収監令嬢は◯×♥◇したいっ!・おまけのおまけ

加瀬優妃

文字の大きさ
21 / 32
収監令嬢・蛇足の舞台裏 ~神々の事情~

男神の回顧録8・男神の忍事【第7幕・第8幕】

しおりを挟む
 夢となってしまった真夜中の密会後――マユに会いに行くことができたのは、それから二週間後のことだった。
 学院に入学した以上、マユの拠点はロワネスクへと移る。それはミーアの拠点でもあり、当然足を踏み入れることはできない。
 頻繁にガンボを派遣する訳にもいかず、スラァ様の言いつけを守ってずっと魔界に引き籠っていたところ、やっと連絡が入ったのだ。

“マリアンセイユはパルシアンにいるわ。今から1時間ぐらいは一人のようよ”
「ありがとうございます」

 行くなら今のうちに行きなさい、と言われ、すぐに魔界を出る。
 まるでスラァ様に飼われている犬のようだ……。そしてあながち間違いでもないのが悔しい。
 やや凹みかけたが、マユに会えないよりはマシだ、と思い直した。


 そうして会いに行くと、マユは驚くほど項垂れていた。てっきり楽しい学院生活を送っているのかと思いきや、そうでもないらしい。
 わたしの顔を見るなり半泣きで抱きつこうとするので、慌てて制した。

 何しろ今は、『影』の状態だ。なぜ目覚めた後も『影』で動いているのかと言えば、魔王の身体でウロウロするより魔精力の制御がずっと楽で、まず誰にも見つからないからだ。
 解除すればすぐに魔界の魔王の身体に戻れる、というのも利点だった。その際は魔精力の放出に注意しなければならないが。

 少し見ない間にマユの魔精力はかなり活性化していて、触れられると確実に『影』は壊れてしまう。
 それぐらいギリギリの状態で、わたしは地上に降りている。万が一にも、スラァ様以外の神に見つからないようにするために。

 当然そんな事情を知らないマユは、わたしに拒絶された、と感じたらしくひどく寂しそうだった。
 そんなことはない、と言ってやりたい。……だけど、とにかく今はどうすることもできない。

 これはマユのため、と何度も心の中で唱えつつ、適当な嘘をつく。
 こうしてまた、マユに言えないことばかりが降り積もってゆく。

 いや……マユのためじゃない、わたし自身のためか。
 最初から今まで全て、マユを守るためと言いつつわたしの保身のために吐き続けた嘘のような気がする。

「ねぇ、セルフィス」

 しばらく考え込んでいたマユが、意を決したように口を開く。

「何ですか?」
「すごく久しぶりに会う気がするわね。いつ以来だったかしら?」
「……ここで召喚魔法について説明したとき以来ではないでしょうか」

 内心ギクリとしたが、冷静にするりと言葉を返せた。

「マユはそのあと、ギルマン領に行ってしまったでしょう」
「あ、うん。……そうだね」
「ですから、約1カ月前ですね」

 わたしの言葉に、マユは「そっか」と呟き、しばらくじーっと私を見つめた。
 わたしもいつもの笑みを浮かべ、平静を装ったつもりだったが……マユのその碧の瞳に覗き込まれると、心がぐらついてしまう。


   * * *


“あれは……多分、信じてないわね”

 マユとまた会う約束を取り付け魔界に戻ってくると、スラァ様が当然のように話しかけてくる。

「覗き見していたのは隠そうともしないんですね」
“こんなことになったのは私にも責任の一端があるから。監視義務があるのよ”

 それだけだろうか、と思わないこともないが、何しろスラァ様に逆らうことはできない。

“大胆なようで慎重。深慮なようで直観。面白いね”
「今さらですか……」
“あら、随分とノロけるのね”

 ノロけ? そんなつもりはないのだが。

“ディオンとの初顔合わせは最悪だったみたいね”
「そうですね」

 マユはロワネスクでの生活で随分と鬱憤を溜めていたようで、堰を切ったように大量の愚痴を吐き出した。
 それは、ディオンに喧嘩を売られた話や、貴族令嬢達の視線、噂話など、外の世界に関わったからこその苦い体験ばかりだった。

 だからパルシアンにいればよかったのに……と言いたいところだが、マユの魔精力の活性化を考えると『魔導士』としての成長には必要だったように思う。
 もしマユが将来、召喚聖女としての道を歩むことを選んでくれるなら……それは決して、無駄にはならない。

“前も言ったけれど、本人がいかに悩みながらも真摯に考え、努力して、自らの人生を決めるかが重要なのよ。発言には気を付けなさいね”
「わかっています。マユが愚痴を言えるのは、わたしだけですから」
“……え゛”
「わたしがマユに会いに行くのは、話をするためじゃありません。マユの話を聞くためです」
“……ノロケが止まらないわね。あの唐変木のセルフィスが……ほんと、びっくり”

