収監令嬢は◯×♥◇したいっ!・おまけのおまけ

加瀬優妃

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収監令嬢・蛇足の舞台裏 ~神々の事情~

男神の回顧録12・男神の狼狽【第12幕上】

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“なぁーにが『何をしてあげられただろうか』よ。思い上がんじゃないわよ!”

 相変わらずけたたましいスラァ様の声が、頭の奥にガーンと響き渡る。
 脳内で銅鑼を鳴らされたようなその衝撃と振動に、思わず顔を顰めた。

「スラァ様、もう少し声を……」
“無理ね、これは説教だから”

 ハン!と吐き捨てられた言葉が、そのまま光の槍となってわたしの脳裏に突き刺さった。
 い、痛い……。まともな思考ができなくなる。ただでさえ『裁きの雷』を食らってフラフラだというのに。

 スラァ様によると、あれから5日経っているという。
 見せ場である『野外探索』をわたしに邪魔されそうになり、プリーベ様が怒り狂って天罰を下したのだ。
 あのまま消滅させられそうになっていたのを私が止めたのよ、感謝しなさい、と言われた。

“今さら魔王不在はマズいわよ、と必死になって姉さまを説得したの。だから強制的に眠らせるということで手打ちにしたのよ”

 いや、あれは眠らせたのではなく気絶させたんじゃないかと思うが、当然そんな文句は口が裂けても言えない。

 詳しいことはムーンに聞けと言われ詳細は教えてもらえなかったが、とにかくマユは無事であること、『聖なる者』はミーアとマユに絞られ、後はその選定を待つばかりであることは分かった。

“まぁーったくもう、〝暗転〟が間に合わなかったら全部オジャンになるところだったわよ!”
「〝暗転〟……使ったのですか」
“当たり前でしょ。聖獣がマリアンセイユをパルシアンに連れてきた時点で、『聖女の魔法陣』に向かうことはわかってたからね。ネタバレ防止よ”
「え……」

 ズキズキする頭を抱えながら宙を見上げる。勿論、魔界の宙は真っ黒なままで、スラァ様の顔が見える訳でもないのだが。

“初代魔王の知識はあったはずよね? 聖女シュルヴィアフェスの話も。ルヴィは聖獣に『聖女の魔法陣』を守るように言いつけていたのよ。忘れたの?”
「知っては、いましたが……」
“アンタが降りなくても、彼らがちゃーんとマリアンセイユをあの場所に連れて行くはずだったの! この先走り屋!”
「……あ……」

 言われてみれば、そうか。
 魔王の封印は既に解けかけていたし、わたしはいずれマユをあの場所に誘うつもりでいた。
 魔王の許可は既に下りていたのだから、わたしがわざわざ赴かなくても、確かにマユは入れただろう。

「しかし、マユが万が一ヴァンクに……」
“この、おバカ!”

 ズガーン!とまたもや脳裏に衝撃が来る。

「スラァ様、少し手加減を……」
“いいから聞きなさい!”
「はい……」

 これ以上はさすがに堪える。わたしは仕方なく黙ることにした。

“それにねぇ、月光龍の話をロクに聞かずに飛び出すから悪いのよ”
「は?」
“フェルのところへ行ったと言っていたでしょう。聖獣の父たる魔獣、さらに言えば八大魔獣の頂点。聖獣の現状については勿論把握していたし、彼に逆らえる魔獣はいないわ。最悪、ヴァンクがマリアンセイユを喰らおうとしたら守ってくれ、と月光龍が話を通しにいったのよ”
「え……」

 ムーンが? そんなことを?

“あなたの執着を知っている月光龍が、マリアンセイユを見殺しにする訳がないでしょ。見定めたいのは本心だけど、ギリギリのところでは助けるつもりだったのよ”
「……」
“魔王として相棒への信頼が足りな過ぎるわね! 魔王失格!”

 ドガーンとトドメのような一撃が来て、ぐらぐらと視界が揺れた。さすがに身体をまっすぐに保っていられなくなり、頭を抱えてその場でうずくまる。

 そうか……。わたしはまたしても一人で空回りしていたのか。
 セルフィスとしての想いが強すぎて、魔王としての自覚が無さ過ぎた。確かにこれでは、魔王失格だ。
 マユは聖女として聖獣と心を交わし、あんなに信頼し合っているのに。

「すみません……」
“わかればよろしい”
「……」

 とりあえず、マユは元気にやっていることは分かったが。
 もう物語の最後まで、わたしは魔界に引きこもっているしかないのだろうか?
 『聖なる者』に関しては確かに待つしかない。
 しかし、ディオンのことはどうなったんだ? ミーアは確実にディオンルートを選んでいるはず。
 マユは婚約者のままなんだろうか……。そして、マユ自身はどうするつもりでいるのだろう?

