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収監令嬢・蛇足の舞台裏 ~神々の事情~
男神の回顧録11・男神の罪過【第11幕下】
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マリアンセイユの魔獣イベントとは、マリアンセイユの存在を邪魔に思う上流貴族による『魔獣召喚イベント』のことだ。
ミーアが直接引き起こすものではないが、いくつか複雑な条件を踏まえれば発生しうるものではあった。
しかしこれはパルシアンで眠り続けるマリアンセイユに対して行われるものであり、学院へ入学した今となっては起こりえないと思っていた。
物語の余白は状況に合わせて自由に形を変える。それが悪い形で実行されてしまった結果だろう。
◆ ◆ ◆
“魔王? 何があった?”
魔精樹の森から飛ぶように走り、急いで魔界側の入口まで戻ってくる。
そんなわたしに只事ではないものを感じたのか、ムーンがバサリ、と翼を広げ起き上がった。
「ヴァンが地上――ロワーネの森に姿を現したようです。人間たちの前に。何があったか知っていますか?」
“ここにずっといたからさすがに分からない。聞いてこよう”
ムーンが結界を解除し、真っ黒な魔界の宙へと飛び立つ。
向かうとしたら、地上に詳しいマデラか水通鏡で覗けるアッシュだろうか。
ああ、しかし焦れったい。こんなことなら魔王として復活し、王獣・魔獣すべてにマユを守るように命令しておくべきだったか。
しかし、まさか聖女の魔法陣を使う人間が現れるとは……しかも、幻影ではなく本物が召喚されるとは。
まさか、スクォリスティミのせいか? ヴァンの声の影で、スクォリスティミの鳴き声を聞いたような。
マユの傍にいつもピタリと張り付いていた、魔界カエル。アッシュも黙認していたし、マユが必死に隠そうとしていたからそのままにしていたが。
元の『リンドブロムの聖女』においてはスクォリスティミに特筆すべき技能は無かったはずだが、プリーベ様のプロットではどうなっていただろうか。
スラァ様が確か、
「姉さまが設定をモリモリにした」
とか言っていた気がするが、ひょっとしてその中にその設定もあるのか?
ああ、ここにデータベースがあれば……。いくら開発・管理していたのがわたしでも、さすがにすべての項目が頭に入っている訳じゃない。
* * *
“――待たせたな、魔王”
1時間ほどして、ムーンがわたしの元へと帰って来た。マデラとアッシュ、それからフェルの元へと行っていたらしい。
それによると、『ヴァンクの魔法陣』を所有していたエドウィン家の魔導士が魔法陣を発動。マユが連れていたスクォリスティミにより、本物のヴァンが地上に呼ばれてしまった、という話だった。
『スクォリスティミは淋しがり屋の奇跡のカエル。その鳴き声で魔獣を呼ぶ』
――確かに、プロットにはそんな1行があった気もする。
迂闊だった……アッシュの話を聞いたときに確認しておくべきだった。
そしてヴァンは召喚主の魔導士を痛めつけたものの、聖獣を召喚したマユに目をつけ、追いかけているところだという。聖獣とマユはどうやらパルシアンに向かって逃げているらしい。
ヴァンの足が非常に遅いこと、それから二体の聖獣が攪乱したことでしばらく時間稼ぎにはなるだろう、とムーンは言ったが、マユが絶体絶命の事態に陥っていることは明らかだった。
「ムーン、ヴァンに命令して止めてください」
“無理だ。召喚された以上、奴には召喚者を喰らう権利がある”
「召喚者はエドウィン家の魔導士でしょう。マユじゃない」
“スクォリスティミが関わっている以上、パルシアンの娘も無関係とは言えない”
「ならばわたしが直接ヴァンに命令します」
“無理矢理抑えつけるようなことはしたくない、と言ってなかったか? これは明らかに人間側に非がある案件だぞ”
「……っ!」
確かに、通常ならば魔王がでしゃばるようなことではない。相手がマユでなければ、わたしは何も言わなかっただろう。
だが、しかし。
次の言葉を紡ごうとすると、ムーンの不機嫌そうな“フン”という鼻息で遮られてしまった。
“それに、わたしはまだあの娘を認めていない”
「なっ……!」
“聖女の素質があるというならば、魔獣を鎮めてこそだろう?”
