想い紡ぐ旅人

加瀬優妃

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41.パパ、いかないで

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「そう……ルイに……もう、二度と……」

 そこまで言うと……ヤジュ様の身体が大きく前に傾いた。
 ユウは慌ててヤジュ様の身体を支えた。その顔は、泣きそうで苦しそうで、私まで胸が締め付けられるようだった。どう表現したらいいか分からない。

「すまん……もう時間のようだ……」
「ヤジュ様……」

 二人の姿が遠のくように感じる。
 ふらふらとよろけそうになって、隣にいた夜斗が私の肩を支えてくれた。

 いや……待って。しっかりしなきゃ。ちゃんと受け止めなきゃ。
 今までの話の、全部を理解できた訳じゃない。
 でも……これだけはわかる。
 この人は、私の父親なのだ。
 そして……ママと私を守るために、ただそれだけのために命を懸けたのだ。

「……パパ!」

 私は駆け寄って手を握った。皺だらけの手……。
 私は一生懸命に気持ちを込めた。
 たとえ無駄でも……1秒でも長く生きられるのなら、私の力をあげたい。

「……アサヒ……」

 パパの瞳に涙が光っていた。

「ねぇ、ママ……ママに会わなきゃ。ママ、忘れてないよ。パパのこと……。ねぇ!」
「……」

 ヤジュ様――パパは、ゆっくりと首を横に振った。

「もう二度と会えないと思っていたお前に会えた……。本当に、よかった……」

 そして、ユウの方を見ると……静かに頭を下げた。

「ユウディエン……私は戦争のためでも、フィラのためでもなく……ただ、ルイを……ルイとアサヒを守り……」
「ヒール……もう……」
「お前を利用していたのは……私も……カンゼルと……変わら……」
「違う!」

 ユウがパパに抱きついた。子供のように泣きじゃくっていた。

「死ぬところだった俺を……助けてくれたのはヒールだ。カンゼルから守ってくれたのも……そして、朝日に会わせてくれたのも……」
「……ユウディエン……」
「どうして俺の記憶を封じちゃったんだ! 俺がもっと早く思い出していれば……まだ、何か……ヒールのためにできたかもしれないのに……!」

 パパが少し笑った。

「すまん……な……」

 パパの瞳から、涙が一滴……零れた。
 そして固く閉ざされた瞳は……もう二度と……開かなかった。

「――ヒール……!」

 ユウの悲痛な声が……岩穴に響いていた。


   * * *


 私達はサンの背中に乗って……ダイダル岬に戻ってきた。
 テスラでは、遺体は海に流して弔うのだそうだ。そして世界を巡り……魂は天に昇り……いつか、生まれ変わるのだという。

「ヒール……」

 ユウがパパの髪を撫でた。泣きすぎて、目が真っ赤になっていた。

「……」

 私たちは海にパパを送り出した。
 ずっと目で追う。水平線の彼方に、消えるまで。


 やがて、空の藍色が薄くなり……白くなった。
 私達は立ち上がると、サンの背中に乗って再び岩穴に戻ってきた。
 パパが言っていたチェルヴィケンの古文書……それと私のひいお祖父さんの日記を見るためだ。

 それらは小さな本棚に大切に仕舞われていた。
 大事なものだから、ガラスの棺と一緒に隠してあったんだと思う。

 ユウは日記を開こうとして……だけど、すぐにパタンと閉じてしまった。そのままその場にうずくまってしまう。
 ヤジュ様の……パパの死のショックが大きすぎて、これ以上の事実を受け止めることができないようだ。

 夜斗がユウの許可を取り、代わりに本を開いて読んでくれた。文字が違うから、私には読めないのだ。
 それによると、ひいお祖父さんの日記は、ナチュリさんが子供を産んでから消息を絶ったこと、そしてフィラ侵攻のことなどがずっと書き綴ってあったらしい。

 これを読んで、パパは外の世界を初めて知ったのか……。

 そしてチェルヴィケンの古文書には、代々三家に伝わる術が書き連ねてあったみたいだ。
 夜斗が説明してくれたように、フィラではファルヴィケンが攻撃、チェルヴィケンが防御・幻惑を担当し、ピュルヴィケンが各家の補佐をしていた。その昔、このチェルヴィケンの古文書に綴られた術を用い、ずっと村を守っていたらしい。

「……なあ、ユウ……」
「……ん?」

 夜斗がおもむろに口を開いた。ユウはうなだれたままだったけど、微かに返事をした。

「封じられていたお前の記憶って、何だったんだ? まぁ……答えたくなければ、無理にとは言わんが……」
「……」

 ユウはゆらりと立ち上がると……古文書をパラパラとめくった。

「ヒールが最後まで封じていた俺の記憶は……ヒールだったとき・・・・・・・・のものだ」
「……?」

 よくわからなくて、私と夜斗は顔を見合わせた。
 ユウは溜息をついた。

ヒールだった・・・・・・最後……俺は6歳ぐらいだったと思う。ヒールは研究室に残っていたガラスの棺とフェルポッドを俺に圧縮させ……そして、俺を抱えてゲートを越えたんだ」

 そう言うと、ユウは古文書のあるページを開いた。そして、夜斗の肩に右手を乗せる。

「これは……朝日にも関係あることだから知ってほしい。でも……俺も幼かったから、何が起きたのかはわかっていない……映像としてしか記憶していないんだ。夜斗、俺から読み取って朝日に見せることできる? ……これを使って」

 ユウが古文書の開いたページを左手で指差す。

「ん……幻覚の応用か」

 そう言うと、夜斗はしばらく古文書のそのページを眺めていた。そして
「どうにかできそうだな」
と呟くと、目をつむって集中し始めた。
 もくもくと煙が立ち込め、スクリーンのような物が現れる。
 やがて、一つの映像が浮かび上がった。

 それは、私の家のすぐ向かいにある公園だった。
 映像の視点が低い。ユウが小さいからだ。
 パパの姿が映った。
 若い……多分、30前だと思う。茶髪で、すらっとして……。
 パパがしゃがんでユウと視線を合わせた。

〈ユウディエン……いま隠蔽カバーを私たちにかけたが、わかるか?〉
〈うん。俺たちの姿、誰も見えないんだろ〉
〈……そうだ〉

 パパはしばらく俯くと、再びユウの顔を覗き込んだ。

〈……しばらくここで静かに待っててくれるか? すぐ戻ってくるから〉
〈うん……。ちょっとなら〉

 二人の会話は、当然ながらテスラ語だ。
 そして、パパは公園の砂場で遊んでいる少女に近づく。

 ……私だ!
 私の近くには、当時私の世話してくれていたお手伝いさんがついていたけど……パパには気づかない。
 しかし……。

〈……おじちゃん、だあれ?〉

 幼い私がパパに話しかけた。パパがぎくりとしているのが遠くからでもわかる。

〈アサヒ……私の姿が見えるのかい?〉

 私がこくりと頷いている。
 パパは困ったように首を傾げると、指先で私の額をちょっとつついた。

〈……なあに?〉
〈……何でも。ママはどこだい?〉
〈ママはおうち。あそこ。お仕事してるの〉
〈そうか。ママのこと好き?〉
〈だーいすき〉

 パパはちょっと笑った。

〈そうか。……アサヒ、これからもずっと、ママと一緒にいるんだよ。約束できるかい?〉
〈うん!〉

 私が元気よく頷いている。
 パパは幼い私にバイバイをしてユウのところに戻ってきた。

〈ヒール、可愛い女の子だったね。でも、何を話してたの? 全然わからなかったんだけど〉
〈……この国の言葉だよ〉
〈そうなんだ……〉

 パパがちょっと考え込んだ。
 そしてユウの手を引くと、私の家の前まで一緒に歩いた。

〈ユウディエン、今度はこの家に行ってくる〉

 そう言うと、パパは左手を自分に振り払った。

〈……ここでもう少し待てるかい?〉
〈……いいけど……。ヒール、隠蔽カバーを解いていいの?〉
〈……ああ〉

 パパは静かに微笑むと、私の家に向かっていった。
 ユウは心細いらしい。ずっとパパの後ろ姿を目で追っている。
 門からパパの後ろ姿が消えた。
 玄関はかなり奥の方にあって、庭の木々もあるから、ユウの身長では見えないみたいだ。

 だけど、急に視界が広がった。玄関の様子が見える。
 ユウが浮き上がって塀によじのぼったらしい。
 玄関が開いて、ママが出てきたのがわかった。遠くなので、何を会話しているのかは全く聞こえない。
 表情もよく分からなかったけど、二人は抱き合っているように見えた。

 だけど……しばらくして、パパがママを振り切って玄関から飛び出した。
 ママは茫然と立ち尽くしていて……あっという間に霧に包まれた。

 そして、視界が急にドスンと下に落ちた。ユウがびっくりして塀から落ちたのかもしれない。
 空に霧が広がっているのが見える。

〈ユウ……ディエン!〉

 声がした方を見ると……門から白い髭の老人が出てきた。

〈……ヒール!?〉
〈ユウディエン……行くぞ〉

 白い髭の老人がユウを抱え、ゲートを開いた……。

 ――ここで、画像はぷつんと途切れてしまった。
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