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3章 三浦幸子25歳 妊娠、そして……
25話 抗えない運命(1)
しおりを挟む23話24話のあらすじ『妊娠悪阻』
悪阻に苦しむ幸子だったが、職場の理解や誠の協力で耐えている。しかし悪阻は酷くなり病休にしてもらい、毎日点滴に通う事になる。
病休になり数日後、幸子は嘔吐が止まらず脱水症状で倒れ救急車で病院に運ばれる。悪阻が落ち着くまで入院となった。
二ヶ月後、幸子は悪阻が落ち着き退院となる。
姑が色々と言ってくるが、意外と誠が庇っている。
妊娠16週目、幸子は妊婦健診に行く。幸子は性別を聞き男の子だと分かる。しかし二人の子供は女の子一人しか居ない。そこでやっと現在の誠は気付く。今、お腹に居る子は娘ではなく息子。死の運命にある事を……。
一 現在 一
倒れた誠は病院に運ばれCT検査を受ける。「くも膜下出血」と診断され、命が危ぶまれる状況だと分かる。
再出血を止める為の手術を受け、無事に終わるが再出血すれば助からない可能性が高いと医師は話す。
登場人物
三浦 誠(現在) 55歳の普通の会社員。
ある日、妻に離婚要求をされるが誠はその理由が分からない。
それから1ヶ月後、「くも膜下出血」で倒れてしまい生死の境を彷徨う。死んだと思い、人生の悔いとして妻の離婚要求の理由を知りたいと願う。
神に離婚要求の理由を教えてやろうと言われ、過去の妻の記憶に魂を植え付けてもらい、過去の妻目線で過去の自分とのやり取りを見ている。
おしゃべりでおちゃらけている。
妻が仕事に家事で毎日疲れていると身を持って知る。
自分の母親が幸子をいびっていた事を知りショックを受ける。また、自分も幸子に酷い事をしていた事を目の当たりにして考えを変えていく。
今では完全に幸子の味方であり、過去の自分に悪態をついている。
妊娠している幸子と同じ時間を過ごし、悪阻を共に耐えている。
そして現在身籠っている子供が死の運命にある事に気付く。
三浦 誠(過去) 口数が少なく最低限の事しか話さない。亭主関白。妻から不妊治療について話されるのを過度に嫌がっている。そして、精液検査の結果から不妊体質だと知りそれが受け入れられない。その為に子供を作り自分が不妊体質ではないとしている。
実は優しい性格。
幸子の妊娠を知り凄く喜んでいる。
三浦幸子(現在) 誠の妻。誠に離婚要求しているが理由は話していない。
三浦幸子(過去) 化粧品販売員で百貨店で勤めている。家事を一人でこなしている。大人しい性格。実は、姑にいびられていた。
夫婦仲は良く亭主関白の夫を立てている。
幸子は姑に殴られる事もあったが誠にその事を話していない。
念願の妊娠をするが、浮かれず慎重に考えている。
悪阻に苦しむが、やっと終わり子供の成長を喜んでいる。
誠の母親 子供を産むように誠や幸子に強く言っている。そして誠が知らない所で嫁の幸子をいびっていた。
実は不妊の原因は誠ではないかと考えており、それが事実だと知る。幸子が誠に話したと勘違いし、幸子を殴る。
幸子の妊娠を知ると、自分に話さないのは嫌味だとか悪阻で入院した事を非難。男の子じゃないと孫として認めないとまで言っている。
神様 誠を、過去の妻の記憶に魂を植え付け妻の人生を疑似体験させている。
誠や幸子を以前から知っていたらしい。「ある人物」に頼まれ、誠に幸子の気持ちを教えようとしている。
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25話 抗えない運命(1)
「ご迷惑おかけしました。」
幸子は先輩や同僚に頭を下げる。悪阻が落ち着き安定した幸子は職場復帰していた。
「お腹、だいぶふっくらしてきたんじゃない?」
「制服がキツくなってきました。」
「サイズ上げないといけないわね。」
先輩や同僚と楽しく盛り上がる。
「性別は分かっているの?」
「男の子だそうです。」
「あら、可愛いけどやんちゃよ!うちのは一日中走り回っているからね。覚悟しておいた方が良いわね。」
「うちアパートの二階なんです!どうしよう!」
その場に居る全員が笑っている。
(……やめろ……。)
…
