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おまけ・後日談
聖女の魔獣訪問 番外・サルサ(前編)
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魔獣訪問がついに終わりました。
そして、マユは……? d( ̄▽ ̄*)
――――――――――――――――――――――――――――――――
魔王城、謁見の間。
火の魔獣ガンボの棲み処から帰って来た私とムーンを、魔王セルフィスが穏やかな笑みで出迎える。
「これで魔獣訪問はすべて終了ですね、マユ」
「うん。それで……いろいろ考えたことがあるんだけど」
「……」
セルフィスの金色の瞳から、すっと温かみが消えた。空に溶ける夕陽のような光から、冷たく冴え渡る月のような光に。
“……”
その気配を察したのか、ムーンが無言で扉から顔を抜きその場を離れていった。
月光龍の大きな翼がはためく音は、バタンという扉が閉まる音に阻まれ、まったく聞こえなくなった。
ガランとした広い空間に、私とセルフィスの二人きりになる。
ひょっとして、またロクでもないことを言いそう、と思われてるのかしら。監禁準備バッチOK!と言わんばかりのこの対応。
まぁ、前科者だけどね……。
バッテンマスクを外しながら溜息をつくと、セルフィスが私の手からマスクを取り上げ、そのまま両手で腰を持って抱えあげられてしまった。
そしていつものように玉座に座り、膝の上に載せられてしまう。
まぁ、もう慣れてしまったけど。
「それで? 考えたことというのは何です?」
「カイ=ト=サルサ。今、どうしているの?」
「魔王城の一角にいます。なかなか面倒な魔物なので、持っている情報を吐くだけ吐かせたらさっさと始末したかったんですが」
「やめてよ!」
「マユがそう言うと思って生かしておいたんです。魔界の風から遮断するために隔離してあります」
「……えっ?」
その言い方だと、捕えているというよりは守っている、という感じだわ。面倒というのは、そういう意味かしら。
セルフィスの意図が読めずに戸惑っていると、セルフィスは少し表情を和らげ、そっと私の左手を握った。
「カイ=ト=サルサは蝶の魔物ですが、人間がベースになっているということは知っていますか?」
「あ……うん」
「それゆえ、彼女は魔物特有の『本能的に人間を攻撃する』という性質を抑えられるのです。魔物でありながらその点に関してはとても魔獣的であると言えます。ですが魔界の風に晒され続けると歪む可能性があるため、隔離しているのです」
リンドブロム南部地方で生まれたカイ=ト=サルサは、その殆どを人間界で過ごしていた。魔界の、しかも魔王の領域に来たのは今回が初めてであり、どれぐらい魔界の風が彼女に影響を与えるかが読めないので、念のため隔離しているという。
「親切で保護している訳じゃないわよね。利用するつもりなの?」
「ええ」
わずかに微笑んで頷いたものの、セルフィスの表情はというとそう明るいものではなかった。
「ですが、なかなか難しいです」
「どうして?」
「地上のありとあらゆる生き物に変身することができ、しかもその魔精力をほぼ完全に抑えることができるサルサは貴重です。ただ、彼女を自由にするというのはなかなかのリスクを伴います」
「何でよ?」
「今回のような悪ふざけをすると困るからですね。いざ、こちらが人間に対して行動しようとしたときに」
「……」
要するに、彼女の本質は気まぐれで、立場も何も関係なく自分が興味を惹かれる方についてしまう。
だから魔王や魔獣の邪魔をする可能性があるってことか。
「でも今回の行動というのは、魔獣と敵対してのことじゃないわ。ひとえにミーアを守るためよ」
「なぜそう言いきれるんです? サルサとは一度会っただけですよね?」
「それは……」
大半があのときの美玖情報なんだけど、元の世界の記憶とか知識とかも絡むし、説明が難しいわ。
「ミーアから話を聞いて……」
「いつの間に?」
「あの、マデラギガンダと遭遇したときよ」
「……ああ」
マデラギガンダからの報告は受けているのか、セルフィスがなるほど、と呟く。
結界近くで私達と言葉を交わしたあと、マデラはそのまま魔王の元へ報告に向かったはず。
そしてマデラからの言葉を受け取ったときもその地に二人でいたのだから、話をする時間ぐらいは確かにあるだろう、と思えたようだ。
「しかしマユとミーアはいわゆる『聖女』を争った仲でしょう? アッシュに懇願したことといい、彼女を『聖妃』に据えたことといい、マユがなぜそうも彼女に配慮するのかわかりません」
