あの夏の日に ~俺たちの透明な二週間~

加瀬優妃

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7.俺の気持ちが、変わる

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 謎の二人と戦っていた俺には、シィナに何が起こったのか分からなかった。ユズによると、光の鎧でシィナに近寄れなかったのはユズも同じだったらしい。
 やがてその光が紫色に変わり、シィナの姿が見えなくなる。それと同時に、その光の鎧が不自然な形に揺らいだ。
 これはシィナの攻撃だ、と咄嗟に判断したユズが、俺に飛び掛かって砂浜に伏せさせた。そして振り返ったら、もうあのように服がビリビリに破けて成長した姿だったらしい。

 遊園地から帰ってくる道すがら説明してくれたユズは、かなり疲れていたようだった。
 アパートに着くと、ユズは少し休むと言って自分の部屋に行ってしまった。

 俺はシィナをベッドに寝かせた。傍に座って、じーっと見つめる。

 多分……身長は、20センチ以上伸びてる。顔も少し大人っぽい。
 13、4歳ってところだろうか。

 シィナは、自分が大きくなったこと……わかってるんだろうか。
 今……どんな夢を見ているんだろう?
 俺はふと、海岸でのことを思い返した。


   ◆ ◆ ◆


「何だ? えー……どういうことだ?」

 何が起こったのか分からず、思わず呟く。

「……」

 ユズは俺が使っていた棒を消すと……黙ってシィナに手を翳した。

「……何が起こってる?」
「ロックが壊れた……そんな感じ」

 ユズはそう答えると、額の汗を拭った。

「完全に外れた訳じゃないけど……」
「壊れた? 何で?」
「それはわからない」

 ユズは溜息をつくと、俺の方をじっと見た。

「だから……急激に成長したっていうよりは、もともと大人だったのを子供の姿に変えていたのかも」
「えっ……」

 思わずシィナを見る。
 子供じゃ、ない……。
 じゃあ、これから徐々に大人に成長していくということなのか?
 何だか眩暈がして……慌てて首を横に振った。

「……とりあえず、早く帰ろう」

 考えても仕方がない。
 まず、ちゃんと休ませた方がいいだろ。

「でも服が……」
「……そうだな……」

 成長に伴ってなのか、自分の力を解放した衝撃なのか、とにかくビリビリに破けている。どうにか覆い隠したいが……。

「あら? トーマ、そんな所で何しているの?」

 ふと上から女性の声が聞こえたので見上げると、堤防の上から石橋先輩が覗きこんでいた。
 ユズが、先輩から見えないようにサッとシィナを庇った。

 先輩は俺たちを見てぎょっとすると
「……大丈夫? シィナちゃん、怪我してるんじゃないの?」
と言って、近くの階段から慌てて降りてこようとした。

「あーっ、違うんです! 来なくていいんで!」

 俺は慌てて先輩を制した。

「まぁ、ちょっと……。怪我はしてないですけど、そこの岩のところで服が派手に破けてしまって、どうしようかと思ってたところなんで」

 先輩からは破けた服は見えているみたいだし、下手に隠して俺たちを疑われても困る。
 この状況じゃ、まるで俺たちが乱暴したみたいに見えるし……。

 先輩はちょっと考えると
「……じゃあ、これ貸してあげる」
と言って上から何かをぽーんと放った。
 慌ててキャッチする。……見ると、大きめの巾着袋だった。

「私の着替え。遊園地で濡れたときのために持ってきてたの」
「でも……」
「今度返してくれればいいから。じゃあね」

 石橋先輩はにっこり笑って手を振ると、そのまま立ち去って行った。姿が見えなくなる。

「……さっき話してた人、だよね。誰?」
「同じ学部の石橋先輩。……まぁありがたく、借りておくか」

 袋の中にはTシャツとズボンが入っていた。
 外で脱がせる訳にもいかないから、今着ている服の上からもう一枚着せた。
 シィナより大きいサイズだったのでどうにかなった。

 俺はシィナを背負うと、ユズと一緒に駅に向かって歩き始めた。
 気絶した女の子を負ぶっているもんだから時々変な目では見られたものの、特に誰かに咎められることはなく、無事にアパートまで帰ってくることができた。


