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収監令嬢・蛇足の舞台裏 ~神々の事情~
男神の回顧録10・男神の焦燥【第10幕・第11幕上】
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マユが泣いた。
「何も知らなかった」
と、苦しそうに呟きながら。
恐らく、ミーアの思惑に気づいた。
そしてディオンの婚約者という立場が危うくなっていることを悟り、あれだけ目指していた『聖なる者』にもなれないかもしれない、と恐れた。
ひょっとすると、ミーアが自分と同じ世界の人間――つまり、この『リンドブロムの聖女』を熟知している人間、ということまで気づいたかもしれない。
マユを表に出したくなかった理由は、これもあった。
ミーアと接する機会があれば、同じ世界から来た魂が共鳴してマユに余計なことを思い出させる。
だから直接ミーアと対面することなく、マユを『召喚聖女』にしたかったのに。
しかしそれは、わたしのエゴだったのだろうか。
マユをこの世界に連れてきた時点で――マリアンセイユ・フォンティーヌという人間にしてしまった時点で、ミーアと相対することは避けられないのに。
わたしがマユを泣かせた。
マユが何も知らなかったのは、わたしのせいなのに。
『影』でしかマユに会いに来ることができないわたしは……そして嘘しか吐けないわたしは、マユを慰めることすらできずに、ただ歯痒かった。
伸ばした手が拭えたのは、たった1滴の涙。
その雫は熱くて、脆くて……込められていた魔精力があっという間に儚く宙へと散った。
◆ ◆ ◆
“悪いけど、ここからしばらくはマリアンセイユに会うのを我慢してもらうわ”
魔王の身体に戻って来たわたしに、スラァ様が有無を言わせぬ口調で言い渡す。
「最終試験だからですね」
“ええ。マリアンセイユの動向はミーアにも深く関係がある。あなたに関わらせる訳にはいかないの”
「……はい」
何度も何度も、わたしのしてきたことは間違いだったのだろうか、と思い知らされる。
マユが望むことを、と考えたはずだった。しかし実際には、マユが本当に望むことを叶えられたのだろうか?
“さすがに、今からしばらくは〝暗転〟するタイミングはないしね”
「〝暗転〟?」
スラァ様によると、神々への披露は世界のすべてを公開している訳ではなく、プリーベ様やスラァ様の方で演出を考え、一部『見せない』工夫をしているという。
物語のネタバレに当たる部分などがそうらしい。ミーアだと、序盤の魔物サルサに遭遇する部分などが該当するという。
“マリアンセイユだと、パルシアンに帰っている間の様子は時々伏せてたのよ”
だからセルフィスに行ってもいいって言ったのよ、と言われ、体中から力が抜けてへたり込みそうになった。
それを先に言ってくれればよかったのではないか? だったらもう少し頻繁にマユに会いに行けたのに。
“そう言うだろうと思って黙ってたのよ。あまりマリアンセイユを引っ張られると、困るの”
「引っ張る? 思考や行動を強制する発言はしていませんが」
“セルフィスに会うこと自体が引っ張られることになるのよ”
「……そうなんですか?」
“あー、恋愛音痴との会話は疲れるわね!”
スラァ様がキシャーッと牙でも剥きそうな勢いで喚く。
“とにかく、あと少しだから魔界でおとなしくしていてちょうだい”
「わかっています……」
そうだ、あと少し。
あと二週間もすれば『聖なる者』が決まり、ゲーム『リンドブロムの聖女』は幕を閉じる。
* * *
魔王の能力の一つに『世界概観』というものがある。
魔界・地上問わず世界を広く見渡し、魔物や魔精力、それに伴う人間の動きを察知するためのもの。
フェデンのように音は拾えず、ガンボの覗き見のように詳細に様子を知ることはできないが、地上に降りることなく概ねの魔精力の流れを知ることができる。
古の魔王侵攻において初代魔王はこの能力を用い、魔物が虐げられている地域に降り立って人間を駆逐したという。
マユが挑む最終試験『野外探索』では、『金の箱』において魔物イミテーションとの戦闘があるという。また、魔導士の卵が魔法を使って探索をするのだから、ある程度状況はわかるだろう。
魔界においては、魔王はまだ眠り続けていることになっている。魔獣達に悟られずにこの能力を駆使するのはかなり骨が折れるのだが、そんなことは言ってられない。どうしても、マユのことが気にかかる。
少しは元気になっただろうか? 最終試験は大丈夫だろうか?