「しかし、マユにはまだヴァンに対抗する手段が……」
“パルシアンにはあるのだろう? その『手段』とやらが”
「……!」
つまり、ムーンはこう言いたいのか。
マユを聖女にするつもりなら、今こそその片鱗を見せろ、と。――パルシアンにある、聖女の遺産を使って。
でなければ、すべての魔物の頂点・神獣月光龍としては、ただの人間の娘を庇護することはできない、と。
「わかりました。『影』で地上に降ります。ムーン、結界を」
“結界だと?”
「いまは女神に地上に降りることを禁じられているので、念のためです」
その場に跪き、意識を集中させる。
今回はスラァ様の命令にすら背く行為。しかしただ一言、マユに声をかけられればいい。マユは既にわたしが『影』であることを知っている。
魔王の身体に大半の魔精力を残し、いつもより数倍薄い、陽炎のようにうっすらと漂う『影』を作り出す。
“魔王の『影』に付いていけばよいのか?”
“いえ、ここに残って本体を守ってください”
“ん?”
“不測の事態に備えるためです”
今回は身体に残していく魔精力が多すぎる。『影』がどれだけ本体を制御できるかはわからない。ふとした瞬間に魔界の宙に放出してしまう可能性がある。
今はまだ、魔界で魔王復活を公にする訳にはいかない。ムーンの結界で守ってもらわなくては。
“不測? ちょっと待て……”
“すみませんが、よろしくお願いします”
細かな説明をしている時間は無い。ムーンと自分の身体を残し、わたしは地上へと飛んだ。
――マユ。
こんなことになるなら、さっさと魔界に浚えばよかったのだろうか。
しかしそれは、決してマユの望みでは無かっただろう。マユは『命さえあればそれでいい』というような考えではなかった。
だからあのとき、早坂美玖を助けるために手を伸ばしたのではないか。
それとも、魔王としての権力を行使して、魔獣や魔物に襲われずに済むよう、先手を打っておけばよかったのだろうか。
しかしそれはあまりにも強引な手段。およそこの世界の魔王としてはらしくない振舞いだ。
マユと共にあるために、この世界の魔王として誇れるように、と見栄を張ったのが間違いだったのだろうか。
そう遠くはない未来、もしマユが聖女として魔界に来てくれるならば。
ただ我儘を押し通した、形ばかりの二代目魔王ではマユの前に正々堂々と立てないと思った。
記憶も知識も何も無いところから必死で自分を高めていったマユに、恥ずかしいと感じたのだ。
何が正解だったのか、すべてが間違いだったのか、よく分からないが。
今こそ、すべてを知る管理限定十級神として。
この世界を支配する魔王として。
そして、どうしてもマユを失いたくないわたし個人として。
マユを窮地から、救い出す。――絶対に。
* * *
パルシアンの緑の芝生が広がる真ん中で、マユはぼんやりと座り込んでいた。
立てた膝に顎を載せ、遠くに見える旧フォンティーヌ邸を見上げている。
さぞかし絶望してうちひしがれているのでは……と思ったが、マユの瞳は死んではいなかった。
マユはまだ諦めてはいない。どうにかして現状を打破しようと、必死になって考えている。
“――マユ”
そっと声をかけると、マユがハッとしたようにわたしの方を振り返った。
「セルフィス!」
手を伸ばそうとして、急にビクリと身体を振るわせた。やや目が泳ぎ、近づいていいのかどうか躊躇っているのがわかる。
わたしが今にも消えそうなほど、虚ろな姿だったからだ。
何しろ、今回ばかりは無断でマユの下に来てしまった。絶対にスラァ様にバレる訳にはいかない。
「セルフィス、どうしよう! ヴァンクが……っ!」
“……はい”
マユ。申し訳ない。
こんなときさえ、わたしはあなたを抱きとめることができない。
いつもいつも、一歩踏み出そうとするのを我慢させている。
しかし、泣き出しそうな顔をしていたマユが不意にキュッと唇を噛んだ。
打って変わってその碧の瞳に強い光が宿り、
「ねぇ、どうすればいい!? 私に何ができるかな!?」