「――友達、なの」
思い切って言ってみたものの、セルフィスは盛大に首を傾げるだけだった。
「そうは見えませんでしたが」
「あの地でいろいろ話して、えーと……そうね、大事な“同士”だとわかったの」
“友達”より“同士”の方がセルフィスには伝わりやすいかもしれないわね。
元の世界を共有し、この世界の未来を考える――“同士”。
「……まぁ、『人の聖女』という二つ名と共に、地上を託した訳ですからね」
一応は納得してくれたのか、セルフィスが少しだけ頷いている。
「それでね、ミーアにはサルサが必要だと思うのよ」
「それはまた極論ですね」
「いいから聞いて。かつて地上にいたとき、私にはアイーダ女史やヘレンがいた。ハティやスコル、そして当然セルフィスもね。……そして今では、ムーンがいて、王獣たちや魔獣たちもいる。でも、ミーアには何もないのよ」
「ディオンと大公家がついているのでは?」
「そうだけど……でも……」
どう言えばいいかな。ミーア――美玖は、ディオン様や大公家に弱音を吐けるような性格じゃないのよ。
恋愛相手に何もかもぶつけられるような子じゃないの。だからあの子にはそれとは別の、家族のようなものが必要なのに。
「セルフィスは……私さえいればいいと思ってる? 魔獣達は、別にいなくてもいいって」
「はい」
即答なの!? うーん、困ったわね。
それに配下の魔獣達が泣くわよ、それじゃ。
「でも、私は違うのよ」
「それがとても腹立たしいです」
「今は私の話じゃなくてね。ミーアも愛する人がいれば他には何も要らない、という訳じゃないのよ。ただでさえ孤独な生い立ちで……レグナンド男爵家に引き取られてからもそれは変わらなくて」
「……」
「恐らく、サルサが初めて家族と呼べる存在だったと思うの」
「サルサは魅了魔法を持っていたんですよ? 錯覚でしょう」
「違うわよ」
カイ=ト=サルサの魅了魔法は、相手の願いを聞き入れるたびに相手の魔精力を取り込み、自分と同調させるというもの。
ミーアはその危険性を知っていたから、極力お願いはしなかったと言っていた。
それに、もしミーアのサルサを慕う気持ちが魔法によるものなんだったら、契約が破棄された時点で効果も薄れるはずだわ。
そのことを説明すると、セルフィスは
「だから? ミーア・レグナンドにサルサを与えたい、と?」
と嫌味っぽく言い、私を少し睨むようにして眉間に皺を寄せた。
「そこまでは思ってないわ。聖女とはいえ、人間の傍に魔の者がつく危険性は重々承知している。ただ――私の使いとして、時折サルサをミーアの下に寄越すことぐらいはできないものか、と考えているの」
ようし、言ったわよ! 本来ちゃんと言いたかったこと!
セルフィスに握られていない右手でセルフィスの肩をグッと掴む。
だけど私の意気込みは全然伝わらなかったらしく、セルフィスは
「却下です」
とバッサリ切り捨てた。
「マユ、何でコレを付けさせられたのか分かっていませんね」
セルフィスがピッと人差し指を立てる。どこからともなく現れた白い四角い布、バッテンマスク。
つまりアレでしょ、魔界においてさえ私を表に出すのは慎重を期さなければならないのに、地上と連絡を取り合うとかとんでもない、と言いたいんでしょ。
「分かってるわ。だから私からミーアへは言葉をかけないようにするし、どうしても必要なら手紙にする。そしてその手紙はセルフィスが全部ちゃんとチェックすればいい。そうすれば情報漏洩にはならないわよね?」
「サルサの口は封じられませんよ」
「セルフィスが命令すればいいんじゃないの?」
「彼女は魔王の配下ではありません。正式に真の名を与え魔獣にすることはできなくもないですが、彼女の精神がそれに耐えられるかどうかはわかりません」
「耐える……」
「魔王の魔精力に屈せずにいられるか、ということです。自我を保てるかどうか。マユの意図からすれば、洗脳されてただの道具になってしまっては意味がないのでしょう?」
うーん、その問題があったか……。
今いる八大魔獣は、王獣の推薦により魔王に認められた者。地上における数多の戦いを通じて魔物として進化し、他に脅かされない自我を確立した者。
でも、サルサはそうではない。彼女を支えているのは人間だったときの自我で、進化によって得られたものじゃないのよ。
能力は高いけれど、あくまで魔物なのよね、サルサは。
でも、そうか。彼女はなぜ人間から魔物になったのか。そこを理解できれば。
彼女が何に自分の存在意義を見出しているのか。そこさえしっかりしていれば。
