あの夏の日に ~俺たちの透明な二週間~

加瀬優妃

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6.俺の役目は、何だろう

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 シィナとしてはジェットコースターがかなり楽しかったようで、そのあと連続で3回乗る羽目になった。
 怯えていたのもどこかに飛んでいってしまったようだ。
 そのあとぐるぐると横回転する乗り物や、水の中に突っ込んでいく乗り物など、コースター系を一通り回った。

 ユズは俺たちがアトラクションを終えて降りてくると、いつの間にかそばに現れて俺たちを驚かせた。
 ずっと退屈だったんじゃないかと思ったが、連れ回されている俺の様子が滑稽だったらしく、それはそれで面白かったらしい。

 シィナがとりあえず満足したようだったので、俺はどうにか説得して、ちょっと休むためにユズと三人で観覧車に乗った。

「……お疲れ」

 ずっとその様子を眺めていたユズが、少し同情するような顔で俺に言った。

「さすがに連続は……キツい」
「楽しかったー!」
「ああ、そう……」

 まぁ、元気になったんならいいか。

「でも、これも楽しい。高いねー」
「そうだな」

 観覧車に乗る前に買っておいたお茶を飲む。
 シィナは窓から外の景色を見ながらかなりはしゃいでいた。

「トーマ、そう言えば、誰かと……」

 ユズが言いかけたが、俺は「シッ」と小さく言って人差し指を立てた。

 ……石橋って言う女子の先輩に会ったけど、あのあとシィナの様子が変だった。
 あまり思い出させたくない。

 俺の心を呼んだのか、ユズは
「……嫉妬?」
とポツリと言った。
 何がだ? 訳がわからん。

「……まぁ、いいか」

 何がいいか、なんだ。
 問い詰めようとすると、シィナが
「トーマ、あれ、何!?」
と言って遠くの方を指差した。
 気がつけば観覧車はてっぺんの近くまで来ていて、かなり奥の方まで見渡せるようになっていた。
 アトラクションが邪魔になっていて見えなかった遠くの景色が、俺の目に飛び込む。
 この遊園地は海のそばに作られていて、その深い青色が広がっていた。シィナはそれを指差していたのだ。

「ああ……海だよ」
「海?」
「……わからないか?」
「うん」

 本当に、どこから来たんだろう……。
 テレビも電車もブランコもない。海もない。
 だけど、シィナはとても色白で、あまり体力もない。
 大自然に囲まれた場所で逞しく生きていた、という感じはしない。
 まるで、ずっと家の中に閉じ込められていたような……。
 
 ――シィナの過去は……本当に見えないんだ。ただ……かなり淋しい想いを抱えていたみたいで、今がとても楽しい、ということだけは伝わってくる。

 昨日のこと。一週間様子を見ていてどうだ、とユズに聞くと、こんな答えが返ってきた。 
 じゃあ、少しでも楽しく過ごせるようにしてやるのが、俺の役目なのかな。

「うーん……。どう説明したらいいかな。水がいっぱいあって……」
「水が……いっぱい?」
「……ユズ、頼む」
「あのね、シィナ。地球の地殻表面のうち陸地以外の部分は、海水っていう塩分が含まれた水に満たされているんだよ。大きなひとつながりの水域で……」
「ちょっと待った、ユズ。その説明じゃ難しすぎる」
「……正しく伝えようとしただけなんだけどね」
「えっとな、シィナ。まぁ、何というか、この日本っていう国はいっぱいの水に浮かんでいる感じなんだよ」
「トーマ、それは間違い。地球は本来100%陸地で、後から海ができたんだよ。だから海の底で繋がっていて、寧ろ土でできたパレットに水が溜まっていると表現した方が……」
「……全然、わかんない」

 俺たちのやりとりを黙って聞いていたシィナが、不満そうに頬を膨らませた。
 話についていけないのが、ひどくつまらなかったらしい。
 その様子がおかしくて――可愛くて、俺はシィナの頭をぐりぐりと撫ぜてやった。

「しょうがないな。後で連れて行ってやるから」
「ほんと!?」
「百聞は一見に如かず、だね」
 
 シィナは俺たち二人を見比べると「ありがとう!」と元気よく言って本当に嬉しそうに笑った。


 観覧車から降りたあと、俺達三人は遊園地を出て海岸に向かった。
 少し歩くが、楽しみなのかシィナはいつもより早足だったし、疲れた様子も見せなかった。
 空から落ちてきたばっかりのときはかなり足元もおぼつかなかったのだが、この一週間、公園まで行き来していたおかげでだいぶん体力がついたようだ。
 海が見えると、シィナはあんぐりと大きく口を開けた。