と真っすぐに聞いてくる。
“できます。マユなら、望めば”
「今はそんな禅問答みたいなこと聞いてられないのよ! だから……!」
マユが喉の奥から振り絞るような声で叫ぶ。きっと、藁をもすがる思いでわたしに訴えている。
マユ、旧フォンティーヌ邸に秘密があることに気づいていただろう。
今こそ、そこへ。魔王の封印はもう解けかかっている。わたしがマユの立ち入りを認める。
そう言ってやりたい、が……。
マユの行動を決定づけるようなことを言ってはいけない。それだけは、この世界の絶対的なルール。
しかしマユを失うくらいなら、そんなルールを守ることに意味はない。
迷いながら、口を開く。
“未だやっていないことを。――答えは、そこに……”
マユがまだ足を踏み入れていない場所……旧フォンティーヌ邸のあの場所へ。
そこに、答えはあります。
そう続けようとした瞬間、体に痺れが走った。
――そこまでだ、セルフィス。
ゾッとするほど冷たい声が、わたしの脳裏に響く。その瞬間、雷に打たれたような衝撃が突き抜けた。
スラァ様ではない。物語の紡ぎ手、二級神プリーベ様だ。
頭から首の後ろ、そして背中へと痺れが広がっていく。指一本動かせなくなり、驚きでわずかに口が開いたまま、何もできなくなる。
プリーベ様に事が露見した。完全に怒らせた。
――天罰を与える。心して受けよ。
言い訳する間もなく、激しい稲妻がわたしの頭の中に降り注ぐ。
「う……わああああああああっ!」
気が付けばわたしの『影』は解除され、魔界にあった自らの肉体に戻っていた。
両手を頭にやり掻きむしる。しかしどれだけ抗おうとも、頭の中の雷は一向に収まらない。
『女神のロッド』によるプリーベ様の裁きの雷。振り払うことなどできる訳がない。
目の奥でチラつく線香花火のような火花。その輪郭が崩れ、無数の金色の丸い点が目の前いっぱいに広がる。
やがて意識は、鮮烈な光の中から闇の底へと引きずり込まれていく。
“今まで大儀であった。――もう、魔王の出番は要らぬ”
最後に聞こえてきたのは、淡々と、何の感情もなく告げるプリーベ様の声。
わたしは、ここで消えるのか。
マユ……わたしは結局、あなたに何をしてあげられただろうか?
ミーアが直接引き起こすものではないが、いくつか複雑な条件を踏まえれば発生しうるものではあった。
しかしこれはパルシアンで眠り続けるマリアンセイユに対して行われるものであり、学院へ入学した今となっては起こりえないと思っていた。
物語の余白は状況に合わせて自由に形を変える。それが悪い形で実行されてしまった結果だろう。
◆ ◆ ◆
“魔王? 何があった?”
魔精樹の森から飛ぶように走り、急いで魔界側の入口まで戻ってくる。
そんなわたしに只事ではないものを感じたのか、ムーンがバサリ、と翼を広げ起き上がった。
「ヴァンが地上――ロワーネの森に姿を現したようです。人間たちの前に。何があったか知っていますか?」
“ここにずっといたからさすがに分からない。聞いてこよう”
ムーンが結界を解除し、真っ黒な魔界の宙へと飛び立つ。
向かうとしたら、地上に詳しいマデラか水通鏡で覗けるアッシュだろうか。
ああ、しかし焦れったい。こんなことなら魔王として復活し、王獣・魔獣すべてにマユを守るように命令しておくべきだったか。
しかし、まさか聖女の魔法陣を使う人間が現れるとは……しかも、幻影ではなく本物が召喚されるとは。
まさか、スクォリスティミのせいか? ヴァンの声の影で、スクォリスティミの鳴き声を聞いたような。
マユの傍にいつもピタリと張り付いていた、魔界カエル。アッシュも黙認していたし、マユが必死に隠そうとしていたからそのままにしていたが。
元の『リンドブロムの聖女』においてはスクォリスティミに特筆すべき技能は無かったはずだが、プリーベ様のプロットではどうなっていただろうか。
スラァ様が確か、
「姉さまが設定をモリモリにした」
とか言っていた気がするが、ひょっとしてその中にその設定もあるのか?
