漆黒の昔方(むかしべ) ~俺のすべては此処に在る~

加瀬優妃

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19.闇の先(3)

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「ソータ、まだ寝てんの?」

 セッカがバーンと扉を開けて、俺が寝ていた部屋に勢いよく入ってきた。
 その元気な音と声で、むっくりと起き上がる。窓からは昼の光が差していた。

「ん……次の日?」
「そう。……やっぱり疲れてたんだね」

 たくさん寝た割にあんまりスッキリしてないなぁと思いながら、ベッドを出る。
 寝る間際に変なこと考えすぎてたからかな……。

「とりあえず水浴びしたら?」
「……そうする」

 部屋を出ると、水那が台所で食事の準備をしていた。火にかけてる鍋を覗き込みながら、慎重にかき回している。
 『おはよ』と軽く挨拶して通り過ぎると、水那は少し微笑んで『おはよう』と返した。

 引きずってても仕方がないとか言いながら、俺の方がバリバリ引きずってるじゃねぇか。
 こんなことじゃ、いかん、いかん。

 水を浴びて気合を入れ直す。
 服を着て出ると、二人とも家の中にはいなかった。火にかけてあった鍋も無くなっている。

 外に出ると、二人は何やらでかい鍋から料理を盛り付けて兵士に配っている。周りを見ると、あちらこちらで火を焚いて、魚を焼いたりスープを作ったりしていた。
 そういやかなりの人数がいたからな。食事の準備も大変だよな。

「よう、起きたか」

 棒に差した焼き魚をバリバリ食いながらホムラが近づいてきた。

「ああ。しかし、改めてみるとすごい人数だな」
「多分、必要になるからな」
「何に?」
「……レッカに会えば、わかる」

 ホムラはそう言うと、何か紙切れを俺に渡した。

「何だ、これ?」
「俺は、こいつらをもうちょっと何とかしないといけないから、レッカのところには三人で行ってくれ。これは、俺の紹介状みたいなもんだな。レッカのとこの門番に見せりゃ、大丈夫だろ」

 その横で
「こらー! 横入りすんなー! 順番だよ!」
とスプーンを振り回しながらセッカが叫んでいる。
 水那はせっせと料理を盛り付けて並んでいる兵士に渡していた。もらった兵士が妙に嬉しそうなのがイラッとする。

「でも……セッカとミズナがいなくなると、ああいう食事の世話に困らないか?」
「今日、俺の集落から料理担当を何人か呼んだから大丈夫だ。ま、正直言えばセッカみたいな面倒見のいい女がいてくれた方がいいんだけどよ。でもあいつの仕事は、お前たちの旅についていくことだろ」
「まあ……」

 ホムラも結構、セッカのこと気に入ってるみたいだよな。

「わかった。じゃあ、食事を済ませたら旅立つよ」
「おう」

 俺はホムラに手を上げると、セッカのところに行った。

「腹減った。俺にもくれ」
「ソータ、ちゃんと並んで」
「えっ、俺もかよ!」
「当たり前じゃん!」

 マジか……。いや、こういうところがセッカのいいところなのかもしれないけど……。
 ふと見ると、水那がちょっと可笑しそうにしていたので、俺はきまり悪くなってすごすごと列の最後尾に並んだ。

   * * *

 食事を終え、俺と水那とセッカの三人はレッカに会うために出発した。
 レッカの領地は、アブルの家から見て北東の方角にある。
 途中で一晩休んで……明日の昼の間には、着けるだろう。

 昨日ぐちゃぐちゃ考えていたけど……やっぱり、一線を越えてしまった俺は、水那と二人きりになるのが怖い。
 戦いのときはともかく……普段は、近くに寄ることもなるべく避けようと思った。

 何が怖いかと言うと……近くにいると、触れたくなってしまう。
 でも俺が迂闊に触れて嫌がられたら、きっと立ち直れない。
 それに、そのことで水那を追いつめたり傷つけたりするのも嫌だ。
 結局のところ、俺が水那を大事に守るためには水那と距離を取らなければならない、という矛盾した状態になっているのだ。

「……何かさ」

 セッカが俺の顔をじーっと見た。

「何だ?」
「ソータ、ミズナに対してあんまりズケズケ言わなくなったよね。前はさ、あれをしろ、これはするなってうるさかったのにさ。過保護、やめたの?」
「誰が過保護だ」

 こいつよく見てるな……。女ってのは本当に恐ろしいよ。

「旅の最初は、ミズナは人に慣れてなかったから心配してただけだ。今はセッカに懐いてるし、あんな大男のホムラも怖がってないし、もういいかなって思ってさ」
「ふうん……」

