漆黒の昔方(むかしべ) ~俺のすべては此処に在る~

加瀬優妃

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7.デーフィの祠(2)

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 セッカの家は、青々とした牧場の奥にドーンと建っていた。
 背後には山と森が広がっている。領主というだけあって、かなり大きい家だ。
 牧場には馬みたいな顔なのにモーと鳴く生き物や、羊みたいな毛並なのにニャーニャーと鳴く生き物が放し飼いにされていた。
 ……何だか、頭がおかしくなりそうだ。

 案内されてとりあえず部屋に入ると、一人の中年の男性が笑顔で俺達を迎えてくれた。

「わたしが領主のダンです。今日は、娘のセッカがお世話になったそうで」
「いえ……どうも」
「……」

 水那が黙ってペコリと頭を下げた。

「俺は、ソータです。で、こっちがミズナ。ミズナは言葉は分かるんですが、喋れないので……すみません」

 下手に突っ込まれたり、水那が礼儀知らずに思われても困るので、先に言っておいた。

「そうですか。しかし、今日はさぞかしお疲れでしょう。部屋に案内させますから、お話は後ほどいたしましょう」

 ダンさんはにこやかにそう言うと、メイドみたいな人を呼んで俺たちを案内させた。
 案内された部屋は二人一緒だった。
 マジか……と一瞬思ったけど、水那は俺から離れたら駄目だし、仕方ないか。
 この辺りは闇が少ないみたいだけど、何が起こるかは分からないしな。
 それに、これからも多分、こういうことが続くんだろうし。
 ……要は、俺の理性の問題だからな。

『はぁ……疲れた』

 俺は荷物を下ろして上着を脱ぐと、ゴロンとベッドに横になった。

『……私……ごめんなさい……役に……』

 近くに来た水那が途切れ途切れに言う。

『あぁ? まあ、初日だし……気にすんな……って……』

 喋っているうちに、猛烈な睡魔に襲われる。
 よく考えたら……ジャスラに跳ばされてからまったく休んでないことに気づいた。
 そりゃ、疲れるか……。
 そんなことを考えているうちに……俺はすっかり寝入ってしまった。

   * * *

「……おぉっ!」
 
 ベッドの感触が俺の家のと違う、と思い、思わず飛び起きる。
 見回すと、俺のアパートの部屋よりずっと広かった。

 そっか……。ジャスラに来たんだっけな。

『……起きた……?』

 声がして振り向くと、水那が近くに来て俺の顔を覗き込んでいた。

『うおっ』

 思わずのけぞる。
 見ると、ヤハトラを出たときの服装ではなく、何かひらひらしたドレスみたいなものを着ていた。
 圧倒的に可愛さが上がったので、思わず目を逸らす。

『それ……服、どうした?』
『ダンさんが……セッカさんに与えたけど全然着てくれないからって』
『……』

 しかし、今の俺には目の毒だ。
 俺は水那を見ないようにして部屋を見回した。
 だけど……時計らしきものはない。そりゃそうか。

『俺……どれくらい寝てた?』
『丸一日ぐらい。……もうすぐ、夜』

 そう言うと、水那はすっと立ち上がって部屋を出ようとした。

『どこに行く?』
『もし起きたら夕食を一緒にしましょうってダンさんが言ってたから……起きたって伝えに行く』
『……じゃあ、俺も行く』

 俺はベッドから起き上がると、水那と一緒に部屋を出た。
 寝過ごしたことを謝りに行くと、ダンさんは明るく笑って「じゃあ夕食ご一緒しましょうね」と穏やかに言った。
 そして水那の方を見て「ほら、センスは悪くないと思うんですけどねぇ。セッカもこういう恰好をしてくれればいいのに」と溜息をついた。

 夕食の席はダンさんと俺と水那の三人だけだった。セッカも呼んでいたが、まだ帰ってきていないらしい。
 基本的に肉が中心で、それ以外は草というか、山菜的なものだった。
 ボリュームが凄かったけど、俺的には大満足だった。……水那は勿論、食べきれなかったが。

 それ以上に感動的だったのは、水の美味しさだった。
 後ろの山に湧き水があるらしく、そこから引いているらしい。

「水が美味しい! だから料理も美味しいんですかね」

 思わず言うと、ダンさんは少し笑って
「今度のヒコヤさんは随分お若いなと思いましたが……どうやらかなりの力をお持ちのようですね」
と言った。

「えっ、前の人に会ったことがあるんですか?」

 咄嗟にそう聞いてしまったが、前の生まれ変わりは何百年も前のはずだ。
 この人がそんなに長生きしているとも思えない。

「……あ、そんな訳ないですよね」
「そうですね。お会いはしていませんが……」

 ダンさんは果実酒に口をつけると
「ヒコヤさんがジャスラに来た際の記録が我が家には残っていましてね。……そうですね、二代前からですが」
と言ってにっこり笑った。

「ご存知のように、今ジャスラは四つの国に分かれています。歴史の中では一つの国に統一されたこともあるのですが、三百年ほど経つとどうしても分裂騒動が起こってしまいましてね。そうやってジャスラはいろいろな変遷を遂げているのです。しかしこの地方は山に囲まれていますから、その歴史の中でも侵略を受けたことはないのです。時には隣国と同盟を組んだりはしていますが……実際はヤハトラの巫女に直接従っている国、と言ってよいでしょう」
「そうなんですか……」
「山の湧き水は……その昔、女神ジャスラが自らを清めるために用いたとも言われていて、闇を鎮静する働きがあるようなのです。ソータさんが美味しいとおっしゃるのであれば、その力を感じ取れたからなのでしょう」
「へぇ……」