場所が切り替わる。誠と幸子が家で一緒に食事をしている。
「神社に行くか……。」
誠がポツリと呟く。
「え?急にどうしたの?」
「知らんが、安産祈願とかいうものがあるんだろう?今更だが、行くか……。」
「うん。」
幸子の希望であの小さな社がある場所に行く。急な階段があり、誠がさりげなく幸子の手を握り二人で登って行く。
「安産祈願している神社じゃなくて良いのか?」
「うん、ここで一緒に手を合わせて欲しいの。」
「お前、この社にいつも来るよな?何かあるのか?」
「なんかね、ここに来ると安心するの。」
話しながら登り、二人は社の前に立つ。
「……そうか、まあお前が良いなら良いが。古いし、オンボロだな……。落書きもある。罰当たりな奴もいるもんだ……。」
「あ!本当だ!……酷い……。」
幸子は落書きを消したいが、油性ペンで書かれており下手に消そうとすると余計に広がるかもしれない為諦める。
二人は小さな社と、横に存在する地蔵に手を合わせる。こうして二人の安産祈願は終わり階段を降りて行く。しかし途中で誠が手を離し先に降りて行く。
幸子は慌てて追いかけようとするが、誠はじっとするように言い、鞄からカメラを出し幸子を撮る。
「……え?カメラ?持っていたっけ?」
幸子が驚くのも無理はない。誠が持っていたのはフィルムを入れて撮る良質のカメラだ。普段は、当時流行っていた使い捨てカメラを使っていた。何故、そんな高価な物があるのか不思議だった。
「……もらった。」
「えー!誰から!」
「先輩。子供さんが大きくなったからもういらないそうだ。」
「そうなんだ。何かお礼しないとね。……珍しく鞄持って来たと思っていたら……。」
幸子はクスクス笑う。
「試し撮りだ!」
誠は幸子の手を握り一歩ずつ降りて行く。
「名前どうしよう?考えてくれていたりする?」
「俺がか?ろくな名前にならないぞ。お前が考えろ。」
「うん、候補は上げておくね。」
「ああ。」
二人は階段を降り、もう手を繋ぐ必要はないが誠は手を離さない。幸子もそのまま手を離さず歩いて行く。
そのまま二人は近所のベビー用品店に行く。まだ早いが、下見だけしておこうとなる。
幸子は嬉しく見ているが、一式揃えようとするといくらになるのかと青ざめていく。この時代は今みたいに安さを売りにしたベビー用品店は無く、ベビー用品は高かったのだ。
幸子は買う予定の物の金額をメモしている。しかし、メモしている以外の物をチラチラ見ていたのだ。
「……金の事ばかり考えるなよ……。」
帰り際、誠が呟く。
「え?」
「お前、本当はベビードレスとかいう物も欲しいんだろう?」
「え!」
幸子は白い綺麗なベビードレスが欲しかったのだ。しかし、退院時とお宮参りぐらいしか使う時はないと知っており諦めていた。
「ベビーカーも、安さより軽さや機能も考えろ。車無いんだから良いやつにしろ。好きなベビー服買え、着られるのなんて一瞬なんだから。」
「……いいの?」
「ああ、いつも節約しているんだから使う場所に使え。」
「ありがとう。」
「……出産前に来るか。お前は持つなよ。」
「うん。」
二人は秋空の美しい夕日を見ている。
「綺麗ね。」
「……ああ。」
「この子にも見せたいな。」
「すぐ見られる。」
「そうね。それに、その他にも美しい景色、素敵な場所、いっぱいあるものね。色々な事を知って欲しいな、色々な景色を見て欲しいな。」
「そうだな、お前の安らぐ神社もな。」
「うん。」
二人は手を強く握る。
しかし、現在の誠はこの先の未来を知っている為居た堪れなくなる。
(やめろ、喜ぶな!喜んではいけない!この子は……。神様どうして!どうして息子の記憶を?)
『悪い……、見て欲しかったからだ。妻がここまでしてこの命の為に身を削っていた事を。どれほどこの命の誕生を楽しみにしていたかを……。』
(だから……、だからって……。)
誠の思考はまた苦しみで埋め尽くされる。27年間、意図的に忘れていたあの苦しみを……。
『……悪い、人間……、苦しめたな。次は娘の記憶に行こう。』
(待って下さい!この先を見せて下さい!)
『本気か?半端な覚悟ではゆかぬぞ?』
(はい、見せて下さい。見ないといけないと思いました。今まで、こいつの妊娠の記憶を見ていて……色々思い出して……。だからお願いします!)