「……わかったわ。ここで決められるようなものでもないと思うし、一度話をさせてくれない?」
「サルサとですか?」
「うん」
「彼女からすれば、マユはミーアの行く手を阻んだ敵ですよ」
それはそうなのよね……。あの野外探索で、二人は別れてしまっている。
あのときミーアはまだ私が繭だと気づいていなかったし、完全に敵認定していたと思うわ。
……だけど。
もしサルサが、あの『聖なる者』の選定の場にいたというのなら。
私の話を聞いていたはず。そして、私とミーアのやり取りも見ていたはずだわ。
人間に近い――ミーアに近かったサルサだからこそ、何かを感じ取ったはずよ。
「そうね、警戒されるかもね。でも、ミーアから伝言を預かっているのよ」
「伝言?」
「うん。魔界に行くって言ったとき、もし会うことがあったら伝えてほしいって」
「……」
セルフィスは無言だ。眉間には深い、三本の皺。
『人の聖女』たるミーアの言葉。果たして魔の者に伝えるべきかどうか、魔王として決めかねている。
でも、大丈夫。
この言葉は――二人がただの魔獣契約じゃなくて、ちゃんと想い合っていたんだって、よくわかる言葉だから。
――――――――――――――――――――――――――――――――
≪設定メモ≫
●カイ=ト=サルサ(愛称:サルサ)
蒼い髪、銀の瞳の蠱惑的な女性型の魔物。その背中には、赤、青、緑などの様々な色が放射状に散りばめられた、大きくて鮮やかな黒い蝶の羽が生えている。
『サルサ』は人間の女性だった時の名前。『カイ=ト=サルサ』は人間から知性ある魔物へと生まれ変わった際、サルサが自分に付けた名前であり、通称のようなもの。
魔王から力を分け与えられていないため、魔王が名付けた真の名はない。
→ゲーム的パラメータ
ランク:B’
イメージカラー:極彩色
有効領域:空中・地上
属性:なし
使用効果:変身、魅惑
元ネタ:アイトワラス
●魔獣契約
ミーアとサルサの間で交わされた契約は桃水晶を媒介として結ばれた『提携契約』のようなもの。聖女と聖獣の間で結ばれるような、主従の関係はない。
そのためサルサの方から一方的に破棄することが可能だった(第11幕第9話)。
そして、マユは……? d( ̄▽ ̄*)
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魔王城、謁見の間。
火の魔獣ガンボの棲み処から帰って来た私とムーンを、魔王セルフィスが穏やかな笑みで出迎える。
「これで魔獣訪問はすべて終了ですね、マユ」
「うん。それで……いろいろ考えたことがあるんだけど」
「……」
セルフィスの金色の瞳から、すっと温かみが消えた。空に溶ける夕陽のような光から、冷たく冴え渡る月のような光に。
“……”
その気配を察したのか、ムーンが無言で扉から顔を抜きその場を離れていった。
月光龍の大きな翼がはためく音は、バタンという扉が閉まる音に阻まれ、まったく聞こえなくなった。
ガランとした広い空間に、私とセルフィスの二人きりになる。
ひょっとして、またロクでもないことを言いそう、と思われてるのかしら。監禁準備バッチOK!と言わんばかりのこの対応。
まぁ、前科者だけどね……。
バッテンマスクを外しながら溜息をつくと、セルフィスが私の手からマスクを取り上げ、そのまま両手で腰を持って抱えあげられてしまった。
そしていつものように玉座に座り、膝の上に載せられてしまう。
まぁ、もう慣れてしまったけど。
「それで? 考えたことというのは何です?」
「カイ=ト=サルサ。今、どうしているの?」
「魔王城の一角にいます。なかなか面倒な魔物なので、持っている情報を吐くだけ吐かせたらさっさと始末したかったんですが」
「やめてよ!」
「マユがそう言うと思って生かしておいたんです。魔界の風から遮断するために隔離してあります」
「……えっ?」
その言い方だと、捕えているというよりは守っている、という感じだわ。面倒というのは、そういう意味かしら。
セルフィスの意図が読めずに戸惑っていると、セルフィスは少し表情を和らげ、そっと私の左手を握った。
「カイ=ト=サルサは蝶の魔物ですが、人間がベースになっているということは知っていますか?」
「あ……うん」
「それゆえ、彼女は魔物特有の『本能的に人間を攻撃する』という性質を抑えられるのです。魔物でありながらその点に関してはとても魔獣的であると言えます。ですが魔界の風に晒され続けると歪む可能性があるため、隔離しているのです」
