想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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31.チェルヴィケンの過去と朝日 -夜斗side-

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 フィラの三家――ファルヴィケン、チェルヴィケン、ピュルヴィケン。
 フィラの民の中でも最高峰の力を持つ、代々フィラの民をまとめてきた三家。

 筆頭のファルヴィケンは、主に侵入者を阻む攻撃系の血筋。控えめな人柄の多いフェルティガエの中において、積極的に前に出て行動し、そのぶん我が強い人間が多かったそうだ。
 最後の当代、ユウディエン=フィラ=ファルヴィケンがフィラ侵攻で亡くなり、直系の血筋は途絶えた……とされた。

 チェルヴィケンは、他の干渉から鉄壁の守りを見せる、防御系の血筋。ファルヴィケンの者がエルトラとの外交にも積極的に臨む中、フィラの内政を担当していた、という話だ。
 しかし、とうの昔に直系の血筋は途絶え……今のフィラの生き残りにはすっかり血の薄くなった傍系の血筋がパラパラといるだけだ。

 そして、俺とリオが現在当代となっている、ピュルヴィケン。
 フィラの三家の、唯一の生き残り。ファルヴィケンとチェルヴィケンを支え、フィラの均衡を守るべく動いてきた家。

 しかし、そのファルヴィケン・チェルヴィケンの両家が滅んだ今、俺達がフィラの民をまとめなければならない。
 俺たちは――特にリオは、その使命感に駆られていた。
 いつかフィラに帰り、フィラを再興するために、早くキエラとの戦争を終わらせよう、と……。

 まさか、朝日がチェルヴィケンの直系の血を引いている、だと……。
 チェルヴィケンの血筋が途絶えたのは、かなり昔の――俺たちが生まれる前の出来事。
 だから俺は、そのあたりの話を殆ど知らない。

『……フレイヤ女王。チェルヴィケンについては我々の生まれる随分前の話ですから、理解できていません。差し支えなければお聞かせ願えませんでしょうか』

 俺は、思い切って女王に問いかけた。

『……』

 手にしていた扇を口元にあて、しばらく考え込む女王。
 出過ぎた真似ではないはずだが、と注意深く見守っていると、女王は

『……ま、よいであろう。カンゼルにも関わる話じゃしの。知っておいて損はあるまい』

と呟いた。昔を思い出すように、その青い瞳がゆっくりと閉ざされる。

『――われの即位式に、キエラの王ザイゼルとその息子カンゼルが出席していたのじゃが……そのときにナチュリ=フィラ=チェルヴィケンとカンゼルが恋仲になった、と聞いている』

 しかし次の瞬間、女王の眉間にグッと皺が寄った。
 再び開かれた青い瞳がギラッと光る。

『しかし、ナチュリはほどなくカンゼルに捨てられた。そして後に、ひっそりと子供を産んだ。勿論、カンゼルの子だ。それがヒールヴェン=フィラ=チェルヴィケンじゃ。ナチュリとヒールヴェンは、それから3年後のわれの託宣後、エルトラ王宮を出たところで足取りが途絶えておる。……二度と、フィラには戻らなかったのじゃ。そしてチェルヴィケンの直系の血筋はここで絶えた……』

 そのときのことを思い出したのか、フレイヤ女王の表情が苦渋に満ちたものに変わった。
 俺にはフィラが存在していた頃の記憶はないが、この異常事態にかなり混乱したであろうことは容易に想像できる。

『何も証拠はないのじゃが、カンゼルはこのとき自分が捨てた母子だと気づいて二人を捕えたのではないか、とわれは思うておる。そしてこの頃から、母子を使ってフェルティガの研究を始めたのではないか……とな』

 女王はそう言うと、深い溜息をついた。
 リオはしばらく黙っていたが

『チェルヴィケンの母子は、今頃、どうしているのでしょうか……』

と遠慮がちに口を開いた。

『仮にわれの推測通りだとしても、ナチュリはもう生きてはおらぬじゃろう。捨てられたショックと出産でかなり弱っておったしの。息子のヒールヴェンは……生きていれば、四十歳ぐらいではなかろうか』

