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第七話 friend's side『非日常への抜け穴』
3-2 ばれてら
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「神崎さん今日なんか暗い?」
帰りのホームルームが終わるなり、鈴森さんに背中を突かれた。
「暗い?」
復唱して教室の天井を見上げ、窓の外に目をやる。
「いやいや、神崎さんがなんか暗いなってこと」
「え、そうかな」
改めて鈴森さんの顔を見る。眠たそうな目つきの中に、いつも通りの気楽な笑顔は無い。冗談で言っているのではないと判断するものの、思いもしない指摘だった。
「いや、気のせいだったら良いんだけどさあ。いつもこの時間、後ろから見てるだけでも楽しそうだったのにさ、今日はなんか違うっていうか」
「いつもそういう風に見えてたの」
クールなキャラを忘れて声を張り上げてしまった。慧真が来るのを笑顔を抑えながら待っていたのがばれていたっていうのか。私が思わず感情を出してしまったせいか、鈴森さんの表情にうっすらと明かりがともった。
「見えるよー当たり前じゃん。だけど今日はぼうっとしちゃってさ。慧真ちゃんと何かあったのかなーって」
「いや、別に――」
あったけど。昨日は、いろんなことが。だけど鈴森さんが心配しているようなことは――
「ない、けど」
「けど?」
「ああ、ごめん、つい付け足しちゃったっていうか。本当に何もない」
ふうん、という疑わしそうな返事。
「まあ、あっちは何もなさそうだし信じることにするよ」
あっち。鈴森さんが横目で見る方向には、たぶんいつも通りの慧真がいるのだろう。
「でもさ、何かあったら教えてね。その時は慧真ちゃんから神崎さんのこと寝取るから」
「はあ?」
私が声を裏返すのと同時に、ころころと笑いだす鈴森さん。
「だから、そういうのじゃないって」
「おー、今日はツッコんでくれるのか」
なんのこともなく訪れる、いつも通りの二人の空気。それでようやく、彼女の心配を素直に受け取ることができた。
「慧真と仲悪くなるようなことは本当に何もなくて、ちょっと今日は他に考え事があったんだ。でも、なんか気にさせちゃってごめん」
「ううん。勝手に気にしただけだから。慧真ちゃんのこと大好きな神崎さんのこと見てるの、楽しくて好きだからさ」
「いや、なにそれ」
小麦色の笑顔を真正面から見ていられなくて、廊下へ目をやった。気づいた慧真が、いつも通りに手を振ってくる。
「じゃ、ばいばい」
立ち上がる鈴森さん。いつも、私は迎えに来た慧真の所へ行ってしまうから、私と鈴森さんとの短い時間は私が慧真に気づいたときに終わる。今日も、だからこれが、いつも通りの流れ。
スポーツバッグを肩にかけて背を向けようとする彼女に、だけど今日は、声をかけた。
「鈴森さん、心配してくれるなんて――本当に心配されるようなことは何もないんだけど、嬉しかった。ありがとう」
びっくりしたみたいな鈴森さんの顔。すぐに、眠たそうにはにかんで、背を向ける。まだ二か月くらいしか一緒にいない彼女の、それでも意外な一面だった。
「照れさせんなって。私もらしくないことしちゃってごめんよ。次はクールにいこうぜー」
鈴森さんはそのまま教室を出て、廊下ですれ違う際には慧真にも軽く声をかけて、そして私の視界から消えて行った。彼女の姿が見えなくなるまで慧真のもとへ向かわなかったのは、なんだか気恥ずかしかったからだ。
なんだか、衝撃だった。鈴森さんに、思いの外よく見られていたということが。考え事をしていていつもの慧真への待ち遠しさを忘れていたことは事実だったし、さっきの口ぶりだと、私が普段クールぶっていることもお見通しだったのかも知れない。
慧真はいつも通り廊下で私を出迎えると、いつも通り嬉しそうに笑顔を咲かせる。昨日のことなんてなかったみたいな笑顔。昨日のことがあったからこその笑顔。
部活の無い今日みたいな日でも、慧真は私と一緒に帰るためにこうして迎えに来る。いつもなら嬉しいだけのこの日常が、私の考え事の原因だった。本当は何も気にせず慧真と帰りたいけれど、昼休みで篠山にああ言われた手前、相談室へ行くという用事をすっぽかすのはなんだかとてもマズい気がする。
と、言うよりも。すっぽかしたいんだ、本当は。なんだか、怖いし。
取り上げられちゃうかも知れないし。この能力。
バトルになったらどうしよう、とか。
アニメみたいなことを考えてしまったせいで、私は頬を押さえる羽目になった。
「慧真、せっかく迎えに来てくれたけど、ごめん。今日なんだけど、帰る前に寄るところがあって……今日は北沢さんとか誘って帰りなよ」
少しきょとんとした顔をされたけれど、慧真は思いの外あっさりと承諾して、また明日ね、と去っていく。
なんだか拍子抜け。ただをこねて欲しかったな、だなんて考えてしまう。私の用事なんてお構いなしに一緒に帰ろうよって言ってくれたら、それを言い訳にして相談室へ行くのをすっぽかしたのにな、だなんて。
慧真は良い子だから、そんなこと言わないのは分かってたんだけど。