リンドブロム南部地方で生まれたカイ=ト=サルサは、その殆どを人間界で過ごしていた。魔界の、しかも魔王の領域に来たのは今回が初めてであり、どれぐらい魔界の風が彼女に影響を与えるかが読めないので、念のため隔離しているという。
「親切で保護している訳じゃないわよね。利用するつもりなの?」
「ええ」
わずかに微笑んで頷いたものの、セルフィスの表情はというとそう明るいものではなかった。
「ですが、なかなか難しいです」
「どうして?」
「地上のありとあらゆる生き物に変身することができ、しかもその魔精力をほぼ完全に抑えることができるサルサは貴重です。ただ、彼女を自由にするというのはなかなかのリスクを伴います」
「何でよ?」
「今回のような悪ふざけをすると困るからですね。いざ、こちらが人間に対して行動しようとしたときに」
「……」
要するに、彼女の本質は気まぐれで、立場も何も関係なく自分が興味を惹かれる方についてしまう。
だから魔王や魔獣の邪魔をする可能性があるってことか。
「でも今回の行動というのは、魔獣と敵対してのことじゃないわ。ひとえにミーアを守るためよ」
「なぜそう言いきれるんです? サルサとは一度会っただけですよね?」
「それは……」
大半があのときの美玖情報なんだけど、元の世界の記憶とか知識とかも絡むし、説明が難しいわ。
「ミーアから話を聞いて……」
「いつの間に?」
「あの、マデラギガンダと遭遇したときよ」
「……ああ」
マデラギガンダからの報告は受けているのか、セルフィスがなるほど、と呟く。
結界近くで私達と言葉を交わしたあと、マデラはそのまま魔王の元へ報告に向かったはず。
そしてマデラからの言葉を受け取ったときもその地に二人でいたのだから、話をする時間ぐらいは確かにあるだろう、と思えたようだ。
「しかしマユとミーアはいわゆる『聖女』を争った仲でしょう? アッシュに懇願したことといい、彼女を『聖妃』に据えたことといい、マユがなぜそうも彼女に配慮するのかわかりません」
「――友達、なの」
思い切って言ってみたものの、セルフィスは盛大に首を傾げるだけだった。
「そうは見えませんでしたが」
「あの地でいろいろ話して、えーと……そうね、大事な“同士”だとわかったの」
“友達”より“同士”の方がセルフィスには伝わりやすいかもしれないわね。
元の世界を共有し、この世界の未来を考える――“同士”。
「……まぁ、『人の聖女』という二つ名と共に、地上を託した訳ですからね」
一応は納得してくれたのか、セルフィスが少しだけ頷いている。
「それでね、ミーアにはサルサが必要だと思うのよ」
「それはまた極論ですね」
「いいから聞いて。かつて地上にいたとき、私にはアイーダ女史やヘレンがいた。ハティやスコル、そして当然セルフィスもね。……そして今では、ムーンがいて、王獣たちや魔獣たちもいる。でも、ミーアには何もないのよ」
「ディオンと大公家がついているのでは?」
「そうだけど……でも……」
どう言えばいいかな。ミーア――美玖は、ディオン様や大公家に弱音を吐けるような性格じゃないのよ。
恋愛相手に何もかもぶつけられるような子じゃないの。だからあの子にはそれとは別の、家族のようなものが必要なのに。
「セルフィスは……私さえいればいいと思ってる? 魔獣達は、別にいなくてもいいって」
「はい」
即答なの!? うーん、困ったわね。
それに配下の魔獣達が泣くわよ、それじゃ。
「でも、私は違うのよ」
「それがとても腹立たしいです」
「今は私の話じゃなくてね。ミーアも愛する人がいれば他には何も要らない、という訳じゃないのよ。ただでさえ孤独な生い立ちで……レグナンド男爵家に引き取られてからもそれは変わらなくて」
「……」
「恐らく、サルサが初めて家族と呼べる存在だったと思うの」
「サルサは魅了魔法を持っていたんですよ? 錯覚でしょう」
「違うわよ」
カイ=ト=サルサの魅了魔法は、相手の願いを聞き入れるたびに相手の魔精力を取り込み、自分と同調させるというもの。
ミーアはその危険性を知っていたから、極力お願いはしなかったと言っていた。
それに、もしミーアのサルサを慕う気持ちが魔法によるものなんだったら、契約が破棄された時点で効果も薄れるはずだわ。
そのことを説明すると、セルフィスは
「だから? ミーア・レグナンドにサルサを与えたい、と?」
と嫌味っぽく言い、私を少し睨むようにして眉間に皺を寄せた。
「そこまでは思ってないわ。聖女とはいえ、人間の傍に魔の者がつく危険性は重々承知している。ただ――私の使いとして、時折サルサをミーアの下に寄越すことぐらいはできないものか、と考えているの」
ようし、言ったわよ! 本来ちゃんと言いたかったこと!