魔法を極め、リンドブロム最高の魔導士として『聖なる者』になることは、マユの最大の望みだ。ミーアを退け、大公世子ディオンの婚約者であり続けるためにも絶対に必要なこと。
だからわたしも、それだけは応援したい。願いを叶えた嬉しそうなマユをこの目で見たい。
“結界はこれぐらいでいいか”
ロワーネの谷の魔界側の入口に佇むムーンが、左の翼を広げて真っ黒な魔界の宙を指し示す。
「はい。魔界側の結界を重点的にお願いします。地上側はわたしの魔法を通さないといけないので、緩めで」
“難しいことを言う”
面倒くさそうに文句を言いながらも、ムーンは何かと魔王に協力してくれている。
舞踏会の夜も
“たかが踊るためだけにそんな大掛かりなことをするのか”
とやや呆れた様子ではあったが、結局わたしと共に地上に降り立ち、力を貸してくれた。
“魔王がパルシアンの娘の何をそんなに気に入っているのかはよくわからぬが”
「……そのうちわかりますよ」
マユはきっと、この野外探索でも実力をいかんなく発揮するだろう。魔導士としての力は、総合力で考えればミーアよりマユの方が上だ。
だてにこの2年、わたしが導いてきた訳ではない。一つの属性に偏らせるのではなく四属性すべてを扱えるようにしたのも、数多の魔物・魔獣と対話できる『聖女』になってほしかったからだ。
ただ、ミーアはこの物語の主人公。魔物サルサのこともあるし、どんな手を使うかは分からない。
女神プリーベ様のプロットにはすべて目を通したはずだが、わたしもさすがにすべてのイベントおよびその発動条件を覚えている訳ではない。
「それでは行ってきます。ムーン、後は頼みます」
“承知した”
その場にムーンを残し、黒と紫の葉が生い茂る鬱蒼とした洞窟を進む。
魔界と人間界の境界、ロワーネの谷。洞窟を抜け、魔精力が溢れる森を進むと、極彩色に煌めく魔精力の結晶が大量に生る魔精樹がある。
魔精樹の森を越えると、再び青と緑の葉が蔦のように絡む苔むした洞窟の入口が現れた。
この奥が人間界であり、リンドブロム城の裏側になる。魔王により厳重に封じられた扉。何があろうとも、この扉だけは開いてはいけない。
魔王だけが入ることができる、ロワーネの谷。魔王は魔界と人間界を繋ぐこの扉の番人でもあるのだ。
さて、そんな場所になぜ来たのかと言えば、『世界概観』を展開するためだ。
勿論、全世界を覆いつくすことが可能な『世界概観』は魔界にいても発動できるが、それをすると魔王復活が魔の者に知れ渡ってしまう。
極力小さい力で発動するためには地上に――ロワーネの森に対象を絞る必要があり、境界であるこの場所までやってきたのだ。
「……始まったようですね」
微かに、数多の魔精力の気配が洞窟の奥から漂ってくる。
両目を閉じ、両腕を突き出して手の平を前へと向ける。
ゆっくりと慎重に、誰にも悟られないように注意しながら、『世界概観』を発動した。
* * *
瞳の奥に広がる真っ黒な背景。その中に浮かぶ、赤、青、黄色。橙に薄い紫、緑色の光。
人間たちの魔精力がその属性によりいろいろな色を帯び、ロワーネの森に広がっている。
その中でも、巨大な魔精力は二つ。
燃えるような赤と透き通るような白の魔精力を纏う、ミーア・レグナンド。
そして濃い紫から青、水色、緑、黄色、赤と虹のような美しいグラデーションで彩られたマユ。
『聖なる者』はやはりこの二人のどちらかだろう。二人以外を選ぶようならリンドブロム大公国の存在意義も地に落ちるな、と魔王目線でぼんやりと考える。
単なる魔導士としての素質でいうなら、次点はこの翠色の魔精力の持ち主――クロエ・アルバードだったか。彼女になるだろうが、それでも二人には遠く及ばない。
やはり聖女の国というだけあって、リンドブロムでは女性の方が魔導士の素質が高いのかもしれない……。
「ん?」
その、翠色の魔精力が極彩色の魔精力の傍から消えた。途端に広がるのは、漆黒と褐色の魔精力。
二人の魔精力が鮮やかすぎて気づかなかった。何者だ、こいつは?