『……分かった……、辛かったらいつでも言え。』
(はい、お願いします。)
場面が変わる。幸子が職場で挨拶をしている。
「本当にありがとうございました。また一緒に働く事があればよろしくお願いします。」
幸子は頭を下げ、皆拍手している。
「また、ここに戻って来れると良いわね。希望は出しておくから!」
「ありがとうございます。」
ここで働いている販売員達は化粧品会社に雇われ派遣されている。つまり、本社の配置により次働く場所が決まるのだ。だから、育休後戻って来れるかは分からない。よって、これが別れになるかもしれないのだ。
「本当に先輩にはお世話になりまして、ありがとうございます。」
幸子は帰る直前にいつも気にかけていてくれた先輩に挨拶する。
「何、別れみたいに言ってるのよ。大丈夫、戻って来れるわよ。」
「はい。」
「……幸子さん、いずれあなたが上の立場になったら若い子を気にかけてあげてね。あなたは大変さを経験したから辛さも分かるだろうから……。」
「え?」
「期待してるわよ。」
「はい、ありがとうございます。」
幸子は頭を下げる。こうして、産休に入る事になる。
…
産休に入った幸子は改めてベビー用品を見に行く。欲しかったベビーカー、ベビー布団、ベビーベッドはまだありメモしていく。「好きな物を買え」、そう言っていた誠の好意に甘える事にしたのだ。そして、ベビー服を見る。季節は冬、暖かそうな冬服が揃っている。
「あ、そっか。冬生まれだからあの時買っていたら薄かったんだ。来年は着られないし、危なかったー。」
幸子は苦笑いしながらベビー服を選んでいく。冬服も気に入ったデザインがあり、水色の可愛い熊の絵がプリントされている服や、黄色の可愛い犬の絵のプリントされている服を選んでいる。どうやら可愛い柄が好みらしく、楽しそうに選んでいる。
(そうだよな、お前はこうゆう服が好きだったよな。可愛いな、本当に……。)
その他にも、哺乳瓶、布おむつ、おしり拭き、肌着、ガーゼハンカチ、防水シーツを見ている。出来るだけ代用出来る物を考え、ベビーバスやおくるみは購入しないようだ。
「ふうー。」
幸子は大きなお腹を抱えて歩いて帰る。この時は既に妊娠36週目の臨月。推定2600gある胎児と胎盤と羊水の重さを抱え歩いている。当然、疲れやすく腰痛も酷く、歩きにくいのだ。
(重いな……、こんな大きい水風船みたいな物抱えてよく歩いているよ。やっぱりすごいな……。)
ポコポコ。お腹の胎児が幸子を蹴る。
「今日も元気ね。あともう少しだけ生まれるの待ってね。もう少しだけ大きくなってから生まれてきてね。待ってるからね。」
幸子は優しくお腹を撫でる。
誠もその胎動をしっかり感じる。もう失くなると分かっているから……。
そして、避ける事の出来ないこの日は来てしまう。この日は雪が降るぐらい寒い日だった……。誠はいつも通り仕事に行き、幸子はいつも通り家事をしていた。しかし……。
「お腹……、痛い……。前陣痛かな……?」
臨月に入ると体が出産の準備を始める為、時折腹部に痛みを感じる事がある。幸子もそう思い病院に行く事はなかった。
(病院に行け!今行ったら間に合うかもしれない!早く、早く!)
『……落ち着け、ここは過去の妻の記憶。未来は変わらない。』
神は誠に語りかける。
(神様!この未来を……!……いえ、なんでもありません……。)
誠はこの先の未来を知っている。今、目の前に居る神が過去を変えられない事も……。
ピンポーン。
「はい。」
「こんにちわ。」
姑だ。荷物を両手いっぱいに持っている。
「こんにちわ、どうぞ。」
幸子は姑を家に上げる。珍しく姑は機嫌が良い。
「これ使いなさい。」
姑が袋の中の物を出そうとする。すると……。
ピンポーン。また、チャイムが鳴り幸子が対応しようと玄関に向かう。
「こんにちわ、三浦さんのお宅ですか?お届け物です。」
宅配の業者が来る。
「はい?何ですか?」
「えーと、ベビーベッドですね。」
「……え?」
幸子は驚く。ベビー用品は次の土曜日に誠と買いに行くと約束していたからだ。誠は、幸子が育児の大半を担うのだから幸子が使いやすいのを選んだ方が良いと言っていた。それなのに何故?