“へー、これだけ叱られてもマリアンセイユに会いに行きたい、と”
「え、あ……」

 わたしの思考を読み取ったスラァ様が、“はー、やってられないわねぇ”とやさぐれた声を出す。

“……ま、いいわ。これが最後よ”
「最後……」
“今ならマリアンセイユはパルシアンにいる。会うなら最後だから、行って来るといいわ”
「……」

 最後、最後と2回も言われて、胸の奥がザワザワする。
 勿論、『この物語が終わる前としては』という意味だとは思うが。

 フッ、とスラァ様の気配が消え、ホッと胸を撫で下ろす。
 そっと外の様子を窺ったが、ムーンは近くにはいないようだった。
 今回のことでだいぶん動いてもらったし、今もひょっとしたら事態の収拾のために魔界中を回っているのかもしれない。

 しかし、スラァ様の気が変わる前に行っておきたい。どうもこの口ぶりでは、時間もあまり無さそうではあるし。

 寝台に横になり、『影』を作り出す。
 そっと見下ろした魔王の顔色は、随分と悪かった。やはり『裁きの雷』を食らってかなりのダメージを受けているようだ。

 とにかくマユの顔を見て安心したら、一度休息を取ろう。
 物語が終わるまで、どうせあと四日ほどだ。起きていたところで、何もすることはできないのだから。

 そう心に決め、急いで地上へと向かった。


   * * *

 
 パルシアンにはひらひらと雪が降り始め、黒い家リーベン・ヴィラの庭はうっすらと白い絨毯が広がっていた。
 マユは薄い水色のワンピースの上から肩にショールをかけ、物憂げな表情でその庭を眺めていた。
 その右の手首には、銀の腕輪がはめられている。

 銀の環はフェルワンドとの契約の証。経緯はわからないが、確かにフェルワンドはマユを守ってくれたのだろう。
 そのマユの唇が、ぐにゅっと歪む。

「今日は絶対に聞き出してやるわ!」
「何をです?」

 きっとわたしのことだろう、と微笑みながら声をかけると、マユは特に驚くこともなくゆっくりと振り返った。
「……何だ、『影』か」
と、つまらなそうな顔をする。

「わかりますか」
「わかるわよ」

 わたしの体調が万全とは言い難いせいかもしれないが、もうそこまで見抜けるようになったのか。
 マユの成長ぶりに、改めて頭が下がる思いがする。
 それに引き換え、わたしは何と不甲斐ないことか……。

「遅いわよ、来るのが」
「いろいろと立て込んでいまして……」
「まぁ、そうよね。リンドブロムにとっての重要な日が目の前に迫ってるしね」

 リンドブロムにとっての重要な日、それは当然『聖なる者』の選定のことだろう。
 だがその言い回しに、違和感を感じる。

 なぜ〝〟なんだ? 〝〟重要な日だろう。
 『聖なる者』になることは、今のマユの最大の目的と言ってもよかったのだから。
 どうしてどこか他人事のように言うのだろうか。

「『聖なる者』――なれそうですか?」

 真意を知りたくてさらに問いかけてみると、マユは
「なってみせるわよ、と言いたいところだけど」
と言いながら部屋の中央に戻り、ソファに身を投げ出すようにして乱暴に腰かけた。
 やはり、どこか捨て鉢になっているように見える。

「もう、どっちでもいいというか――よくはないんだけど、その後の展開はあまり変わらないというか……」
「は?」

 どっちでもいい? そんなバカな。
 ミーアが『聖なる者』になるかマユが『聖なる者』になるかで、その後の展開は大きく変わるだろう。
 ディオンのこと、婚約者という立場、その先にある妃のこともある。
 絶対に、そんな投げやりではいられないはずだが?

「あれだけ真の魔導士になると息巻いていたのに、どうしたんです?」
「だって結婚が先に決まっちゃったんだもの。そんな自由、ないわよ」
「えっ……」

 結婚が先に決まった? マユが結婚?
 どういうことだ? ディオンの正妃になるというのか? このタイミングで?
 わたしの聞き違いではないのか?

 混乱して思わず眉を顰めるわたしに、今度はマユの方が訝しげな顔をした。

「まさか、聞いてないの? 私、三日後にディオン様と結婚の儀をするの」
「えっ!」
 
 三日後!? 『聖なる者』の選定の前日ではないか。どうしてそんなことになった?
 そんな話は、プリーベ様のプロットには無かったはずだ。
 まぁそもそも、マユは本来『リンドブロムの聖女』に登場する予定は無かったのだから、当然と言えば当然だが。

 そう言えば、スラァ様は『マリアンセイユは物語の登場人物に昇格した』と言っていた。〝暗転〟とやらの隙にプロットを書き換えたのだろうか。
 いや、確かにわたしが残してきた案にはそのような道具もあったが、まだ発想どまりだった。
 道具音痴のスラァ様が一人で組み上げられるとは思えないし、あくまで自らの神力で物語を紡ぐことに誇りを持っているプリーベ様がわざわざそんな道具を作るとも思えない。
 となると、マユの登場に合わせて世界が形を変えた、としか考えられないが……。