 だからどこがノロケなのか、その辺をもう少しきちんと教えてほしいのだが。
 スラァ様は「じゃ、またね」とだけ言い、スッと気配を消した。

 ディオンと上手くいかなかったと聞いて、ホッとしてしまっている自分がいる。
 しかしそれは、ミーアが付け入る隙を与えているということにもなる。
 もしミーアがディオンを選ぶようなら、マユは明らかに邪魔者だ。その身に及ぶ危険性は、かなり高くなる。

 陰で気を揉むことしかできないというのは、ひどくもどかしかった。


   * * *


「マデラがミーア……『聖女の再来』と会った? どういうことです?」

 ムーンからその報せを受け取ったのは、マユが学院に入学して一か月半が過ぎた頃だった。

 ミーア・レグナンドがマデラに出会うイベントは、確かに存在する。アッシュのところにいるスクォリスティミが地上に逃げ出したことにより発生するイベントだ。
 しかしこれは、ワイズ王国領のホワイトウルフの群れの嘆きにスクォリスティミが引き寄せられる、というのがそもそものきっかけのはず。マユによる『ホワイトウルフの殲滅』が起こった以上、消失したと思っていたが。

“事の発端は、聖獣が魔界から地上に繋がる穴を無理矢理開けたことなんだが”
「……は?」

 聖獣というと、マユに絡んだ話だろう。何だそれは?
 ……そうか、だからわたしが知らないのか。本来の『リンドブロムの聖女』にはない出来事だから。

 ムーンの話によれば、マユは入学試験において聖獣を登場させるために、いつもの召喚ではなく魔界から無理矢理穴を開けさせたらしい。
 なぜそんなことをしたのかは謎だが、とにかくそのせいでスクォリスティミがアッシュの沼からリンドブロム城へと逃げ出してしまったという。

 頭痛がする。つまりマユが元凶なのか……。
 そもそも、このイベントはプリーベ様のプロットには記載してあったもの。発生条件さえ揃えば多少経緯は変わっても起こってしまう。

 そしてこれは、ミーアが最短でディオンと出会うイベントで、しかも場合によってはマユを魔界へと追放するイベントに繋がる。
 だから魔獣達にはリンドブロムには関わるなと言っておいたはずなのに、なぜこんなことに?

 しかし……そうか、スクォリスティミは魔物ですらない。ましてやマデラも、地上を攻め入る訳ではなくアッシュの依頼を受けてスクォリスティミを探しにいっただけだ。
 約定の範疇外だから、事前の牽制も効果が無い。失念していた……。

“マデラは、ミーアという娘は確かに『聖女の再来』だと言っていた”
「マデラの姿が見え、対話をしたからですね」
“そうだ”

 ミーアが落とし穴に落ちたのは偶然か?
 いや、『早坂美玖』の魂を入れてからもう2年が経過している。物語がすでに始まっている以上、『早坂美玖』としての記憶は取り戻していると考えていいだろう。
 となると、罠だと知っていてわざと落とし穴に落ちたことになる。……ディオンを選ぶつもりがある、ということだ。

“しかしアッシュは、パルシアンの娘を聖女に推しているようだ”
「え?」
“スクォリスティミは今、パルシアンの娘の下にいる。マデラがそう伝えたところ『そのままでよい』と言ったらしい”
「それが、どうしてマユ……いえ、マリアンセイユを聖女に、という話になるんですか?」

 わたしとしてはそれは願ったり叶ったりだが、まだムーン以外には魔王復活の事実は伏せられている。
 当然アッシュには何も言っていないし、それに、マユに会う際は細心の注意を払っていた。魔王の魔法の方が遥かに上なのだから、アッシュの『水通鏡』にもわたしの姿は映らなかったはずだ。

“スクォリスティミがやけに娘に懐いているらしい。聖獣もあの娘の下にいるし、恐らく魔王があの娘を望んでいることを悟っている”
「……」

 ムーンはわたしが魔王として目覚めたとき、すぐさまマユの元へ行ったことを知っている。
 ひょっとして何か漏らしたか、と思わず睨むと、ムーンは
“言っておくが、わたしは何も言っていない”
とやや憤慨したように語気を強めた。

“アッシュは聖獣を保護していた。聖獣からあの娘の元へ下った経緯などを聞いて、そう判断したのだろう”
「……」
“これらの出来事の裏に魔王の意図が見える、と。……目覚める前に、実はかなり『影』で動いていたのだな、魔王”

 どうやらムーンは、わたしが彼に何も言わず黙って動いていたことに、少し腹を立てているらしい。
 自分は魔王の相棒ではないのか、と。

「……事情がありまして。これからはムーンを頼ることにします」
“そうしてくれ。わたしの結界ならば、すべてを退けるのだから”
「そうですね」

 わたしが微笑みかけると、ムーンはフン、といつもの鼻息を鳴らし、きまり悪そうに顔を背けた。

 この世界の者として他と関わることで、事態は動いていく。
 俯瞰で眺め、一線を引いて接するのではなく……相手の気持ちに寄り添うこと。少しずつでも歩み寄ること。
 それが、『この世界で生きる』ということかもしれない。
 ――それは勿論、マユに対しても。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

処理中です...