人間のはずだが、随分と歪みが……むしろ、かなり魔物に近くなっているが。
もう少し探ろうと意識を集中した途端、ムッと土埃のような臭いが鼻をつく。
同時に広がるのは、青と灰が混じったような鈍色……いや、鉄色ともいうべき異様な魔精力。
臭い? いや、『世界概観』でそんなものを感じる訳がない。あまりにも特徴的な魔精力から、この魔王の身体が知っている臭いに紐づけられただけ。
これは、魔物どころじゃない。こいつは……――。
『ゲヒャーッ! 久しぶりだぜぇ、こーんなキレイな下界はよぉ!』
耳に飛び込んだのは、聞き覚えのある喚き声。
わたしの『世界概観』は、地上の音は拾えない。拾えるとしたら、それは魔の者の声だけ。
そうだ……これは、土の魔獣ヴァンクだ。
真の名は『ソウ=ヴァン=ク=イエール』――愛称はヴァン。天界のデータベースで見た青の土竜、魔獣ヴァンクの姿が脳裏によみがえる。
なぜヴァンが地上に? ヴァンは短慮だが、リンドブロムの中央であるロワーネの森にいきなり現れるほど馬鹿ではないはずだ。しかもヴァンの領域はワイズ王国領の最南端でクレズン王国との国境辺りと、かなり遠い。
ムーンからの通達を無視するとは思えないし、またムーンに気取られずにリンドブロムに近づけたとも到底思えない。
……そうか、何者かが『ヴァンクの魔法陣』を使ったのか。そして幻影などではない、本物が召喚されてしまった。
なぜ、よりによってこのタイミングで……。
駄目だ、魔精力を追っているだけでは事態を把握しきれない。この眼で確かめなくては。
ヴァンからすれば、マユは最高級の餌だ。このままでは、マユはヴァンに喰われてしまう。
クリス・エドウィンが『ヴァンクの魔法陣』を使うというイベントは、本編中のプロットには無かったはず。仮にあったとしても、それは終幕後の可能性の一つとして書かれていたはずだ。
そしてマリアンセイユに絡む魔獣イベントは、魔王に復活の兆しがあり、眠り続けるマリアンセイユに――正確にはその内に潜む『聖女の素質』に目をつけた、というもの。
いずれにしても、こんなタイミングで起こるはずはなかったのに……!
「何も知らなかった」
と、苦しそうに呟きながら。
恐らく、ミーアの思惑に気づいた。
そしてディオンの婚約者という立場が危うくなっていることを悟り、あれだけ目指していた『聖なる者』にもなれないかもしれない、と恐れた。
ひょっとすると、ミーアが自分と同じ世界の人間――つまり、この『リンドブロムの聖女』を熟知している人間、ということまで気づいたかもしれない。
マユを表に出したくなかった理由は、これもあった。
ミーアと接する機会があれば、同じ世界から来た魂が共鳴してマユに余計なことを思い出させる。
だから直接ミーアと対面することなく、マユを『召喚聖女』にしたかったのに。
しかしそれは、わたしのエゴだったのだろうか。
マユをこの世界に連れてきた時点で――マリアンセイユ・フォンティーヌという人間にしてしまった時点で、ミーアと相対することは避けられないのに。
わたしがマユを泣かせた。
マユが何も知らなかったのは、わたしのせいなのに。
『影』でしかマユに会いに来ることができないわたしは……そして嘘しか吐けないわたしは、マユを慰めることすらできずに、ただ歯痒かった。
伸ばした手が拭えたのは、たった1滴の涙。
その雫は熱くて、脆くて……込められていた魔精力があっという間に儚く宙へと散った。
◆ ◆ ◆
“悪いけど、ここからしばらくはマリアンセイユに会うのを我慢してもらうわ”
魔王の身体に戻って来たわたしに、スラァ様が有無を言わせぬ口調で言い渡す。
「最終試験だからですね」
“ええ。マリアンセイユの動向はミーアにも深く関係がある。あなたに関わらせる訳にはいかないの”
「……はい」
何度も何度も、わたしのしてきたことは間違いだったのだろうか、と思い知らされる。
マユが望むことを、と考えたはずだった。しかし実際には、マユが本当に望むことを叶えられたのだろうか?
