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第六話
懺悔と独白③
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「君の友人の様子がおかしかった原因が何なのか、正直に言えば、私には分からないよ。ただ、ここには間違いなく、二人の霊がいる」
口元と同じく深いしわの寄った細い目の奥に、何か、穏やかな光が揺れている。
辺りを見渡してみせたウラマチさんと目が合ったような気がしてしまい、わたしは身を擦り減らされる思いで次の言葉を待った。
空になったらしい缶を片手に、ハルヒコさんもウラマチさんの言葉を待ちわびているようだった。
「幽霊がいるかいないかだったら、いない方が良い。そんなものに実在されては困る、今はそんな社会だからね。だから、ここに霊がいるのなら、君の友人の話は別にしても、いなくなってもらうべきだよ。もちろん、二人ともだ」
「さっきと言ってることが違うじゃないですか」
ハルヒコさんの言葉に、わたしも顔を青くしながら賛同する。
車から降りて来た時の口ぶりからすれば、幽霊退治はしないという話になっていたのではないのか。
「私の見立てでは、被害者の方の幽霊ぐらいなら、簡単に成仏させられるだろうさ」
ハルヒコさんの指摘も無視して、ウラマチさんは笑う。
冗談めかしてはいても、嘘のない笑顔。
以前にハルヒコさんがお札を持って来た時には感じなかった絶望感に襲われ、わたしの全身からは力が抜け出てしまった。
「やるんですか、結局。退治させるなって、あいつに頼まれたんですけどね。ウラマチさんがやるって言うんなら、もう止めませんけど……おれは幽霊なんかよりも、後が怖いですよ」
どうやらハルヒコさんには、彼氏さんとの約束をかたくなに守ろうという気はないらしい。
無理もないか。
ハルヒコさんには、わたしに怖い思いをさせられた記憶しかないのだから。
身の危険を感じた。
退治されてしまう。
成仏するとどうなるのだろう。
あの世とやらに送られてしまうのだろうか。
あの世なんていうものが、本当にあるのだろうか。
消えてしまうのだろうか、わたしは。
逃げ出す気にもなれなくて、わたしは指先ひとつ動かすこともできなくなっていた。
わたしの行動できる範囲はこの一本道の中だけ。
逃げ切れるわけがない。
ウラマチさんが、笑う。
わたしの無力さを見透かしているかのような、穏やかな笑み。
「いや、さっきも言っただろう。君らの友情に響くような結果にはならないと」
「じゃあ、除霊しないって言うんですか。幽霊はいない方が良いんですよね、しかもそれが簡単だって言うなら、やることは一つじゃないですか」
「君は除霊して欲しくないのかして欲しいのか、いったいどっちなんだ。私の言い方が悪かったかね。つまり私は、やらないと言っているんだよ」
小ばかにするような言葉にハルヒコさんは口を尖らせながら、空き缶を捨てた。
がしゃ、とごみ箱が鳴く声を聞いて、わたしはようやくウラマチさんの言ったことの意味を理解する。
ほっとする気持ちが強すぎて、やっぱりわたしは動くことができなかった。
「残念なことに、悪霊の方は力が強すぎてね。退治は困難と言うか、少なくとも、私には不可能なのだよ。それなのに、そっちを放っておいて、後輩幽霊の方を成仏させてしまったら……」
「危険ってわけですか」
ハルヒコさんの言葉に満足そうに頷いて、ウラマチさんは緑茶を飲んだ。
それで、ウラマチさんのペットボトルは空になった。
「そういうわけだ。つまり、今日、君や君の友達が何と言ったところで、幽霊退治をするつもりは、はなからなかったよ」
「うわ、酷いな。おれがあんなに頼み込んだのに、最初からやる気なしだったなんて」
ハルヒコさんの苦笑を見たせいか、ようやく全身の緊張が解けて、へなへなとその場に座り込んでしまう。
こんな姿が二人に見られていたらと思うと、赤面を禁じ得なかった。
「状況によっては、何かしら策を講じるつもりでいたのは確かだよ。ただ、君の友人に関しての問題が解決した今、下手に手出しをするのは得策ではないと判断しただけだ」
「本当に、放っておいて大丈夫ですかねぇ。悪霊ですよ」
だから、あなたは除霊して欲しいのかそうでないのか、どっちなんですか。
不満そうなハルヒコさんに、わたしは心中でウラマチさんの言葉を真似てしまう。