「あ、届いたのね。玄関に運んでちょうだい。」
「はい。」
宅配業者は玄関に運び、判子をもらい帰って行く。
「あの、これは?」
「ああ、私が選んだの。良い物でしょう?」
「……え。」
幸子の表情は固まる。
「何よ、それだけじゃないのよ?ベビーカーも布団もベビーバスも用意してあるのよ。今日指定日にしておいたから、もう時期届くわよ。」
幸子は何も言えない。姑が持って来た袋に目がいく。中を開けるとそこには、哺乳瓶、布おむつ、ガーゼハンカチ、ベビー布団、防水シーツ、肌着、ベビー服、おくるみ、ベビードレスが入っていた。
「……あ。」
幸子はそれを見て絶句する。もう買う物を決めており、楽しみにしていたからだ。特にベビーベッドやベビー布団、ベビーカーは一点物であり二つはいらない。そして、それらの物は幸子の好みの柄とは程遠く、より幸子の肩を落とす事になったのだ。
「あ、ありがとうございます……。」
幸子はしっかりお礼を言わないといけないと分かっているが、感情が追いつかない。
そうしている間に、次はベビーカーが届く。しかし、それも幸子が欲しかった物とは違い、欲しかった機能がついていない。柄も、選んでいた物は可愛い感じの物だったが、届いた物はシンプルだった。
ズキン!腹部がどんどん痛くなる。
「痛っ!」
幸子は思わず座り込む。先程までの痛みではない、我慢出来ない程の激痛が幸子を襲う。
「お義母さん……、救急車……、お願いします……。」
「救急車?そんな大袈裟な!それぐらい……。」
幸子の足元が血で染まる。出血しているのだ。
「お願いします……、赤ちゃんの命に……、関わります……。」
姑はようやく救急車を呼び、幸子は病院に運ばれる。その間も幸子は腹部を激しく痛がり、出血は止まらなかった。ようやく病院に着き、産婦人科医に診てもらう。
「先生!赤ちゃん!赤ちゃんは!」
幸子は酷く取り乱している。看護師に宥められ、エコーで胎児の状態を診てもらう。
産婦人科医はエコーを見て黙り込む。別の医師を呼び、再度診てもらうがお互い顔を見合わせ首を横に振る。
「三浦さん……、残念ですが赤ちゃん亡くなっています……。」
「……え?」
幸子はただ目を見開く。唇が震え、息をする事を忘れてしまう。
「うそ……、うそ!そんなはず!そんな……!」
幸子はあまりの衝撃に景色が歪んで見えたかと思ったら、急に前が見えなくなる。目から涙が溢れて来たからだ。
「違う!そんな訳!この子が死ぬわけ!違う!違う!」
言葉に反し、幸子は子供が亡くなった事が分かっているのだ。今まで強くあった胎動が出血した時には弱まり、救急車で運ばれている間に止まってしまっていたからだ。
胎児の死因は『胎盤早期剥離』だった。『胎盤』とは胎児に酸素や栄養を送ってくれる器官で、通常は出産が終わり役目を終えた後に剥がれ出てくる器官である。しかし、ごくたまに妊娠中に胎盤が剥がれてしまう事があり、そうなると胎児に酸素や栄養が送る事が出来ずに、今回みたいにお腹の中で酸欠を起こし亡くなる事があるのだ。
胎盤が剥がれてしまう原因はいくつか言われているが、全てに当てはまる訳ではなく原因不明な事も多い。幸子はその中の原因には何一つ当てはまっていなかった。
「私が悪いです!ちゃんと食べれなかったから!栄養を摂らなかったから!お腹痛かったのにすぐ病院に来なかったから!私が……、私がこの子を殺したのよ!」
幸子は人目を気にせず、ただ泣く。ただ大声で。
看護師が側に付き、幸子を抱き締めて落ち着かせようとするが幸子はひたすら自分が悪いと責めている。
こうしている間に、誠が病院に来る。スーツ姿のままであり、仕事中に病院から連絡を受け駆けつけたのだ。泣いている幸子を抱き締め、お前は悪くないと言い聞かせる。
産婦人科医は、子を亡くし憔悴し切っている夫婦に残酷な事を話さないといけない。亡くなった胎児は当然だが子宮から勝手に居なくなる訳ではない。
……そう、通常の分娩と同様に子供を産み出さないといけないのだ。
応援ありがとうございます!
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