   ◆ ◆ ◆


 先輩のおかげでどうにか帰ってこれたけど……これからどうすればいいのかな。
 シィナが10歳頃だったときの服は、もう着れないだろうし。また買いに行かないとな……。

 実は大人……か。今から、まだ成長するのだろうか。
 そしたら、成長と共に記憶も取り戻すのかな……。

 俺を助けるためとは言え、シィナは二人の人間を消した。
 起きたとき、そのことを覚えているんだろうか。
 ……大丈夫だろうか。精神的にやられたりしないかな……。

「……トーマ……」

 名前を呼ばれて、ハッと我に返った。
 見ると、シィナがひどくうなされている。額に汗をびっしょりかいていた。
 俺はタオルを水で濡らすと、顔を拭いてやった。熱はないようだが……。

「待っ……」

 シィナが手を伸ばしたので、その手を握る。感触がジェットコースターの順番待ちで繋いでいたときとは違うから、ドキリとした。

「……どうした? 俺はここにいるぞ」

 ちょっと落ち着いてからそう声をかける。
 シィナの目尻から涙がこぼれた。

「んー……」

 いやいやをするように首を横に振る。

「やっ……怖い……駄目……いや……」
「シィナ!」

 これは起こした方がいい。俺はシィナの肩を揺さぶった。

「大丈夫か? おい!」

 ――行かないで!

 一瞬、暗闇で泣きながら叫んでいるシィナの姿が見えたような気がして、ぎょっとなった。
 思わず覆い被さって顔を見る。

 汗をかいた額に黒い前髪が張り付いていた。
 頬が上気して赤みを帯び……それが白い肌に映えている。
 涙をいっぱい湛えた黒い瞳は、大きく見開いていた。
 心なしか、涙が紫色に光ったように……見えた。

 それは……時間が止まったように感じるほど、惹きつけられる姿だった。

「……トーマ……」

 シィナの唇が俺の名前を形作って……その声で、俺は我に返った。
 かなり至近距離だったので慌てて顔を離す。
 ……何をしているんだ、俺は。

「……大丈夫か? うなされてたから起こしてしまったけど」

 咄嗟に目を逸らす。ちょっと横目でシィナの方を見ると、シィナは
「うー……」
と唸りながら大粒の涙をぽろぽろこぼした。
 俺の手を握る左手にぎゅっと力を込める。右手で自分の涙を拭った。

「怖い……」
「……何が?」

 空いていた左手でタオルを取ると、涙を拭ってやった。

「駄目なの……思い出しちゃ、駄目なの……」
「どうして……」
「いなくなるの……」

 言っていることが支離滅裂だ。まだ、夢から醒めていないんだろうか。

「大丈夫か? 一度、ちゃんと起きるか?」
「……トーマ!」

 シィナはガバッと起き上がると、俺に抱きついた。

「何だ何だ、どうした?」

 しがみつかれることは今までも何度もあったが、今はもう身体が大きくなっているからかなり焦ってしまう。

「怖いの……。力も、記憶も……」
「シィナ……」
「駄目なの。思い出したら……」

 俺は頭を撫でてやった。

「でも……逃げてばかりじゃ、何も解決しないだろ?」
「……だって……」

 シィナの腕の力が緩んでいった。

「トーマに……」

 そう呟くと、シィナは体全体を俺に預けてきた。
 ふと顔を覗きこむと、目を閉じている。
 ……どうやら、また寝てしまったようだった。
 しかしさっきまでとは違い、安らかな寝息を立てていた。

「……まったく……」

 独り言を呟くと、シィナをそっとベッドに寝かせた。
 タオルケットを肩までかけてやる。

 怖い夢を見て泣きべそかくとか、寝ぼけるとか、子供かよ。
 いや……見た目が大人びただけで実は子供。できればそうであって欲しい。
 だいたい、急にあんなにイロイロ成長するとか、反則だろ……。
 ……って、俺はいったい何を……。

 複雑な思いを抱きながら、立ち上がってカーテンを開ける。
 窓の外には、上弦の月。これからだんだん満ちてくる……。

 再びベッドのシィナを見下ろす。
 月の光のせいか――ひどく儚げに、見えた。
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