急に余裕の戻った自分のことが可笑しくて、わたしは声をあげて笑っていた。
こんな姿も、絶対に見られたくないな。
口元と同じく深いしわの寄った細い目の奥に、何か、穏やかな光が揺れている。
辺りを見渡してみせたウラマチさんと目が合ったような気がしてしまい、わたしは身を擦り減らされる思いで次の言葉を待った。
空になったらしい缶を片手に、ハルヒコさんもウラマチさんの言葉を待ちわびているようだった。
「幽霊がいるかいないかだったら、いない方が良い。そんなものに実在されては困る、今はそんな社会だからね。だから、ここに霊がいるのなら、君の友人の話は別にしても、いなくなってもらうべきだよ。もちろん、二人ともだ」
「さっきと言ってることが違うじゃないですか」
ハルヒコさんの言葉に、わたしも顔を青くしながら賛同する。
車から降りて来た時の口ぶりからすれば、幽霊退治はしないという話になっていたのではないのか。
「私の見立てでは、被害者の方の幽霊ぐらいなら、簡単に成仏させられるだろうさ」
ハルヒコさんの指摘も無視して、ウラマチさんは笑う。
冗談めかしてはいても、嘘のない笑顔。
以前にハルヒコさんがお札を持って来た時には感じなかった絶望感に襲われ、わたしの全身からは力が抜け出てしまった。
「やるんですか、結局。退治させるなって、あいつに頼まれたんですけどね。ウラマチさんがやるって言うんなら、もう止めませんけど……おれは幽霊なんかよりも、後が怖いですよ」
どうやらハルヒコさんには、彼氏さんとの約束をかたくなに守ろうという気はないらしい。
無理もないか。
ハルヒコさんには、わたしに怖い思いをさせられた記憶しかないのだから。
身の危険を感じた。
退治されてしまう。
成仏するとどうなるのだろう。
あの世とやらに送られてしまうのだろうか。
あの世なんていうものが、本当にあるのだろうか。
消えてしまうのだろうか、わたしは。
逃げ出す気にもなれなくて、わたしは指先ひとつ動かすこともできなくなっていた。
わたしの行動できる範囲はこの一本道の中だけ。
逃げ切れるわけがない。
ウラマチさんが、笑う。
わたしの無力さを見透かしているかのような、穏やかな笑み。
「いや、さっきも言っただろう。君らの友情に響くような結果にはならないと」
「じゃあ、除霊しないって言うんですか。幽霊はいない方が良いんですよね、しかもそれが簡単だって言うなら、やることは一つじゃないですか」
「君は除霊して欲しくないのかして欲しいのか、いったいどっちなんだ。私の言い方が悪かったかね。つまり私は、やらないと言っているんだよ」
小ばかにするような言葉にハルヒコさんは口を尖らせながら、空き缶を捨てた。
がしゃ、とごみ箱が鳴く声を聞いて、わたしはようやくウラマチさんの言ったことの意味を理解する。
ほっとする気持ちが強すぎて、やっぱりわたしは動くことができなかった。
「残念なことに、悪霊の方は力が強すぎてね。退治は困難と言うか、少なくとも、私には不可能なのだよ。それなのに、そっちを放っておいて、後輩幽霊の方を成仏させてしまったら……」
「危険ってわけですか」
ハルヒコさんの言葉に満足そうに頷いて、ウラマチさんは緑茶を飲んだ。
それで、ウラマチさんのペットボトルは空になった。
「そういうわけだ。つまり、今日、君や君の友達が何と言ったところで、幽霊退治をするつもりは、はなからなかったよ」
「うわ、酷いな。おれがあんなに頼み込んだのに、最初からやる気なしだったなんて」
ハルヒコさんの苦笑を見たせいか、ようやく全身の緊張が解けて、へなへなとその場に座り込んでしまう。
こんな姿が二人に見られていたらと思うと、赤面を禁じ得なかった。
「状況によっては、何かしら策を講じるつもりでいたのは確かだよ。ただ、君の友人に関しての問題が解決した今、下手に手出しをするのは得策ではないと判断しただけだ」
「本当に、放っておいて大丈夫ですかねぇ。悪霊ですよ」
だから、あなたは除霊して欲しいのかそうでないのか、どっちなんですか。
不満そうなハルヒコさんに、わたしは心中でウラマチさんの言葉を真似てしまう。
急に余裕の戻った自分のことが可笑しくて、わたしは声をあげて笑っていた。
こんな姿も、絶対に見られたくないな。
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