顎髭

いちどめし

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髭のある男

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「壊すんですか?」
 僕は膝をつき、リツトさんに問う。
 リツトさんは眉一つ動かさない。
「壊すんじゃない。殺すんだ」
 僕の額に銃を突きつけ、リツトさんは言う。
「追ってきたぜ、ボロワゴンで」
 声が震えている。笑っているのか、怒っているのか、口元が見えないせいで、分からない。
 リツトさんの後ろには、十歳にも満たないであろう少女。ショートカットに、幼いながらも整った顔立ち。きっと、どこかで見たことがある。
 とても、嬉しい気分になった。
 何年も何年も、僕のことを追ってきてくれたんですね、リツトさん。思い出深い、あのワゴン車で。
「リツトさん」
 あれから、変わりましたね、リツトさん。あの頃よりも、ずいぶんとたくましい体つきだ。
「あの頃は、楽しかったですよね」
 もう、あの頃には戻れないけれど。
 もう、あの頃のリツトさんには会えないのだろうけれど。
 リツトさんのつるりとした顎は、今や立派に生え揃った鬚のせいで、見えなくなってしまったけれど。
「おう、楽しかったよな」
 ほら、やっぱり。あなたは、今でもあの頃のままだ。
 口元は、長い口髭のせいで、見えなくなっているけれど。
 それでもリツトさんは、きっと笑って、引き金を引いた。
 つるりとした顎の僕は、きっと笑って死んだ。


髭剃り終わり
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