“さすがに、今からしばらくは〝暗転〟するタイミングはないしね”
「〝暗転〟?」
スラァ様によると、神々への披露は世界のすべてを公開している訳ではなく、プリーベ様やスラァ様の方で演出を考え、一部『見せない』工夫をしているという。
物語のネタバレに当たる部分などがそうらしい。ミーアだと、序盤の魔物サルサに遭遇する部分などが該当するという。
“マリアンセイユだと、パルシアンに帰っている間の様子は時々伏せてたのよ”
だからセルフィスに行ってもいいって言ったのよ、と言われ、体中から力が抜けてへたり込みそうになった。
それを先に言ってくれればよかったのではないか? だったらもう少し頻繁にマユに会いに行けたのに。
“そう言うだろうと思って黙ってたのよ。あまりマリアンセイユを引っ張られると、困るの”
「引っ張る? 思考や行動を強制する発言はしていませんが」
“セルフィスに会うこと自体が引っ張られることになるのよ”
「……そうなんですか?」
“あー、恋愛音痴との会話は疲れるわね!”
スラァ様がキシャーッと牙でも剥きそうな勢いで喚く。
“とにかく、あと少しだから魔界でおとなしくしていてちょうだい”
「わかっています……」
そうだ、あと少し。
あと二週間もすれば『聖なる者』が決まり、ゲーム『リンドブロムの聖女』は幕を閉じる。
* * *
魔王の能力の一つに『世界概観』というものがある。
魔界・地上問わず世界を広く見渡し、魔物や魔精力、それに伴う人間の動きを察知するためのもの。
フェデンのように音は拾えず、ガンボの覗き見のように詳細に様子を知ることはできないが、地上に降りることなく概ねの魔精力の流れを知ることができる。
古の魔王侵攻において初代魔王はこの能力を用い、魔物が虐げられている地域に降り立って人間を駆逐したという。
マユが挑む最終試験『野外探索』では、『金の箱』において魔物イミテーションとの戦闘があるという。また、魔導士の卵が魔法を使って探索をするのだから、ある程度状況はわかるだろう。
魔界においては、魔王はまだ眠り続けていることになっている。魔獣達に悟られずにこの能力を駆使するのはかなり骨が折れるのだが、そんなことは言ってられない。どうしても、マユのことが気にかかる。
少しは元気になっただろうか? 最終試験は大丈夫だろうか?
魔法を極め、リンドブロム最高の魔導士として『聖なる者』になることは、マユの最大の望みだ。ミーアを退け、大公世子ディオンの婚約者であり続けるためにも絶対に必要なこと。
だからわたしも、それだけは応援したい。願いを叶えた嬉しそうなマユをこの目で見たい。
“結界はこれぐらいでいいか”
ロワーネの谷の魔界側の入口に佇むムーンが、左の翼を広げて真っ黒な魔界の宙を指し示す。
「はい。魔界側の結界を重点的にお願いします。地上側はわたしの魔法を通さないといけないので、緩めで」
“難しいことを言う”
面倒くさそうに文句を言いながらも、ムーンは何かと魔王に協力してくれている。
舞踏会の夜も
“たかが踊るためだけにそんな大掛かりなことをするのか”
とやや呆れた様子ではあったが、結局わたしと共に地上に降り立ち、力を貸してくれた。
“魔王がパルシアンの娘の何をそんなに気に入っているのかはよくわからぬが”
「……そのうちわかりますよ」
マユはきっと、この野外探索でも実力をいかんなく発揮するだろう。魔導士としての力は、総合力で考えればミーアよりマユの方が上だ。
だてにこの2年、わたしが導いてきた訳ではない。一つの属性に偏らせるのではなく四属性すべてを扱えるようにしたのも、数多の魔物・魔獣と対話できる『聖女』になってほしかったからだ。
ただ、ミーアはこの物語の主人公。魔物サルサのこともあるし、どんな手を使うかは分からない。
女神プリーベ様のプロットにはすべて目を通したはずだが、わたしもさすがにすべてのイベントおよびその発動条件を覚えている訳ではない。
「それでは行ってきます。ムーン、後は頼みます」
“承知した”
その場にムーンを残し、黒と紫の葉が生い茂る鬱蒼とした洞窟を進む。
魔界と人間界の境界、ロワーネの谷。洞窟を抜け、魔精力が溢れる森を進むと、極彩色に煌めく魔精力の結晶が大量に生る魔精樹がある。