 四十歳……朝日の母親と同じぐらいか?
 俺はふと引っ掛かりを感じて

『ヒールヴェン殿の宣託はどのようなものだったのでしょうか?』

と女王に聞いてみた。

『……かなり高位のフェルティガエであったな。防御ガードと……幻惑の使い手じゃ。われはキエラに囚われていると考えていたが……キエラが防御ガードに不得手なところを見ると、考え違いかもしれぬ。カンゼルが利用しない訳がないからのう』

 防御ガード……。ひょっとして、朝日の母親に禁術をかけたのは、この人なのだろうか。

『だとすると、とうの昔にミュービュリに逃げた可能性もある。キエラがアサヒに辿り着いたのは、われの託宣より早かったようであるし……』

 女王も俺と同じことを考えたようだ。

『……カンゼルが逃げた息子を追っているうちに朝日に辿り着いた。その可能性があるということですね』

 女王の言わんとしていることを捕捉すると
『そうじゃ。アサヒはヒールヴェンの娘かもしれんのう』
と言い、ふうと息をついた。

 隣の朝日を見ると、俺たちの会話がわからないせいか何だかボーッとしている。
 ……いや、待て。さっき女王の『体の一部を貰う』という発言に確かに反応していた。
 実はユウから習って、言葉が解るんじゃないか?

 そんなことを考えていると、女王が

『ヤトゥーイに命ずる。アサヒの訓練を実行せよ』

と、突然俺に向かって言った。

 意味がよくわからず驚いていると、次にリオの方に向き直る。

『そしてリオネールにはフェルティガエの訓練を任せる。もうひと月もすれば雪が溶けはじめる。キエラといつ戦が始まってもおかしくないからのう』
『お待ちください、フレイヤ女王』

 俺は慌てて一歩前に出た。

『朝日の訓練とは……』
『このままではフェルティガを貯め込む一方で、宝の持ち腐れじゃ。何とか放出もできるよう、お前が幼少期に受けた訓練を朝日に伝授してやれ。フェルティガの質としてはリオネールよりお前寄りじゃ』
『……それは、春が来たら朝日を戦場に出すということで……?』
『当たり前じゃ! 戦の終焉の鍵となる娘だぞ。ここで使わんでいつ使うのだ』

 朝日を、戦場に……? 軍人としての訓練も積んだことのない朝日を、たった一、二か月で?
 しかもそんな物みたいな扱い方……。

 あまりの発言に呆然としてると、隣の朝日が若干ムッとしているのがわかった。
 ……やっぱり、何を言っているか解ってるみたいだよな。

『では、下がるがよい。われは久しぶりに術を使って疲れた』

 女王が扇でひらひらと指図をし、玉座から立ち上がろうとした。
 それに気づいた朝日が慌てて

「……ちょっと待って!」

と叫ぶ。

「ユウはどこにいるんですか? 女王様なら……うごっ」

 だが、途中でリオに口を塞がれた。……まぁ、無理もないが。

『……何じゃ』

 女王が気だるそうに朝日を見た。

『ユウは……朝日と一緒にいた少女は今どうしているのか、と聞いています。フレイヤ女王は何かご存知ですか?』

 代わりにテスラ語で聞くと、女王は
『われは直接は視ておらんが……神官の話だと、テスラに来ていることは確かなようじゃの。ただ、時折ちらりと姿が垣間見える程度で、どこで何をしておるのかはわかっておらぬ』
と答えた。