――さて、と。
相談室か。どこだっけ。確か、別の棟の一階だったか。入学時に説明を聞いたきりで、どうせ無関係だからと頭に入れていなかった。
帰りのホームルームが終わるなり、鈴森さんに背中を突かれた。
「暗い?」
復唱して教室の天井を見上げ、窓の外に目をやる。
「いやいや、神崎さんがなんか暗いなってこと」
「え、そうかな」
改めて鈴森さんの顔を見る。眠たそうな目つきの中に、いつも通りの気楽な笑顔は無い。冗談で言っているのではないと判断するものの、思いもしない指摘だった。
「いや、気のせいだったら良いんだけどさあ。いつもこの時間、後ろから見てるだけでも楽しそうだったのにさ、今日はなんか違うっていうか」
「いつもそういう風に見えてたの」
クールなキャラを忘れて声を張り上げてしまった。慧真が来るのを笑顔を抑えながら待っていたのがばれていたっていうのか。私が思わず感情を出してしまったせいか、鈴森さんの表情にうっすらと明かりがともった。
「見えるよー当たり前じゃん。だけど今日はぼうっとしちゃってさ。慧真ちゃんと何かあったのかなーって」
「いや、別に――」
あったけど。昨日は、いろんなことが。だけど鈴森さんが心配しているようなことは――
「ない、けど」
「けど?」
「ああ、ごめん、つい付け足しちゃったっていうか。本当に何もない」
ふうん、という疑わしそうな返事。
「まあ、あっちは何もなさそうだし信じることにするよ」
あっち。鈴森さんが横目で見る方向には、たぶんいつも通りの慧真がいるのだろう。
「でもさ、何かあったら教えてね。その時は慧真ちゃんから神崎さんのこと寝取るから」
「はあ?」
私が声を裏返すのと同時に、ころころと笑いだす鈴森さん。
「だから、そういうのじゃないって」
「おー、今日はツッコんでくれるのか」
なんのこともなく訪れる、いつも通りの二人の空気。それでようやく、彼女の心配を素直に受け取ることができた。
「慧真と仲悪くなるようなことは本当に何もなくて、ちょっと今日は他に考え事があったんだ。でも、なんか気にさせちゃってごめん」
「ううん。勝手に気にしただけだから。慧真ちゃんのこと大好きな神崎さんのこと見てるの、楽しくて好きだからさ」
「いや、なにそれ」
小麦色の笑顔を真正面から見ていられなくて、廊下へ目をやった。気づいた慧真が、いつも通りに手を振ってくる。
「じゃ、ばいばい」
立ち上がる鈴森さん。いつも、私は迎えに来た慧真の所へ行ってしまうから、私と鈴森さんとの短い時間は私が慧真に気づいたときに終わる。今日も、だからこれが、いつも通りの流れ。
スポーツバッグを肩にかけて背を向けようとする彼女に、だけど今日は、声をかけた。
「鈴森さん、心配してくれるなんて――本当に心配されるようなことは何もないんだけど、嬉しかった。ありがとう」
びっくりしたみたいな鈴森さんの顔。すぐに、眠たそうにはにかんで、背を向ける。まだ二か月くらいしか一緒にいない彼女の、それでも意外な一面だった。
「照れさせんなって。私もらしくないことしちゃってごめんよ。次はクールにいこうぜー」
鈴森さんはそのまま教室を出て、廊下ですれ違う際には慧真にも軽く声をかけて、そして私の視界から消えて行った。彼女の姿が見えなくなるまで慧真のもとへ向かわなかったのは、なんだか気恥ずかしかったからだ。
なんだか、衝撃だった。鈴森さんに、思いの外よく見られていたということが。考え事をしていていつもの慧真への待ち遠しさを忘れていたことは事実だったし、さっきの口ぶりだと、私が普段クールぶっていることもお見通しだったのかも知れない。
慧真はいつも通り廊下で私を出迎えると、いつも通り嬉しそうに笑顔を咲かせる。昨日のことなんてなかったみたいな笑顔。昨日のことがあったからこその笑顔。
部活の無い今日みたいな日でも、慧真は私と一緒に帰るためにこうして迎えに来る。いつもなら嬉しいだけのこの日常が、私の考え事の原因だった。本当は何も気にせず慧真と帰りたいけれど、昼休みで篠山にああ言われた手前、相談室へ行くという用事をすっぽかすのはなんだかとてもマズい気がする。
と、言うよりも。すっぽかしたいんだ、本当は。なんだか、怖いし。
取り上げられちゃうかも知れないし。この能力。
バトルになったらどうしよう、とか。
アニメみたいなことを考えてしまったせいで、私は頬を押さえる羽目になった。
「慧真、せっかく迎えに来てくれたけど、ごめん。今日なんだけど、帰る前に寄るところがあって……今日は北沢さんとか誘って帰りなよ」
少しきょとんとした顔をされたけれど、慧真は思いの外あっさりと承諾して、また明日ね、と去っていく。
なんだか拍子抜け。ただをこねて欲しかったな、だなんて考えてしまう。私の用事なんてお構いなしに一緒に帰ろうよって言ってくれたら、それを言い訳にして相談室へ行くのをすっぽかしたのにな、だなんて。
慧真は良い子だから、そんなこと言わないのは分かってたんだけど。
――さて、と。
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