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第六話
懺悔と独白④
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「改心してくれるかは分からないな。しかしね、彼女がいれば大丈夫さ」
「彼女っていうと」
「被害者の霊さ。モモイくん、君も見ただろう、車道に倒れてきたはずの友人が、どういうわけだか、その反対側に飛んで行ったのを」
飛んで行った。
そんな風に見えていたのか。
変に力が入って、露骨にやりすぎたかも知れない。
「彼を突き倒そうとしたのは、まぁ間違いなく悪霊だよ。そして、それを助けたのが、恐らくは被害者の霊だ。つまり、悪霊による被害は、彼女が事前に防いでくれているということさ」
そこまで言うと、ウラマチさんは何の余韻もなく声の調子を変えて、
「さて、そろそろ帰るとしよう」
なんとも気楽そうに、制帽のつばに触れた。
戸惑った様子を見せながらもタクシーへ戻って行くハルヒコさん。
しかしウラマチさんは身体の向きを変えて、自動販売機と向き合ったまま立ち止っていた。
購入する飲み物を選んでいるという感じでもない。
立ち上がって彼の横顔を見てみると、細い目の奥で、穏やかな光がどこか遠くを眺めているようだった。
「それにしてもお嬢さん」
ハルヒコさんと話していた時とは違う、擦り切れたような小さな声。
「こんな時間に、こんな何もない場所で、いったい」
何をしているんですか。
声に出すまでもない言葉が頭の中に響いてきたのは、ウラマチさんがこちらを向いたせいだった。
穏やかとしか表現のしようがない声色。
ぞくりとした。
ウラマチさんにはわたしの姿が見えていたのだということだろうか。
わたしは、彼らの話を聞いている間はずっと、姿を消しているつもりだったというのに。
「ああ、いや、ね」
わたしが困惑していることに気づいていないのか、穏やかな口調は小声のままで続ける。
「訳知り顔で、しかも堂々と立ち聞きをしているようでしたのでね。つい、疑ってみたくなってしまったのですよ。もしかして、あなたーー」
ハルヒコさんがタクシーに乗り込んで、ドアの閉まる音が薄明りの中に響き渡った。
「幽霊じゃ、ありませんよね」
あまりにも無意味な質問に、わたしは眉一つ動かすことができなかった。
わたしに返事がないことを肯定ととらえたのか、わたしが幽霊であることを最初から分かっていたからなのか、ウラマチさんは大きく息を吸い、吐き出してから、そうですか、とでも言うようにして軽く咳払いをした。
「それにしても、胆の据わったお嬢さんだ。幽霊退治の話をしていた時に、私はてっきり、逃げられてしまうとばかり思っていましたよ」
「逃げた方が、良かったでしょうか」
わたしがぽつりと言い返すと、ウラマチさんは口元に笑みを作ってから、自動販売機の方向へ視線を戻した。
「逃げられなかったら話そう、と、自分に都合の良い賭けをしていましてね」
「話そう?」
「話しておきたいといいますか、話さなければいけないといいますか、そんなところです」
横顔からは、どういうわけだか表情を読み取ることができない。
目じりに深く刻まれた、しわのせいだろうか。
「あなたの霊がここに留まっているということは、もう何年も前から分かってしました。合わせる顔がない、と、長らくこの場所のことは避けていたのですが……最近になって、あなたと話す踏ん切りがつきましてね。タクシーの運転手としてこの道を通っていれば、あわよくば、あなたが乗ってきたりするのではないか、と」
「彼女っていうと」
「被害者の霊さ。モモイくん、君も見ただろう、車道に倒れてきたはずの友人が、どういうわけだか、その反対側に飛んで行ったのを」
飛んで行った。
そんな風に見えていたのか。
変に力が入って、露骨にやりすぎたかも知れない。
「彼を突き倒そうとしたのは、まぁ間違いなく悪霊だよ。そして、それを助けたのが、恐らくは被害者の霊だ。つまり、悪霊による被害は、彼女が事前に防いでくれているということさ」
そこまで言うと、ウラマチさんは何の余韻もなく声の調子を変えて、
「さて、そろそろ帰るとしよう」
なんとも気楽そうに、制帽のつばに触れた。
戸惑った様子を見せながらもタクシーへ戻って行くハルヒコさん。
しかしウラマチさんは身体の向きを変えて、自動販売機と向き合ったまま立ち止っていた。
購入する飲み物を選んでいるという感じでもない。
立ち上がって彼の横顔を見てみると、細い目の奥で、穏やかな光がどこか遠くを眺めているようだった。
「それにしてもお嬢さん」
ハルヒコさんと話していた時とは違う、擦り切れたような小さな声。
「こんな時間に、こんな何もない場所で、いったい」
何をしているんですか。
声に出すまでもない言葉が頭の中に響いてきたのは、ウラマチさんがこちらを向いたせいだった。
穏やかとしか表現のしようがない声色。
ぞくりとした。
ウラマチさんにはわたしの姿が見えていたのだということだろうか。
わたしは、彼らの話を聞いている間はずっと、姿を消しているつもりだったというのに。
「ああ、いや、ね」
わたしが困惑していることに気づいていないのか、穏やかな口調は小声のままで続ける。
「訳知り顔で、しかも堂々と立ち聞きをしているようでしたのでね。つい、疑ってみたくなってしまったのですよ。もしかして、あなたーー」
ハルヒコさんがタクシーに乗り込んで、ドアの閉まる音が薄明りの中に響き渡った。
「幽霊じゃ、ありませんよね」
あまりにも無意味な質問に、わたしは眉一つ動かすことができなかった。
わたしに返事がないことを肯定ととらえたのか、わたしが幽霊であることを最初から分かっていたからなのか、ウラマチさんは大きく息を吸い、吐き出してから、そうですか、とでも言うようにして軽く咳払いをした。
「それにしても、胆の据わったお嬢さんだ。幽霊退治の話をしていた時に、私はてっきり、逃げられてしまうとばかり思っていましたよ」
「逃げた方が、良かったでしょうか」
わたしがぽつりと言い返すと、ウラマチさんは口元に笑みを作ってから、自動販売機の方向へ視線を戻した。
「逃げられなかったら話そう、と、自分に都合の良い賭けをしていましてね」
「話そう?」
「話しておきたいといいますか、話さなければいけないといいますか、そんなところです」
横顔からは、どういうわけだか表情を読み取ることができない。
目じりに深く刻まれた、しわのせいだろうか。
「あなたの霊がここに留まっているということは、もう何年も前から分かってしました。合わせる顔がない、と、長らくこの場所のことは避けていたのですが……最近になって、あなたと話す踏ん切りがつきましてね。タクシーの運転手としてこの道を通っていれば、あわよくば、あなたが乗ってきたりするのではないか、と」
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