ああ、ここにデータベースがあれば……。いくら開発・管理していたのがわたしでも、さすがにすべての項目が頭に入っている訳じゃない。
* * *
“――待たせたな、魔王”
1時間ほどして、ムーンがわたしの元へと帰って来た。マデラとアッシュ、それからフェルの元へと行っていたらしい。
それによると、『ヴァンクの魔法陣』を所有していたエドウィン家の魔導士が魔法陣を発動。マユが連れていたスクォリスティミにより、本物のヴァンが地上に呼ばれてしまった、という話だった。
『スクォリスティミは淋しがり屋の奇跡のカエル。その鳴き声で魔獣を呼ぶ』
――確かに、プロットにはそんな1行があった気もする。
迂闊だった……アッシュの話を聞いたときに確認しておくべきだった。
そしてヴァンは召喚主の魔導士を痛めつけたものの、聖獣を召喚したマユに目をつけ、追いかけているところだという。聖獣とマユはどうやらパルシアンに向かって逃げているらしい。
ヴァンの足が非常に遅いこと、それから二体の聖獣が攪乱したことでしばらく時間稼ぎにはなるだろう、とムーンは言ったが、マユが絶体絶命の事態に陥っていることは明らかだった。
「ムーン、ヴァンに命令して止めてください」
“無理だ。召喚された以上、奴には召喚者を喰らう権利がある”
「召喚者はエドウィン家の魔導士でしょう。マユじゃない」
“スクォリスティミが関わっている以上、パルシアンの娘も無関係とは言えない”
「ならばわたしが直接ヴァンに命令します」
“無理矢理抑えつけるようなことはしたくない、と言ってなかったか? これは明らかに人間側に非がある案件だぞ”
「……っ!」
確かに、通常ならば魔王がでしゃばるようなことではない。相手がマユでなければ、わたしは何も言わなかっただろう。
だが、しかし。
次の言葉を紡ごうとすると、ムーンの不機嫌そうな“フン”という鼻息で遮られてしまった。
“それに、わたしはまだあの娘を認めていない”
「なっ……!」
“聖女の素質があるというならば、魔獣を鎮めてこそだろう?”
「しかし、マユにはまだヴァンに対抗する手段が……」
“パルシアンにはあるのだろう? その『手段』とやらが”
「……!」
つまり、ムーンはこう言いたいのか。
マユを聖女にするつもりなら、今こそその片鱗を見せろ、と。――パルシアンにある、聖女の遺産を使って。
でなければ、すべての魔物の頂点・神獣月光龍としては、ただの人間の娘を庇護することはできない、と。
「わかりました。『影』で地上に降ります。ムーン、結界を」
“結界だと?”
「いまは女神に地上に降りることを禁じられているので、念のためです」
その場に跪き、意識を集中させる。
今回はスラァ様の命令にすら背く行為。しかしただ一言、マユに声をかけられればいい。マユは既にわたしが『影』であることを知っている。
魔王の身体に大半の魔精力を残し、いつもより数倍薄い、陽炎のようにうっすらと漂う『影』を作り出す。
“魔王の『影』に付いていけばよいのか?”
“いえ、ここに残って本体を守ってください”
“ん?”