魔精樹の森を越えると、再び青と緑の葉が蔦のように絡む苔むした洞窟の入口が現れた。
この奥が人間界であり、リンドブロム城の裏側になる。魔王により厳重に封じられた扉。何があろうとも、この扉だけは開いてはいけない。
魔王だけが入ることができる、ロワーネの谷。魔王は魔界と人間界を繋ぐこの扉の番人でもあるのだ。
さて、そんな場所になぜ来たのかと言えば、『世界概観』を展開するためだ。
勿論、全世界を覆いつくすことが可能な『世界概観』は魔界にいても発動できるが、それをすると魔王復活が魔の者に知れ渡ってしまう。
極力小さい力で発動するためには地上に――ロワーネの森に対象を絞る必要があり、境界であるこの場所までやってきたのだ。
「……始まったようですね」
微かに、数多の魔精力の気配が洞窟の奥から漂ってくる。
両目を閉じ、両腕を突き出して手の平を前へと向ける。
ゆっくりと慎重に、誰にも悟られないように注意しながら、『世界概観』を発動した。
* * *
瞳の奥に広がる真っ黒な背景。その中に浮かぶ、赤、青、黄色。橙に薄い紫、緑色の光。
人間たちの魔精力がその属性によりいろいろな色を帯び、ロワーネの森に広がっている。
その中でも、巨大な魔精力は二つ。
燃えるような赤と透き通るような白の魔精力を纏う、ミーア・レグナンド。
そして濃い紫から青、水色、緑、黄色、赤と虹のような美しいグラデーションで彩られたマユ。
『聖なる者』はやはりこの二人のどちらかだろう。二人以外を選ぶようならリンドブロム大公国の存在意義も地に落ちるな、と魔王目線でぼんやりと考える。
単なる魔導士としての素質でいうなら、次点はこの翠色の魔精力の持ち主――クロエ・アルバードだったか。彼女になるだろうが、それでも二人には遠く及ばない。
やはり聖女の国というだけあって、リンドブロムでは女性の方が魔導士の素質が高いのかもしれない……。
「ん?」
その、翠色の魔精力が極彩色の魔精力の傍から消えた。途端に広がるのは、漆黒と褐色の魔精力。
二人の魔精力が鮮やかすぎて気づかなかった。何者だ、こいつは?
人間のはずだが、随分と歪みが……むしろ、かなり魔物に近くなっているが。
もう少し探ろうと意識を集中した途端、ムッと土埃のような臭いが鼻をつく。
同時に広がるのは、青と灰が混じったような鈍色……いや、鉄色ともいうべき異様な魔精力。
臭い? いや、『世界概観』でそんなものを感じる訳がない。あまりにも特徴的な魔精力から、この魔王の身体が知っている臭いに紐づけられただけ。
これは、魔物どころじゃない。こいつは……――。
『ゲヒャーッ! 久しぶりだぜぇ、こーんなキレイな下界はよぉ!』
耳に飛び込んだのは、聞き覚えのある喚き声。
わたしの『世界概観』は、地上の音は拾えない。拾えるとしたら、それは魔の者の声だけ。
そうだ……これは、土の魔獣ヴァンクだ。
真の名は『ソウ=ヴァン=ク=イエール』――愛称はヴァン。天界のデータベースで見た青の土竜、魔獣ヴァンクの姿が脳裏によみがえる。
なぜヴァンが地上に? ヴァンは短慮だが、リンドブロムの中央であるロワーネの森にいきなり現れるほど馬鹿ではないはずだ。しかもヴァンの領域はワイズ王国領の最南端でクレズン王国との国境辺りと、かなり遠い。
ムーンからの通達を無視するとは思えないし、またムーンに気取られずにリンドブロムに近づけたとも到底思えない。
……そうか、何者かが『ヴァンクの魔法陣』を使ったのか。そして幻影などではない、本物が召喚されてしまった。
なぜ、よりによってこのタイミングで……。
駄目だ、魔精力を追っているだけでは事態を把握しきれない。この眼で確かめなくては。
ヴァンからすれば、マユは最高級の餌だ。このままでは、マユはヴァンに喰われてしまう。
クリス・エドウィンが『ヴァンクの魔法陣』を使うというイベントは、本編中のプロットには無かったはず。仮にあったとしても、それは終幕後の可能性の一つとして書かれていたはずだ。
そしてマリアンセイユに絡む魔獣イベントは、魔王に復活の兆しがあり、眠り続けるマリアンセイユに――正確にはその内に潜む『聖女の素質』に目をつけた、というもの。
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