「でっかい……」
「水着があれば、泳げたんだけどな」
「もっと近くに行きたい!」
「じゃ、その階段から降りようか」

 ユズが堤防から海岸に降りる石の階段を指差す。
 海岸までは段差があるので、結構急だ。
 俺はシィナの手を取ると、ゆっくりと階段を下りた。

「足だけ入ってみるか」

 俺は靴と靴下を脱ぐと、その辺に投げて波打ち際に行った。
 シィナも真似をしてサンダルを脱ぐ。砂に足をつけた瞬間
「熱い!」
と言ってとても驚いたような顔をした。

「海に入ってしまえば気持ちいいぞ!」

 ズボンの裾をまくり上げ、先に海に入って手招きをする。シィナは「えいっ」とばかりに駆け出すと、俺めがけて突進してきた。

「あ、あつ、あつ……きゃ――!」

 水に入った瞬間、湿った砂に足を取られて転びそうになる。
 慌てて支えてやると、シィナは「はああ……」と大きく息をついた。

「……どうだ?」
「足元……なんか変」
「砂が動くからな。でも、気持ちいいだろ?」
「うん!」

 ユズは濡れるのが嫌だったらしく、俺達の荷物の番をしていた。
 もう夕陽が落ちかけていて……そのせいか、辺りに人はいなかった。
 その方がくつろげるのか、シィナは楽しそうに波打ち際を走っている。
 何度も転びそうになって、そのたびに身体を支えてやった。

 ……でも、人がいないっていうのはあまりよくないような……。

 俺がそんなことを考えていると
「トーマ! そろそろ帰ろう!」
とユズが声をかけた。俺の靴とシィナのサンダルを持ってくる。

「……そうだな。シィナ、行くぞ」
「えー……」

 残念そうなシィナの手を強めに引っ張る。
 そのとき……ふと、辺りが暗くなった。
 夕陽が雲に隠れたのかな、と思って空を見上げると、何かがきらりと光るのがわかった。

「……ん?」

 次の瞬間、光の矢が俺達三人めがけて飛んでくる。
 俺は咄嗟にユズとシィナを庇った。でも、それだけで精一杯だ。
 速すぎて避けることなんてできな……。

「トーマ! ……シィナ!」

 ユズが叫んで……シィナがバッと俺の手を振り払って光の前に立ちはだかったのが分かった。

「なっ……!」

 光がシィナに当たる瞬間……俺達三人を半球状の何かが覆っているのが分かった。そのドームに光が当たり、弾き返される。
 眩しい光が四散する。目を開けていられず、思わず顔を伏せた。

「あああああー……!」

 シィナの叫び声が聞こえてくる。
 視界がどうにか開けてきて……俺はおそるおそるシィナを見た。
 シィナの体から薄い紫色の光が溢れ……自分を抱きしめるようにガタガタと震えている。
 抱きしめようとしたが、光に押し返されて近寄れない。

 そのとき砂浜に、その攻撃を放ったと思われる人間が降り立った。
 長い髪の女。荒い息をつきながら膝をつき、愕然としている。
 光に包まれたシィナを見て、目を見開きひどく驚愕していた。
 そしてその後ろに、ひらりと男が舞い降りてきた。

 何だよ、今回は二人か!
 ……でも、やるしかない!

「トーマ!」

 ユズが俺にそっと棒を渡した。前の鉄の棒より軽いが……かなり頑丈そうだ。
 俺はダッシュすると、ゆらりと立ち上がった女の懐に飛び込み、思い切り胴を入れた。
 前と同じく何かに守られているようだったが、構わず踏み込む。
 女が「ぐふっ」と呻きながらぐらりとよろめいたが――陰で、男が何か構えているのが見えた。
 俺はすぐに男に向かって棒を振り上げたが……男の両腕が俺に向かって突き出され、光を放った。
 さっきほどの勢いはなかったが、至近距離のため俺は避け切れなかった。
 みぞおちに当たり、思い切り吹き飛ばされる。

「ぐはっ……」

 3メートルほど飛ばされて、砂浜に転がされた。
 見上げると、女が再びゆらりと立ち上がり……男は2発目を準備している。
 何か知らんが、あれを食らうとヤバい!

「トーマ、伏せて!」
「うおっ!」

 立ち上がろうとした俺の足に、ユズが背後から飛びついた。思い切り倒れる。
 胸を強打して思わず呻く。
 そして……その俺の頭上を、極太の紫の光が凄い勢いで通り抜け――目の前の二人の男女にぶち当たった。
 二人の姿が紫の光に包まれ……一瞬で消えた。
 ……いや、何というか……どんどん縮んで蒸発した……みたいな感じ。

「……!」
「……っ!?」

 叫び声すら聞こえなかった。紫色の光が消えると共に、あっという間に何もなくなる。

 ――目の前には、砂浜が広がっているだけだった。
 まるで、最初から何もなかったかのように……。

 そして彼らが消滅するのと同時に、辺りがもとの明るさを取り戻した。
 ――今の紫の光は、シィナ……?

「トーマ……」

 シィナがそう呟くのが聞こえ……俺はハッとして振り返った。
 身体から出ていた光は、もう消えていた。
 目を閉じたままふらりとよろけて……砂浜に崩れ落ちた。俺は慌てて駆け寄った。
 なぜか服がビリビリに破けて……。

「え?」
「な、何で……」

 シィナの様子を見て……俺とユズは、思わず顔を見合わせた。
 なぜなら……シィナが少し、大きくなっていたからだった。
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