 セッカはあまり納得してはいなさそうだったが、それ以上何も言わなかった。
 しばらく無言で歩くと、パッと顔を明るくして俺の上着を引っ張った。

「ねぇねぇ、それじゃあさ」
「何だよ」
「これミズナに着せてもいい? まだまだこの辺は暑いからさ、あたしとお揃いで!」

 セッカが自分の上着を指差した。袖なしの胸元が開いた、かなり露出の高い服だ。

「駄目に決まってるだろ!」
「えー、何でー」
「何でじゃない!」

 俺の必死の覚悟が水の泡になる! ……というか、そんな姿、他人に見せてたまるか。

「その辺は変わらないのか……。おとーさんだね」

 セッカが残念そうに溜息をつく。

「だから言ってるだろ。保護者みたいなもんだってよ」
「ふうん……」

 俺たちがそんな阿呆なやり取りをしている後ろで……水那は小さく溜息をついていた。

   * * *

 白い昼が藍色の空に変わり、俺たちは草原で一泊した。
 レッカの領地に入ったが、この辺りも闇は殆どない。
 多分、俺が闇を回収したことで祠に吸収されたからだろう。
 特に危ない獣がいる訳でもなく、俺たちは平和に旅を続けた。

 セッカが俺と水那の間に入って、いろいろなことを楽しそうに喋る。
 俺がホムラの家で寝込んでいた間のこととか、ホムラのこととか……。
 それはとても助かったんだけど……ホムラにもらった飲み物の正体がチャイの睾丸と肝を混ぜて煮出したものだったという事実だけは、知りたくなかった。
 まぁ、浄維矢せいやを使ったにもかかわらず倒れなかったのは、あの飲み物のおかげかも知れないが……。

 そうして夜が明け、白い昼が終わる間際、俺たち三人はレッカの家に着いた。家というより、城みたいだ。
 領主だった父のあとに、そのまま住んでいるらしい。
 一応ホムラから紹介状みたいなものを預かってきたが、これで通してくれるのだろうか、と不安になった。
 しかし紹介状を見せると、門番は「話は聞いております」と言ってすんなりと通してくれた。
 ……誰かが伝えていたんだろうか。

 俺たちは長い廊下を通って、大広間みたいなところに通された。
 社交ダンス大会でもできるんじゃないかな、というぐらいの広さ。その窓側に、赤くて長ーいソファがあった。
 ご自由にお座りになってお待ちください、メイド的な女性に言われたが、これだけ長いと端に座るのも真ん中に座るのも何だか気恥ずかしい。

 そうして結局ソファには座らず、大広間に飾られている調度品などを眺めながらしばらく待っていると、奇麗な女の人と、やんちゃな感じの黒髪の男がやってきた。レッカの奥さんと、その息子だろう。
 息子は確か15歳って聞いてたけど、すでに俺より背がでかいし、ごつい。

「ホムラさんの紹介状は見ました。私はレッカの妻、キラミです。そして、こちらが息子のエンカ」
「初めまして、ソータです。こっちが幼馴染のミズナ。で……」
「デーフィのダンの娘、セッカです」

 俺たちが挨拶をすると、その黒髪の男、エンカが物珍しそうにジロジロと俺を見た。

「何かひょろっとしたちっせぇー兄ちゃんだな~。ホムラが認めた男だっていうから、すごいイカツい奴を想像してたのにさ」
「こら、エンカ。失礼ですよ」

 キラミさんがエンカにゴスッと拳骨を食らわした。優雅な物腰とのギャップに腰が砕けそうになる。

「イテテ……」
「……主人は地下におります。今、ご案内しますね」

 キラミさんはにっこり微笑むと「こちらへ」と言って歩き出した。
 大広間を出て、廊下のさらに奥へ。
 しばらく進んでから、突き当たりの何もない壁のある部分を押すと、壁が回転して二人が消えて行った。
 忍者屋敷のどんでん返しみたいだなと思いながら、後を追う。
 地下へ梯子がついている。ひんやりとした空気が流れている。

 下につくと、奥がほのかに明るくなっていた。キラミさんとエンカがすっと中に入っていく。
 見ると、一人の男が立派な椅子にゆったりと腰をかけていた。
 黒い髪で、ホムラとは違い色白だ。
 でも……多分、背は高そう。この辺の地域の特色なのかもしれない。
 35くらいと聞いていたが、それよりは若く見えた。

「ようこそいらっしゃいました。僕が、レッカです」
「初めまして、ソータです」

 俺はペコリと頭を下げると、部屋の中に入ろうとした。……が、入口に何かが覆っているのか、ぼよんと弾かれる。

「……あれ?」

 上から下まで見てみるが、何もない。今度は顔を上げたまま一歩進む。やはり何かが頬に当たり、ぼよんと弾かれる。

「あれ? あれ?」
「もうソータ、何やってるの!」

 セッカが俺をドーンと押したが、バイーンと弾き返された。結構な勢いでセッカに当たる。

「わ、ソータ!」
「わ、悪い!」
「ちょっと、何してんの!?」
「だから入れないんだって。ミズナはどうだ?」

 水那が不思議そうにキョロキョロと見回しながら、そっと俺の横を通り過ぎた。
 ……何事もなく、部屋に入る。

「あれっ?」
「もう、ソータ……」
「おい、セッカ! お前は?」
「入れるでしょ、そりゃ」

 そう言うと、セッカはずかずかと部屋に入っていった。

「何でだ!?」
「あなたがもう既に多くの闇を回収し、その体内に保持しているからですよ」

 レッカが少し可笑しそうにしている。

「……へ?」
『あ、この人……!』

 水那が何かに気づいたように、顔を上げた。

『フェルティガエ……!』
「えっ!」

 俺はレッカをまじまじと見た。
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