 そしてふと、朝日の方に向き直った。

『そう言えば、あの少女は何者なのだ』
「……」

 朝日は答えない。
 テスラ語が解らないふりをしているからか、答えたくないからかは分からないが。

『ヤトゥーイ、聞いてくれ』
『聞きましたが、答えてくれません。朝日には暗示が効きませんから』

 女王は深い溜息をついた。

『……まこと厄介な娘じゃの。……まあ、よい。どのみち、部外者はわがエルトラ王宮には入れんからの。完全防御クイヴェリュンで守られておるゆえ』

 女王はそう言い捨てると、玉座を立ちあがってこちらを見向きもせずに奥に消えて行った。

「……ユウはテスラにはいるそうだ。エルトラでも行方はわからないらしい」

 一応、朝日に日本語で伝えておく。……朝日はムッツリと黙り込んだままだったが。

 大広間を出て扉の前で三人きりになると、リオが朝日をどんと突き飛ばして俺に押しつけた。

『うお、何だ』
『ヤト。今度はあなたが朝日を部屋に戻して。私は軍の方の計画を進めないといけないから』
『……不機嫌だな、リオ』
『ヤト、情に流されないで。私たちのフィラを取り戻すためには、時には割り切りも必要なのよ』

 リオはそう言い捨てると、足早に扉の前から立ち去った。

「……喧嘩?」

 朝日が少し心配そうに俺を見上げた。

「まぁ、面白くねぇんだろうな」

 先に長い廊下を歩き出す。
 朝日が後ろから小走りでついてきて
「どうして?」
と聞いてきた。

 うーん……どう答えたものかな。
 考えながら廊下からいったん外に出ると、冷たい風が俺の頬を撫でた。
 情報量が多すぎて疲れた頭を冷やすのにちょうどいい……

「――ちょっと夜斗!」

 朝日が後ろからドーンと俺を突き飛ばした。

「いって……何す……」
「髪! 何で一言ことわらないのよ!」

 自分の頭を指して妙に怒っている。
 そう言えばさっき泣いていたような……。しかし、俺は一言ことわったぞ。

「俺に任せろって言ったろ。爪を剥がされるよりマシだろうが」
「爪……」

 朝日が怯んで喉をつまらせた。
 ……そうか、ピアスの話しかしてなかったからな。
 ユウが知らなかった訳だから、当然、朝日も知るわけないか。

 朝日のガタガタになった髪が風でなびいている。
 さっきの泣いていた表情を思い出して、ちょっと悪いことをした気持ちになってしまった(俺は助けてやったはずなのに……)。

 ナイフを取り出すと「揃えてやるからそこに座れ」と言って庭に座らせた。
 朝日が大人しく俺の前に座る。
 ナイフで朝日の髪を整えながら、俺は少し丁寧に説明することにした。

「爪ならまた生えるから、昔は足の小指の爪を剥がして宣託を授けていたらしいんだ。ただ、赤ん坊によってはそれがもとで死んだりすることもあるから、ピアスに変わったんだよ」
「ふうん……」

 ザッザッとナイフで髪を削いでいく。
 だいたい肩ぐらいのところで揃えてやる。
 うーむ、俺ってなかなか器用。自分の髪でしかやったことはなかったが、やればできるもんだ。

 ふと、俯いた朝日の細いうなじが目に入った。
 いつも頭頂部か、じっと見上げてきたときの正面の顔ばかり見てたから、白いうなじと横顔が新鮮で見とれてしまった。

「……夜斗? 終わった?」

 朝日に声をかけられて我に返る。
 俺は慌てて
「ああ。泉で見てみれば?」
と言って泉の方に促した。
 朝日は立ち上がると、俺の前から泉に移動して自分の顔を覗き込んでいた。

「……ありがとう……」

 朝日は俺に背を向けたまま、小さい声でお礼を言った。
 そして立ち上がると
「去年の春はね、このくらいの長さだったんだ。……へへっ、ちょっと思い出しちゃった」
と、俺に笑いかけた。

 去年の春……ユウと出会ったぐらいの頃か。
 俺が、まだ学校に来る前の……。

 ――何かイラッとしてしまった。
 気付くと俺は、朝日の腕を掴んでいた。
 短い髪の朝日が、驚いたように振り返る。

『……俺、お前のことが好きかも知れない』
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