“不測の事態に備えるためです”
今回は身体に残していく魔精力が多すぎる。『影』がどれだけ本体を制御できるかはわからない。ふとした瞬間に魔界の宙に放出してしまう可能性がある。
今はまだ、魔界で魔王復活を公にする訳にはいかない。ムーンの結界で守ってもらわなくては。
“不測? ちょっと待て……”
“すみませんが、よろしくお願いします”
細かな説明をしている時間は無い。ムーンと自分の身体を残し、わたしは地上へと飛んだ。
――マユ。
こんなことになるなら、さっさと魔界に浚えばよかったのだろうか。
しかしそれは、決してマユの望みでは無かっただろう。マユは『命さえあればそれでいい』というような考えではなかった。
だからあのとき、早坂美玖を助けるために手を伸ばしたのではないか。
それとも、魔王としての権力を行使して、魔獣や魔物に襲われずに済むよう、先手を打っておけばよかったのだろうか。
しかしそれはあまりにも強引な手段。およそこの世界の魔王としてはらしくない振舞いだ。
マユと共にあるために、この世界の魔王として誇れるように、と見栄を張ったのが間違いだったのだろうか。
そう遠くはない未来、もしマユが聖女として魔界に来てくれるならば。
ただ我儘を押し通した、形ばかりの二代目魔王ではマユの前に正々堂々と立てないと思った。
記憶も知識も何も無いところから必死で自分を高めていったマユに、恥ずかしいと感じたのだ。
何が正解だったのか、すべてが間違いだったのか、よく分からないが。
今こそ、すべてを知る管理限定十級神として。
この世界を支配する魔王として。
そして、どうしてもマユを失いたくないわたし個人として。
マユを窮地から、救い出す。――絶対に。
* * *
パルシアンの緑の芝生が広がる真ん中で、マユはぼんやりと座り込んでいた。
立てた膝に顎を載せ、遠くに見える旧フォンティーヌ邸を見上げている。
さぞかし絶望してうちひしがれているのでは……と思ったが、マユの瞳は死んではいなかった。
マユはまだ諦めてはいない。どうにかして現状を打破しようと、必死になって考えている。
“――マユ”
そっと声をかけると、マユがハッとしたようにわたしの方を振り返った。
「セルフィス!」
手を伸ばそうとして、急にビクリと身体を振るわせた。やや目が泳ぎ、近づいていいのかどうか躊躇っているのがわかる。
わたしが今にも消えそうなほど、虚ろな姿だったからだ。
何しろ、今回ばかりは無断でマユの下に来てしまった。絶対にスラァ様にバレる訳にはいかない。
「セルフィス、どうしよう! ヴァンクが……っ!」
“……はい”
マユ。申し訳ない。
こんなときさえ、わたしはあなたを抱きとめることができない。
いつもいつも、一歩踏み出そうとするのを我慢させている。
しかし、泣き出しそうな顔をしていたマユが不意にキュッと唇を噛んだ。
打って変わってその碧の瞳に強い光が宿り、
「ねぇ、どうすればいい!? 私に何ができるかな!?」
と真っすぐに聞いてくる。
“できます。マユなら、望めば”
「今はそんな禅問答みたいなこと聞いてられないのよ! だから……!」
マユが喉の奥から振り絞るような声で叫ぶ。きっと、藁をもすがる思いでわたしに訴えている。
マユ、旧フォンティーヌ邸に秘密があることに気づいていただろう。
今こそ、そこへ。魔王の封印はもう解けかかっている。わたしがマユの立ち入りを認める。
そう言ってやりたい、が……。
マユの行動を決定づけるようなことを言ってはいけない。それだけは、この世界の絶対的なルール。
しかしマユを失うくらいなら、そんなルールを守ることに意味はない。
迷いながら、口を開く。
“未だやっていないことを。――答えは、そこに……”
マユがまだ足を踏み入れていない場所……旧フォンティーヌ邸のあの場所へ。
そこに、答えはあります。
そう続けようとした瞬間、体に痺れが走った。
――そこまでだ、セルフィス。
ゾッとするほど冷たい声が、わたしの脳裏に響く。その瞬間、雷に打たれたような衝撃が突き抜けた。
スラァ様ではない。物語の紡ぎ手、二級神プリーベ様だ。
頭から首の後ろ、そして背中へと痺れが広がっていく。指一本動かせなくなり、驚きでわずかに口が開いたまま、何もできなくなる。
プリーベ様に事が露見した。完全に怒らせた。
――天罰を与える。心して受けよ。
言い訳する間もなく、激しい稲妻がわたしの頭の中に降り注ぐ。
「う……わああああああああっ!」
気が付けばわたしの『影』は解除され、魔界にあった自らの肉体に戻っていた。
両手を頭にやり掻きむしる。しかしどれだけ抗おうとも、頭の中の雷は一向に収まらない。
『女神のロッド』によるプリーベ様の裁きの雷。振り払うことなどできる訳がない。
目の奥でチラつく線香花火のような火花。その輪郭が崩れ、無数の金色の丸い点が目の前いっぱいに広がる。
やがて意識は、鮮烈な光の中から闇の底へと引きずり込まれていく。
“今まで大儀であった。――もう、魔王の出番は要らぬ”
最後に聞こえてきたのは、淡々と、何の感情もなく告げるプリーベ様の声。
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