赤信号が変わるまで

いちどめし

文字の大きさ
40 / 45
第六話

懺悔と独白③

しおりを挟む
「君の友人の様子がおかしかった原因が何なのか、正直に言えば、私には分からないよ。ただ、ここには間違いなく、二人の霊がいる」

 口元と同じく深いしわの寄った細い目の奥に、何か、穏やかな光が揺れている。
 辺りを見渡してみせたウラマチさんと目が合ったような気がしてしまい、わたしは身を擦り減らされる思いで次の言葉を待った。

 空になったらしい缶を片手に、ハルヒコさんもウラマチさんの言葉を待ちわびているようだった。

「幽霊がいるかいないかだったら、いない方が良い。そんなものに実在されては困る、今はそんな社会だからね。だから、ここに霊がいるのなら、君の友人の話は別にしても、いなくなってもらうべきだよ。もちろん、二人ともだ」

「さっきと言ってることが違うじゃないですか」

 ハルヒコさんの言葉に、わたしも顔を青くしながら賛同する。
 車から降りて来た時の口ぶりからすれば、幽霊退治はしないという話になっていたのではないのか。

「私の見立てでは、被害者の方の幽霊ぐらいなら、簡単に成仏させられるだろうさ」

 ハルヒコさんの指摘も無視して、ウラマチさんは笑う。

 冗談めかしてはいても、嘘のない笑顔。
 以前にハルヒコさんがお札を持って来た時には感じなかった絶望感に襲われ、わたしの全身からは力が抜け出てしまった。

「やるんですか、結局。退治させるなって、あいつに頼まれたんですけどね。ウラマチさんがやるって言うんなら、もう止めませんけど……おれは幽霊なんかよりも、後が怖いですよ」

 どうやらハルヒコさんには、彼氏さんとの約束をかたくなに守ろうという気はないらしい。
 無理もないか。
 ハルヒコさんには、わたしに怖い思いをさせられた記憶しかないのだから。

 身の危険を感じた。
 退治されてしまう。
 成仏するとどうなるのだろう。
 あの世とやらに送られてしまうのだろうか。
 あの世なんていうものが、本当にあるのだろうか。
 消えてしまうのだろうか、わたしは。

 逃げ出す気にもなれなくて、わたしは指先ひとつ動かすこともできなくなっていた。
 わたしの行動できる範囲はこの一本道の中だけ。
 逃げ切れるわけがない。

 ウラマチさんが、笑う。
 わたしの無力さを見透かしているかのような、穏やかな笑み。

「いや、さっきも言っただろう。君らの友情に響くような結果にはならないと」

「じゃあ、除霊しないって言うんですか。幽霊はいない方が良いんですよね、しかもそれが簡単だって言うなら、やることは一つじゃないですか」

「君は除霊して欲しくないのかして欲しいのか、いったいどっちなんだ。私の言い方が悪かったかね。つまり私は、やらないと言っているんだよ」

 小ばかにするような言葉にハルヒコさんは口を尖らせながら、空き缶を捨てた。

 がしゃ、とごみ箱が鳴く声を聞いて、わたしはようやくウラマチさんの言ったことの意味を理解する。
 ほっとする気持ちが強すぎて、やっぱりわたしは動くことができなかった。

「残念なことに、悪霊の方は力が強すぎてね。退治は困難と言うか、少なくとも、私には不可能なのだよ。それなのに、そっちを放っておいて、後輩幽霊の方を成仏させてしまったら……」

「危険ってわけですか」

 ハルヒコさんの言葉に満足そうに頷いて、ウラマチさんは緑茶を飲んだ。
 それで、ウラマチさんのペットボトルは空になった。

「そういうわけだ。つまり、今日、君や君の友達が何と言ったところで、幽霊退治をするつもりは、はなからなかったよ」

「うわ、酷いな。おれがあんなに頼み込んだのに、最初からやる気なしだったなんて」

 ハルヒコさんの苦笑を見たせいか、ようやく全身の緊張が解けて、へなへなとその場に座り込んでしまう。
 こんな姿が二人に見られていたらと思うと、赤面を禁じ得なかった。

「状況によっては、何かしら策を講じるつもりでいたのは確かだよ。ただ、君の友人に関しての問題が解決した今、下手に手出しをするのは得策ではないと判断しただけだ」

「本当に、放っておいて大丈夫ですかねぇ。悪霊ですよ」

 だから、あなたは除霊して欲しいのかそうでないのか、どっちなんですか。
 不満そうなハルヒコさんに、わたしは心中でウラマチさんの言葉を真似てしまう。
 急に余裕の戻った自分のことが可笑しくて、わたしは声をあげて笑っていた。

 こんな姿も、絶対に見られたくないな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...