えて、その反対側の空間に繋がる穴を。ほら――
頭の後ろの方から、すうっ、と熱が逃げる。鼻から息を長く長く吐き出して、ひどく冷静になる感覚。瞳孔が、開く、みたいに。
視線の先の、何もなかった空間に、穴が、開いた。その、穴の向こうから、
誰かがこちらを見ていた。
「うわあああああああああああああああ!」
悲鳴。いや、絶叫。閉じた便座の蓋に尻もちをついて、両手で顔を覆った。
「ちょ、ちょっと、声大きい……」
指の隙間から見ると、ワームホールはまだぽっかりと口を開いていて、その向こうの眼鏡をかけた何者かは何やら焦ったような顔をしている。
「ねえ開けて、そこ、ドア」
焦った誰かは普通の人間のように見えた。
私はなんだか自分の絶叫が恥ずかしくなって――ワームホールとかなんだかどうでも良くなってしまって、個室のドアを開けた。そこには穴の中に見たのと同じ人物が立っていて、彼女は何のことはない、同じ制服を着た女子生徒だった。
「ねえ、逃げよう。人来るから。こっち来て」
言われるがままに廊下に出ると、既に大声を聞きつけた何人かが集まってきていたので、「出た。虫。ゴキブリ、みたいなの」と言い訳をしながら小走りで眼鏡の女子生徒に続いた。
答えてから、もうちょっとゆっくり動くべきだったんじゃないかと後悔した。なんか、漏れそうみたいじゃん。
個室の鍵を閉めて、ようやく人心地。穴のことが気になり過ぎて、午前の授業中は気が気じゃなかった。
代名詞がどうこうという板書を上の空でノートに写しながら、私はいくつかの仮説を立てていた。
第一に、私の勘違いだという説。
あまりにもつまらない説だけど、大前提として私がその頭を持っている人間なのだと自覚するためには必要なものだ。私の思考は正常だ。だからどう考えたってあんなことが現実に起こるはずなんてないのだし、もしも起こったように見えたのだとしたら、それは勘違いに他ならない。
で、本題はここからだ。正常な人間の正常な思考をもってなお、拭いきれない実感をともなって発生したあの現象。空間の穴。瞬間移動。
ワームホールってやつ?
それが第二の仮説。ワームホールなんて言葉の印象でしか知らないけど、起こった現象、つまり離れた空間を繋ぐ穴に既存の名称を当てはめるのならば、その言葉より適したものを私は知らない。科学なのかオカルトなのか、どうあれそういう専門的な世界において具体的にどういったものをそう呼ぶのかは分からないけれど、何かの拍子にワームホール的なものが私の目の前と真後ろとに発生して、私のスマホを地面との衝突という運命から救ったというわけだ。
もう、仮説というか、そうとしか考えられない。
だから、一旦そういう前提で考えを進めることにするとして。
あれがもう実際に有ったそういう現象なのだとして、だったらその発生源――というか操縦者は存在するのか。いるのだとしたら、それは誰か。
それは私だったりするのだろうか。これが、第三の仮説。いや、願望。
――ひらけ。
虚空に手をかざした。今朝、自室でそうしたみたいに。
もう、照れくささは無かった。期待だけがあった。
昔から、変身ヒーローものが好きだった。能力バトルものが好きだった。休日の朝にやっているアニメとか特撮とかが好きだった。テレビやネットで語られる、大昔の魔法少女の世界とか、大好きだった。
あんな、不思議な能力が、もしかしたら自分に――だなんて、そんな、心躍ること。
ひらけ、ひらけ、ひらけ、ひらけ。
たとえば、そう、この扉を超えて、その反対側の空間に繋がる穴を。ほら――
頭の後ろの方から、すうっ、と熱が逃げる。鼻から息を長く長く吐き出して、ひどく冷静になる感覚。瞳孔が、開く、みたいに。
視線の先の、何もなかった空間に、穴が、開いた。その、穴の向こうから、
誰かがこちらを見ていた。
「うわあああああああああああああああ!」
悲鳴。いや、絶叫。閉じた便座の蓋に尻もちをついて、両手で顔を覆った。
「ちょ、ちょっと、声大きい……」
指の隙間から見ると、ワームホールはまだぽっかりと口を開いていて、その向こうの眼鏡をかけた何者かは何やら焦ったような顔をしている。
「ねえ開けて、そこ、ドア」
焦った誰かは普通の人間のように見えた。
私はなんだか自分の絶叫が恥ずかしくなって――ワームホールとかなんだかどうでも良くなってしまって、個室のドアを開けた。そこには穴の中に見たのと同じ人物が立っていて、彼女は何のことはない、同じ制服を着た女子生徒だった。
「ねえ、逃げよう。人来るから。こっち来て」
言われるがままに廊下に出ると、既に大声を聞きつけた何人かが集まってきていたので、「出た。虫。ゴキブリ、みたいなの」と言い訳をしながら小走りで眼鏡の女子生徒に続いた。
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