セルフィスに握られていない右手でセルフィスの肩をグッと掴む。
だけど私の意気込みは全然伝わらなかったらしく、セルフィスは
「却下です」
とバッサリ切り捨てた。
「マユ、何でコレを付けさせられたのか分かっていませんね」
セルフィスがピッと人差し指を立てる。どこからともなく現れた白い四角い布、バッテンマスク。
つまりアレでしょ、魔界においてさえ私を表に出すのは慎重を期さなければならないのに、地上と連絡を取り合うとかとんでもない、と言いたいんでしょ。
「分かってるわ。だから私からミーアへは言葉をかけないようにするし、どうしても必要なら手紙にする。そしてその手紙はセルフィスが全部ちゃんとチェックすればいい。そうすれば情報漏洩にはならないわよね?」
「サルサの口は封じられませんよ」
「セルフィスが命令すればいいんじゃないの?」
「彼女は魔王の配下ではありません。正式に真の名を与え魔獣にすることはできなくもないですが、彼女の精神がそれに耐えられるかどうかはわかりません」
「耐える……」
「魔王の魔精力に屈せずにいられるか、ということです。自我を保てるかどうか。マユの意図からすれば、洗脳されてただの道具になってしまっては意味がないのでしょう?」
うーん、その問題があったか……。
今いる八大魔獣は、王獣の推薦により魔王に認められた者。地上における数多の戦いを通じて魔物として進化し、他に脅かされない自我を確立した者。
でも、サルサはそうではない。彼女を支えているのは人間だったときの自我で、進化によって得られたものじゃないのよ。
能力は高いけれど、あくまで魔物なのよね、サルサは。
でも、そうか。彼女はなぜ人間から魔物になったのか。そこを理解できれば。
彼女が何に自分の存在意義を見出しているのか。そこさえしっかりしていれば。
「……わかったわ。ここで決められるようなものでもないと思うし、一度話をさせてくれない?」
「サルサとですか?」
「うん」
「彼女からすれば、マユはミーアの行く手を阻んだ敵ですよ」
それはそうなのよね……。あの野外探索で、二人は別れてしまっている。
あのときミーアはまだ私が繭だと気づいていなかったし、完全に敵認定していたと思うわ。
……だけど。
もしサルサが、あの『聖なる者』の選定の場にいたというのなら。
私の話を聞いていたはず。そして、私とミーアのやり取りも見ていたはずだわ。
人間に近い――ミーアに近かったサルサだからこそ、何かを感じ取ったはずよ。
「そうね、警戒されるかもね。でも、ミーアから伝言を預かっているのよ」
「伝言?」
「うん。魔界に行くって言ったとき、もし会うことがあったら伝えてほしいって」
「……」
セルフィスは無言だ。眉間には深い、三本の皺。
『人の聖女』たるミーアの言葉。果たして魔の者に伝えるべきかどうか、魔王として決めかねている。
でも、大丈夫。
この言葉は――二人がただの魔獣契約じゃなくて、ちゃんと想い合っていたんだって、よくわかる言葉だから。
――――――――――――――――――――――――――――――――
≪設定メモ≫
●カイ=ト=サルサ(愛称:サルサ)
蒼い髪、銀の瞳の蠱惑的な女性型の魔物。その背中には、赤、青、緑などの様々な色が放射状に散りばめられた、大きくて鮮やかな黒い蝶の羽が生えている。
『サルサ』は人間の女性だった時の名前。『カイ=ト=サルサ』は人間から知性ある魔物へと生まれ変わった際、サルサが自分に付けた名前であり、通称のようなもの。
魔王から力を分け与えられていないため、魔王が名付けた真の名はない。
→ゲーム的パラメータ
ランク:B’
イメージカラー:極彩色
有効領域:空中・地上
属性:なし
使用効果:変身、魅惑
元ネタ:アイトワラス
●魔獣契約
ミーアとサルサの間で交わされた契約は桃水晶を媒介として結ばれた『提携契約』のようなもの。聖女と聖獣の間で結ばれるような、主従の関係はない。
そのためサルサの方から一方的に破棄することが可能だった(第11幕第9話)。
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