12 / 45
第二話
お話希望①
しおりを挟む
信号機が黄色い明かりを点滅させていたので、わたしはおおよその時間を知ることができた。
わたしの留まっている道路の両端は二本の横断歩道によって仕切られるようなかたちになっていて、その横断歩道を利用する歩行者のための信号と、この通りを出入りする車両用の信号機がそれぞれに設置されている。
夜中になるとほとんど交通のないこの場所の信号機は、日付が変わると夜が明けるまでの間、こうして黄色い明かりを点滅させるのだ。
あの二人はこんな真夜中に、幽霊の出た場所に赴いたのだということになる。
お互い、友人の手前では強がっていても、本当はずっと怖がっていたのに違いない。
何も起こることがないように、幽霊に出くわしたりしないように、願っていたのに違いない。
そんな二人の前に、よくもまあ、わたしは無神経にも姿を現すことができたものだ。
もう、彼らがこの場所に来ることはないのだろうか。
それとも、再び幽霊退治にやって来るのだろうか。
わたしを退治しに、戻って来るのだろうか。
街灯の少ない十字路が、信号機の点滅にあわせて単色に彩られている。
毎日毎日見てきた味気ない風景が、今夜はいっそう空しく映る。
青信号を待つ歩行者さながらに横断歩道の前に立ち尽くしながら、わたしは浅くため息をついた。
わたしの生前にも、この場所では除霊が行われたことがある。
それは肝試しの一貫のような今回の幽霊退治とは違い、もっと本格的なーーいかにもそれらしい出で立ちの人物を含む大所帯でのーー除霊作戦だった。
当時、近所に住んでいたわたしは、ちらりとその様子を見たことがあった。
今では騒ぎが静まっているせいで、この場所が心霊スポットであったことなんてきっと忘れ去られているのだろうけれど、あの頃は、心霊現象の絶えない危険な場所として近所では有名だったのである。
この場所で事故によって亡くなってしまった女の子が化けて出て、横断歩道の前で信号待ちをしている人を車道に突き倒そうとする。
口々に語られていたこの噂は、今現在実際に悪霊の少女がこの場所に留まっている以上、真実だったのだろう。
命に関わる重大な問題として、子供たちはもちろんのこと、オカルトには興味のなさそうな大人たちでさえ、この霊現象に頭を抱え、この場所を避けた。
誰が言い出したのだろうか、信号待ちの際には車道から十分に距離を置くように、というありきたりな対策案までもが生まれた。
当時のわたしも、周りの皆と同じように怖がっていた。
同時に、きっとどこかで面白がっていたんだと思う。
それもまた、周りの皆と同じように。
なにしろあの頃にはまだ、危険な目に遭ったという体験談こそあったものの、死者が出るまでには至っていなかったのだ。
今回の彼らも、もしかしたらあの頃のわたしと同じだったのかも知れない。
怖さ半分、冗談半分でこの場所にやって来たのかも知れない。
だとすればお札だけを用意して、その使い方も分からずにたった二人で、しかも真夜中に赴いたことにも納得がいく。
気の弱そうな彼氏さんのことだ。彼一人でこんなことを思い立つとは考えにくい。
あの腕白そうな、ハルヒコさんにたぶらかされたのだろう。
ハルヒコさんはハルヒコさんで、ひょっとすると幽霊の存在なんて信じていなかった可能性すらある。
幽霊退治だと言いながらそれらしいことをやって見せれば、落ち込んでいる友人を元気づけることができるのではないか、という目論見があっての行動だったのかも知れない。
そう考えると、幽霊退治にやって来た二人の行動に一喜一憂していた自分が、なんだか途端にばからしく感じられてしまう。
わたしはただ、肝試しにやって来た二人の姿を見て気持ちを浮き沈みさせていただけなのだ。
彼らと友好的に接したいというわたしの願望は果たされなかったけれど、彼らの無計画な肝試しに一つ山を作ってあげたのだということにしてみれば、幾分か気が晴れる。
そう考えれば、いくらかの慰めにもなる。
車両用の信号機を見上げる。
相も変わらず同じ色を、同じリズムで点滅させている。
足元を見て、もう一度見上げても、やっぱり何も変わらなかった。
信号機から視線をはずしても、同じ色が同じ周期で辺りを照らしているだけ。
そんなことは足元を見た時から、いや、それよりもずっと前から分かっていること。
そんな点滅信号も、朝になれば赤にだって青にだって変わるようになる。
そう考えるのが一番なんだと、朝になれば思えるようになる。
目を閉じた。
真っ暗な世界。
忘れよう、と心の中でつぶやいて、それから実際に、忘れよう、と口にした。こんなことでも、気休め程度にはなってくれるはずだ。
だけど、そんなことで忘れられるわけがない。
気が晴れるわけがなかった。
わたしの留まっている道路の両端は二本の横断歩道によって仕切られるようなかたちになっていて、その横断歩道を利用する歩行者のための信号と、この通りを出入りする車両用の信号機がそれぞれに設置されている。
夜中になるとほとんど交通のないこの場所の信号機は、日付が変わると夜が明けるまでの間、こうして黄色い明かりを点滅させるのだ。