 自分ではよくわからないけど……。でも確かに、この地方の空はとても明るく、人々も何だかとても穏やかな気はする。
 じゃあ、これから行く他の国はやっぱり荒れているのかな……。

「……ですが、こちらに来られた際は先代も先々代もお一人だったのですが、今回はお二人なのですね。しかも、とても可愛らしいお嬢さんと」

 ダンさんはそう言うと、水那にニコッと微笑みかけた。
 水那は少し困ったように俯いている。

「えっと……実は、俺の幼馴染で、闇を祓う力があるかもしれないということで、同行することになったんです」
「そうですか。では、ジャスラの民ではないのですね。それでしたら……やはり、案内人をつけた方がよいですね」
「案内人?」

 俺が聞き返すと、ダンさんが何か言いかけたが

「はい、はい、はーい! それ、あたしがやるから!」

という元気な声が聞こえ、セッカが部屋に飛びこんできた。

「セッカ! 行儀の悪い……。だいたい、食事の時間までに戻ってきなさいと言ってあっただろう」
「ごめん、ごめん。昨日仕留めたチャイの仕込みが長引いちゃってさ」

 セッカがあはは、と元気に笑いながら席に着いた。
 給仕の人がセッカの分の料理を持ってくる。

「急所一発で仕留めてくれたからさ。かなり奇麗に使えそうなんだ。ありがとう、ソータ」
「どういたしまして……。で、ダンさん。案内人って……?」

 モリモリご飯を食べる始めるセッカを横目に、俺はダンさんに顔を向けた。

「ヒコヤさんの生まれ変わりの方はジャスラの民ではないですから、ジャスラの事情には詳しくありません。旅にも支障が出る可能性がありますから、私の地方から人を同行させて、旅のお手伝いをさせて頂くということですよ。二代前から記録が残っているのは、その案内人が旅の記録をつけていたからなのです」
「なるほど……」

 だから前の人がどういう人だったか、とか知っているということなのか。
 情勢は時代ごとに違うのかもしれないが、祠の位置は変わらないだろう。
 事前にそういう知識があった方が、旅も順調かもしれない。
 俺も第三者がいた方が余計な煩悩を捨てれそうな気がするし……案内人は、いた方がいいだろうな。

「だからさ、それ、あたしがやるよ」

 セッカが料理にがっつきながら元気よく手を上げた。

「駄目だ」

 ダンさんが急に怖い顔をしてセッカを見た。

「ソータさんの旅は遊びじゃないんだ。それにお前も年頃だから、そろそろ落ち着いて旦那さんを迎えてもらわないと困るんだよ」
「そうだけどさ。旅って、何年もかかるとかじゃないじゃん」

 セッカが口を尖らせる。

「それにさ、今回はミズナも一緒なんだから、女子的なフォローが必要かもしれないし」

 まぁ、それは確かに……。
 俺には絶対分からない、女子の事情というものが出てくることはあるだろうな。
 でも……。

『……水那はどう思う?』

 隣の水那に聞いてみる。水那は首を傾げると
『半分……半分』
と答えた。
 女性の案内人がいた方が水那にとっては安心なのだが、来たら来たでやっていけるかどうか不安、ということだろうか。
 俺の知る限り、友達と一緒に居る水那を見たことはないし。
 施設ではどうだったのかはわからないけど、急にフレンドリーな性格になったとも思えないし。

「今の、何? どこの言葉? 喋れないんじゃなかったの?」

 セッカが驚いたように前のめりになる。
 その間も食べる手を休めないのはすごいが。

「俺達の国の、日本語っていう言葉だ。喋れないと言ったけど……ミズナはパラリュス語が喋れないんだ」

 いや、これも正確じゃないか。
 パラリュス語は喋れるがフェルティガが安定していなくて怖くて喋れない、ということだからな。
 でも……ま、その辺は今はいいだろう。

「そうなんだ。じゃあ今度、教えてね。一緒に旅をするんならさ、ミズナの言葉も聞けるようにならないと駄目じゃん」

 セッカはそう言うと、ニカッと笑った。
 セッカの中ではもう一緒に旅をすることになっている……。やっぱりどこか勝手な奴だな。
 でも……水那にとっては、そう悪くない台詞だったんじゃないだろうか。
 
 そう思って隣の水那を見ると、心なしか泣きそうになっていた。
 それは前によく見ていた怯えた涙ではなく、ちょっと嬉しそうな涙だな、と思った。
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