「だから――ここに来るのも、最後。セルフィスに会うのも、多分……最後よ」

 どこか覚悟を決めたようなマユの声に、思わず顔を上げる。
 マユはひどく寂しそうに微笑んでいた。

 最後……最後。スラァ様も言っていた。
 最後って、そういう意味なのか? マユはディオンを選ぶ、と。
 本気なのか? あれほどディオンに関心が無かったのに?
 そして今も、決して嬉しそうではないではないか。

「どういうことです? 四日後は『聖なる者』の選定でしょう?」
「その選定の場で私がちゃんと正妃になっていることが重要なの。ディオン様と、そういう話になったの」
「なぜ!?」
「なぜって……ええ?」

 マユが驚いたように声を上げる。

「ねぇ、セルフィス。ひょっとしてもうクビになってるの? 大公の間諜の役目」
「いえ、それは……」

 しまった。わたしが大公宮の事情を全く知らないというのは、確かにおかしい。
 思わず言い淀んでいると、
「いったい、普段はどこにいるの? どこに行けば会えるの?」
と、今度はマユがわたしへと畳みかける。

 わたしはというと当然答えられるはずもなく、
「それを聞いてどうしようというんです?」
と質問に質問で返すしかなかった。

 思えば、わたしはいつもマユに不誠実としか言えないような応対しかしてこなかった。
 マユが諦めずにわたしと話をしたいと思ってくれたからこそ、ここまで続けていられただけで……わたしはいつ切り捨てられてもおかしくなかったのだ。

「――いつかは、会いに行きたいからよ」

 マユが先ほどまでは打って変わり、強い眼差しでキッパリと応える。
 諦めたのは、ディオンの正妃になるという現在。諦めていないのは、わたしに会いにいくという未来。
 マユは、わたしを嫌いになった訳ではない。
 その想いだけは伝わってきた……のだが。

「セルフィスが来るのを待つ時間は、もう終わりだから」

 次の瞬間にはそう呟き、わたしから目を逸らして俯いた。その碧の瞳が揺らいでいるのがわかる。

 だから、なぜ。どうしてそういう結論になってしまったんだ。
 わたしが眠っていた間に、いったい何が起こった?

 このパルシアンに閉じ込められている間も、何一つ諦めなかったマユが。
 いつか正々堂々と外に出て、自由を掴むのだと張り切っていたマユが。
 なぜ今になって、自分の人生を諦める?
 それとも、ディオンの元へ行くことがマユの望みだったというのか? わたしを必要としてくれていると感じたのは、思い違いだったのか?

「随分おとなしいですね。マユらしくもない。ディオン様の正妃になることで、もう満足したのですか?」
「――っ、満足する訳がないでしょう!?」

 涙がいっぱい溜まった瞳で、マユがわたしを睨みつける。
 その言葉に、少しだけ安堵する。マユは好き好んでディオンの妃になる訳ではない、ということだけはわかったから。

 ……しかし、わたしは何て幼稚なんだろう。こんな風にしか、マユの気持ちを確かめることができない。
 だが今は仕方がない。マユは勝手に何かを思いつめて、勝手にすべてを呑み込もうとしている。
 それでは駄目だ。マユの愚痴を聞くのは、わたしの役目。少なくとも、これだけはわたしが譲れないこと。
 何でもいいから、吐き出させなければ。マユの真意を知りたい。

「だったら……」
「仕方ないじゃない! 私は周りを裏切れないもの! 私が勝手なことをすれば皆の顔を潰すし、お父様もお兄様も責任を取らされて公爵家はおしまいだもの! そんな無責任なことできないわよ!」
「勝手、って何をしたいんです?」
「~~~~!」

 マユはんぐぐぐ、と口元を震わせると真っ赤になった。しかしそのまま口を強く引き結んだまま、ジーッとわたしの顔を睨みつける。
 辛抱強くマユの次の言葉を待つが、なかなか口を開かない。

 どうして。いつもなら、「これこれこんなことしたいのよー!」と大声で叫ぶところだろう。
 なぜここに来て黙り込む?

 マユはブンブン、と激しく首を横に振ると、仕切り直すように、ビシッと右手の人差し指をわたしに突き付けた。

「と、に、か、く! 今はどこにいて何をしているのか、ちゃんと教えて!」
「言えません」
「何でよ!?」
「どうしてもです」
「ねえ、本気で言ってる!? これで最後なのよ、私たち! セルフィスは、本当にそれでいいの!?」

 肩をいからせ両腕をつっぱり、両手の拳をグッと握りしめて、マユがボロボロと涙を溢す。
 わたしはその姿を、どうしても直視できなかった。

 どうして最後だなんて言うのか。
 物語が終わるまで、あと、四日だった。それさえ過ぎれば、わたしはマユに許しを請い、全身全霊を込めて真実の言葉を紡いだのに。
 マユは、本当にもう終わりだと思っているのか? ディオンの元へ……大公宮へと上がるから、もう自由は無い、と。
 だからこんなに泣いているのか? これが最後で本当にいいのか、と。
 ――馬鹿な。

「……いい訳ないじゃないですか」
「え?」

 思わずマユへと手を伸ばしかけた途端、わたしのすぐ隣にあった扉がバーンと勢いよく開いた。

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