あの二人はこんな真夜中に、幽霊の出た場所に赴いたのだということになる。
お互い、友人の手前では強がっていても、本当はずっと怖がっていたのに違いない。
何も起こることがないように、幽霊に出くわしたりしないように、願っていたのに違いない。
そんな二人の前に、よくもまあ、わたしは無神経にも姿を現すことができたものだ。
もう、彼らがこの場所に来ることはないのだろうか。
それとも、再び幽霊退治にやって来るのだろうか。
わたしを退治しに、戻って来るのだろうか。
街灯の少ない十字路が、信号機の点滅にあわせて単色に彩られている。
毎日毎日見てきた味気ない風景が、今夜はいっそう空しく映る。
青信号を待つ歩行者さながらに横断歩道の前に立ち尽くしながら、わたしは浅くため息をついた。
わたしの生前にも、この場所では除霊が行われたことがある。
それは肝試しの一貫のような今回の幽霊退治とは違い、もっと本格的なーーいかにもそれらしい出で立ちの人物を含む大所帯でのーー除霊作戦だった。
当時、近所に住んでいたわたしは、ちらりとその様子を見たことがあった。
今では騒ぎが静まっているせいで、この場所が心霊スポットであったことなんてきっと忘れ去られているのだろうけれど、あの頃は、心霊現象の絶えない危険な場所として近所では有名だったのである。
この場所で事故によって亡くなってしまった女の子が化けて出て、横断歩道の前で信号待ちをしている人を車道に突き倒そうとする。
口々に語られていたこの噂は、今現在実際に悪霊の少女がこの場所に留まっている以上、真実だったのだろう。
命に関わる重大な問題として、子供たちはもちろんのこと、オカルトには興味のなさそうな大人たちでさえ、この霊現象に頭を抱え、この場所を避けた。
誰が言い出したのだろうか、信号待ちの際には車道から十分に距離を置くように、というありきたりな対策案までもが生まれた。
当時のわたしも、周りの皆と同じように怖がっていた。
同時に、きっとどこかで面白がっていたんだと思う。
それもまた、周りの皆と同じように。
なにしろあの頃にはまだ、危険な目に遭ったという体験談こそあったものの、死者が出るまでには至っていなかったのだ。
今回の彼らも、もしかしたらあの頃のわたしと同じだったのかも知れない。
怖さ半分、冗談半分でこの場所にやって来たのかも知れない。
だとすればお札だけを用意して、その使い方も分からずにたった二人で、しかも真夜中に赴いたことにも納得がいく。
気の弱そうな彼氏さんのことだ。彼一人でこんなことを思い立つとは考えにくい。
あの腕白そうな、ハルヒコさんにたぶらかされたのだろう。
ハルヒコさんはハルヒコさんで、ひょっとすると幽霊の存在なんて信じていなかった可能性すらある。
幽霊退治だと言いながらそれらしいことをやって見せれば、落ち込んでいる友人を元気づけることができるのではないか、という目論見があっての行動だったのかも知れない。
そう考えると、幽霊退治にやって来た二人の行動に一喜一憂していた自分が、なんだか途端にばからしく感じられてしまう。
わたしはただ、肝試しにやって来た二人の姿を見て気持ちを浮き沈みさせていただけなのだ。
彼らと友好的に接したいというわたしの願望は果たされなかったけれど、彼らの無計画な肝試しに一つ山を作ってあげたのだということにしてみれば、幾分か気が晴れる。
そう考えれば、いくらかの慰めにもなる。
車両用の信号機を見上げる。
相も変わらず同じ色を、同じリズムで点滅させている。
足元を見て、もう一度見上げても、やっぱり何も変わらなかった。
信号機から視線をはずしても、同じ色が同じ周期で辺りを照らしているだけ。
そんなことは足元を見た時から、いや、それよりもずっと前から分かっていること。
そんな点滅信号も、朝になれば赤にだって青にだって変わるようになる。
そう考えるのが一番なんだと、朝になれば思えるようになる。
目を閉じた。
真っ暗な世界。
忘れよう、と心の中でつぶやいて、それから実際に、忘れよう、と口にした。こんなことでも、気休め程度にはなってくれるはずだ。
だけど、そんなことで忘れられるわけがない。
気が晴れるわけがなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】25年の人生に悔いがあるとしたら
緋水晶
恋愛
最長でも25歳までしか生きられないと言われた女性が20歳になって気づいたやり残したこと、それは…。
今回も猫戸針子様に表紙の文字入れのご協力をいただきました!
是非猫戸様の作品も応援よろしくお願いいたします(*ˊᗜˋ)
※イラスト部分はゲームアプリにて作成しております
もう一つの参加作品「私、一目惚れされるの死ぬほど嫌いなんです」もよろしくお願いします(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)”
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる