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おまけ・後日談

聖女の魔獣訪問3・マデラギガンダ(前編)

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 土の王獣・マデラギガンダ。
 魔王の使者として二回も地上に降り立った彼は、人間界における知名度は抜群。本人も『大地の監視者』を自負しています。
 さて、マユとの関係は……? ( ̄▽ ̄*)
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 土の王獣マデラギガンダは、元の種族は不明。人間・牛・馬などの地上の生物、蟻・ネズミなどの地中の生物、蛇・魚などの水中の生物、そして蝙蝠・烏などの空中の生物すべてを取り込み、一体の巨大な魔物になったと言われている。
 そして土を司るだけあり農作物や生き物に造詣が深く、そもそも地上に詳しいので好き嫌いなく何でも食べる、いわゆる美食家グルメなのよね。

 ブレフェデラ様と同じようにはいかないわ……。珍品でもマデラギガンダにとっては珍品ではなさそうだし、今回の手土産はどうしたらいいかしらね。

「そんなマユに、朗報です」

 どうしても思いつかないので聖女の匣迷宮の資料を片手にセルフィスに相談すると、そんな言葉が返って来た。

「朗報?」
「はい、こちらです」

 すっと、卒業証書の筒のような……違うな、もっと大きいわ。バスーカ砲のような真っ黒い筒に取っ手や充て布がついた物を取り出した。
 ………って、何でこんなテレビショッピングみたいな感じになってるの。

 はい、と渡されたので手に取る。見た目ほど重くはないけれど、何の金属でできているか分からないひやっとした感触。
 なるほど、この充て布は肩で担ぐためのものか。ますますバズーカみたいね。

 よく見ると筒には先端部分にガラス窓があり、横にはボタンのような物がいくつかついている。そして、何かを収納するらしい引き出し口もあった。
 これの手の平サイズのものを見た覚えがあるわ。もうちょっとシンプルなつくりだったけど。確か、ズィープから巻き上げて野外探索でも使った……。

「……記録水晶?」

 引き出し口を開けてみると、かなり大きな水晶が収納されていた。
 これ、この記録水晶に映像を焼き付ける魔道具カメラね。

 そうです、と言い、セルフィスが居間のソファに深々と腰かける。そしてすぐ隣にあるクッションの上をポンポンと叩いて催促されたので、カメラと資料を抱えたままおとなしく隣に座った。
 どうやら今回は、あまり機嫌が悪くないようだわ。

「アメトリアンパイソンの話を聞いたマデラギガンダから聖女の領域に入りたいという申し出がありましたが、それは断りました」
「え、何で?」
「魔界の風から完全に隔離し、魔界由来の魔精力からなるべく遠ざけるための場所ですよ。王獣を入れてどうするんです」
「ちょっとぐらい大丈夫じゃない?」
「駄目です」
「……」

 うーん、頑なね。でも確かに、『聖女の匣迷宮』にはハッチーとカバロン以外の魔物はいない。
 そして彼らはこの地で幼体から純粋培養された魔物なので、魔法が使えない分、歪みも殆どないのよね。

「ですので、これで各層の様子を撮影し、その映像を手土産として持っていってはいかがかと」
「ああ、なるほど!」

 セルフィスったら、気が利くわね!
 どうやら自分の意見と周りの意見の折衷案をとる、ということを覚えてくれたようだわ。

「聖女シュルヴィアフェスの要請に応えてこの領域を作るときに入ったっきりなので、今はどうなっていてどういう生物がいるのか気になっているそうです」
「わかったわ。じゃあ、この資料も持っていこうかしら。アメトリアンパイソンのことを知ったときから、引き続きどういう生物が生息しているか調査していたの。まだ全部じゃないけど」
「そうですね」
「カバロンやハッチーにも相談して撮影するわね。……そうだ、ここは秘密、みたいな場所はある?」

 眠っていた『匣迷宮』を起こしたあとは、セルフィスが独自に手を入れた場所もあるらしい。聖女よりずっと耐性が低い私のために、かなり結界を強めたという話だったけど。

 念のため聞いてみると、セルフィスが
「マユの部屋は駄目ですよ」
と真顔で注意したので、カメラと資料を投げ出しそうになるほど驚いた。

「さすがにそれはやらないわよ! 関係ないじゃない!」

 何でどこぞのアイドルみたいに「私のお部屋を公開~❤」なんてやらなきゃいけないのよ。おかしいでしょ。
 いったいどれだけ奔放だと思われてるのよ!

 猛然と抗議をすると、セルフィスはあからさまにホッとしたような顔をし、次の瞬間には複雑そうな笑みを浮かべた。

「なら、いいですけど。マユはどうも常識の範疇を超えがちなので心配です」
「……」

 まさか魔王に、常識云々について心配されるとは思わなかったわ。
 常識の範疇を超えているから魔王なのでは?


   * * *


 ロワネスクから南、リンドブロム南部の乾燥地帯にあるマデラギガンダの洞窟。
 今回はムーンに乗って魔界から行ったのでミーアと大乱闘を繰り広げた荒れ地を経由せず、マデラギガンダの住まいに直接赴いた。
 そうして到着したのは、荒涼とした山に囲まれた洞穴の前だった。
 とは言っても、かなり不思議な光景だったんだけど。

 洞穴の入口と思われる場所は、岩山の地面部分から縦横五メートルぐらいの真四角にくりぬかれていて、黒く塗られた立派な両開きの扉がつけられている。その岩山の隣には、小学校のプールみたいな四角い箱状の穴ができていた。覗いてみると、枯れ草が敷き詰められていて、上には何枚もの布がかけられている。

 これは……寝床かしら? 確かにマデラギガンダって、大きいし。でもそうだとすると、この洞穴の扉はくぐれないわよね?
 あ、でも、マデラギガンダって確か身長体重可変なんだっけ。小さくなれば通れるのかも。
 でもまさか、こんなちゃんとした住居になっているとは思わなかったわ。岩山のところどころに、明かり取りのためか窓みたいなものもあるし。

『おお、来たか』

 その洞穴の黒い扉がガチャリと開いて、マデラギガンダが現れた。今日のサイズは、だいたい3mほど。
 さて、初対面ではないとはいえ、聖女として会うのは初めて。挨拶はきちんとしないとね。
 やや乱れた衣装の裾を整え、その場に跪いた。

「ご無沙汰いたしております、マデラギガンダ様。本日は……」
『ああ、いい、いい。だいたいあんな痴態を見せておいて、今さら何を気取る?』
「ち、ちた……」

 何てこと言うのよ! そりゃ、ミーアとちょっと派手な喧嘩はしたけど!

 思わず口ごもっていると、傍に佇んでいたムーンが
“痴態とは何だ?”
と聞いてきたのでグーで左足をボグッと殴っておいた。
 そこ、掘り下げなくていいから!

「ところで、聖女の領域を撮影したものをお持ちしたのですが……」
『本当か!? よしよし、中に入れ』
「入りたいのはやまやまなのですが、ムーンが入れませんので……」
『ん?』
“魔王に聖女の傍を離れるなと言われている”

 不思議そうに聞き返すマデラギガンダに、ムーンが間に入って補足してくれた。
 しかしマデラギガンダは、あまり合点がいかないようだ。
『扉を開けたままにしておく、とかじゃ駄目なのか?』
と言って、首を傾げている。

 何でしょう、その初めて女の子を自分の部屋に招いた男子がやるような手段は。
 それはいいとして、えーと、どうだろう……セルフィスって相変わらずよく分からないのよねぇ。

 反応に困っていると、ムーンが私の代わりに
“恐らく駄目だろう”
と返事をした。

『…………ほーん』

 ほーん?
 気分を害するでもなく、右手で顎をしゃくりながらニヤニヤしているマデラギガンダに、こちらの方がこてんと首を傾げてしまう。

『悪影響のことか? ワシは完全に存在を消すことができるのだが?』
“そう言われても、魔王の命とあらば仕方がない”

 仕方がない?
 ムーンの言い回しも、どこか妙よね。
「そこまでしなくてもいいと思うんだけどさー、アイツ魔王がそう言ってるから勘弁してやってー」
みたいな感じ。

『二代目魔王は初代魔王と違って冷静で分別があると思っていたのだが。聖女に関わるとそうでもないのだな』
“そういうことだ”
『わかった、じゃああちらで見よう』

 そう言ってマデラギガンダが指差したのは、例のプールのような四角く切り抜かれた場所。
 持ってきた木をスタンドのように組み、セルフィスが用意してくれた大きな白い布を広げて引っかけ、スクリーンにする。
 そうして意外に座り心地の良いでっかいベッドの上に三人並んで座り、『聖女の匣迷宮・野外鑑賞会』が始まった。

 セルフィスが渡してくれたカメラはなかなか性能が高く、一時停止や早送り、巻き戻しなども思いのまま。
 マデラギガンダから質問されるたびに止めて手元の資料を調べたり、巻き戻してもう一度確認したりした。

『湖にも確か地上の魚を放してあったはずだ。調べるとよい』
『リメンツチノコという生物がいるか確認しておけ』
『サイロだが、あそこに穴が開いている。修繕した方がいいな』

など、様々なアドバイスをしてくれたので、そのたびにメモをしていった。
 そのうち映像は第4層に移り、ハッチーが私のために料理を作ってくれたり、洗濯をしてくれたりしている様子が映し出された。
 マデラギガンダのところに持っていく、と伝えたせいか緊張気味だ。

“……、……!”
「大丈夫、普段の様子を映してるだけ! そのまま作業を続けてね」
“……”
「わぁ、それ、小麦? 今から小麦粉になるの?」

 一人のハッチーが、収穫して乾燥しておいた山盛りの小麦を猫車に載せて歩いている。私の問いにコクコクと頷いていた。
 そう言えばどうやっているのか見たこと無かったわ、と興味が湧いたから、そのまま一連の工程を撮影したのよね。

 ハッチーは石を積み上げてできた小さな作業場に行くと、足でドラムのようなものをギコギコ動かして穂から実を落とした。
 これはいわゆる脱穀とよばれるもので、殻を飛ばして小麦の実だけを取り出す工程らしい。

 作業場で待ち構えていたもう一人のハッチーが、四角い木の枠に網のようなものが張られた平たい容器に、落ちた実を入れている。
 そして二人で両側を持ちゆっさゆっさと振ると、混じっていた茎や穂軸が網の上に残り、下に綺麗になった小麦の実が落ちてきた。

 そうしてどんどん網目が細かいふるいにかけてゆき、最後はハッチーたちが手作業で汚い実を取り除いている。この汚い実も畑の肥料などに再利用されるので、無駄にはならないらしい。

 このあとどうするのかしら、と思っているとゴザの上に小麦の実を並べ始めた。
 ここから再び二日ほど乾燥させて、あとは湿気ないように冷暗所で保存しておくらしい。
 そのあと石臼で挽いてふるいにかけると、きめの細かいさらさらの小麦粉になるんだそうだ。

『ほう……そうか、千年前はこうだったか』

 映像を見ながら、マデラギガンダが懐かしそうに目を細める。

「今は違うのですか?」
『脱穀機が発明されたしのう。そこから振動するふるいを連結させて選別までは自動で行えるようにしてあるものもある。恐らく石臼も手動で動かしているのだろうが、今はそれも人の手でやることは殆どないであろうな』
「まぁ、そうなんですか。でも、こうしてソールワスプが一つ一つ手作業でやってくれているからか、パンがすごく美味しいんですの!」

 これだけは公爵家で出されていたものより格段に上ですわ!……と拳を握って力説すると、マデラギガンダは『ハッハッハッ』と大声で笑った。

『そんなに言うなら一つ食ってみたいが』
「わかりました。今度お持ちします。そう言えば、魔獣の皆さんはパンを食べるのでしょうか?」
『食わんな。食うとしたら、マイヤとワシぐらいだろう』
「そうですか。マイヤ様のところへ伺った時は何も持参しなかったので、今度持っていきます」

 またお茶しに行くって、約束したし。
 その後、他の作業場の様子なども確認し、野外の鑑賞会は和やかな雰囲気のまま終わった。

 『聖女の匣迷宮』は、千年前から何一つ変わらず蘇ったため、生息している生物だけではなくその暮らしぶりも千年前のまま、ということなのね。
 興味が湧いたので、もう少し質問してみることにした。

「つまり、ハッチーやカバロンは千年前に聖女に教えられた通りの丁寧な仕事をしているのですね」
『そうだ。その頃には便利な道具も既にいくつかあったが、ルヴィは辺境の村出身だからな。それもあるだろう』
「でも……聖女シュルヴィアフェスと違ってわたくしは何もできませんので、ハッチー達も大変ではないかと思いますの。わたくしが食べる分だけとはいえ……」

 公爵令嬢として過ごしてきた二年間、基本的に出されたもの、与えられたものを得ていただけ。
 元の世界でも農作業なんかやったことはないし、裁縫だって家庭科の授業でやったぐらいだし。こっちに来て刺繍はやったけれど……。

 その脱穀機なり自動石臼機なりを導入した方がいいのかしら、と悩んでいると、マデラギガンダは『必要なかろう』とズバッと言い切った。

『聖女のために働くのが幸せ、と教え込まれた者たちだ。ソールワスプの生きがいを奪う必要はない』
「そうなんですか……?」
『聖女には聖女にしかできないことがあろう。聖女の領域を充実させることが仕事ではあるまい』
「そうなのですが、聖女シュルヴィアフェスがこの領域を遺してくれたように、わたくしも次代の聖女のためにやれることがあるのではないか、と」
『次代? もうそんなことを考えているのか?』

 聖女は人間だから、いつかは魔王を残して死んでしまう。
 きっと私も、セルフィスやハッチー、カバロン達を置いていなくなってしまうのだろう。
 その後どうなるかはわからないけれど、いつかまた……それこそ千年後に、新しい聖女が必要になるかもしれない。

「いつもそんなことを考えている訳ではないですが、聖女シュルヴィアフェスや魔王の細やかな気遣いに気づいて、ふと気になっただけです」

 そう答えると、マデラギガンダは『ふうむ』と唸り、しばらく考え込んだ。
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